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雪色エトランゼ  作者:
第2部
92/115

Act:92

 その日は、ずっと空を覆っていた灰色の雲が綺麗に消えて、朝からすっきりした青空が広がっていた。

 オレグーの町はかなり北方に位置するはずなのに、日差しが少し暑いなと思えてしまう陽気だった。

 夏は、もうそこまで近付いている。

 そんな気候の1日だったので、体格のいい騎士たちがすし詰め状態で集合しているオレグーの行政府、大ホールの中は、むっとするような熱気に包まれていた。

 激しい戦いを目前に控えた騎士たちの気合いが、余計にそう感じさせるのかもしれない。

 この場に集まっているのは、オレグーに集結している王直騎士団、ウェラシア貴族連盟軍、近隣諸侯の軍の中隊長クラス以上の指揮官たちだ。

 オルヴァロン島侵攻を明日に控え、今回が最後の全体ブリーフィングとなる。

「それでは、作戦概要を説明する」

 騎士たちの前に立ったシリスが口を開く。

 会場のざわめきがすっと小さくなった。

 俺はシリスの後ろに、他の参謀たちや司令部将校たちと並んでいた。

 今作戦では、シリスが総大将を務める。

 役職で言えば王都防衛大隊という1部隊の副隊長に過ぎないシリスだが、本作戦ではリングドワイスとして国王陛下の名代を務める事になっていた。

 動員兵力は約2万5千。

 ベリル戦役に比べれば遥かに少ない数字だったが、今回は市民たちからの徴兵組はいない。騎士と兵ら、純粋に職業軍人たちからなる数だった。

 目的地が島だという事も、作戦参加人数に影響を与えている。

 いつの間にか量産されつつあるシロクマ級動力船が4隻。さらに各騎士団の軍船が54隻。民間からかき集めた大小無数の船を動員しても、この兵力を揚陸するのに最低1日はかかる計算だった。

 幸いオレグーとオルヴァロン島は目視出来る距離だが、もし天候が悪化すれば全軍の上陸はさらに遅れてしまう可能性がある。

 俺はシリスの背を睨みながら、眉を寄せる。

 魔獣は恐らく物量に物を言わせて来る。本当は、こちらももう少し数を揃えたいところだが……。

 シリスに変わり、俺の先輩にあたる参謀が前に進み出た。そして、壁面に張り出された島の地図の前に立つ。

シリスが俺の隣に戻ってきた。

「お疲れ様です」

 俺は小声で囁いた。

 シリスが俺を見て、ふっと笑った。

「それでは、作戦の大まかな流れを説明したいと思います」

 先輩参謀がかしゃりと指示棒を伸ばした。


「オルヴァロン島には、3方に別れて上陸する事になります。ウェラシア貴族連盟軍は、ここ。王直騎士団本隊並びに、遺跡内部に突入する冒険者隊はここ。そして、王直騎士団並びに南方貴族軍混成隊はここから上陸します」

 参謀が次々と上陸ポイントを指し示していく。

 オルヴァロン島は、上から見ると、横に長く膨らんだ楕円形をしていた。その東側から大きな半島が1つ、突き出ている。

 島最大の街、オルヴァンは、中央より東側、半島の根本にある。島を統べるラクシータ侯爵の居城がある街だから、まだ立てこもっている人たちも沢山いるはずだ。侯爵自身も現在行方不明だが、籠城を続けている可能性は高い。

 ウェラシア貴族連盟軍は、そのオルヴァンを第一目標に島の東側海岸から上陸する。

 オルヴァンから西に向かうと、ウォラス山という休火山がそびえ立つ。それが島の中心だ。

 そして、その西の麓の荒野に広がるのがオルヴァロン遺跡群だ。

 混成隊は島を回り込み、北西の浜から遺跡を目指す。そして俺やシリス、遺跡突入隊である優人が属することになる王直騎士団本隊は、オレグーと面している南の浜から上陸する。

「事前偵察の情報によると、上陸予定地付近には大規模な魔獣集団は確認されていません。内陸部についてもさほど敵の数は多くないようです」

 しかし…。

「ただ、遺跡内部に潜んでいる魔獣の数については、目下不明です。軍勢に釣られて、大規模な敵集団が現れる可能性があります」

 そうだ。

 優人は、女王型という強敵に備えなければならない。それまで力を消耗させる訳にはいかない。

 それまでの露払いは、俺たちの役割だ。

「島に上陸した各隊は、遺跡を目指しつつ出来るだけ進路上の魔獣を駆逐します。さらに、遺跡内部に存在すると思われる魔獣を引きずり出します」

 基本の戦術は、ベリル戦役の時と変わらない。本隊による攻勢で魔獣群を出来るだけ引き付け、その隙に優人たちとその援護部隊が遺跡に突入する。

 それをもって本隊は攻勢に転じ、優人たちの援護をする。

 今までの魔獣研究やベリル戦役での経験則から、群の体系の頂点に立つ女王型を滅ぼせば、魔獣群の統制は崩せると考えられる。

 散り散りになれば、魔獣とは言えただの獣を狩るのと変わらない。

 つまり、ベリル戦役の時は魔獣の完全殲滅までも視野に入れた陣立てだったが、今回は、実質優人たちの突入から女王型討滅まで戦線を維持する事が出来たなら、俺たちの勝ち、ということだ。

 大丈夫。

 勝てる……!

 今度こそ!

「なお、今回は4隻のシロクマ級陸上船が随行します。この船は、技術省が開発した新型船であり、水上、陸上での航行が可能であります」

 あれ……。

「それを利用し、各軍の司令部は陸上船に置きます。ウェラシア貴族連盟軍には、アオクマ号。混成隊には、アカクマ、クロクマ号。1番艦シロクマ号には、総司令部を配置します。各位、ご承知下さい」

 いつの間にか、シロクマが正式名称になっている……。

 それどころか、艦級を表す名前になってしまっている……!

 あわわわ。

 あんなの、とっさに思いついただけなのに!

 俺は努めて無表情を保つ。

 が、嫌な汗が額に滲んだ。

 心なしか顔が青くなっている気がした。

 赤白黒青。

「カ、カラフルくま……」

 ぼそっと呟いてしまうと、それを耳聡く聞きつけたシリスが、肘で俺の肩をつついた。

「いい名だ」

 俺はきっとシリスを睨み上げる。

「それでは最後に、シリスティエール殿下。お言葉をお願い致します」

 俺の抗議などお構いなしに、シリスが再び前に進み出た。

「皆。明日は決戦である。魔獣に蹂躙されている我らが土地、そして民の安寧を取り戻す戦いだ。さらには、ベリル戦役より続く魔獣という災禍に決着をつける戦いでもある。

 諸君。武器を手にし、黒き獣共を打ち倒せ。明日の勝利は、間違いなく歴史上稀に見る誉となる。各員の武運を祈る。勝利を!」

「「勝利を!」」

 室内に雷のような騎士たちの唱和が轟いた。



 しんと静まり返った早朝。

 自室で俺は軍装に着替える。

 お父さまからいただいたコートに纏った俺が腕を広げると、リリアンナさんが収納ケースから取り出したブレスプレートを取り付けてくれる。

 装飾彫刻が施された鎧の表面は綺麗に磨き上げられ、リリアンナさんや俺の顔を映してしていた。

 リリアンナさんがきゅっと止め側を引き絞る。

 ぬぐぐ。

 少しキツイです……。

 続いて、グリーヴ、ガントレットを装着していく。

 かちゃりと鳴る足の具合を確かめ、手を握って開いて感覚を確かめる。そして最後に剣帯を巻くと、立てかけてあった片刃の長剣を吊した。

 準備は万端だ。

「カナデさま。こちらに」

 剣の柄を握りしめていると、リリアンナさんが姿見の前に椅子を用意して俺に座るように促した。

 あれ、まだ何かあったっけ?

 剣が引っかからないようにぽすっと腰掛けると、リリアンナさんが俺の髪を解いて櫛を通し始めた。

「リリアンナさん。これから戦場に行くんですから、そんなに丁寧に梳かなくても大丈夫ですよ?」

 俺は鏡越しにリリアンナさんを見上げた。

 しかしリリアンナさんは、そっと頭を振った。

「カナデさま。リムウェア侯爵家のご令嬢たるもの、常に胸を張り、気高く美しくあらねばなりません。それが社交の場ででも、戦場でも、です」

 リリアンナさんはまるで硝子細工でも扱うかのような丁寧な手つきで、俺の銀の髪を結ってくれる。

「そのためには、まず身なりを整えられる事が基本です。カナデさま、お忘れなきように」

 鏡の中のリリアンナさんが微かに微笑んだ。

 やっぱり、俺はリリアンナさんがいなければ、やっていけないなと思う。

「さ、出来上がりました」

 あっという間に、俺の後頭部に銀色のお団子が出来上がった。

 鏡で具合を確かめながら触ってみる。

 おおー。

 これなら、兜をかぶっても髪が邪魔にならない。

 俺はお礼を言おうと立ち上がり、振り返った。

「リリアンナさん、ありが……」

 そこで、思わず言葉を切ってしまった。

 リリアンナさんが腰を折り、俺に深々と頭を下げていた。

「リリアンナさん……?」

「カナデさま。僭越ながら申し上げます」

 頭を下げたままリリアンナさんが口を開く。

「この場に居られぬ主さまに変わって申し上げます。カナデさま。どうか、ご無事に。ご無事に戻られますよう心からお祈り申し上げております」

 俺はぐっと拳を握った。ガントレットがカチャリ鳴った。

 リリアンナさんの向こうに、お父さまが微笑みながら立って居るような気がした。

 俺がまた戦場に赴くとなると、お父さまもまたきっと心配してくれるに違いない。

「ありがとう、ございます」

 俺は一語一語噛み締めるように答える。そしてリリアンナさんの肩にそっと手を触れて頭を上げてもらった。

「ちゃんと戻って来ます。みんなで一緒に。だから、大丈夫」

 俺は眼鏡の向こうのリリアンナさんの目を見つめた。

 俺はふっと微笑む。

「……はい、そうでございますね」

 リリアンナさんが頷いてくれた。

 俺は、コートの裾を翻し、扉に向かう。リリアンナさんが先回りして扉を開けてくれた。

「待ってたぜ、お嬢さま」

 廊下で壁にもたれかかっていたのは完全武装のシュバルツだった。王直騎士団のものではない、見慣れたリムウェア白燐騎士団の鎧姿だ。

 もう戦いが待ちきれないという風に、シュバルツが獰猛に笑う。

 俺はそんなシュバルツを見上げ、こちらも不適に微笑みながら、頷き返した。

 廊下を進む。

 背後からシュバルツとリリアンナさんの2人が付いて来る。

 エントランスホールに出ると、既にそこには仲間たちが集まっていた。

 鎧を着込んだ優人が手を上げた。インベリストから初めて冒険者として旅立ったあの頃に比べれば、その鎧も随分と傷だらけになったものだ。

 優人の隣で夏奈が大きく手を振っていた。

 軽鎧に長弓を携え、背中にはぎっしりと矢を詰めた矢筒を背負っている。

 シズナさんは革鎧に細身の長剣だ。出陣を前にして、何時もの涼しげな佇まいを崩していない。さすがだと思う。

 リコットはみんなの後ろで腕組みしていた。相変わらず不機嫌そうに俺を見る。トレードマークの尖り帽子がぴんと天井を向いていた。

 そのリコット隣にはラウル君だ。ラウル君はいつもの平服姿だが、腰には小剣を差していた。

 シャツの上に胸当てだけを身につけた禿頭の筋肉は、今にも張り裂けそうだ。

 俺はみんなの前に立った。

「みんな、準備は良いですか?」

「ああ。いつでも」

 優人が代表して、力強く答えてくれた。夏奈が、シズナさんたちが、頷いてくれる。

「では、行きましょう。出陣です」

 俺は静かに、しかし強い決意を口に出した。

 リリアンナさんが玄関ドアを開いてくれた。

 潮の香りの混じったひんやりした朝の空気が、俺たちを包み込む。

 幸いかな天気は快晴。

 憂う事は何もない。

 優人たちと共に、俺は戦場への一歩を踏み出した。



「全員速やかに乗船せよ!」

「進め。前に続いて行け!」

 オレグーの小さな港に、部隊指揮官の怒声が響き渡る。

 小さな港に停泊しているのは、4隻のシロクマ級とリコット号だ。

 その船に、長蛇の列を作り騎士や兵たちが順次乗り込んで行く。最初は万単位の兵員が集中し、立錐の余地もないほど込み合っていたオレグー港も、今はもう数えるほどの列を残すばかりだった。

 時刻は間もなく夕方。

 俺の計算によれば、既に全軍の9割はオレグーを出航した事になる。

 天気が良かった事と、シロクマ級の動きが予想より良かったのが幸いした。

 リコット号を含め、動力船は既に島とオレグーを4往復はしている。おかげで、日が落ちるまでには全軍オルヴァロン島に上陸出来そうだった。

 ここまでの作戦推移は極めて順調だ。

 俺とシリスは、シロクマ号の操舵席からそんなオレグーの港の様子を見つめていた。

「アオクマ号。人員積載完了。出航します」

 双眼鏡を構えた船員が声を上げる。

「よし」

 シリスが頷いた。

「アオクマはこれで最後の便か?」

 俺は手元の書類を確認する。

「最後の出航になります。このまま東海岸上陸コースに向かいます」

 シリスが船長を見る。

「ではアオクマ号へ伝令喇叭を。貴船の武運を祈る、だ」

 シロクマ号船長メルツが支持を飛ばす。やがて後部甲板から伝令喇叭が高らかに鳴り響いた。

 アオクマ号から答礼の喇叭が返される。

 そして高まる機関音。

 穏やかな港の中に波を作り出しながら、アオクマ号が進み始める。

 その甲板にまで溢れた騎士たちが、胸に手を当て、俺たちに敬礼を示した。

 シリスが高らかに剣を抜き放ち、彼らに掲げて見せる。

 アオクマ号が進む先。

 北海のにび色の海の上には、既に凄い数の船影が見て取れる。その全てが、兵や騎士、軍馬などを満載している。

 汽笛が鳴り響く。

 兵員乗船完了を告げて、今度はクロクマ号が動き出す。

「参謀殿。本船も出航準備整いました」

 俺はメルツ船長に頷いた。

「シリス、当船も出航準備完了です。殿はアカクマに任せ、出航しますか?」

 シリスが振り返る。

「よし。では出航だ」

 それを聞いたクルーたちが、俄かに激しく動き始めた。

「出航!機関出力上昇」

「舫いを解け!」

「出るぞ、機関室!」

「機関室力よし、定格出力です」

「よーし、両舷微速!出航!」

 船長の声が響く。

 機械音がぐっと高まり、俺たちを乗せたシロクマ号が動き出した。

 いよいよだ……!

 シリスがそっと近寄って来る。

「無駄な気負いはないみたいだな」

「……お陰様で」

 恥ずかしくて、少しぶっきらぼうな口調でごにょごにょ言ってしまう。

 ちらりと窺うと、シリスがふふんっと微笑ましそうに笑っていた。

 私はそれに気が付かないふりをして、船の進む先、海の向こうを見つめた。

 ご一読、ありがとうございました!

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