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雪色エトランゼ  作者:
第2部
85/115

Act:85

 ローテンボーグからさらわれた魔獣研究の権威。そして、ラウル君の祖父であるマームステン博士。

 高齢のように見えるが、意外にしゃきしゃきとした動きで博士は優人の病室に入って来た。

 俺は立ち上がって頭を下げる。そして、説明を求めるようにシリスを見た。

 シリスは俺の隣までやって来ると、腕を組んで壁にもたれ掛った。

「博士は、オルヴァロン遺跡の中で捕らわれていたところを、ユウト少年たちが救い出したそうだ」

「まぁ、魔獣の研究が存分に出来るという意味では、悪くない環境じゃった」

 ヒヒと老博士は笑う。

 ラウル君は博士の背を押すと、空いている椅子に誘った。そのラウル君の隣にリコットも並ぶ。

「そこの銀髪の彼女が、リムウェア侯爵のご令嬢かな」

「カナデと申します。よろしくお願いいたします」

「ヒヒ、なるほど別嬪さんじゃ。ラウルが夢中になって話すのも分かるわ」

「お、お祖父ちゃん!」

 顔を赤くして抗議するラウル君だったが、その隣からリコットがやけに眼光鋭く俺を睨み付けて来る。

 どう反応していいのか分からなかったので、取りあえず手を振り返してみたら、さらに睨まれた。

「邪魔したな。話を進めてくれ」

 マームステン博士に促され、優人が再びオルヴァロン遺跡最深部での出来事を語りだした。



 光る双剣を操る陸。そして周囲に黒い霧を吹き出しながら蠢き始めた女王型魔獣。そして数を増していく警備兵たち。

 優人たちは、再び追い詰められた形になってしまった。

 さらに、陸の攻撃は先ほどまでとは比べものにならないほど苛烈を極めた。優人は押し込まれ、優人の剣が悲鳴を上げた。

 まるで、光の剣が陸の銀気を強化しているかのようだった。

 さらに濃くなって行く黒の霧。

 そして、とうとうその霧の中から、無数の狼型、蜘蛛型、トカゲ型の小型魔獣群が溢れ出して来る。

 しかし、それが優人たちには幸いした。

 魔獣たちが、警備兵や陸たちにも襲いかかったのだ。

 これで、優人たち、陸たち、魔獣の三つ巴の乱戦状態となった。


 俺はふと疑問に思って首を傾げた。

「では、博士をさらった者たち、つまり陸の黒幕は、魔獣を操れている訳ではないんでしょうか?」

 操れるなら、三つ巴にはならない。

「うむ。わしは、奴らから魔獣を意のままに操る方法を確立することを求められておった。」

 マームステン博士が胸を反らせるように、その豊かな髭を撫で付ける。

「奴らは、魔獣を封じる事が出来る剣、エシュリンの楔と我々は呼んでおるが、それを介して魔獣を制御できると考えておるようじゃったな」

 しかし……。

 俺は少し俯きながら、顎に手を当てる。

「でも、私たちの敵は、まだ確立していない技術を当てにして、今のような騒乱を起こしたのでしょうか」

 魔獣を制御出来ないならば、黒海嘯を引き起こしても無駄に犠牲が拡大するだけだ。それで敵対するものを滅ぼしても、次は魔獣が自身に襲い掛かってくる。どんなに強大な力でも、管理出来ない兵器などナンセンスだ。

「あるいは、ベリル戦役で黒騎士と袂を分かったのが、奴らの誤算だった、とかな」

 シリスが腕組みしながら口を開いた。どこか試すような口ぶりだった。

「あるいは、魔獣の制御自体が主目的ではないとか?」

 俺は隣のシリスを見上げる。

「あり得る。仮定だが、敵の内部にも、魔獣を制御し使役しようとする一派と、それ以外に目的を持つ派閥があるのかもしれないな」

 シリスがにやにやしながら俺を見下ろした。

「制御が目的でないなら、最悪のケースとして魔獣の拡大、そのもたらす破壊こそが目的という事も、想定しておかなければいけません」

「まったく、カナデは嫌な事ばかりを思いつく」

「ですから、最悪のケースです。それを防ぐには、やはり魔獣拡散の元凶たる女王型を……」

 俺はシリスを見上げながら頭に浮かぶ仮説を口にしていたが、そこでふと周りの視線が俺達に集まっているのに気がついた。

 お、おお……。

 何だか急激に恥ずかしくなる。

 俺はしゅんと肩をすぼめた。

「……すみません。優人、先をお願いします……」

 優人は何だか複雑そうな顔をしていた。

 シリスは楽しくてたまらないといったふうに、にやにやしている。

 夏奈やラウル君、マームステン博士は、なにやら「息ぴったりよね」とか、「お似合いです」とか「若いっていいのお」とか、こそこそ話していた。

 聞こえない、聞こえない。何も聞こえない。

 優人がゴホンとわざとらしく咳払いした。


 優人は、魔獣と警備兵が入り混じる場の中で、その中を素早く潜り抜け、赤く光る目で自分たちを睥睨する女王型に挑み掛かった。

 女王型をこの場で仕留めることこそが、最も重要だと判断したからだ。

 シズナさんたちパーティーメンバーもすぐさまそれに呼応する。

 魔獣には必殺の威力を誇る優人の攻撃が、女王型を抉る。さらに夏奈やシズナさんの援護も加わる。

 しかし、与えたダメージは容易く再生してしまった。その再生力は、ベリルで戦った時より格段に増しているかのようだった。


「俺たちは繰り返し女王型に挑んだが、僅かな隙に再生されてしまうんだ」

 優人が険しい目で虚空を見詰めている。

「そこに陸が追い付いて来て、また乱戦になった」

「私が、私の油断がいけなかったの」

 シズナさんが眉間にしわを刻み、声を落とした。

「ユウトを援護しようとしたのに、自分の背後に迫った女王型に気がつかなかった。それで、ユウトが私の代わりに、女王型の足にお腹を貫かれて……」

「この様だ」 

 優人は自嘲気味に笑うと、自分のお腹をさすって見せた。

「ユウトを失っては、私たちに勝ち目はない。博士を連れて、とにかく走って走って、この街に逃れて来たの」

 シズナさんが話を締めくくり、ふうっと息を吐く。

 部屋の中に、重苦しい空気が淀んだ。

 確かに状況は良くない。

 でも……。

「みんな。今は、とにかく女王型を倒す方法を考えましょう」

 俺は努めて明るく声を上げた。

「しかし、少年の攻撃が通じないのは痛いな」

 シリスが唸る。

 考えられる手としては、ベリルの時のように銀気の使い手を出来る限り集め、その火力で再生の間を与えず仕留めるという作戦だ。

 しかし、現在女王型がいると思われるのは狭い遺跡の奥。

 大戦力での突入には不向きだ。

 となると……。

「リクが持っている、エシュリンの楔とかいうものを使うのが、一番確実だな」

 俺も思い付いたことを、シリスが先回りして口に出した。

「確かに、それが正解じゃ」

 それまで沈黙して話を聞いていたマームステン博士が、しわがれた声で頷いて見せた。



「わしは、奴らに拉致され、魔獣研究を強要されながら、その合間に自分の私的な研究を進めておった。何せ、あのオルヴァロン遺跡には、手付かずの過去の記録が山とあったからな」

 俺たち全員が博士に注目する。

「過去、魔獣の大規模襲撃は幾度となくあった。歴史に残るものから、忘れ去られたものまでな。魔獣の大群に町や国は飲み込まれた。その度に時代が切り替わった。時には、あと一歩まで人類が滅びかけたこともあったようじゃ。記録を紐解いて行くと、その魔獣の出現に合わせたかの様に、強い銀気の才を持ったブレイバーたちが現れ、魔獣に挑んだことが分かる。そして、その手には、常にエシュリンの楔があったという」

 幾度となく繰り返される戦い。

 それはつまり、この世界の仕組み、いや、摂理と言えるものの一部ではないか。

 滅びをもたらす魔獣。

 それを滅ぼすために、異世界からの召喚されるブレイバー。

 俺たちは……少なくとも、さっぱり銀気の才のない俺以外は、魔獣を討ち滅ぼすという使命を帯びて、この世界に呼ばれたということになるのかもしれない。

 胸が苦しくなった。

 力が欲しいんじゃない。

 過酷な戦いへ挑むことを運命付けられた優人たち。 

 しかし、同じ場所からこの世界にやって来たのに、そんな過酷な運命を共に出来ない俺。

 悔しがった。

 涙が滲むほど、悔しかった。

 安全な場所から優人たちを見送ることしか出来ない、不甲斐ない自分が。

 お嬢さまお嬢さまとちやほやされて、優しいお父さまやシリスやみんなに囲まれている幸せが、後ろめたかった。

 そんな、俯いた俺の肩に、ぽんっとシリスが手を置いた。

 はっとして見上げると、その顔はマームステン博士の方を向いていた。

「では、リクを倒し、エシュリンの楔を手に入れなければいけないと言うことだな」

「うむ。しかし、わしが読み解いた記録によれば、楔は1振りだけではない可能性がある。複数のブレイバーたちが、各々エシュリンの楔を手に魔獣に挑んだ時代もあったからの。それらを探し求めるのも、手じゃ」

「その在処はわかっているのか?」

「うーむ。大昔に、その手の伝承を調べていたことはあったが……。わしの家の書庫ならば、その時の資料もあるかと思うのだが……」

 博士が首を捻った。その姿が、なんだかフクロウみたいに見える。

「おじいちゃん、でもローテンボーグの僕たちの家は、おじいちゃんがさらわれた時に荒らされてしまって、ほとんど何も残ってないんだ……」

 ラウル君は唇を噛み締めて俯く。その背をマームステン博士が優しくさすり、リコットが気遣わしげな視線を向けていた。

 それを見てシリスが目を細めた。

「ユウト少年。シズナさん。リクはどうなったんだ?」

 シリスの問いに、2人は頭を振った。

「遺跡から脱出するのが精一杯で……。わからないわ」

 シリスが眉をひそめ、険しい表情をする。

「そうなると、どこにいるかもわからないリクを見つけ、恐らくはユウト少年並みの銀気持ちのヤツから楔を奪うか……」

「どこにあるかわからない別のエシュリンの楔を探し回るか、という事ですね」

 俺は肩に乗せられたシリスの手を感じながら、その言葉の後を引き継ぐ。

 沈黙が室内に満ちる。

 ここにいるみんなが、そのどちらもが難しい事だというのを理解していた。

 誰かが深く息をする音が聞こえた。あまりの静けさに、窓の外で行き交う騎士たちの声が遠く聞こえた。

 エシュリンの楔。

 魔獣を封ずる事が出来る剣。

 封印の剣か……。

 封印……。

 ……。

 あれ?

 どこかでその単語を見たことが……。

 あれ。

 あれれ……?

「博士。エシュリンの楔、手掛かりは覚えていないのか?」

 シリスが沈黙を破る。

「もしくは、リクが使っている楔。奴らがそれをどこで手に入れたのか。奴らの内部にいたなら、何か情報は得られなかったのか?」

 情報。

 既にエシュリンの楔を手にしている、敵の情報……。

 敵の……。

「……あっ」

 思い出した。

 俺は思わず声を漏らして、目を見開く。

「どうした、カナデ」

 どうしても思い出せない事に急に思い至った時のざわざわとした爽快感が体を駆け抜けて行く。

「ウーベンスルト!あそこで押収した品に、封印の剣の記述を見た覚えが!博士の、マームステン博士の本がありました!」

 俺は立ち上がってシリスを見上げた。

「それが、エシュリンの楔の事かどうかはわかりませが、検証してみる価値はあるのではないですか?」

 俺はシリスに不敵に笑いかる。

 少し驚いた顔をしたシリスは、しかしニヤッと笑い返してくれる。

「よし、端緒は掴んだか。これで……」

「しかし、の」

 そのシリスの言葉の途中で、マームステン老人がぼそりと呟いた。

 俺たちは一斉に博士を見る。

「確かに、以前わしが集めた資料があるのならば、楔は見つかるかもしれん。しかし、の。調べれば調べるほどわかって来るんじゃ。魔獣は、強大な存在じゃ。とてつもなくな。ましてやその最上位たる女王型は、神話の中で神々と争ったような存在じゃ。そんなもん相手に、人間は勝てるかの?わしは、あの遺跡の地下で動いとる女王型を目の当たりにして、そう、思ってしもうた」

 博士は膝の上に腕をつくと、少し暗い目で俺たちを見上げた。

 室内が再び沈黙に沈む。

 今度は、ラウル君が気遣わしげに祖父の肩にそっと手を置いた。

 勝てるのか?

 その問いに答える事は、俺には出来ない。

 しかし、それを問うことは、重要なことじゃないと思う。

 俺は拳を握り締める。

 そして、博士の方に一歩進み出た。

 木の床に、俺のブーツがことんっと鳴った。

「諦めないことです」

 俺は自分にも言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。真っ直ぐに博士を見て。そして、みんなの顔を見て。

「何があっても諦めない。真っ直ぐに勝利を信じることこそが、何よりも大事」

 記憶のどこか遠くで、優しい声音の祖父が教えてくれた言葉をそのまま紡ぐ。

 諦めないこと。

 月並みな言葉だ。

 その教えから目を背けていた時も、確かにあった。

 どんなに頑張ったって、諦めなくたって、叶わないものは叶わない。

 そんなふうに、達観したつもりになって。

 でも、だんだんと、祖父が言っていたことは、そういう事ではないということが分かった。この世界に来て、さらにそれを実感した。

「諦めないという事は、最後まで頑張るという事です。叶わないから頑張らないのではないんです。頑張るからこそ、叶うんです」

 俺が頑張る。

 シリスが頑張る。

 優人が頑張る。

 みんなが頑張る。

「そのみんなの諦めない心が、きっと勝利を引き寄せてくれます!」

 俺は、強く握りしめて白くなった手を開き、胸に当てる。

 少し目を閉じてから、もう一度部屋の中のみんなを見回した。

 そしてまた拳をぎゅっと握り締めた。

 シリスが不適に笑って俺を見つめる。

 優人が真剣な眼差しで頷く。

 シズナさんが優しく微笑み、夏奈やラウル君は満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。リコットも真面目な顔で俺を見ている。

「なるほど、の。これが今代の……」

 マームステン博士が何かぼそぼそと呟きながら、しかし顔を上げてくれる。

 進むべき方向、成すべきことは見えたと思う。

 もしかしたら、また直ぐに行き止まりになる道かもしれないが……。

 今は、ただ前へ。

 今回は、部屋から一歩も動いていません。

 なんと……。


 読んでいただき、ありがとうございました。

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