外の話
怖いというよりは不思議な話に近く思います。暇つぶし程度にご覧いただけたらコレ幸いでございます。
湿った熱気が篭るワンルーム学生アパート、耳に障る蝉の声、温い扇風機、湿気を孕んだ通り雨、焦げたアスファルトの匂い、それらを堪能しきった2007年、大学生になって2回目の夏休み。
勉学に励むわけもなく、サークルに輝く汗を流す程必死でもない。かと言ってアルバイトに従事するほど熱心でもない上に彼女もいない。感情の山谷なく同じ事の繰り返しの怠惰な生活を送っていた。
「暇を持て余す大学生」その言葉を欲しいままにする僕はその日もただ扇風機から送られるありがたみのない温い風を受け、ゲームのコントローラーを握り、だらしなく時間を潰していた時だった。前に置かれたテーブルからガガガと削れる音がする。目を向けると携帯電話が着信のバイブ機能でキャッチライトの光を放ち、一人元気よく踊っている。その時携帯のライトがこの退屈で曇りきった日常に差し込む一筋の光のように思えた。
電話を取ると大学の学友Y田君だった。無論彼も冴えない大学生活を送る仲間である。茶色の長髪、丸顔のやや低身長。聡明でパソコンに明るく、皮肉屋。仲間内での通り名はシャッチョッさん〈フィリピンパブの嬢が言う社長さんのイントネーション〉。父親がテレビの制作会社の代表取締役を務めており、家も山の手の一等地に構えているという。貧乏ったらしい生活を送る仲間の内では異色めいた友人であった。
「爽ちゃん、今日呑まへん?」
爽ちゃんとは仲間内で呼ばれている僕の名である。冴えない学生の仲間が集まって呑むと言えば、安い居酒屋チェーンに行った後カラオケか僕の家で宅呑みが定番のコースだった。だらしない生活をしていると言えど友達を家に入れるかもしれない。綺麗にしておく必要があると考えた。
「分かった。一応部屋の片付けやっとくわ」
「イヤ、ちゃうねん。今日は俺ん家で呑まへん?家の住所送るからプリントして来てや。それくらいできるやろ?」
珍しい提案に新鮮味を覚えた後どこなく上からの物言いに鼻についた。それも束の間、彼の住所がメールで送られ来た。早速それを頼りにY田君ことシャッチョさんの家を目指しわが愛機(原付)に跨った。夕刻ではあったが走行中に受ける風が生温い。熱気のせいか、腑抜け切った生活を送ってきたせいか未だ頭の中はボンヤリして退屈な日常から抜け出せていないままだった。
地図を頼りに辿り着いたのはT塚市。見晴らしが良く緑が鮮やか山の上部、立ち並ぶ家々は広く青々とした芝生を敷くき、温かみのあるレンガや化粧版の外壁が美しい立派なモノだった。流石一等地。その中にY田の表札が目に留まった。恐る恐る呼び鈴を押して家の人にシャッチョッさんに呼ばれた旨を告げて中に通してもらった。
部屋のドアを引き開け入るとこれまた小美麗な調度品が揃えられている。当時まだ目新しいプラズマテレビまであった事に関心したいた所、目線を落とすと仲間のT君もいた。
T君は学友の一人で言わずもがな学校での我が冴えないグループの一員である。おっとりとした性格、そして優柔不断。仲間内では「ミスター自分知らず」などと呼ばれていた。容貌は天然パーマが清潔とは思えないほどにうねっていて、右に曲がるのか左に曲がるのかハッキリしない所や、それと共にのっぺりとした面持ちは彼の性格を表したようだった。
こんな素晴らしい空間にいても猥談やら、女をどう口説くか、なぜ自分たちには彼女ができないのかと毎度の色気も意義もないトークを繰り広げている。所は変ってもやることは一緒なのだ。
次第に夜も暮れて話のネタも尽き、皆締まりのない口から出る涎で唇がテカる程無口になっていった。そんな手持ち無沙汰になりかけていた時にT君が青いレンタルビデオ屋のバックを取り出した。中身を見ると視聴者投稿型オカルトDVDが三本ほど入っている。
我々はAVの他にもこういったオカルトが大好物であった。お察しの通り平凡に呪われてるのかと思うほど退屈が骨の瑞まで染み付いた者達だからだ。エロかろうが怖かろうが刺激を疑似体験できるものは大歓迎だ。水を得た魚、リポビタンDを手にしたコスギのように息を吹き返しDVDをセットした。
その時ドアが軽くノックされゆっくりと引き開かれた。間から顔を覘かせたのはシャッチョさんのお母さん。丸顔の息子とは打って変わりシュッとした顔立ちで家にいるにも関わらず身奇麗な格好は流石社長婦人であった。そのお母さんが我々に申し訳なさそうに言った。
「ごめんね~もう0時回ったから寝るわね。なるべくだけ静かにしてね」
分かりましたと返事をした。が、元々寝ても醒めても酔っても騒ぐという気質は持ち合わせてはいなかった。我々は今で言う所のリア充ではなかったのだ。言いつけは守れるものの逆にお母さんが可哀想でしかたなかった。大学生の息子がこんな冴えない連中と付き合う所か同じ人種だと勘付くような場面に立ち会わせてしまったのだから。それはさておいて、異常なまでにジメジメした静かな夜会が幕を開けた。
DVDも2本見終えて3本目の中盤。最早T君のチョイスセンスを称えざる得なかった。首のない白装束のお化け迫って来る回、廃病院で二階の窓から侵入してこちらに向かってくる少女の回、遠くに映っていた霊が身近な人物の真後ろまで迫ってきていたものを取り上げた回等、僕のツボにドハマりするものばかりだったから。人間関係には受け身な分、積極的な人に魅力を感じていたがどうやらそれ以外も範疇であると確信した瞬間でもあった。
暗がりでDVDを見て小声で「バリ怖い…」や「筋書きのない茶番感がスゲー…」とガスコンロの弱火を彷彿させる程度の小声と熱中で見入っていたその時だった。
どこからか遠くドン…ドンと言う音が聞こえる。その音は次第に大きく、早くなるに加えて地面が音と同時に気持ち揺れている。誰か来てる。異音が近づく度に僕以外に友達二人も気付いた。異常な雰囲気と音に三者お互いを見合した。音はスピードと音量を増し部屋前に。間を持たずしてドアが乱暴に押し開かれる。
「静かにせぇ言うたやろがぁっ!殺すぞクソガキぃ!」
叫んだのはお母さんだった。眉根を吊り上げ、首が斜めに傾いている。寝起きなのか顔がむくれているようにも見えた。煩い!煩い!と口にする度に地面を踏みつける。余りに異常な怒りっぷり。狂いっぷり。「あ」の声も出せない。床を踏みつけられる。緊張に背筋が強張る。床を踏みつけられる。皆がたじろぐ。床が踏みつけられる。
「煩くしてスミマセンでした!」
とやっとの事声がでたのは怒鳴られて30秒程経った後。謝罪の声を聴いた後お母さんは地団駄を踏み止めて、癇癪を収めたのか静かになりただ我々を睨みつけていた。
「もう煩ぁすんなよ!ボケが!」
そう一喝すると再びドアを乱暴に引き締めた。壊れんばかりの勢いで音が立つ。その直後、サッと沈黙が支配した。冷音、絶音。喉元を鋭利な氷で突かれた様に声が出てこない。僕くは狂ったコンパスの如く、目を見開き何度もシャッチョさんとT君を交互に目線を送った。僕の挙動も異常だったが彼らもまたおかしかった。下を向いて微妙ながら肩を震わせていた。怖さを演出する為に電気を消して見ていたが、その様は暗闇にテレビの明りで照らされる事によってより拍車がかかった。
「…え?何?何があったん?」
声量を気にして二人に問うとシャッチョさんは震えるT君とお互いを見合した。
「…え?」
ここでシャッチョさんがT君が震えてる事に初めて気付きいたようだった。震える人差し指でT君を指しす。すると今度はT君が。
「…やんな?そうやんな?」
どうやら彼らにはお母さんに怒られて面食らった以外にも「何か」が起こったらしい。何かあったかと小声でT君に聞いたが彼はシャッチョさんに任せると言うばかりだった。事此処に至ってのミスター自分知らずの本領発揮である。「何か」を明かす頼みの綱のシャッチョさんも後で言うの一点張り。この後、彼らは何かに怯え、僕は何かの謎を頭に淀ましたまま朝を待つこととなった。
時間が経ち、外は朝焼けを向かえて薄っすらと柔かに明るく、仄かに暗かい繊細微妙な表情となった。
シャッチョさんが小声で家を出よかと告げると僕もT君もそそくさと準備をして音を出さず、部屋を後にした。廊下を渡って階段を下りた所でちょっとしたアクシデント。お母さんと出くわしたのだ。三者ピタリと時間が止まったように動きを止めた。気まずさの極地。さらにお母さんの次の一言が更なる混乱を招いた。
「あら~おはよ~」
昨夜の怒ってる時の印象とは打って変わって穏かであった。コレが大人の対処の仕方なのかと感心、混乱するも束の間、頭を深々下げて昨夜の非礼を詫びた。が、不思議な事がここでも起こってしまった。
「いえいえ、皆静かにしてくれたからよう寝られたわ~。帰るの?またおいでね」
ほんなら昨日のあの怒り具合何やねん。等と心では思ってみたが実際どう返事したもんか困りあぐねた。いつか京都に行ってぶぶづけなるモノを進められてもこんな風になるのだろうかといらん事も考えもした。その時、半ば強引にシャッチョさんに後押しされて家を出る事となったのだった。
家を離れてしばらくした所のB天池公園。ここで少しダベろうぜとシャッチョさんの提案があった。T君は持ち前の自分知らずさでどっちでもいいらしいが僕は違う。今ココで「あの時」の事を聞くのだ。あの時の態度は何だったのか問うた返事は一言だった。
「違うかった」
それでけでは分からんとシャッチョさんに問い詰めるた所、彼は未だに混乱しているのか手を空にかざしてアレはこう、これはアレという風に小声でブツブツ整理をした上で拙く僕に伝え始めた。
「あの時、入って来たのはおかんちゃうかってん。きっぱりと説明できへんねんけど絶対ちゃう。あんなにむくれてへんかったし、声もおかんと比べて若干低かった。もっと言うと家のおかんはキレてもあんなヒス起こした事なかったし…なぁ?」
そう言うと彼はT君に同意を求めた。
「俺も、何回もシャッチョッさん家にお邪魔してるけど、ホンマにちゃう!微妙にやけどおばちゃんじゃない人やった」
かぶりを振るT君であったが、やはり腑に落ちない。ドッキリにしては手が込みすぎているし、お母さんを巻き込んでやるとも思えない。しかしおかしいと首を横に傾けるとソレを見てシャッチョさんは何かを思い出し僕に言って聞かせた。
「ドア!…分かるやろ?鶏ちゃうかったら三歩歩いたって記憶に残ってるハズやで。アイツが部屋に入ろうとしたとき押して開いたけど…あの部屋のドアは引いてあけるようになってるよな。だから構造的にありえへんねんて。」
ソレを聞いた時あーっ!と声を上げたのはT君の方で僕の方はそんな事一々覚えておらずやはり腑には落ちなかった。結局何が起こったのか分からないけど僕らはあの時あの部屋だけ別の空間に移動してたというぶっ飛んだ超絶理論を提唱した後解散をした。特に支持する者も反論するものもいなかった。
朝焼けに照らされて原付を走らせる。うっすら涼しかった空気が徐々に熱気を帯びて体にまとわりつくのが感じられた。こうしてまたいつも通り平凡な日常の中にどっぷりと身をうずめるのかとボンヤリと考えた。
ただ、そのボンヤリとした中で思ったこともあった。今いかにも一時でも平凡から逸脱できたとように思ってたが、恐怖や不思議を味わってここではない外の世界に追いやられたって実感をしたのはあいつら二人だけじゃね?外の世界に行ったという話にも加われず蚊帳の外にいたのは僕だけじゃね?もっと言うと僕だけがいつも通りあの場で退屈平凡だったんじゃね?そう答えの出ないモヤモヤとした思惑がグルグル頭を駆け回った。月から日曜まで、1月から12月まで、朝から晩まで、この原付の車輪のように、決して外にははみ出すことなく退屈なループを繰り返すように。…マジ、何なんコレ
最後までお目通し有難うございました。