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雪色エトランゼ  作者:
第2部
93/115

Act:93

 腐臭の混じった風が吹き抜ける。

 激しい戦いの音が、遠くウォラス山を望む原野に響き渡る。

 戦端が開かれたのは、俺たちがオルヴァロン島に上陸した翌日未明のことだった。進軍経路の偵察に出た部隊が、中規模魔獣群と遭遇したことにより、戦闘が開始された。

 俺たち王直騎士団本体8千は、シロクマ号、リコット号の順に縦陣を組み、その前方に騎士団が三角形に展開する矢尻体型で、遺跡に向かって進軍していた。

 陸上船の速力なら、沿岸部から遺跡までは大した距離ではない。しかし先輩参謀や司令部要員たちの反対により、シロクマ号は騎士団の後ろに配置されていた。騎士団での運用が決まった時にシロクマ号も武装を施されたとはいえ、司令部が進んで前線に出るなどあり得ないというのが彼らの意見だ。

 確かに、囲まれると危ういが……。

 しかし、後方にいては、騎士団の進撃を援護することもできない。

 俺は眉をひそめる。

 魔獣群に阻まれている全軍の侵攻速度は、遅々として上がらない。その上、敵集団の規模は、遺跡に近付くにつれますます濃密になりつつある。

 何とかして、突破を図らなければ……。

 北側から進軍している混成軍はどうだろうか。陽動が効いていないのだろうか。侵攻経路を分散させたのが仇になったか?

「2時方向!森の中からさらに魔獣群出現!」

 双眼鏡を手にしたシロクマクルーが叫ぶ。

「数は!」

 操舵室から前方の戦況を注視していたシリスが、振り返った。

 2時……右前方!

 俺は思わずそちら側に駆け寄った。

「グ、グロウラー型約……30!小型魔獣は多数です!」

 若いクルーは悲鳴のような声を上げた。

 シリスが顔をしかめた。

 シロクマ号の操舵室が不穏にざわめく。

「殿下。ここは一度後退し、防御戦に移行すべきでは?」

 先輩参謀の進言に、シリスは腕を組んで考え込む。

 確かに、ここがオルヴァロン遺跡の近くなら、敵を引き付け、じっくり防御陣形を構えるのも1つの手だと思う。

 しかし、生憎と目的地はまだまだ先だ。

 こんなところで立ち止まっていれば、ジリ貧になってしまう。それに、このままでは前衛右翼のハイセン隊が横腹から打撃を受けかねない。そうなれば、全軍の陣形が崩されてしまう。

 ここは……。

「シリスティエール殿下!」

 俺は声を上げた。

 剣の柄を握り締める。

「私が行きます。許可を」

 シリスが無表情に俺を見た。

 俺たちは、しばらく無言で視線を交える。

 シリスが睨むように俺を見つめ、そしてふうっと溜め息を吐くように、息を吐き出した。

「……わかった。任せる」

「で、殿下!」

 シリスが頷いてくれた。

 先輩参謀が驚きの声を上げた。

 言いたい事が色々ありそうなのは、シリスの気遣わしげなその顔を見れば、一目でわかる。

 わかっている。

 グロウラー型の近接打撃力は半端ではない。それは、俺が身を持って知っている。

 無謀な突撃はしない。

 考えはある。

 それに……。

 魔獣も戦場も、もちろん怖い。怖くて怖くてたまらない。

 しかし。

 私はちらりとシリスを窺う。

 ……頑張るんだ。

 例え命を懸ける事になっても、私に出来る事があるのなら。

 少しでも、恩返しができるなら……。

 私は、頑張る。

 涙の中で、そう決めたのだから。

 さっと踵を返し、俺は足早に操舵室を後にした。

 甲板で待ちかまえていたシュバルツを引きつれ、シロクマ号のクルーと幾つか打ち合わせをする。

 俺の案を聞いて、年配の髭を綺麗に整えたクルーが、ニッと笑いながら頷いてくれた。



 俺を下船させるために停船したシロクマ号が、再び動き出す。しかし速度は騎馬の常歩程度だった。

 シロクマ号の周りに展開していた司令部直援隊のグラスとレティシアが、馬を引いてやって来る。

「カナデさま。出陣ですか?」

 グラスが不敵に口元を歪めた。

「2時よりグロウラー型の集団が接近中です」

 俺はシュバルツから兜を受け取った。

 鎧とセットになっている兜だ。うるさくない程度に精緻な彫刻が施され、側頭部から大きな羽根飾りが伸びている。

「数はいかがですか?」

 兜を被りながら、不安そうな表情のレティシアを一瞥する。

「グロウラー型は約30ですね」

 レティシアが息を呑んだ。

「では、中隊で突撃を仕掛けますか」

「いえ。グラス中隊はシロクマ号の直援ですから、動かしません」

 俺はコートを翻して馬に跨った。こうして騎乗するのは久しぶりだと思う。

「グラス。2個小隊ください」

「お考えがおありで?」

 俺は頷き、幾つかお願いする。

 レティシアが、恭しく槍を差し出してくれた。

 銀器の穂先が鈍く光る長槍を、俺は脇に構えた。そして、グラスに頷き掛ける。

「レティシア。カナデさまに従え。ユークリスの小隊も合流しろ」

「頼みます、レティシア。シュバルツ、行きます」

 俺は手綱を叩き、馬を加速させた。

 ふと、後方のリコット号に目を遣る。

 甲板に数人の人影があって、こちらに手を振っていた。

 俺にはそれが誰なのかまでは見えないが、銀気の身体能力ブーストは視力にも有効なのだろうか。

 俺は、そちらに大きく槍を掲げて見せた。

 こちらも騎乗したシュバルツが俺に続く。レティシアも俺に従って駆け出し、グラスの中隊本隊の方にハンドサインを送った。

 シロクマ号と並進するグラス中隊から、2個小隊17騎が別れ俺の後ろに合流した。

 馬蹄が大地を踏み締める音が轟く。

 風が吹き抜ける。

 馬に跨って駆け抜けるのはなんだか久しぶりだ。近頃はずっと陸上船での移動だったから。

 大地に沿って躍動する馬の背を見て駆け抜けるのは、純粋に楽しいと思う。

 少し胸が高鳴る。

 重い槍と窮屈な鎧がなければ、もっと良いんだけれど。

 今度、遠乗りに出かけようか。

 お弁当も持って、シリスなんかも誘って。

 なだらかな丘を駆け上る。

 丘の上で足を止め、手綱を引きながら、左手方向を見た。

 2隻の巨大な陸上船と、日差しに白刃を輝かせた騎士たちが、黒い津波のように押し寄せる魔獣群とぶつかっている主戦場が広がる。

 目を戻す。

 丘の先。

 森の中から、巨大な2対の腕を振るいながら駈けるグロウラー型の一群を睨みつけた。

 俺は馬首を返し、声を張り上げた。

「前方、敵集団に突撃します!ひと当てして離脱!群を引きつけます!深追いはしないように!」

「「了解!」」

 騎士たちの力強い声に頷く。

 レティシア含め、彼らはベリル戦役を戦い抜いた精鋭だ。

 心強い。

 俺は再び前を見据える。

「全騎構え!突貫します!」

「「おおっ!」」



 片手で槍を構え、片手で手綱を握り締め、姿勢を低くする。

 先頭を行く俺にレティシアが並ぶ。

 俺がハンドサインを送ると、頷いたレティシアがカシャンと面防を下ろした。

 眼前にグロウラー型の列が近づく。

 それに随行している小型魔獣も大量にいるが、今はそちらは気にしない。

 駆け抜ける。

 トカゲ型を馬蹄が踏みつけ、狼型を蹴り上げる。もちろん魔獣はそんなものでは傷付かない。

 魔獣の列の中央あたり。一体のグロウラー型がこちらに気が付いた。

 足を止め、巨腕を振り上げ威嚇する。6つの赤い目、低く響く唸り声がぞろりと並んだ牙の間から漏れ出す。

 胸の奥がすっと冷たくなる。

 手が震える。

 しかし……!

 俺は歯を食いしばり、槍の柄を握る手にぐっと力を込めた。

 その一体以外にも、数体がこちらに気がつき、足を止めて威嚇を始める。そのため、まだこちらに気付かずに前進する魔獣群と、立ち止まって威嚇する魔獣群の間に隙間が出来た。

 俺はスピードを緩めない。

「はっ、野郎ども!不細工野郎のケツを思いっきり蹴り上げて差し上げろ!」

 シュバルツが歓喜の叫びを上げた。

 魔獣群に激突する瞬間。

 レティシアが進路を変え、1隊を引き連れ魔獣群後方に回り込んで行く。

 俺はシュバルツと並んで、そのまま魔獣群の隙間に突入した。

「やああああっ!」

 槍を回し、すり抜けざまに突き出す。

 グロウラー型の目が潰れる。

 大したダメージは与えられない。

 しかし立ち止まらない。

 駆け抜ける。

 槍を戻して別の個体を狙う。

 苦し紛れに薙払われた剛腕を、頭を低くしてかわした。

 魔獣群は混乱している。

 急に立ち止まった個体に後続が追突している上に、ぎゅっと密集した状態で腕を振り回すものだから同士撃ち状態だ。

 俺は三度目の槍を繰り出す。運悪くその矛先は、グロウラー型の巨大な口に吸い込まれてしまった。口腔内を少し傷つけたが、そのままがぶりと噛み折られてしまった。

 ちっ!

 槍の柄を投げ捨てると、そのまま魔獣群を突き抜けた。

 後続の騎士たちも次々と魔獣群を抜けてくる。

 魔獣群から黒い霧が立ち上っているのは、部隊に銀気持ちがいてくれたのだろう。俺と違い、グロウラー型に大ダメージを与えている証拠だ。

 よしっ。

 目だけで、群後方側に回り込んだレティシアたちもこちらに抜けて来るのを確認する。

 俺は抜剣し、その切っ先で前方を指し示した。

「離脱っ!私に続け!」

 走り抜けながら、ばらばらになった俺たちは、再び隊列を組む。

 速度は上げない。

 混乱から立ち直りつつある魔獣群が、徐々に俺たちを追撃し始める。それを引き離しては意味がない。

 進路はシロクマ号の方へ。

「カナデさま。このままでは本隊の方に魔獣を連れて行く事になります」

 馬を並べたレティシアが怪訝そうな声を上げた。

「大丈夫。準備は出来ているはずですから」

 俺はにっこり笑って見せる。

 シロクマ号の右舷が近付く。

 指示通り外周を固めている筈のグラス隊はいない。

 俺は手綱を引いて、船と併走するように進路を取る。そしてシロクマ号の甲板クルーたちに剣を掲げて見せた。

 髭面のクルーが、こちらに親指を立てるのが見えた。

 魔獣群は俺たちを追撃して来る。

 無秩序、長い列を作りながら。

 その列の横腹が、シロクマ号に晒される。

「右舷全門斉射ぁ!新型連射式弓砲の威力、見せてやれ!」

 シロクマ号から砲術長の雄叫びが聞こえた。

 上甲板だけではない。舷窓からも鈍く光る大槍が覗く。

 そして、ぶんっという風切り音と共に、無数の大槍が降り注いだ。

 グロウラー型の唸りが響く。

 もうもうと黒い霧が吹き上がる。

 しかし執拗に大槍は降り注ぐ。

 剛腕が千切れ飛び、醜悪な顔は撃ち貫かれ、その体躯はズタズタに引き裂かれて行く。

 巻き起こる黒い霧から駆け出してくるグロウラー型は、一体もいない。

 足を止め、唖然と後方を見つめる騎士たち。

「全騎反転!銀気持ちは止めを!あとは私に続いて!小型種を駆逐します!」

 手綱を引く。馬が大きく前足を振り上げる。

 俺は飛びかかって来る狼型を斬り払った。小型魔獣は、小さ過ぎてバリスタでは捕らえきれない。

 これからが騎士たちの見せ場だ。

「蜘蛛型の上からの攻撃に留意して下さい!」

「「了解!」」

 騎士たちが俺の両側を駆け抜けていく。

 追われる側から狩る側へ。

 新型バリスタの威力を目の当たりにした彼らは、明確な勝利を感じているのだ。雄叫びを上げ、勇んで小型魔獣に殺到突して行く。

 シロクマ号の向こうから、グラス隊も姿を現した。俺が艦砲の射程に魔獣を誘い込むために、あえて右舷の警戒を開けてもらっていたのだ。

「いや、凄いですな」

 グラスが俺に馬を寄せながら、グロウラー型の残骸群を見遣った。無数の大槍が突き立ち、グロウラー型を大地に縫いつけている。まだ動いているものもいたが、大半はドロリと黒い粘性を帯びた液になり、崩れ始めていた。

 よし……。

「グラス、この場を頼みます。私は一度船に上がります」

 俺は勝利の叫びを上げる隊から離れ、シロクマ号に向かった。



 カンカンと足音を立て甲板に上がる。

「うおおっ、カナデさま!」

「カナデさま!やりました!」

「はははっ、魔獣ども。ざまぁみやがれ!」

 甲板では、シロクマ号のクルーが歓声を上げて俺を迎えてくれた。

 年配の砲術長が、髭に手をやりニヤリとしながら手を上げた。

 彼に手を上げ返して、俺は兜を取った。

 ひんやりとした風が心地よい。

 頭を振って汗を払い、髪を掻き上げて耳にかけた。

 そして、クルーたちに微笑みかける。

「みんな、ご苦労様でした。引き続き騎士たちの援護、よろしくお願いしますね」

 一瞬の静寂。

「うおおおおっ!」

「カ、カナデさま!」

「これがう、噂の……」

「俺、自慢する。帰ったら、自慢する!」

 先程以上の大歓声が溢れる。

 みんな大袈裟だな。

 まだ勝利が決まった訳ではないのに。

 俺は何故か熱い視線を向け、俺の名前を連呼するクルーたちに手を降り、操舵室に上がった。

 操舵室は、甲板とは対照的に少しピリピリした空気に包まれていた。

「ただ今戻りました」

 俺の姿を認めると、先輩参謀が肩を怒らせながら歩み寄ってきた。眉間に深くしわを刻み、顔は真っ赤だ。

「カ、カナデ君!どういうつもりかね!司令部のある本船に魔獣群を引き連れて来るとは!」

 普段はクールな雰囲気の先輩は、鼻息も荒く俺を見下ろした。

「お言葉ですが、あの数のグロウラー型を殲滅するためには、本船の火力が必要と判断しました」

 俺は負けじときりっと先輩を見返した。

「ほ、他の隊のバリスタ部隊を集結させれば良かったんじゃないか……!」

「現在前線部隊は正面の敵と膠着状態です。ここで対大型魔獣への切り札であるバリスタ隊を引き抜くことは、出来ません」

 それでは戦線が崩壊する。

 なら、余っている物を使えばいいのだ。例えばこの船の装備のように。

「くくくっ」

 睨み合う俺たちに、シリスの笑い声が降ってきた。

 シリスは腕組みしてにやにやしながら、俺たちを見た。

「しかしこれで、この船の威力は実証されたわけだ」

 俺は頷く。先輩がぐっと唸る。

 やはりシリスは、俺の目論見など見通していたか。

「それでは本船はこれより増速し、敵中に突撃する。両舷射撃で、部隊を援護する。伝令を出せ」

「はっ!」

 司令部要員が頷き、操舵室を飛び出して言った。

「シリスティエール殿下!司令部を押し出すなど、ありえません!」

 先輩が悲鳴を上げる。しかしシリスはにやにやを止めない。

「俺たちには、戦力を遊ばせている余裕はない。それにカナデの戦果は見ただろう?」

 先輩はぐっと言葉に詰まった。

「船長。シロクマ号前進だ」

「了解。両舷増速三分の一」

 シリスの指示により、船の機関音が高まった。

 シリスは俺の作戦を見抜いた上で、その結果を見定めていたのだ。

 王直騎士団に、戦場での陸上船の運用実績はない。有効に活用出来るか、まだ手さぐりであり、未知数なのだ。それを確かめるために、俺の策を利用したのか。

 そして、有効と判断した。

 全く……。

 俺は微笑む。

「カナデ。ご苦労だった。少し休め」

 シリスが俺を見た。

 しかし俺は頭を振った。

「大丈夫です。甲板で援護射撃の指揮を取ってきます」

 俺は一礼してまた走り始めた。

 戦いはまだこれからだ。

 読んでいただき、ありがとうございました!

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