Act:65
地に響く唸り声を上げて、ドラゴン型が身を起す。そちらを警戒するように睨みつけながら、優人は陸に迫った。
「陸。お前も見ただろう。女王型は、そこからでも再生する。さっさと始末するんだ」
陸は首を回しながら、布包みを抱え直した。
「わかってるさ。使えるから、回収したんだ。そういうお達しだしな」
「それが再生したら、また魔獣を生み出すんだ。ここと同じ事が起こるぞ」
黒騎士が威嚇するように剣を振り下ろし、優人に向けた。優人はじりっと後退する。
女王型の核……。
魔獣を生み出す源。この状況を生み出し、そして黒騎士が求めるもの……。
「街の人やラブレ男爵の姿を、陸、お前も見ただろう。それが存在していては、いろんな人に迷惑がかかるんだ」
「はっ、いかにも魔王のダンジョンみたいだったよな。久しぶりに面白かったよ」
陸は口元に薄い笑みを浮かべた。
陸……お前は……。
「なぁ、優人。何熱くなってんだよ。この世界は俺たちの居た世界とは違う。もっと楽しめよ」
「陸、お前……」
陸は、にじり寄る黒騎士を警戒するように、おどけたように後退して見せた。
「お前も使えるだろう、この力」
陸が空いている方の腕に銀の光を宿す。眩く、強い光だった。
「俺たちは、この世界じゃ特別な力を持つ側だ。主人公サイドってやつだ。なら、それをもっと楽しまなきゃ損だろ」
陸が銀の光を宿した手を払い、消す。
「陸、馬鹿なことを言うな。カナデや夏奈、唯だっている。みんなで帰る方法を探そう」
「だ、か、ら、さっ。剣があってモンスターがいて、魔法はちょっとあれだけど、とにかく俺はこの世界を楽しんでんだ。そこの馴れ馴れしい女の銀色の髪とか、そこの黒騎士とか、俺たちの世界じゃ、あり得ない代物だろ?……ところでカナデって誰だ?」
俺は胸の真ん中を射抜かれたような衝撃を受けた。
俺は、俺は、私は、もう優人たちと同じ側じゃ……ない、のか……?
シリスの腕を掴む手が解けて落ちた。
「カナデ?」
シリスの気遣わしそうな声が、通り過ぎる。
その陸の言葉が終わるのと同時に、優人が陸に向かって突撃した。
俺がはっと我に帰った時には、優人の剣が陸の荷物に伸びた瞬間だった。
一瞬陸も反応出来なかったその刺突は、しかし乾いた音と共に黒騎士に弾き返されてしまう。
「手を出すなと言った、人間」
真紅の目が燃え上がるように優人を睨み付ける。
「黒騎士、今は陸を止めるのが目的だ。敵の敵は仲間って思えないか?」
優人が苦々しく口を歪めた。
「ふん、寝言は寝て言え」
黒騎士が優人に斬りかかり、一瞬で反転、陸に斬撃を加えた。
優人が顔をしかめ、陸が楽しそうに笑いながら跳び退った。そこに、唸り声を上げたドラゴン型の追撃が続く。
状況は、明らかに優人が不利だった。
何かしらの手段を講じなくては。
でも……。
胸が痛かった。
陸は俺が俺であるとは気がついていない。
だから、しょうがない事なんだ。
でも……。
急に自分の姿が分からなくなった。
俺は奏士なのか。
おじいちゃんの孫なのか。
カナデなのか。
お父さまの娘なのか。
心が揺らぐ。
力が……入らない。どうしても……。
「はっ!」
唐突にシリスが声を上げた。突然馬が加速した。
「うわっぷ」
完全に放心していた俺は、思わずシリスの胸にしがみつくはめになった。
鞘走りの音が、直ぐ側で聞こえた。
もぞもぞとなんとか態勢を整えて前を向くと、こちらに牙を剥いている狼型魔獣が、真っ二つに両断され、霧と消えるところだった。
「まずいな。魔獣群が既にここまで浸透して来てる」
見上げるシリスは、厳しい顔でベリルの方角を睨んでいた。
俺とシリスの下に、爆風から体勢を立て直したシュバルツ隊のみんなが集まって来た。
「お嬢さま!」
腕を押さえ、負傷している者もいる。しかしみんな、大事は無いようだった。さらにそこに、もはや防護柵の後しか残っていないが、本陣の外から門の跡地を通り抜けて10騎ほどが近付いて来た。
先頭を走るのは、赤髪を翻した細身の騎士だった。
レティシアだ。
「カナデ」
俺はシリスの顔を見上げる。
「魔獣群にここまで到達されてしまっては、例え少年でも危うい」
シリスが俺をじっと見つめる。鋭く険しい、武人の目だった。
「俺は少年の加勢に入る。ここであの巨大な魔獣や黒騎士が戦線に押し寄せれば、俺たちの負けだ。カナデ。お前に俺の隊を預ける。お前は、本陣直援隊を支援して魔獣群の進行を阻止しろ」
「えっ……でも……」
俺はとっさに反応出来なかった。
気を抜くと、どうしても後ろ向きの感情が膨れ上がる。
やっぱり、俺なんかじゃ……。
「カナデ」
シリスの声で、再び俺は顔を上げた。
シリスが、いつもの不遜な表情で頷く。
その瞬間、思い出していた。
あの時、シリスに言われた事。
私が何者なんて関係なくて。
ただ目の前にいる私をと、望まれた事。
今の、あるがままの自分として。
名とその名を名乗る誇りを与えてくれたお父さま。
名の持つ意味を教えてくれた祖父。
そして今の俺を肯定してくれるシリス。
みんなが、俺の大切な人で、私の憧れる人。
きっと彼らは、自分に負けたりするような人間ではない。
だったら、私も……。
成すべき時に、成さなければならない事を成す。
難しい事だ。
でもきっとそれは、俺が思うよりは、ずっと簡単な事の筈。
俺はそっと目元を拭った。
「……すみませんでした」
ぐすっ。
俺は、ふるふると頭を振ると頬をパシパシ叩く。
よし……!
そして、きっとシリスを見つめ返した。
「副隊長!あら、カナデさま!」
レティシアが俺たちの隣に馬をつけた。その顔は汚れ、マントは裾が解れていた。激戦をくぐり抜けて来た戦士の姿だった。
「カナデさま、お久しぶりです。あ、副隊長、見つめ合う2人水入らずのところ、失礼致します」
「なっ!」
俺は絶句してしまう。
そういえば、今はシリスに抱きかかえられるようにして馬に乗っているわけで……。
俺は慌ててシリスの腕を振りほどくと、馬を下りた。
「構わない。レティシア、報告をって、おい、カナデ、暴れるな」
「はい、2個中隊が集結完了しました」
馬を下り、シリスに背を向ける。シュバルツ隊の人員を確認する。
なんか、背中に視線を感じる。
「……よし、ギル、エンズ、マイクロフト、ウッデン、ジェフ、残れ。俺たちとブレイバーの少年とであの巨大魔獣を倒す」
シリスは部下たちに指示を飛ばした。誰しもが、見上げるドラゴン型の姿に息を呑んでいた。
「残りは隊に戻り、カナデの指揮下に入れ」
レティシアが俺を見てから、シリスに頷いた。
指定された者達が下馬し、変わりに俺とシュバルツ隊のみんなが騎乗する。
「カナデ。お前なら出来るはずだ。お前だから任せるんだ。隊を、部下たちを頼むぞ」
シリスが俺に微笑みかけた。
俺では、黒騎士相手には役に立たない。ここに居てもシリスの足手まといだ。でも、俺に出来る事があるのなら……。
できるかどうかはわからない。
でも、やるしかない!
「シリス、武運を」
俺はシリスに頷き返した。シリスはニヤリと笑うと胸をかしゃんと叩いた。
そして剣を構え、3者で拮抗した攻防繰り返すドラゴン型と優人達に向き直った。
俺は馬首を巡らせ、レティシアに並ぶ。
「カナデさま。副隊長、ホントは行くなって引き留めたいんですよ」
「……そうですか」
「戦いなんてしなくてもいいって言いたいんですよ?」
「……わかってます」
「でも、カナデさまの経験と指揮能力を認めているから……」
俺はレティシアを睨んだ。
「レティシアさん、先導を。シュバルツ隊各員は私に続いて!」
手綱を打ち、走り始める。
後ろは振り向かない。
今は前を見る!
丘陵の稜線を超える時、ベリルの街と戦場が一望出来た。
そこは、地獄だった。
街中から溢れ出した黒い獣が大河の流れのように迫り来る。大地も、草木も、そして倒れた人の亡骸さえも黒に塗り替えて。それはまるで、黒い津波だ。
黒、海嘯。
つまりはこれが……。
俺は不意に納得できた。
女王型が再生し、魔獣が増え続ければ、この黒の奔流に全てが飲み込まれかねない。小さな村々も、インベルストも、王都も、港も、農地も、山も、川も、全てが。
守らなくては。
今、この場で剣を握る私が。
いや、この戦場に集まる全ての人々の力を合わせて。
魔獣群は、ここで阻止する。黒い波はここで止める。
本陣直援隊は良く防戦していた。
本陣からの指揮系統が壊滅しているのに……。
現場の指揮官が優秀なのだ。無理に魔獣の流れを押し止めず、後退しながら魔獣群の勢いを殺いでいる。攻勢が弱まったところで再び戦線を押し上げる。結果、一進一退の攻防が続いていた。さらに、魔獣に囲まれながらも、腕を振るう巨大な人型が3機。王直騎士団が所有するゴーレム兵器だ。そして、魔獣群の中に銀の爆光が膨れ上り、その流れを弱めていた。
夏奈が協力しているのだ。
ならば、シズナさんたちも防衛戦に加わってくれているのだろう。
大丈夫だ。
まだ、大丈夫。
「はっ!」
俺は馬をさらに加速させる。手綱を握る手に力を込めた。
しかし、高速で流れる荒野に目を落としなが思ってしまう。
優人の口振りから、夏奈も陸に会ったはず。夏奈は、大丈夫なんだろうか。
……いや。
今は考えても悩んでも仕方ないんだ。
丘陵地の下に百騎を越える騎士たちが集結していた。王直騎士団のの鎧に、王都の全景と1を意匠化したマークが刻まれている。
王都防衛第1大隊。シリスの隊だ。
その中には、怪我をしているものもいる。鎧が凹み、煤けているものもいる。
当たり前だ。
シリスたちは西軍所属。ベリル攻略作戦第一段階から今まで戦い続けて来たのだから。
王都にいた時、シリスたち王直騎士団王都防衛第1大隊の面々は、騎士というより警備の役人といった印象だった。白燐騎士団の歴戦の騎士たちと比べると凄みがなかった。
しかし今は違う。
俺を見据える無数の目は、傷つきながらもなお闘志を失わない戦士の瞳だ。死線をくぐり抜けた者の持つ強い光が宿っていた。
「各隊中隊長は集合して下さい」
隊列から壮年の騎士2名が俺の所に進み出て来る。
「リムウェア侯爵家のカナデ・リムウェアです。シリスティエールさまから、この隊の指揮を任されて来ました」
中隊長2人が顔を見合わせた。
「本当です」
レティシアが補足してくれる。
「しかし、指揮と言われても、こんなお嬢さんでは……」
「シリスティエールさまはどうされたんだ?」
俺はドラゴン型魔獣のことを説明をする。シリスが応戦するために残ったことも。
しかし、不審そうに俺を見る2人の目は変わらない。
でも、ここで退くわけにはいかない。
「本陣直援隊の援護は必要です」
「それは承知している」
「ああ。直援隊と合流して、防衛戦を維持しよう」
「それでは駄目です」
俺の言葉に、中隊長2人がぎろりと俺を睨んだ。その顔に微かに怒りの朱差した。
小娘が。
無言の唇がそう動いたのがわかった。
「では逃げるのか」
憮然とする中隊長に、俺はにやりと微笑む。
不敵に。
「考えがあります」
俺が作戦を説明すると、唖然と口を開く中隊長たちだったが、やがて腕組みをし難しい顔で唸る。
「いや、面白いな、メビィン?」
渋面の黙考の後、片方がニヤリと笑った。もう一人も、じっと俺を睨みつけた後、しかし微かに頷いてくれた。
俺は彼らに微笑み返し、改めて部隊みんなの前に立った。
「カナデ・リムウェアです。シリスティエールさまの命により、これより皆さんと共に戦わせていただきます」
隊列に軽いざわめきが広がる
「私たちの目標は、スクリーマー型の駆逐です」
ざわめきがさらに広がった。
「本陣直援隊は、何とか魔獣群の攻勢を防いでいます。しかし、後方から放たなれるスクリーマー型の砲撃により、隊列に損害が出ています」
俺はこちらを注目する騎士たちを見回した。
「私たちは、これより側面から魔獣群に突入。立ち止まらず走り抜け、すれ違い様にスクリーマー型を潰します」
寒村での戦いの時。スクリーマー型には俺の攻撃でも通用した。グロウラー型よりは硬くはない。1合の攻撃でも有効な筈だ。
「第1中隊が露払いとして敵中に突撃、第2中隊がスクリーマー型を駆逐します。魔獣群を通り抜けた後は反転。前後を入れ替え再度突撃します」
中隊長の片方が進み出た。
「これは機動力の勝負だ。我ら王直騎士団の馬術、低俗な魔獣どもに見せつけてやれ」
メヴィン中隊長が進み出た。
「止まるな。互いをフォローしつつ、最大速度を維持しろ。止まれば囲まれるぞ」
隊列のざわめきが収まり、静かな頷きに変わる。闘志を湛えた目が、俺たちを射抜く。
「皆さん」
俺は精一杯声を張った。彼らの闘志に応えるために。
「私たちは、今日、勝ちます。私の、あなたの大切な守るべきもの。そのために手に取った剣。その刃が、私たちに前に進む力を与えてくれる」
私は、そっと胸に手を当てた。
「さぁ、勝利は目の前に!」
駆け抜ける。
魔獣がひしめく大地を、一本の矢となって俺たちは駆け抜けて行く。
「離れないで!」
狼型を跳ね飛ばし、トカゲ型を踏みつけ、蜘蛛型を斬り払う。
直ぐ傍で狼型の咆哮が聞こえた。
直ぐ後ろにグロウラー型の唸り声が響く。
「陣形を崩すな!」
俺の声が、中隊長たちの声が戦場の喧騒に飲み込まれていく。ただ自分の息遣いと、馬蹄の轟だけに耳を澄ませる。
腐臭が鼻を突く。
無数の赤い目が四方八方から俺たちを見詰めている。
「前方スクリーマー型5!その前にグロウラー型12!」
レティシアの声が前方から響く。
俺はぬぼっと立ち尽くし、駆け抜ける俺たちに長い手を伸ばしてくるソブ型の頭部を斬り飛ばした。そのまま剣を振り上げ、前を指し示す。
「左右に散会!グロウラー型を無視して、スクリーマー型を狙う!」
「「了解!」」
岩を避ける川の流れのように、隊はみるみるうちに2つに別れた。そして、さらに加速、疾駆する。
「スピードを落とすな!」
「仕損じたものは後ろに任せろ!」
すり抜け様に振るわれる無数の刃に切り裂かれ、スクリーマー型ががくりと傾き、濃い腐臭を放ちながら融解していく。
「このまま離脱!」
俺たちの隊は、黒の奔流を切り裂く刃となって魔獣群の中を横断した。
はっ、はっ、はっ……。
俺は肩で息をしながら、剣を振り払った。刃にこびり付いたものを少しでもふり払う様に。
俺たちは4度の突撃で、30体以上のスクリーマー型を仕留めていた。しかし敵が尽きる気配はない。
はっ、はっ、はっ……。
「グラス中隊長、損耗は?」
「8名。内2名は馬を失いましたが、後続が拾いました」
「メビィン中隊長?」
「3名やられました!」
はっ、はっ、まだ行ける!
「全隊反転、再突撃!」
「「了解!」」
決して折れないな心を頼りに、俺たちが再び剣を掲げる。その前を、まるでその決意を嘲笑うかのように、スクリーマー型の咆哮波が走り抜ける。
俺は思わず耳を抑え、顔をしかめた。
轟音を上げ、咆哮波を受けた最後のゴーレム兵器がゆっくりと横倒しになっていく。
駄目……なのかな。
その絶望的な光景に、ふっと心に弱気が差し込む。しかし俺は、歯を食いしばり、それを押さえ込む。
「カナデさま、後方に大部隊接近!」
不意に、背後で騎士が声を上げた。その声には、隠しきれない歓喜がこもっていた。
俺はばっと振り返る。
「どこの部隊ですか」
単眼鏡を目に当てていたレティシアが声を弾ませた。
「カナデさま、軍旗確認!」
俺に微笑みかける。
「援軍は南軍!リムウェア侯爵軍です!」
お父さま!
お父さまが来てくれた!
……うっ。
お父さまが……。
俺は潤む目元を覆い隠し、そっとぬぐい去った。
「レティシア、本陣直援隊に伝令、援軍が来たと」
俺は気持ちを落ち着けるように深く深呼吸した。
「全隊、再度突撃します!ここが正念場です。戦線にスクリーマー型を近づけないように!」
「「了解!」」
その時、突然眩い閃光が戦場全体に走った。
俺たちの隊、誰もが思わずそちらを振り仰ぐ。
本陣のある方から、天に向かって一筋の光が昇る。
遅れて訪れた衝撃が、俺の髪を、マントを揺らした。
ドラゴン型の光線だ……。
あの閃光は……。
シリス、優人、陸……。
お父さまたち南軍、そして西軍本体、北軍の援軍を得た俺たちは、魔獣群を包囲し駆逐することに成功した。
その日。
早朝から始まったベリル攻略戦は、日没を前に大勢が決した。
俺たちは魔獣群を滅ぼし、勝利した。
しかし、その代償はあまりに大きかった。
作戦動員数15万の将兵のうち、実に3割が死亡、または行方不明となった。負傷者はさらに莫大な数になる。
戦闘の混迷の中に消えた陸はどうなったのだろう。
そして持ち去られた女王型の核は……。
「カナデ」
俺は冷たい風が吹き抜ける丘の上で、すっと立ち上がった。
そして、髪を押さえて、こちらを見上げるシリスのもとに歩き出した。
切の良いところまでと思ったら、少し長めになっていました。
しばらく続いた戦いのお話も一段落です。
読んでいただいて、ありがとうございました。




