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雪色エトランゼ  作者:
第2部
86/115

Act:86

 エシュリンの楔の手掛かりを求めて、俺たちは王都に向かうことになった。ウーベンスルトで押収した品の中から、マームステン博士の資料を探し出して確認するためだ。

「カナデはユウト君たちと楔の確保に向かってくれ。必要なら部隊を動かしても構わない」

 待機する部隊の管理、到着する援軍の整理、オルヴァロン島への住民救出を兼ねた威力偵察部隊の出撃スケジュール調整など、仕事に忙殺されているシリスの執務机の前で、俺は頷いた。

「でも、シリスの方が大変そうです。私も残ってお手伝いした方がいいですか?」

 俺がおずおずとそう申し出てみると、シリスはパタンとペンを置いて机に肘をついた。そしてニヤリとして俺を見上げる。

「何だ、そんなに俺と離れ……」

「各中隊長クラスにも、管理業務を負担してもらいましょう。臨時に司令部要員を出させれば……」

 シリスが深く椅子にもたれ掛かり、ははっと楽しそうに笑った。

 全く、こんな時に不真面目なやつだ。

 私は唇を尖らせて、シリスを睨む。

 ……でも、まぁ、険しい顔だけしているよりは、いいか。

「王都行きは、リコット嬢の陸上船に乗せてもらえ。緊急時に備えて、プリンセス・カナ……」

「ぬああああっ!シロクマっ!」

 私は思わずバタバタと腕を振る。そこは触れてはいけない、禁忌だ!

「ん?エシュリンの楔の在処がわかれば、そのまま確保に向かってくれ。報告は、俺にもほしいな。それと、プリンセス……」

「ひやっ」

 私は耳を塞いでふるふると頭を振った。

 シリスが唇を歪めてニヤリと満面の笑顔になる。まるで何かを思いついたような……。

「カナデ」

「な、なんですか」

「プリンセス・カナデ号」

 ……。

 私は目を閉じて眉間にシワを寄せた。

 こいつ、遊んでるな。

 私はおもむろに机を回り込むと、シリスの横に立つ。そして、ニヤつくシリスの横顔に、どすっと拳を繰り出した。

 軽く受け止められる。

 すかさず反対の手を繰り出す。

 また受け止められる。

「ふふふ」

 なかなかやるな。

「ははは、カナデの手は小さいな」

 陽気な笑顔で私の両手を握るシリス。

 ぬぬぬ、そんなに手をにぎにぎするな……。

 力を込めて押し込む私。

 笑顔で受け止めているシリス。

 しばらくそのまま拮抗する私たち。

 そこに、ノックの音が響いた。

 そちらを見ると、シリスの部下のメヴィンが呆れたようにこちらを見ていた。

 私はとっさに手を引っ込める。

「シ、シリス。で、では、私は王都に向かいます。後はよろしく」

 私はぎぎぎと音を立てるようにぎこちなくシリスから身を離した。

「ああ、気をつけてな」

 優しげなシリスの声を背に受けて、私はリコット号に向かった。結局、メヴィンの方に顔は向けられなかった。

 俺に、随伴のアリサ、リリアンナさん、シュバルツ、他シロクマ号に乗っていたヘルミーナら一個小隊。そして優人たちパーティーとマームステン博士を乗せ、リコット号が発進する。

 機関出力が上がり、船が加速し始める。

 ゆっくりと、背後に北海とオレグーの町が遠ざかって行く。

 ちなみに今船の燃料タンクになっているのは夏奈だ。

 リコット曰く、優人に比べれば、夏奈の出力は7割止まりだそうだ。しかし、もう殆ど回復しているとはいえ、病み上がりの優人を無理させる事は出来ない。そう判断した俺に、優人は大丈夫だと言い張ったが、俺、シズナさん、リコットに取り囲まれて睨まれた優人は、それ以上文句を言わずにおずおずと自室に引き下がった。

 リコット号は、出せるスピード目一杯で、土煙を巻き上げ王都に向かう。

 見上げると、俺たちの頭上には薄雲が出ている。その雲の向こうに柔らかな日差しが透けて見えた。目を転じると、遥か南、王都の方向には、重苦しいどんよりとした雲が立ちこめていた。

 季節は雨季。

 北の地はまだ肌寒いが、だんだんと夏が見えて来る季節だった。



 驟雨が駆け抜けていく。

 突然、船体を叩く激しい雨音が止んだ。

 自室で王直騎士団の活動報告を読んでいた俺は、資料を置いてうんっと伸びをした。

 サマーセーターに七分丈のズボンの私服姿の俺は、立ち上がってセーターの裾を伸ばすと、そのまま船室から出た。

 甲板に出てみると、濡れた甲板が雲の割れ目から差し込む光にキラキラと輝き始めていた。濃い水の匂いが少しずつ薄まり始めている。雨に洗われた空気が、少し冷たくなった気がした。

 後方に流れていく景色に目を向ける。甲板と同じように世界も水滴に輝いていた。

 今まさに、世界は生きている。

 そんな感じがした。

 俺は少し足を開いて、またうーんと目一杯伸びをした。

「あっ、カナデさま」

 振り返ると、鎧姿に剣を持ったヘルミーナが船内から出て来るところだった。

「ヘルミーナ。凄い雨でしたね」

 俺が微笑みかけると、さらに背後からぬっとシュバルツが顔を出した。こちらは私服だが、やはり剣を持っていた。

「シュバルツ、剣持ってどうしたんですか?」

 俺は首を傾げる。

「おう、お嬢。このヘルミーナが剣を教えてくれって言うからよ、ちょっとな」

「えへへ。シュバルツさまは歴戦の騎士とお聞きしましたので」

 少し照れくさそうに笑うヘルミーナと、ぶっきらぼうに頬を掻くシュバルツ。2人は俺に頭を下げると、連れ立って船首の方に歩いて行った。

 ふふっ。

 みんなが仲良くなるのは良いことだ。

 でもシュバルツ、ヘルミーナに無理させないといいけど。

 俺は後ろ手に手を組みながら、甲板をとことこ歩き回る。

 声が聞こえたのでそちらを見上げると、操舵室で何事か話しているシズナさんとリコットが見えた。

 そうだ、あそこにシズナさんがいるということは……。

 俺はくるりと進路を変えて、船内に向かった。

 実は、オレグーの町から今まで、まだ優人の見舞いをしていなかった。

 今がチャンスだ。

 というのも、夏奈の言う通り、優人にはいつもシズナさんがついているのだ。優人もだらしない顔で嬉しそうにしているので、俺が邪魔するのも申し訳なく思え、何となくお見舞いに行けていなかったのだ。

 今なら、シズナさんは外だし。

 俺は食堂に寄ってから、優人の個室に向かった。

 ノックすると、中から元気の良い返事が返って来た。

 俺は扉から半分だけ顔を出して、中を窺う。

 優人だけなのを確認して、さっと室内に入った。

 あれ……?

 別にこそこそしなくても、いいんじゃ……?

「ああ、カナデ。どうしたんだ?」

 上半身裸で、ダンベルを持ち上げていた優人が振り返る。

 おお……。

 腹筋、割れてる。

 ……すごいな。

 俺、割れてないし……。腕も細いし……。

 何か優人とどんどん違って行くな……。

 あ、女王型にやられた傷の跡だ。

 俺がじっと優人の腹を見ていると、優人は慌てシャツを着だした。少し顔を赤らめている。

 俺たちの間柄で、今更恥ずかしがらなくてもな。

「もう大丈夫そうですね」

 俺は椅子を引き寄せてぽすっと座る。優人はベッドに腰掛けた。

「これを……」

 俺はセーターの中から、お腹に隠していたリンゴを取り出した。食堂からこっそり隠して持って来たのだ。

「お見舞いです。どぞ」

 人肌で少し温まってしまったリンゴを優人に渡す。

「お前なー、見舞いに普通リンゴ丸ごとはないだろう。こう、剥いてくれたりするのが普通だろ」

「む、じゃあ、返して下さい」

 リンゴなんて剥いたことない。

 俺が眉を寄せて手を出すと、優人は、しかしリンゴをじっと見つめて何事か考え込んでいた。

「もらっとく」

 そして大切そうにそのリンゴを背後に隠した。

 全く、素直じゃないよな。

「でも優人、病み上がりでそんなに運動して、大丈夫なんですか?」

 俺は部屋の隅に転がるダンベルを見た。

「陸との再戦に備えてだ」

「再戦……」

 優人は膝の上で両手を組み合わせた。

「陸にはもう遅れは取らない。みんなのためにも。お前のためにも、な」

 優人が俺を見て不敵に笑った。

「そのためにも、体を鍛えておきたいんだ。銀気は身体能力をブーストするが、その元になる身体能力が高いにこした事はないからな」

 なるほど。

 こいつも、ちゃんと考えているんだな。

 俺は嬉しくなって、優人に微笑んだ。

 優人がどぎまぎと顔を逸らした。

「で、でもなぁ。昔は、力なら俺、負けん気なら陸、ここぞという時はお前だったのにな。陸のやつめ」

 優人が後ろに手をついて天井を仰ぎ見た。

 昔……。

 えっと、昔、な。

「ここぞって何ですか」

 ピンと腕を伸ばして膝に乗せながら、優人を見る。

「中学ん時あっただろ?陸がクラスメイトに嫌がらせされて、マジ切れして、殴り込みしてやるって大騒ぎしたの」

「うーん、ありましたっけ」

「俺や唯が説得しても全然駄目で、夏奈は泣いてるし。でも、お前が陸の前に仁王立ちして、お姉ちゃんを泣かせるような事はするなって一喝したよな。ははっ、それで陸も大人しくなって……」

 優人は目を細めて微笑む。

 しかし俺は……。

「覚えて……ないです」

 俺は少し俯く。

 そしてまた顔を上げて苦笑した。

「何ででしょうね。最近物忘れが激しいのか、昔の記憶があやふやで……すみません」

 優人が笑いを止めて真剣な顔で俺を見た。

「大丈夫か?疲れてるんじゃないか?」

「そうですかね?うん、大丈夫ですよ、うん」

 俺は立ち上がった。

「優人も、あんまり無理しないでください」

「ああ。お前もな」

 お互い頷き合って、優人の部屋から出た。

 扉が完全にしまったのを確認してから、ぽすっと通路の冷たい金属壁にもたれかかる。そして、そっと頭に手を当てた。

 あれ……。

 改めて優人と話すと、確かに違和感がある。

 学校のこと、家族のこと、もとの世界のこと。

 よくよく考えて見ると、あやふやに思い出せない事がある。

 優人の言う通り、疲れているのだろうか……?

「あ、カナデさま。どうかされましたか?」

 通路の向こうから、リリアンナさんが現れた。壁に寄りかかっている俺に、心配そうな顔を向けてくる。

「はは、リリアンナさん。大丈夫ですよ」

 俺は髪を掻き上げて、リリアンナさんの方に歩み寄った。



 久しぶりに帰って来た軍務省の廊下を歩く。

 俺の後ろには、アリサ、マームステン博士、ラウル君にリコットがついて来ていた。

 優人たちには船に待機して貰っている。エシュリンの楔の在処が分かれば、直ぐにでもまた旅立つことになるのだから。

「アリサ、証拠品の閲覧申請は?」

「済ませてあります」

「では直接向かいましょう。参謀部長と陛下へのご挨拶は後ほど伺うと伝えておいて下さい」

「了解致しました。しかし、国王陛下は、ご多忙中につき、お目通り出来ない可能性があるとの事ですが」

 うーん。

 陛下には、保養地での温泉の件をお断りしないといけない。

 せっかくお心配りして頂いたけれど、状況はそれを許してくれそうにない。

 また、落ち着いたら、みんなで行きたいなと思う。

 陛下もシリスも。優人たちも誘って。もちろん、お父さまにも来ていただいて。

 陛下には、後で手紙を書いておこう。

 すれ違う騎士が俺に頭を下げる。

 廊下に俺たちの足音が響く。

 軍務省地下の倉庫に到着すると、警備の騎士がマームステン博士たちに胡散臭げな視線を向けた。老人に子供、確かにこの場に相応しくない組み合わせだ。

 俺はその騎士に、ふわっと微笑みかけた。

「ご苦労様です」

「は、はっ!あの、あのカナデさまで?」

「はい、そうですよ」

 俺たちはぞろぞろと倉庫に入って行く。

 天井まで達するラックに、ところ狭しと押収品が並ぶ証拠品保管庫は、少しカビ臭い匂いがした。

 マームステン博士が右に、リコットとラウル君が真ん中に、俺とアリサは左側に別れ、エシュリンの楔の手掛かりを探す。

「リコットとラウル君。証拠品の確認を手伝って貰っていた時は、エシュリンの楔に関する記述は見なかったですか?」

 俺は目に付いたファイルをパラパラと捲りながら、ラック越しに話しかけた。

「あ、はい。まずはゴーレム兵器についてとか、女王型の核についての手掛かりを集中的に探してましたから、伝承とか古い記録の確認とかは、後回しにしてたので……うわっ」

「こら、ラウル!あんたちゃんと目の前に集中してなさいよ!」

「ご、ごめんよ、リコット」

 あの2人、なかなか仲が良い。お似合いだ。

 最近はリコットも優人にくっ付いているよりも、ラウル君の側にいる事の方が多いように思える。

 優人、ふられたかな。

 俺は1人微笑みながら、木箱や本類が乱雑に置かれた荷物の山の間を進んで行く。

 ふと、ラックの最上段に記憶に残るあの本と似たような背表紙を見つけた。下から見上げているだけでは良くわからないが……。

 うんっ、と手を伸ばしてみる。

 ダメだ、全然届かない。

 この姿になってから時間もそこそこ経っているのに、髪は随時伸びたが身長だけは一向に伸びる気配がない。

 なんで、さっ、と!

 心の中で恨み事を呟きながら、手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねてみる。

「ふいっ、もう、ちょっ、と!」

 ぐぬぬ。

 ダメだ、届かない。

 辺りを見回す。

 何か台になりそうな物はないかな。

 ふと、目があった。

「……あの、アリサ」

「カ、カナデさま。ファイト、です!」

 アリサが満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。あれ、ラウル君も、いつの間に。アリサみたいな笑みを浮かべて。

「くおらぁ!ラウル!どこ行ったのよ!」

 ラックの向こう側から、リコットの怒声が聞こえた。

 慌てて引っ込むラウル君。

「何じゃお前ら。何遊んどるんじゃ」

 背後から訝しむような低い声で、マームステン博士が現れた。

 いや、俺は別に遊んでなんか……。

「あったぞ。これがわしが若い頃に集めておった魔獣伝承のレポートじゃ」

 博士は、手にした豪華な装丁の赤い本を広げてみせた。

 ラウル君、リコットやアリサも集まって来た。

「ヒヒ、懐かしいの。何十年前かの」

 マームステン博士がページを捲って行く。びっしり文字が書き込まれた本のページはやや黄ばんでいて、経過した時間の長さを物語っていた。

「で、封印の剣については?」

 リコットがラウル君の後ろから身を乗り出した。

「まて、まて。お、ここじゃな。封印の剣について。あるいは楔と呼ばれる剣。ふむ、若き日のワシもなかなか頭が切れるわい」

 文面は、各地に残る魔獣襲来の伝承とそれに伴って語られるブレイバーが携えたという剣の伝承の比較検証という内容だった。ブレイバーが旅したという経緯や、その代での魔獣との最終決戦の場所などから導かれる、封印の剣の所在の可能性。そして、剣自体の伝承。

 それが指し示すところは……。

「北の最果ての地。地裂峡谷か」

 大地の裂け目。

「教会の総本山、片翼の女神の巨像があるノエルナ大聖堂じゃな」

 教会の総本山、か。唯から話は聞いたことがある。唯も、教会の一員として、その本山まで旅しないといけないと言っていたっけ。

「アリサ。至急王都にいらっしゃる枢機卿にご連絡を」

「はい!」

 アリサが駆けだして行った。

「私たちも、教会側の協力を取り付け次第、ノエルナ大聖堂に向かいましょう。みんなは、もう少し資料の検証をお願いします」

 博士たちが頷いてくれるのを見て、俺は踵を返した。

 確実にエシュリンの楔を手に入れ、今度こそ女王型を仕留めなければ!

 優人の腹筋が割れているお話でした。


 読んでいただいて、ありがとうございました。

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