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雪色エトランゼ  作者:
第2部
94/115

Act:94

 停船したシロクマ号とリコット号の前方に、オルヴァロン島北側より進軍していたアカクマ号、クロクマ号が合流する。

 そのクロクマ号の左舷が、大きくえぐれるように損傷しているように見えた。

 スクリーマー型の咆哮破でも受けたのだろうか。

 あちら側も激しい戦いだったようだ。

「カナデさま。遺跡外部構造の偵察は終わりました。小型との遭遇戦があった以外は、特に魔獣の気配はありませんね」

 馬上から今し方到着した混成軍を見つめていた俺のところに、グラスが馬を寄せて来た。

「遺跡からの敵増援は5波まででしたか」

 俺は目の前に広がるオルヴァロン遺跡の巨石群に目を向けた。

「よく支えましたね」

「ベリル戦役の時よりも、大型の数が少なかったようでからすな」

 俺は頷く。

「ここからが本番です。中隊規模で遺跡入り口を探索。内部の偵察と残存魔獣群の掃討を」

「了解!」

 グラスが崩れた敬礼の後、走り去っていく。

 俺たちは今、度重なる魔獣群を何とか押し返し、女王型がひそむオルヴァロン遺跡に到達していた。北側からの混成軍も合流し、騎士団は遺跡の入り口付近に布陣していた。

 陣地構築を指揮しながら、俺は目の前に広がる遺跡に目を向ける。

 礎石が残る建物の跡。荒野に立つ無数の朽ちた柱。恐らくは地下構造があったのだろう。迷路のような石壁がむき出しになっている地面。街路跡と思われる建物跡の間の更地は幅広く、王都の大通りと並ぶ程の規模に思われる。

 その先。恐らく遺跡の中心と思われる大きな建物の残骸が見える。

 城とか、宮殿だろうか。

 いずれにしても、この場所に大規模な都市があったのは間違いない。

 遺跡を駆け抜けて来た風が俺にも吹き付ける。乾いた土の匂いと、魔獣の残り香が混じった風だった。

 全く緑のない風景だった。

 砂と岩しかない不毛の地。

 魔獣の濃い障気に長時間侵された結果だろう。

 なんだか、悲しくなる。

 目を伏せる俺の後ろから、ざっと足音がした。

 振り返ると、忙しなく走り回る騎士や兵の間から、優人たちパーティーが歩いて来る所だった。

「優人」

 俺は馬首を向ける。

「ああ」

 優人が真剣な顔で頷いた。

「よろしく、お願いします」

 今度は俺が頷き掛ける。

「シズナさん。みんなと一緒に遺跡に突入する部隊が待ってますから、合流を」

 シズナさんが柔らかな笑顔で頷いた。気負いを感じさせない笑みだ。頼りになると思う。

「夏奈、気をつけて」

「まっかしてっ!」

 夏奈もある意味緊張感のない態度だ。心強いと言うよりも、大丈夫かなといった感じだが……。

「じゃあ、行ってくる」

 優人が遺跡に向かって歩き出した。シズナさんと夏奈が続き、禿頭さんが俺に頭を下げた。

 俺はその後ろ姿を見送ってから、シロクマ号に馬を向ける。

 優人たちが遺跡に突入している間、周囲は俺たちが守り通さなくてはならない。優人たちの退路を確保し、外部からの敵増援を遺跡に入れないために。

 守る。

 絶対に、だ。



 耳をつんざくような怪音を上げて、スクリーマー型の咆哮破が頭上を通過していく。遠くかすめるだけでも、背筋が冷える。

「右翼、敵側面に回り込めませんか!」

「正面からの圧力が凄まじい!無理でしょう!」

 俺が思わず叫んだ言葉に、グラスが吐き捨てるように返事した。

 ひっきりなしに打ち上げられる矢が空を黒く染め、押し寄せる魔獣群に吸い込まれて行く。

 遺跡に対する最終防衛ラインにいる俺たちの前方では、前衛部隊が激しい魔獣の攻勢に晒されていた。

 既に騎士団は、敵の3次増援まで防ぎきっている。

 しかし、未だに魔獣群が尽きる気配がない。

 優人たちが遺跡に突入してからしばらくして襲来した魔獣は、ウォラス山方面から現れた。

 恐らくは領都オルヴァン方面に向かっていた魔獣群が、こちらに転進して来たのだろう。大型魔獣の構成比率からしても、こちらが本隊と言えるような規模だった。

 怒声と悲鳴、そして魔獣の唸り声が響き渡る中、俺が近くの騎士に伝令を頼もうとした瞬間、前線から転がるように兵が走ってきた。

「で、伝令!山腹南側の岩地より敵の増援確認!」

 俺は強く奥歯を噛み締める。

 まずい。

 この状態での敵増援はかなり苦しい。それに、もう少しすれば、日が傾き始める。完全に夜になってしまえば、俺たちが圧倒的に不利になってしまう。

 考えろ。

 俺は真っ直ぐに前線を睨み付ける。

 ベリル戦役の時のように、側面から突撃してスクリーマー型を狙うか?

 ……いや。

 右翼からだと、山の斜面を登る形になる。傾斜はそれ程ではないが、敵中突破に行き足が鈍るのは致命的だ。逆に左翼からなら勢いをつけられるが、左に回り込むには、遺跡群を抜けなければならない。道の安全は確認できないし、もし迷ったら大変だ。

 どうする……。

 どうする……?

 沈思する俺の背後から、高らかに連絡喇叭が響き渡った。

 俺は、はっと振り返る。

 音源はシロクマ号だ。

 その音を合図に、クロクマ号、アカクマ号がのっそりと回頭し始める。前線への援護射撃を継続しつつも、2隻で敵増援に立ち向かう進路を取るようだ。

 シリスの指示だろうか。

 さすが、対応が早い。

 しかし同時に、右翼辺りで立て続けに爆音が炸裂し、土煙が盛大に上がった。

 まずいっ!

 船の援護が効力を発揮する前に、右翼が崩れれば……!

 迷っている隙はない、な。

 俺は振り返り、声を張り上げた。

「グラス!クロクマ号、アカクマ号が開けた穴に突入します!スクリーマー型を狙って一撃離脱!右翼を狙う敵を潰します!」

「了解!レティシア、ユークリス、ハナの隊は、カナデさまに続け!後はこちらだ!ベリル戦役の勇戦を再び示せ!」

「「応っ!」」

「全騎抜剣!ここを支えれば我々の勝ちです!」

 手綱を打つ。

 激しい馬のいななきがいたる所で上がり、俺たちは猛然と戦場に駆け出した。

 濃い腐臭に、咽せそうになる。

 鎧を砕かれ、倒れる騎士。抉られた地面。バリスタに縫い止められ、もがくグロウラー型。

 片手を失った騎士が鬼神の如く剣を振り、魔獣を斬り裂く。全身から止めどなく黒い霧を吹き上げているグロウラー型が、それでもその剛腕で兵を掴みに掛かる。

 矢が、バリスタの大槍が俺たちの至近に突き刺さり、スクリーマー型の咆哮破が近くの小隊を吹き飛ばした。

 くっ、何なんだ!

 何なんだこれは!

 涙が滲む。

 思いっきり声を上げて叫びたい!

 それでも、戦うのだ。

 私たちが、戦わなければいけないっ!

「右前方、スクリーマー型3体、仕留めます!」

 俺は必死に声を振り絞った。

「はっ、王直騎士団!ビビってんじゃねぇぞ!」

 シュバルツの大声に、レティシアが凛と返す。

「王直騎士団の武勇、カナデさまにお見せしろ!」

 剣を振るう。黒い霧が吹き上がる。

 俺は必死に戦い、みんなも必死に戦った。

 戦線は大きく押し込まれる。しかし次の瞬間には死に物狂いで押し返す。

 汗が頬を流れ落ちる。

 はっ、はっ、はっ。

 乱れた息を必死に整え、俺は何度目かの突撃に備える。

 敵中に踊り込む度に、負傷者が増していく。落馬したまま行方が分からない者もいる。

 左腕がズキズキと痛い。

 飛び上がった蜘蛛型が激突して来たのだ。

 しかし左なのは不幸中の幸いだ。

 まだ右手で剣を振るえるのだから。

 次……。

 次の目標を……。

 戦場を見回す。

 その時、視界にちらりと何かが映った。

 目を凝らす。

 夜が直ぐそこまで迫った、黒く透き通り始めた空。気の早い星が、もう瞬き始めている。

 その空の向こう。

 黒いシルエットと化し始めたウォラス山の方から、何かが急速に近づいて来た。 

 空を飛んで。

 大きな翼を広げて。

 近づくそれに気がついた騎士たちが、驚愕と戸惑いの声を上げて空を指さす。

 あれは!

 あの、分かりやすいシルエットは見間違う筈がない。

 竜だ。

「ド、ドラゴン型魔獣接近!カナデさま!」

 レティシアが悲鳴を上げた。

 俺はただ、歯を食いしばり、その影を睨み付ける事しか出来なかった。



 ベリル戦役で一瞬で司令部を壊滅させたあの忌々しきドラゴン型。

 その巨影が、悠然と戦場の上空を旋回する。

 そして急降下したかと思うと、地響きを上げて地上に降りたった。

 オルヴァロン遺跡の中に。

 くっ、背後を……!

「全騎散開!急いで!」

 俺は思わず声を張り上げる。

 石柱を崩し、遺跡の中に四つん這いで着地していたドラゴン型魔獣が、ぐんと大きく顔を上げた。無機質な頭がこちらを向く。そしてその巨大な口が、くわっと開かれた。

 その中心へと収束していく光。

 懸命にその射線から逃れようと馬を走らせる。同時に全力で叫ぶ。

「退避!退避して!逃げて下さい!」

 禍々しいドラゴン型の口腔から、眩い閃光が迸った。

 瞬間。

 夕闇の中に、太陽そのものが落ちてきたかのような光量が爆発する。

 熱衝撃波が俺たちを襲う。

 俺は必死に鞍にしがみ付いた。

 その射線に重なった騎士も魔獣も、全てが吹き飛ばされる。

 大きな破壊音が響き渡る。

 衝撃で気流が激しく乱れる中、俺は頭を上げた。

 ドラゴン型の熱線の直撃を受けたアカクマ号が、その威力で一瞬宙に浮き上がり、真っ二つに引き裂かれる。そして、爆裂した。

 燃え上がる船体が、細かい破片になって戦場に降り注ぐ。

 クルーは……。

 だ、大丈夫なの、か……。

 ドラゴン型が咆哮を上げる。

 目の前の光景に呆然としていた俺は、ぎりぎりと強張った動きでドラゴン型を見た。

 防がなくては……。

 あんな攻撃、何発も放たれては、俺たちなどひとたまりもない。

 次射は必ず防がなくては。

 そう思っても、踏み出せない。馬に進めの合図が送れない。

 体が、カタカタと震える。

 ゆっくりと身を起こすドラゴン型。その頭は、不気味に笑っているような気がした。

 ドラゴン型がずしんと一歩を踏み締める。

 しかし、2射目をこちらに放つわけでもなく、ドラゴン型はゆっくりと歩き出した。城だか宮殿だかの跡が残る遺跡の中央に向かって。

 俺はドラゴン型の目的を悟ってしまう。

 あいつ、優人たちの追撃をするつもりだ!

 あんなものと女王型に挟撃されたら、優人たちも無事にはすまない……!

 あれを、あれを行かせてはならない!

 俺なんか敵わなくても、少しでも足止めを……!

 俺が駆け出そうとした瞬間、背後で急速に高まる機関音が聞こえた。

 振り返ると、シロクマ号のさらに後ろにいたリコット号が、加速し始めるところだった。

「リコット……」

 瞬間、俺は自分の直感に戦慄する。

「いけない!リコット、ラウル君!」

 まさか!

「レティシア隊、ついて来て下さい!」

 俺はレティシアの答えも待たずに、馬を走らせていた。

「おいおい、まさか!」

 俺に従うシュバルツもわかった様だ。

 リコット号が加速しながら、遺跡の敷地内に突っ込む。

 建物の残骸や石柱を薙ぎ倒し、リコット号がさらに加速する。

「無茶です、リコット!」

 聞こえる筈はないとわかっていたけど、そう叫ばずにはいられなかった。

 オルヴァロン島出撃に備え、リコット号も改良されているのは知っている。

 一部シロクマ級と同じ機関部にする事で、燃料タンク役がいなくてもある程度自立航行が出来るようになったのだ。

 だからと言って武装している訳でもないのに!

 リコットはドラゴン型を止めるつもりだ。

 優人たち仲間を守るために!

 俺たちも遺跡内に入る。

 リコット号は加速する。真っ直ぐドラゴン型の方に。

「おいおい、マジかよ!特攻か!信じられねーぜ!」

 シュバルツが叫ぶ。

 くっ、馬では追いつけない!

 ドラゴン型がのそりと振り返る。向こうもリコット号に気がついた。

 ドラゴン型が首をもたげ、口を開く。光が集まる。

 リコット号はそれでも突進する。

 そして。

 戦場の全ての音を塗り潰して、盛大に衝突音が響き渡った。

 リコット号の衝角が、ドラゴン型の胸を差し貫いた。

「リコット!ラウル君!」

 しかしリコット号は止まらない。

 ドラゴン型を串刺しにしたまま直進し続ける。暴れるドラゴン型。その爪が、尾が、リコット号を破壊する。

 そして船は、魔獣ごと遺跡中心部の巨大建造物跡に激突した。

 衝撃で土煙が舞い上がる。

 衝角に貫かれたまま壁面に叩きつけられたドラゴン型が、苦悶にのた打つ。短い咆哮を繰り返し、しかし苦し紛れに首を上げると、リコット号に向かって口を開いた。

 衝角の傷口を押し広げるように転舵するリコット号。

 しかし次の瞬間。

 ドラゴン型から眩い閃光と共に熱線が放たれた。

 極至近距離から放たれた熱線が、リコット号の右半分を吹き飛ばした。

 船体が砕ける。

 機関部から黒い煙と炎が吹き上がる。

「……!」

 俺は声にならない悲鳴を上げた。

 何て、何てことだ……。

「リコット号が大破……」

 ぽつりと呟く。

 頭が真っ白になる。

 胸を深く切り開かれたドラゴン型も、最後の熱線で力尽きたのか、遺跡とリコット号の残骸の中で動かなくなった。

 リコット号の残った船体に、いくつかの爆発が起こる。

 俺は、はっと我に帰った。

「大破したリコット号の救助に回ります!4人ついて来て!残りは周辺警戒を厳に!シュバルツ、レティシア!」

 俺は残骸の山と化したリコット号に近付くと、馬を飛び降りる。そして一心不乱にその瓦礫の山に駆け寄った。

 その時、地震が起こった。



 大破したリコット号の船体をよじ登る。

 ところどころ火が付き、ちろちろと燃えていた。

 この船で、しばらく生活していたのだ。俺も、優人も夏奈もシズナさんや、リリアンナさん、シュバルツだって乗った。

 寝て起きて、ご飯を食べて、みんなで話をし、笑いあった。

 王都に初めて向かったのも、この船だ。

 所々に見慣れた箇所はあっても、見るも無惨に破壊された船は、もはや原型を留めていなかった。

 胸が詰まる。

 自然と涙がこみ上げて来る。

「リコット!ラウル君!」

 震える声で必死に叫びながら、俺は上甲板に上がった。

 斜めになった甲板は歩きにくい。それに、先ほどから繰り返す地震に足を取られながら、俺は何とか操舵室によじ登った。

 熱線がかすったのか、操舵室の三分の一はぐにゃりと溶けていた。

「リコット!ラウル君!」

 その中央。

 とんがり帽子が転がる隣に、リコットが倒れていた。その上から、彼女を守るようにラウル君が覆い被さっていた。

 俺は2人に駆け寄る。

 兜を脱ぎ棄て、二人の口元に耳を近づけ、息を確かめる。

 ……大丈夫だ。

 良かった……。

 急に力が抜けて、俺はへなへなとその場に座り込んでしまった。

 ああ、良かった。

 ホントに、良かった……。

 そう安堵した瞬間、一際強い揺れが俺たちを襲う。

 俺は思わずリコットとラウル君の上に覆い被さった。

 目を瞑り、揺れに必死に耐える。

 その永遠にも感じられる長く激しい地震が収まり、俺は恐る恐るゆっくりと顔を上げた。

 そして、驚愕に目を見開く。

 大破したリコット号の先の遺跡中心部。

 建物跡の内部から、巨大な1対の白い羽が広がっていた。

 最近シリアス続きですが、懲りずに読んでいただけると嬉しいです……。

 

 ご一読、ありがとうございました!

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