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雪色エトランゼ  作者:
第2部
74/115

Act:74

 新調してもらった軍装は、シワ一つなく、着ていて気持ちいい。

 俺は気分良くヒールを響かせながら、王城の廊下を歩く。胸元のスカーフタイが、歩みに合わせてふわふわと揺れていた。

 ローテンボーグでの襲撃の後、その実行犯と思われる2名を確保した俺たちは、本格的な取り調べを行うために昨日、王都に帰還した。

 ローテンボーグから王都までは通常2日ほど。俺たちがローテンボーグを出発したのは昨日の早朝。そして、その日の夜には王都に到着していた。

 さっそく今日から襲撃犯たちの取り調べは始まっている。

 こんなに早く帰還出来たのは、リコット号のおかげだった。

 海のない王都に船はつけられない。ところが、リコット号は陸地の上を走ったのである!

「ふふふっ、これがあたしの船の新機能!こんなの他にないんだからねっ!」

 操舵室で舵輪を握ったリコットが、勝ち誇ったように叫ぶ。

 俺は吹き付ける風に髪を押さえながら、ほぇっと感心の声を上げる。

 ちなみに優人が燃料タンクなのは変わらないので、甲板で驚きの声を上げているアリサや騎士たちの中にその姿はなかった。快適な船旅(陸)の間、ずっと機関室に籠もりっぱなしの優人が哀れだった。

 その優人は今、ガチガチになりながら俺の後ろを付いて来ていた。

 その姿が少し可笑しくて、俺はふふふっと笑う。俺もシリスに連れられて初めてこの廊下歩いた時は、きっとこんなだったのかなと思う。

 俺たちは謁見の間に繋がる大扉の前に立った。

 俺は後ろ手に手を組んで、くるりと優人に向き直った。

「じゃあ優人。わかってますね」

「お、おう」

 大丈夫かな……?

 緊張で目が泳いでるし……。

 俺は手を伸ばして優人の額をペシリと叩く。

「私が陛下の前まで案内します。私が退いたら、膝を突いて頭を下げる。労いの言葉には光栄です。下賜される報償には、ありがとうございます。それだけで大丈夫ですから」

「お、おう」

 駄目だな……。

 何かミスをしたら、俺がフォローしてやろう。せっかく陛下に上申して設けた優人の晴れ舞台だ。

 俺は、警備の騎士に微笑んで頷く。

 若い騎士はぎくっとしたように身を強ばらせ、大扉を開けてくれた。

「カナデ・リムウェア参謀並びに冒険者ユウト、ご入場!」

 扉から光が溢れた。

 高い天井に巨大なシャンデリアが光を灯す。その下、広大な空間には王国の重鎮達がずらりと整列していた。

 右手には礼服姿の高級文官たち。各省の長官クラスが並び、その先に宰相、そして4公の姿もある。左手には武官が並ぶ。王直騎士団の大隊長クラスが末席であり、続いて参謀部幹部、俺の上司である参謀部長、将軍たちにと軍務省長官。騎士服に身を包んだシリスもいた。

 そしてその中央。真紅の絨毯の先、玉座に肘を突く国王陛下が俺たちを見据えていた。

 ここに居並ぶ誰もが大ベテランの政治家であり軍人たちばかりだ。俺たちに注がれる視線には、物理的な力がありそうな重圧を感じてしまう。

 俺はすっと息を吸い、お腹に力を入れた。

「行きます、優人」

 背筋を伸ばし、胸を張って、前を見詰める。そして俺は歩き出す。

 俺たちは玉座の前まで進と、一礼した。

「陛下。ベリル戦役の英雄、並びにこの度のローテンボーグ襲撃事件の功労者、冒険者優人です」

「うむ」

 陛下の低音に謁見の間が震えた。

「カナデ。お前もご苦労であった。下がるがよい」

 俺は一礼して後退すると、そのまま武官たちの列に加わる。

 参謀部長が俺を見て頷いてくれた。

「さて冒険者ユウトよ。お前の働き、真に見事である。重畳至極。カナデの言の通り、その功績がわが国にもたらしたものは大であるから、ここに称えよう。我の感謝の気持ちを用意した。受け取るが良い」

 優人は俺の指示通り跪いて陛下の言葉を受けていた。

「光栄デアリマス」

 普段とは違う棒読みな優人の声に、俺はふふっと笑み漏らす。



「勲章、良かったですね」

 俺は隣を歩く優人の顔を覗き込んだ。

「なんで俺なんかに、こんなに大々的なんだ?」

 肩を落とした優人がため息をついた。

「だって、ベリル戦役の後の論功行賞は逃げたでしょ?せっかくドラゴン型を倒した英雄だって、陛下に推薦したのに」

「余計なことを……。でも、カナデは良くあんな場所で堂々としてられるな」

 俺は悪戯っぽく微笑む。

「慣れましたから」

「凄いな。俺には耐えられない……」

 優人が力なく笑った。俺がその背をぺちんと叩く。

「……優人は頑張ってるから。優人が命を懸けて戦ってくれたから、助かった人がいっぱいいます。私は、そんな優人はもっと評価されてもいいと思うんです」

 私はへへっと笑う。少し恥ずかしかったので、目線を逸らして頬を掻いた。

「私も感謝してます。いつもいつも優人に助けられて。優人に頼ってばっかりで。だから、優人の叙勲を陛下に……」

「カナデ!」

 私の言葉を遮って、優人が私の肩を掴む。

 えっ……?

「水くさいこと、言うなよ。俺たちは……」

 優人が視線を逸らし、また私を見た。

 正面から。

「俺は……」

 そこに、突然複数の足音が近付いて来た。

 振り返ると、大輪に咲いた艶やかなドレス群が駆けて来る。その先頭に立つのは、真紅のドレスをまとった女性だった。

 輝くような笑顔を浮かべた南公の令嬢、レミリアが優人の首にがっと抱き付いた。

「ああ、ユウトさま!」

 抱きつかれた優人は時間が止まったように呆然としていた。

「ユウトさま!私の事を覚えてらっしゃいますか!レミリアです!あの時、迫る機械人形から助けていただいたレミリアです!」

 遅れて他のお嬢さま方もやって来る。俺はその流れにどんっと弾かれてしまった。

「まぁ、こちらがユウトさまですね」

「冒険者は粗野と聞きましたが、整ったお顔ですわね」

「ふふ、少し可愛いわ」

「レミリアさま、嬉しそう」

 俺はよろよろと壁際に後ずさる。

 優人……。

「いや、あんた誰だ?何だ、何なんだ?」

 貴婦人たちの向こうから、優人の困惑した声が聞こえた。

 ……もてもて。

「良かったですね、優人」

 私はぼそっと呟いていた。

「何だ、カナデ、何だって?」

 私はむうっと腕を組む。

 親友がもてもてなのは喜ばしいことだ。とっても。

 ……でも。

 あんなにデレデレする親友は、何だか見てられない。……顔は見えないが。後でリコットに告げ口してやる。あと夏奈にも。シズナさんにもだ。

「ユウトさま?」

 レミリアの驚いたような声が上がった。それに合わせて、貴婦人の輪が少し広がった。

 その間から、優人がレミリアを引き剥がし、距離を取る姿が見えた。

「ユウトさま……。ああ、突然失礼しました。非礼をお詫び致します。私はフェミリアン公爵家の娘、レミリアと申します」

 レミリアが一歩優人に近付いた。

「ユウトさま。私はユウトさまをお慕いしています」

 むむむ……。

 関係ない筈の私の顔が真っ赤になる。

 その場のみんなが、固唾を飲んで優人の答えを待った。

 優人が顔を赤くし、呻いている。

 しかし、意を決したように拳を固めた。そして一歩進み出る。

「レミリアさん。すみません。俺……」

 優人がそっと下を向き、そして顔を上げた。

 一瞬俺と視線を交える。

「好きな子がいるんです!だからあなたの気持ちには応えられません。すみません!」

 優人はがばっと頭を下げると、貴婦人の輪を押しのけて俺のところにやって来る。そして俺の手を掴むと、足早に歩き出した。

 俺は手を引かれながら、衝撃で一瞬ホワイトアウトした頭の中を必死に整理しようと試みていた。

 優人が好きな人……。

 好きな人がいる……。

 ずんずん歩く優人。

 リコットか?シズナさんか?も、もしかして夏奈か?いや、唯かもしれない。昔から仲良かったし……。

 優人の好きな人……。

 誰なんだろう……?



 降り注ぐ陽光が作り出す大樹の木漏れ日が、広げたシートの上にゆらゆらと揺れる模様を作り出していた。

 爽やかな風に髪が揺れる。

 マリアお母さまの花壇から漂う花の香と森の濃い緑の匂いが合わさって、新緑の季節の気持ちのいい空気を作り上げていた。

 晴れ渡った休日の午後。

 王都での俺の仮住まいであるブライトお父さま屋敷の庭で、俺たちはささやかなお茶会を催していた。

 参加しているのは、ブライトお父さま夫妻に、俺がお願いして呼ばせてもらったシズナさんたちのパーティー。シリスも来る予定だが、また遅れているようだ。仕事だろう。

 リリアンナさんは給仕役、それとアリサも休日返上で手伝ってくれている。姿は見えないが、シュバルツもその辺に居た筈。そういえばリコットとラウル君の姿も見えない。屋敷の書斎だろうか。

 シズナさんは、テラスのテーブルでマリアお母さまと談笑していた。ブライトお父さまは、禿頭さんと顔を突き合わせて話し込んでいる。冒険者の2人に、前国王夫妻と話しをしているという気負いはなさそうだ。さすが、世の中のあれこれを経験して来たベテラン冒険者だ。

 そんなお屋敷から少しだけ離れた大きな木の下。広げたシートの上で、俺と優人、夏奈は顔を突き合わせていた。2人から、陸捜索のための北方調査の報告を聞いていた。再開してからずっとバタバタしっぱなしだったので、まだ聞けていなかったのだ。

「優人、お茶のおかわりはいります?」

 話の切れ間で、俺は優人にポットを掲げてみせる。

「……いや、いい」

 優人はそっと俺から視線を外した。

 この間の王城での叙勲以来、優人が何だかよそよそしい。かと思ったら、じっと俺を睨んでいることもあるし……。目が合うと、顔を赤くするし……。

 叙勲申請したこと、怒ってるのだろうか……。

「それでね、陸はしばらくそのスプレアって町で冒険者やってたみたいなんだ」

 胡座をかいた夏奈が、マリアお母さま手製のクッキーを手に取る。

「陸、ブレイバーの力で魔獣討伐の依頼をこなしてたみたい」

 夏奈が下を向いたまま、クッキーを齧る。

「北方は、ここいらよりも自然にいる魔獣の割合がずっと高い。リムウェア侯爵領辺りじゃ珍しいグロウラー型も、少し森に入れば直ぐに出くわす」

 優人が息を吐いた。

「雪が降り積もるのが一年の半分以上っていう厳しい土地だったな」

「陸は、誰かと一緒にいなかったんですか?保護してくれた人とか、冒険者仲間でパーティー組んだり……」

 俺はカップを置いて優人と夏奈を見た。

「ずっと独りだったみたいだな。少なくともスプレアの冒険者ギルドじゃ、陸が誰かと連んでるのを見かけた人はいなかった」

「はははっ、あいつ内弁慶の癖に人見知りの所あるし、きっと知らない人に声なんてかけられなかったんだよ」

 夏奈が力なく笑った。

 雪に閉ざされた見知らぬ土地に突然放り出され、ずっと独りぼっち。

 その寂しさ。

 悲しさ。

 心細さを思うと、きゅっと胸が苦しくなる。

 俺や優人や夏奈、唯は恵まれていた。お父さまやシズナさん、それに教会に助けて貰えた。

 でも陸は……。

 俺は唇を噛み締める。

 陸……。

「しばらくすると、陸はスプレアを離れた。多分ギルドの依頼で十分な路銀がたまったんだろう」

「近くの町をうろうろしてたみたい。ところどころで魔獣討伐の依頼も受けてたみたいだし」

 独りで旅していたんだ。この世界で……。

「ところが、ウーベンスルトって大きな街で足取りが途絶える」

「ウーベンスルトギルドの古参の冒険者さんが、陸らしき人物が数人のフロックコートに囲まれてなんか勧誘されてたって話してくれたけど、確証はないわ」

 ウーベンスルトか。

 あたって見る価値はあるかもな。

 俺は組み合わせた手に力を入れた。

「あー、もう。あいつ何やってんだろ!」

 夏奈がばっと立ち上がる。

 俺たちに顔を背けたまま、シートの脇に揃えてあった靴を慌ただしく履いた。

「あたし、ちょっと……。ごめん」

 夏奈が駆けていく。

 優人が立ち上がった。

「優人……」

「まぁ、一応追いかけるよ。大丈夫だろうけど」

「お願いします」

 優人を見送りながら俺は目を伏せた。

 夏奈と陸は姉弟。

 夏奈が陸を心配していない訳がない。

 つらかったろうな、陸。

 きっと寒くて怖くて……。

 でも……。

 今は、陸を探し出さなければ。探し出さして、叱らなければ。

 あいつが今している事は、いけないことなのだから。

 悲しむ人が、沢山でてしまうような事なのだから。

 突然、考え込む俺の頭に、ぽすっと手が置かれる。その大きな手が優しく頭を撫でてくれる。

 顔を上げると、しゃがみこんだシリスが、直ぐ傍で私の頭に手を伸ばしていた。

「シリス、遅かったですね……」

 シリスは靴を脱ぐと、どさっと私の隣に座った。

「カナデ、この饅頭旨い」

 シリスが手に摘んだ饅頭を口に放り込んだ。

「ローテンボーグのお土産の大学饅頭です。シリスの分も買って来たので、一箱持ってって下さい」

 私はポットを取り上げると、新しいカップにお茶を注ぐ。そして、そっとシリスの前に差し出した。

「どうしたカナデ。元気ないな」

「いえ……」

 私は目を伏せた。

 悩むのはしょうがない。でも悩みすぎて誰かに迷惑をかけるようでは駄目だ。今は行動するんだ。陸を探して、全てはそれから……。

 ぶうっ。

 突然シリスが私の頬を突っ突いた。

「シリス……何なんですか!」

 私はギロリとシリスを睨んだ。

「悪い。下向いてぼうっとしてるから、ついつい」

 シリスがはははっと笑う。

 こ、こいつは……。

「襲撃犯の拠点がわかった」

 さらに抗議しようとする俺の機先を制し、シリスがぼそりと呟いた。その顔は、もう笑っていない。

「口を、割ったんですか?」

「捕らえた奴らはだんまりだ。少々手荒な取り調べにも、口を閉ざしている」

 俺は先を促すようにシリスを見た。

「ローテンボーグの奴らのねぐらから、手紙が出て来た。特定の差出場所からのな。2人ともに、だ。カナデが身柄確保と同時に奴らのねぐらを押さえさせたのが良い判断だった」

 シリスが俺を見てニヤリと笑う。

 確かに拠点が判明したのは喜ばしいが、そうも簡単にわかるものだろうか。

 仲間の口を封じていくような組織なら、そんな簡単に所在がわかるものを残すだろうか。

 手放しには喜べない。警戒はすべきだ。

「それで、その場所はどこですか?」

 シリスはお茶を啜った後、口を歪めて不敵に笑った。

「北だな。ウーベンスルトという街だ」

 リコット号の進化。

 海上→陸上→??、です。


 ご一読、ありがとうございました。

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