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雪色エトランゼ  作者:
第1部
9/115

Act:9

 相変わらずリリアンナさんの授業にプレッシャーを感じる毎日。

 今日はお屋敷の方ではなく、父上と一緒に城塞の行政府に出向きそこで講義を受けていた。今日はリリアンナさんが所用でいないから、行政府の見学も兼ねて、ということだった。

 午前中の講義をいつもより気楽に終えた俺は、軽い気分で城塞内を見学していた。

 今日は七分丈のズボンに、コートの様に裾の長いシャツ。髪は縛らずに背中に流していた。

 シャツの長い裾をふわふわと翻して歩き回る。

 石造りの城塞はまるでテレビで見たイタリアの遺跡の様で、物珍しく、見て回るのも楽しかった。

 城塞の1階は一般に解放されていて、役所として機能しているようだった。色んな用向きの一般市民が訪れ、賑やかだ。その周り一角が行政関係、奥に向かうと騎士団の詰め所となっている。ちなみにそこから渡り廊下で続く別棟が騎士団宿舎で、自分の屋敷を持つ上級騎士以外はそちらで生活しているようだった。

 他にも一般兵の宿舎、備蓄倉庫、物見の塔などが敷地内に立ち並ぶ。

 窓の向こう、塔の上ではためく侯爵領の青い旗を横目に俺はふらりと騎士団の練兵場に立ち寄った。

 体育館の様な場所で、筋トレをする者や練習用の木剣を打ち合わせている者など、慣れ親しんだ運動部のような熱気が、少し懐かしくて心地良いい。

 俺は、壁際で腕を組み、騎士達の訓練風景を眺めているガレスにとっとっとと駆け寄った。

「ガレス、少し邪魔をする」

「ああ、お嬢。今日も可愛いですな。がははははっ」

 ここ最近は、俺もガレスに剣を見てもらっていた。勉強と貴婦人修行だけでは息が詰まる。たまに体を動かしてストレスを発散するためだ。

 おかげでガレスとは気安く話せる仲になっていた。

「今日はこちらですか?」

「ん、リリアンナさんがいないんだ」

 俺がガレスと話していると、練兵場内がざわざわし始めた。騎士達がちらちらと俺の方を窺って来る。

 ガレスがニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「お前ら、カナデお嬢さまがご臨席されている!気合いを入れろ!」

「応!」

 割れんばかりの気合いの声が上がり、先ほどより活発な訓練が始まった。

 雇用主の娘がいるのだ、やりにくいだろうな…。

 最初はガレスから離れた場所で訓練していた騎士達がじりじりと近寄って来る。合間合間に俺に笑顔を向けてくる。

 俺は愛想笑いで軽く手を振り返した。

 リリアンナさんの教えその1。笑顔を向けてくる者には微笑み返し、手を振り返すべし。

「いや。お嬢がいると、訓練の真剣度合が違う。毎日来ていただきたいですな。がはははは」

「?ガレス、今日の稽古はここでつけてくれるのか?」

「そうですな。せっかくですから…」

 そこに、騎士が一人駆け寄って来た。

 少し垂れ目の金髪を三つ編みにした若い騎士だ。色白の顔に薄い笑みを張り付けている。少し軽薄な感じだった。

「カナデお嬢さま。私は騎士ジュリーと申します。私のお願いをお聞きいただけないでしょうか?」

「…なんだろうか」

「私とお手合わせ願いたいのです。聞くところによると、昔から剣術をなされていたとか」

 そんな話まで広まっているのか。 

 俺はガレスを窺った。

「確かに知らない相手と剣を合わせるのも良い訓練ですな。よろしい、許可しましょう」

 俺は頷いた。

「騎士ジュリー、お手柔らかに頼む」

「おー!」

 いつの間にか集まって来ていた騎士達から歓声が上がった。



 ギャラリーがぐるりと取り囲む円形の中で、俺はジュリーと対峙した。

 ジュリーはオーソドックスな長剣型の木剣を片手で構える。俺は柄の長い細剣型を両手で構えた。木刀があればベストなんだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。

「始めよ!」

 審判役のガレスが声を上げた。

 無造作な動きでジュリーが間合いを詰めて来る。

「カナデさま。万が一私が勝ちましたら、褒美を頂きたいのです」

「俺…私に出来ることはあまりないぞ」

 俺は相手から目を離さず、肩をすくめてみせる。

 リリアンナさんの教えその2。人前では「私」を、だ。

「私は、カナデさまとのデートを所望致します!」

「…へっ?」

 叫ぶと同時にジュリーが斬り込んで来る。

 周りから上がる歓声とどよめき。

 俺は一瞬呆然としたが、気を取り直して剣を構えた。

 とりあえずデートとかいうのは…保留だ。

 鋭い踏み込みだが、動きが直線的すぎる。

 ギリギリまで相手を引き付ける。

 打ち下ろされるジュリーの剣。

 俺は少し身を沈め、その剣の腹を軽く弾く。

 僅かに軌道を逸らすジュリーの剣。

 その反動を利用して俺は回転。体勢を崩すジュリーの背にくるりと周り込み、返す剣をジュリーの首筋に押し当てた。

 一息遅れてふわりと広がった服の裾と銀糸の髪が、ゆっくりと元の位置に戻る。

 一瞬の出来事だ。

 ジュリーが崩れるように膝をついた。

「カナデさまの勝ちだ」

 ガレスが告げると、音が帰って来たかのように、静かになっていた会場がざわめき始める。

 俺はふっと息を吐いた。

「次は俺が!」

「いや、俺が!」

 仲間を打ち倒されたので火がついたのだろう。

「デート権は俺のものだ!」

「いや、俺だ!」

 …そっちか。あと、デート何て誰も了承してないし!

 俺が訂正の声を上げるより早く、二人目が進み出た。

 長剣を両手に構えた長身の男だ。

 俺は精一杯伸び上がって面を取りに行くとフェイントを掛けつつ胴で一本。

 三人目。

 幾度か剣を合わせるが、低い姿勢からの連続攻勢で相手の剣を叩き落とした。

 騎士達の剣は、スピードもパワーも申し分ない。しかし力任せ感が否めない。剣道の試合のように、一瞬の攻防を巡る技巧のような物がない。

 講義で習ったが、騎士達の主要任務が魔獣討伐や治安維持、戦場では鎧を着込んで騎馬での重突撃であれば、求められるものは違うのだろう。

 それにこの外見に油断している部分もあるかもしれない。彼らの剣には、危機迫るものがない。迫力がないのだ。

 連続で3人相手にした俺は、息を整えながら乱れた髪を掻き上げた。そして顔を上げて唖然とした。

 何か列が出来てる…。対戦待ちの列だ。

「デートどこに行こうかな」とか「レストラン予約するか」とか剣術とは違う種の話が聞こえる…。

 多勢に無勢だ。

 ここは戦略的撤退を…。

 俺がじりじり後退しだしたところで、列の後方がざわざわと騒がしくなった。

 騎士の列が自然と分かれ、道が出来る。

「これは何の騒ぎだね」

「お邪魔します」

 列の向こうから現れたのは、父上と黒い大剣を携えた優人だった。



 ガレスから状況説明を受ける父上と優人。これで終わりかとほっと胸をなで下ろす俺。

 恭しく差し出す騎士からタオルを受け取り、額の汗を拭っていると、父上がやって来た。

「体を鍛えるのは良いことだ、カナデ。しかし、怪我はせんようにな」

 無表情で俺を見下ろす父上。流石に職場だと威厳があるな。

 父上はおもむろに手近な騎士から木剣を取り上げた。

「どれ、わしが相手をしてやろう」

「ち、父上?」

 鋭い眼光が俺を射すくめる。

「この父より先にカナデとデートなど到底看過できぬ」

「ち、父上…」

 そこですか…。

「主様、お止め下さい。お歳を考えなされよ」

 ガレスが慌てて父上の剣を取り上げた。いつも泰然て構えているガレスが慌てているのを初めて見たかもしれない。

「ええい、控えよ、ガレス騎士団長!このレグルス、かつては獅子侯と称された身。まだまだ衰えんわ!」

 喚く父上。やめなさい。家臣が見ているから…。

「なら俺、だな」

 優人が邪悪な笑みを浮かべる。

 確かに興味がある。

 ここ最近ずっと剣の稽古をしている優人だ。果たしてどれほどの腕になっているのか。

 しかし。

 小さいころから祖父に鍛えられてきた俺だ。どんなに腕を上げていても、付け焼き刃の剣腕で負かそうなど百年早い。

「いいだろう、相手をしてやる、優人」

 俺は剣を置くと、リリアンナさんからもらった髪留めで髪を纏める。練習の末、これぐらいのことは出来る様になったんだ。

 そして、改めて木剣を構えた。

 優人が黒の大剣を壁際に立てかけ、代わりに一番大きな木剣を取り上げる。

 俺達が対峙すると、自然にギャラリーが引き、場を作ってくれた。

 優人は特に構えなくだらりと剣を下げている。

 何だ、余裕かよ。

 俺は不敵に笑うと、たんっと床を踏み切った。

 突きに見せかけたフェイントの面打ち。

 さぁ、どう反応する?

 優人は少し腰を落とし、横に飛ぶ。

 視界の端にその姿を留めようとして、しかし一瞬で俺は優人を見失った。

 内心驚愕しながら突き込みを急制動。

 首筋に嫌な予感が走り、経験と勘から背後に剣を回す。

 重い衝撃に、俺はつんのめるように前に転がるが、すぐさま起き上がり構える。優人が不適な笑みを浮かべて巨大な木剣を向けていた。

「やっぱりやるなぁ、カナデ」

「凄い動きだな、優人」

 今度は優人が踏み込んでくる。縦横無尽に振るわれる大剣。

 俺は全て捌いていが、一撃弾く度に腕が痺れる。

 なんて力だ。

 その剣圧に押され、じりじり後退する。とうとう、とんっと背中が壁面に当たった。

 俺はタイミングを見計らい…一気にしゃがみ込んだ。

 頭上を優人の剛剣が通り過ぎ、壁を傷つけて弾け飛んだ。

 すかさず俺は足を跳ね上げた。無防備な優人の顎に蹴りを放つ。

 しかし俺の渾身の蹴りを、優人は軽く受け止めた。

「カナデ、足ちっちゃいよな」

「うるさい!」

 俺は即座に立ち上がり、背を見せて走り出した。背後で優人が剣を拾い上げ、俺を追う足音が聞こえる。

 優人のあの馬鹿げた瞬発力ならば、直ぐに追いつかれるのは明白。

 そして、そのタイミングは…ここだ!

 振り向きざまに逆袈裟の一撃。

 走り込んでくる勢いを殺せない優人に、俺の剣は直撃、しない…?

 木剣が宙を斬る。

 慌てて優人の姿を探す。

 その俺の背中に、堅い木剣の切っ先がちょんと押し付けられた。

「はひゃっ!」

 不意打ちに俺は変な声を出してしまい、ペタンと座り込んでしまった。

 頭上から優人が俺を覗き込む。

「強くなっただろ、俺」

 優人が手を差し伸べてくる。

「ああ、びっくりした…」

 俺はその手を取って立ち上がった。

「銀気の力ってやつか?」

 俺が尋ねると、優人は困ったように頭を掻いた。

「いや、それは使ってないんだが…」

「ユウト程の才の持ち主ならば、銀気を発現させずとも身体能力が強化されます。その体、もう自在に使いこなしているな、ユウト。素晴らしい」

 説明を加えながらガレスと父上がやって来た。ガレスの一喝で、集まっていた騎士達が散り、訓練に戻っていく。

 俺と優人の攻防に感じるものがあったのか、先程のやり取りを再現している者もいた。

「訓練の効果が出ているな」

「ありがとうございます、師匠」

 ガレスに頭を下げる優人。

「ふむ、その腕ならば、かのブレイブギア、竜殺しを預けるのに憂いはないな」

 父上が腕組みをする。そうか、あの黒い大剣。優人が使うのか。

 強い武器があれば、優人の旅もより安全になるだろう。

 父上、約束通り優人を支援してくれているのか。

 俺は嬉しくなって、父上に感謝の意を込めて笑顔を向けた。父上は分かっていると言うように破顔して俺に頷きかける。

「それとユウト君。カナデとのデート、おめでとう。良くエスコートしてやってくれ」

「えっ!」

 俺は思わず声を上げた。

 父上、俺の笑顔の意味を勘違いしたのでは…。

 父上は顔を寄せて小声になった。

「恋人の振り、のユウト君ならば、安心してカナデを任せられる。たまには城下を見て来るといい。明日は講義も休むようリリアンナには伝えよう。ユウト君、カナデを守ってやってくれ」

「お任せ下さい、閣下」

 優人が姿勢を正す。

 どうやら俺は優人とデートする事になったらしい。

 女の子とお付き合いしたことも、女の子とデートした事もないのに…。初めてが男同士…。それも優人って…。

 はぁ。まぁいいか。街には興味あるし、優人と一緒という事は、結局いつも遊びに行くのと変わらないという事だから。

 戦闘は文字数を取ってしまいます。

 自分の未熟さがもどかしいです…。

 おかげでお話の進みもスロー。

 ぼちぼちは進んでますので、お付き合いただければ幸いです。

 ご一読ありがとうございました!

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