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雪色エトランゼ  作者:
第1部
7/115

Act:7

 部屋に駆け戻った俺を待ち構えていたのは、地獄だった。

 笑顔を浮かべた五人のメイド軍団さんに取り囲まれる。その後ろに悪の親玉よろしく、リリアンナさんが仁王立ちしていた。

「カナデさま、さぁ、こちらに」

 呆然と立ち尽くす俺の腕をとり、メイド軍団さんその1が俺をドレッサーの前に座らせた。

 彼女達の反応が、今までとは明らかに違っていた。

 エリーセさんのそっくりさんだからだろう。今までは幽霊を見たようなどこか怯えたような目をしたり、不信感を込めた目で俺を見ていたメイド軍団さん。しかし今は笑顔で、あれこれ話しかけてさえ来る。

 俺の白銀の髪が掻き揚げられ、ヘアバンドで止められた。

 工具箱の様な巨大な箱が開かれると、中には色とりどりの化粧品や小筆など俺には用途不明の道具がずらりと並んでいた。

「カナデさま、お肌、きれいですねー」

「ほんとッ、透き通るみたいですわ」

「お化粧の必要はなさそうですね。ふふ、ナチュラルに行かせていただきますね」

 わぷっ…。

 俺の顔に何かが塗りたくられていく。

 待ったなしだ。

 ううう…。

 眉が整えられ、目の上に、頬に、唇に色が乗せられる。特に唇をなぞる紅の感触が初めての体感で、俺は何だかドギマギして心臓が高鳴ってしまう。

 目を開けると、鏡の向こうに、雨に濡れた子犬のように怯えた表情をした少女がこちらを見つめ返していた。

 だれか同情してくれないかな…。

 たっぷり顔を触らた俺は、メイドさん達にクローゼットルームに連れて行かれる。

「ひっ…!」

 そして、抵抗する間もなく今まで着ていたワンピースを脱がされた。

 女性達の前で下着一枚…。下着も女物だが…。

 あまりの恥ずかしさに、頭がホワイトアウトする。どんどんと脈打つ心臓が飛び出して、鼓動が体全体を揺さぶっているかのようだ。頭から血が引いて、目眩さえする。

「わぁ、カナデさま、スタイルいいですねぇ」

「はひっ…!」

 メイドさんの冷ややかな指が直に腰に触れて、俺は思わず高い悲鳴を上げる。

「腰も足も凄い引き締まってて…。今までのお家では、何かスポーツをされてましたの?」

 別のメイドさんが何着かのドレスを持って、俺にあてがって行く。

 元の家…。なるほど、俺が養子に出されていたエリーセさんの姉妹であると言うことがもう周知されているのか。だからメイド軍団さん達の表情が柔らかくなったのか。

「剣道を、やっていました…」

「ケンドウ?…ああ、剣術をされているのですか?」

「まぁ、勇ましい!かっこいいですねぇ!」

 目を輝かせるメイドさんたちに、乾いた笑みを返すしがない。

 俺は着せ替え人形よろしく様々な服を試されていく。あっ、ズボンがあった。…今度は必ずあれを希望しよう。

「カナデさまの髪は綺麗な銀でらっしゃるから…」

「ドレスは濃い色が良くなくて?こちらはどうかしら」

 女の人って、本当にこういう服選び好きだよな…。

 俺は楽しくない…、全く。

 結局選び出されたされたのは、肩口が胸元まで開いたワインレッドと濃紫のドレスだった。スカートが後ろにふわりと広がる。

 肩がスースーする。下を向くと胸元が露わで、俺はそっと視線を外した。

「あの、もう少し大人しい目の方がいいんでは…ないでしょうか…」

「いえ、とっても魅力的ですよ、カナデさま。可愛らしくて、少し大人っぽくて。これじゃ殿方が放っておきませんね」

 メイドさんが嬉しそうに笑う。

 そんな顔されたら、無理に脱ぐわけにはいかないじゃないか…。

 俺は再びドレッサーの前に座らせられ、髪を梳かれる。

 この感じだけは、気持ち良くて少し好きなりそうだった。

 髪が手際よく結い上げられていく。銀色に良く栄える赤の花の髪飾りが付けられ、逆に髪の色と同じ白銀の花のコサージュが胸元に付けられた。

 今まで俺が弄ばれている光景をただ見守っていたリリアンナさんが俺の後ろに立った。その手が俺の首に回されると、そこには緑の石のネックレスが輝いていた。

「主さまからカナデさまへのプレゼントです。ルキシライトの護石です」

 俺の、瞳の色と同じ色をした石が、きらりと輝く。



 廊下に響く高い音は、俺のヒールが床を打つ音だ。

 俺は長いスカートの裾を翻して進む。後ろからリリアンナさんとメイド軍団さんがついて来る。

 歩きにくい。

 むき出しの肩が恥ずかしい。

 ふわふわ揺れるスカートに抵抗を感じる。

「リリアンナさん、俺、この姿で人前に出るのは、ちょっと恥ずかしいんですが…」

 俺はリリアンナさんを窺う。

 彼女は廊下のランプで輝かせた眼鏡をくいっと押し上げた。

「カナデさま。リムウェア侯爵家の娘となられた以上ドレスには慣れて頂きます。今後はお父さまのお仕事上、様々な席にご臨席頂く事になるかと思います」

「えっ…」

「カナデお嬢さま。貴族の子女の戦場は、ドレスを纏った社交場です。心して下さい」

「……はい」

 俺は大きく肩を落としてしゅんとした。

 父上の娘になると頷いたのは、自分の責任だ。

 自業自得…か。

「カナデさま、大丈夫ですよ!」

「そうですわ。わたくし達がサポート致しますから!」

 すかさずメイド軍団さん達がフォローしてくれる。

 はははっ、何だか嬉しい。

「ありがとう…」

 俺は笑顔を返す。

 俺達は館の2階、西棟にある大ホールの扉の前にたどり着いた。

 鎧を装備し兜までかぶった若い騎士が2人、扉の前を警備していた。

 メイド軍団を引き連れた俺の姿を捉え姿勢を正すが、落ち着き無さそうにその視線が俺の方を窺う。

 なんだ、どこかおかしいのか…?

 こんな格好になれていないのだから、そういう反応は…困る。

 人前に立てる自信が急速になくなる。

 まだ俺と同年代くらいの騎士と視線が合う。その騎士はドキリとしたように視線を泳がせた。

 耳を澄ませると、扉の向こうに沢山の人の気配が感じられた。ざわめきが微かに聞こえる。

 この向こうが俺の戦場か。

 おじいちゃん、俺は負けないぞ。

 自分の決断に後悔なんかしない。してやらない。こうなった以上全力で戦ってやる!

 扉が開き、燕尾服のような黒い正装に紫のタイを締めた父上が廊下に出て来た。

 父上は俺の姿を見て相好を崩す。

「良く似合うじゃないか。綺麗だぞ、カナデ」

 背筋がぞわりとした。

 綺麗とか言われて嬉しい筈がない。

 俺は引きつった笑みを返した。

「カナデさま。今日の会場に集まっているメンバーは、侯爵領の言わば家族のような方々ばかりです。緊張なさらずとも大丈夫です」

 リリアンナが耳元で囁く。俺はそっと頷いた。

「大丈夫だカナデ。エスコートは父に任せるがよい」

 俺は父上の腕を取る。

 騎士達が扉を開いた。

 光と歓声と視線が一気に溢れる。

 目の前に広がった眩い世界に、俺は踏み出していく。

 何百人いるのだろう。装飾された服に帯剣した騎士達。職場からそのまま来たような服装の者は事務官だろうか。華美な衣装にでっぷりとした腹の男が先頭に立つ街の有力者達。その他にも平服の者、ドレスに着飾った女性、そしてメイド服のままのメイド達も集まり、会場は喧騒に包まれていた。

 俺と父上が入場すると、波が引くように会場が静かになり、物理的質量を持っているかのような視線のが俺に突き刺さる。

 ああ、逃げたい。

 くそ、どこかにいるだろう、優人。笑いたいならなら笑え。

 俺は緊張でかちこちになりながら、父上の隣で直立不動。

「皆!急な呼びかけに良く集まってくれた!」

 父上の大音声が響く。

 マイクも拡声器もないのに、どうしてこんなに大きな声が出せるんだ?

「皆に至急知らせたい事がある。今日この日、リムウェア侯爵家は新しい娘を迎える事が出来た。逝去した我がエリーセの妹、カナデである!」

 会場がどよめく。

 父上が俺の背をそっと押した。

 俺は一歩進み出て一礼した。

 会場がさらにざわめく。

「エリーセお嬢さまにそっくりだな」

「まぁ、何て綺麗な髪の色なんでしょう」

「妹君がいらっしゃったなど、初耳ですな」

「可愛らしい方ですね〜!」

「いやいや、これで侯爵領も安泰だな」

「美人だなぁ。お近づきになりたいなぁ」

「ばか、侯爵令嬢だぞ」

 様々な感想がホールの中を駆け廻っていく。

「皆!今日はこのにわかな喜びを皆と分かち合う場である!ささやかではあるが共に祝って頂きたい!そして共に我が娘カナデを守って欲しい!」

 万雷の拍手が会場を包み込んだ。

 そして上段に控えた楽団がゆっくりと音楽を奏で始め、饗宴の始まりを告げた。

 俺は父上について、色んな集団に顔を見せていく。

 様々な受け答えは基本的に父上が。俺はひたすら微笑みを維持し、時折握手を交わす。

 たったそれだけの事なのに、何故こんなに体力を消耗するんだ?

 明日は顔面が筋肉痛になるかもしれない。

 市民長と呼ばれるこの領都インベルストの有力者たち。その中の口ひげを蓄えた太ったおじさんの視線が、俺の胸元をなぞっていく。

 不快感で顔が引きつりそうになる。しかし俺の忍耐の限界が来る前に、髪の短い、スーツのような服装の女性がそっとその視線の間に割り込んでくれた。

 太ったおじさんふんっと不満そうに鼻を鳴らし、父上と話を続ける。

「人混みは苦手かしら?」

 少し年配のスーツの女性は柔らかに微笑む。

「はい、ありがとうございます」

 女性は俺に細長いグラスを渡してくれた。

 そっと口をつけると、程よい酸味の果物の香が口一杯に広がった。

「あ、美味しいです、これ」

「ふふふ、可愛らしい方ね。私はインベルストの冒険者ギルドの長を努めています、マレーアと申します。よろしく」

「よろしくお願いします」

 俺は差し出されたマレーアさんの手を握り返した。

「素敵なドレスですけど、着飾るのは初めて?」

 マレーアさんが微笑む。色々見透かされているような気がして、俺はドキっとしてしまった。

「背筋を伸ばして。ヒールのせいで姿勢が前傾になっているわ。あなたは凄い美人さんなのだから、背中を伸ばしていれば、もっと優雅に見えるわよ」

 マレーアさんがウインクする。

 何だかチャーミングなおばさんだ。

 俺は頷いて、お腹をへこませ胸を突き出すように姿勢を正した。

「そう、良いわよ。キツいかも知れないけれど、美しさは努力でしか作れないから。頑張って」

「ありがとうございます!」

 マレーアがぱたぱた手を振る。

 続いて父上と俺は、煌びやかな飾緒をつけた軍服姿の騎士の一群に向かった。

「なんと、お美しいですな、カナデさま」

 巨躯を揺すって騎士団長ガレスが豪快に笑う。

 その他何人か立派な服装の騎士達が集まってくる。騎士団の幹部、というところだろうか。みんな武人だけあって体格がいい。背の低い俺は飲み込まれてしまいそうだ。一団の中に騎士フェルドの顔を見つける。

 あの人、結構偉かったのか。

 知った顔にほっとして笑顔を向けると、フェルドは恥ずかしそうに頬を掻いてそっぽを向いてしまった。

 何だあいつ…。

 何か悪いことしたか、俺…?

 幹部騎士達が父上と話込み、一時自由になった俺は、さて優人でも探そうかと視線を巡らした。歩きだそうとして、突然若手騎士の群れに囲まれてしまった。

「カナデさま、自分は…!」

「カナデさま、お飲み物をどうぞ!」

「お食事をお持ち致しました!」

「おい、後ろから押すなよ!」

「カナデさま、こっちです!」

「サインくださぁい!」

 えーと、何なんだこの状況。

 目を輝かせて口々に話しかけてくる男どもに、俺はじりじりと追い込まれる。

 戦況は不利ですよ、リリアンナさん…!

 俺が助けを求めて父上を見ると、父上とガレスは酒を酌み交わしながら、

「若者は良いですな」

「だがわしの娘はやらんがな。はっはっはっ」

 と楽しそうに語らっている。

 ダメだ、これは。

 ダッシュで逃げようかと思ったが、今の靴では、多分転ぶ。

 まずい。どうしよう…。

 その時、騎士の塊から悲鳴が上がった。

 俺に殺到していた人だかりが、強制的にかき分けられていく。

 筋骨隆々の騎士達をかき分けて現れたのは、全身から銀気を溢れさせた優人だった。

「おお、優人!いいところに!悪いが脱出に協力してくれ!」

「カナデ…」

 優人は険しい目で俺を見ていた。

「カナデ、お前、ちょっと来い。こっちだ」

 優人が俺の手を取ると、ぐいぐい引いて歩き出した。

 その勢いに俺は転びそうなる。

 体勢を崩した俺を、優人が抱き止めるように腰に手を回して助けてくれた。

「悪いな。ヒールにまだなれてなくてな。バランスが難しくて…」

 苦笑しながら優人を見上げる。背丈は不本意ながら優人の方が圧倒的に高い。

 優人は恥ずかしそうに何かを耐えるような表情を浮かべると、無言でまた俺の腕を引いて歩き出した。

 歩調は先ほどより幾分ゆっくりにしてくれた。

「おい、優人。どうしたんだよ」

「いいから、ちょっとこっちに来い」

 俺は優人に手を引かれたまま騎士達の集団から抜け出した。

 背後で騎士達の罵詈雑言の大ブーイングが巻き起こっていた。

 お屋敷の中のお話から、だんだんと物語は外の世界へ!

 うまく続けていければいいなと思います。

 温かい目で、またご一読下されば幸いです。

 ありがとうございました。

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