Act:52
幌馬車まで駆け戻った俺は、騎士のみんなに状況を説明する。皆一様に、魔獣がここを目指して戻ってくるという事に驚きを隠せないようだった。
「最低でも住民たちの退避が終わるまでは、馬車と三叉路は守り抜かなければならないです」
俺の言葉に騎士たちが頷く。
三叉路を失ってはリムウェア側に撤退出来なくなる。その場合の唯一の逃げ道である北からは、やはり魔獣群が迫っている。
大群が到達する前に、町を離脱しなければ…。
「幌馬車は私が守ります。みんなは、北と東の街道にバリケードを築いて下さい。周囲の物を使って、できる限り何重にも」
「「了解!」」
騎士たちがそれぞれの方向に散っていく。
即席でもバリケードで魔獣の歩みを妨害出来れば、時間が稼げる。
俺は剣を両手に構えて周囲を警戒した。この作業中にも付近に潜んでいる魔獣は、容赦なく襲いかかってくるだろう。
魔獣と時間。
俺たちはその2つと戦いながら、撤退の作業を進めなければならなかった。
お腹がきゅっとする。
上手く、行きますように…。
背後では、担架に乗せられた王直騎士やシズナさんに手を繋がれた子供たちが幌馬車に乗り込んでいる。馬車と教会が離れているのが悔やまれるが…。
全員が乗り込むまで、時間が掛かりそうだ。
そう眉をひそめた時、通りの反対側に蜘蛛型がべたんと降ってくる。
くそっ…、言わんこっちゃない!
俺はコートを翻して駆け出すと、掬い上げる一撃で一匹を両断した。その間にもう一匹が跳ねる。俺はその着地点を見計らいながら先回りして走り込むとと、タイミングを合わせて上方を薙払った。
頭上から黒い霧が降ってくる。
けほっけほっけほっ…。
臭い…。
続々と人々が馬車に乗り込んでいく。1台目が一杯になり、2台目の幌馬車に子供たちを押し上げていく。やはり荷台は、怪我人が横たわっていることもあり狭苦しかった。
その作業の間にも俺は、狼型6、蜘蛛型4を仕留める。
幌馬車を守りながらの戦闘は、散発的でも体力よりも神経がすり減っていく。
次は…。
息を落ち着けながら周囲を窺う俺のところに、幌馬車に乗り込む列から離れたラウル少年が走り寄って来た。
「お嬢さま!」
「ラウル君、無事で良かった!」
「お嬢さま。また助けて頂いて、ありがとうございます」
俺は礼儀正しくお辞儀する少年に優しく頷く。
「さっ、ラウル君も早く馬車に」
「お嬢さま、お伝えしたいことがあります!ここラブレ領の魔獣は、普通の魔獣ではありません」
俺は眉をひそめた。
「通常徘徊しているような魔獣ではなく、個体間が意思疎通している可能性があります。これは特定の同一個体から発生した系統に属する個体群で…」
俺はラウル少年の話の途中で、こちらに向かって来る狼型の迎撃に走り出した。
飛び掛かってくる狼型を躱してその胴を両断すると、くるりと回転しながらその勢いを生かして低空を横薙に、脇を駆け抜けようとするもう一匹を斬り伏せる。
剣を振って黒い霧を払うと、ぽかんこちらを見ているラウル少年に向き直り、微笑む。
「話の途中にごめんなさい」
ラウル少年がぶんぶんと首を振る。
そこに、馬車からリコットが走り寄って来た。
「ちょっとラウル、何やってんのよ!」
「リコット。違うんだ、お嬢さまにここの魔獣の特性を…」
リコットが俺を見てそっと頭を下げてくれる。
「リコット、ラウル君をお願いします。ラウル君、話は戻ってから、ね」
俺はラウル少年を安心させるように柔らかく微笑んだ。
「は、はい、よろしくお願いします!」
「行くわよ、ラウル」
リコットに半ば引きずられるようにしてラウル少年が幌馬車に連れて行かれる。
その2人の後ろ姿が、なんだか微笑ましい。
戻ったらレミリアお嬢さまと優人を巡ってバトルする事になるだろうリコットには、ラウルとそうして歩いているほうが良く似合っているような気がした。
ロバイの町に、とうとう魔獣群が戻って来た。
付近に散乱した瓦礫で作られた即席のバリケードを乗り越え、黒い塊が蠢きながら近付いてくる。まるでそれが一個の生き物であるかのように。
その闇色の塊の中に瞬く無数の赤い光。
魔獣の目が、目が、目が、目が、武器を構えて立ちはだかる騎士たちを飲み込んでしまおうと押し寄せて来る。
魔獣群の、その個々の戦力は大したことはなくても、数そのものが暴力となって押し寄せる。
騎士たちは3人一組になり魔獣を迎え撃つ。互いの背を守りながら。
騎士たちの獅子奮迅の活躍にも、魔獣群の進行を僅かに押し止める効果しかない。しかし騎士たちはそれでも、じりじりと後退しながら黒い塊を押し止めるのではなく、進行を遅らせる戦いをしていた。
さすがだ…!
俺は心の中で喝采を上げながら、前線から幌馬車に目を戻した。そこにシズナさんと優人、夏奈が駆け寄って来る。
「カナデさん、もうすぐみんな乗り込めるわ」
よし…!
「では、夏奈、北街道の援護を。優人は三叉路をお願いします。シズナさんは馬車の護衛を。全員が乗り込み次第、出発しましょう!」
優人は頷くと、騎士たちが守る交差点に向かって走って行く。
「よーし。夏奈さまの活躍、見せてやるぜ」
夏奈は高らかに叫ぶと、身を屈めて一気にジャンプした。銀の軌跡を描き、建物の屋根に飛び乗る。
やっぱり凄いな、ブレイバーは…。
夏奈は長弓に矢をつがえると、ギリギリと引き絞った。
夏奈の弓矢から銀気が可視の揺らぎとなって立ち昇る。
「食らえ、夏奈スペシャル!」
空気を裂く鋭い音を残し、銀に輝く弓が黒く押し寄せる魔獣群の真ん中に吸い込まれて行く。
そして次の瞬間、銀色の爆光が広がった。
前線の騎士たちがその眩しさに目を覆う。
閃光が治まると、矢が爆裂した範囲の魔獣が消滅していた。
俺も騎士たちも呆然とするしかない。
「スペシャル、スペシャル!」
夏奈が叫ぶのが聞こえた。
2連射された銀の矢が、魔獣群に炸裂し2つの光球を生み出した。
…これなら、魔獣を殲滅してしまえるんじゃないか?
しかし、夏奈の爆裂矢によって作り出された空白は、あっという間に押し寄せる後続の黒に塗り潰されて行く。
まるで、俺の淡い希望と同じように。
再び銀光が炸裂する。その光芒を抜けてきた魔獣を、騎士たちが迎撃する。
夏奈の参戦で魔獣群の進行ペースは落ちたが…。
俺は身を翻して馬車に駆け寄った。
「カナデちゃん、急いで!矢があんまりない!」
夏奈の叫びを背に受けて、俺は走る。
「シズナさん!出れますか!」
「騎士さま!」
叫ぶ俺に、シズナさんではなく、唯のような黒の僧服を纏った女性が駆け寄って来る。
「ルイが、子供が1人いないんです!」
僧服の女性は悲痛な声を上げる。
俺は目の前が真っ黒になった気がした。
シズナさんが駆け寄って来た。馬車への誘導を手伝っていた騎士たちも集まって来る。
「カナデさん!」
「お嬢さま、もう戦線が持ちませんよ!」
くっ…!
シズナさんと騎士たちが言わんとしていることは俺にもよく分かる。
1のために騎士も含めた数十を犠牲にする。
それは合理的ではないし、この場では誤った判断だと思う。
しかし切り捨てることになるその1は、掛け替えのない1なのだ。
息が乱れる。
胸が痛くなる。
正しい選択を…。
みんなの生死を懸けた…。
でも、決めたんじゃないのか?
もうインベルストのような魔獣の被害は出さない、と。
「私が行きます」
気が付くと、俺はそう言っていた。
「カナデさん!」
「お嬢さま!」
みんなの非難とも驚きとも取れる叫びを無視して、僧服の女性にその子が居そうな場所を尋ねた
「…多分教会脇の食料庫かもしれません。叱るといつもそこに隠れるんです」
俺は頷く。そして走り出しながら、騎士たちに手を振りかざした。
「夏奈の矢がもつギリギリまで待機を!それまでに私が戻らなかったら、出発して下さい!」
みんなが何か言った気がしたが、構わず教会へ向かって走る。
冷たい汗が頬を流れ落ちる。
教会への坂道を駆け上がる。
途中、壁に張り付く蜘蛛型を斬る。
「退けぇぇ!」
細い路地から顔を出した狼型の首をはね飛ばした。
通りの大群はなんとか進行を遅らせているが、小径に浸透して来ている個体はもうここまでやって来ている。
マントをはためかせて全速力で教会まで駆け上がった俺は、息を乱しながらも辺りを見回した。
…食料庫!
石造りの教会の隣に、簡素で粗末な木の小屋が見えた。
俺はそちらに駆け寄る。
「ルイちゃん!」
叫びながら、引き戸を乱暴に開けて中に入った。中には、蜘蛛の巣の掛かった瓶や樽、チーズの塊なんかが無造作に転がっていた。
間違いなく食料庫だ。
「ルイちゃん、どこですか!」
俺は叫びながら、樽の影や棚の奥、子供が入れそうな場所をとにかく探す。
そして、空の樽を覗き込んだ瞬間、こちらを涙目で見上げる黒髪の少女と目があった。
「ルイちゃん、ですね。さぁ、行きましょう。みんなが待ってます」
内心の焦りを隠して俺は微笑みながら、女の子に手を差し伸べた。
ルイちゃんも困惑したように手を出した瞬間、その顔が一瞬にして恐怖に染まる。その口が悲鳴を上げようと開かれるが、音にはならなかった。
はっとして、振り返る。
真っ黒の塊が目の前にあった。
その黒に浮かび上がる二粒の血のように赤い目が、何の揺らぎもなく真っ直ぐに俺を見る。無感情にこちらを見ている。
その下に並ぶおぞましい牙がくわっと開き、蛇のような警戒音とともに俺たちを威嚇した。
その大きな口腔もやはり真っ黒で…。
俺は、咄嗟に剣を振り上げようとした。
しかし眼前に迫ったトカゲの魔獣の方が早い。
トカゲ型が大きな頭を振って俺に打ち付ける。
横腹に走る衝撃。
視界が明滅し…。
遅れて鈍い痛みが全身を襲い…。
「かっはぁぁ…!」
気がつくと吹き飛ばされていた俺は、柱に叩きつけられた。
簡素な小屋は、その衝撃で激しく揺れる。
痛みと衝撃で消え入りそうになる意識を全力で繋ぎ止める。
短い手足をガサガサと動かしてトカゲ型が迫る。
俺は地面に転がった。
その上を横薙にされた尾の一撃が通り過ぎ、柱をへし折った。
俺は泥だらけになりながら転がり、なんとか身を起こそうとする。しかしそこトカゲ型が飛び掛かってきた。
俺は剣を取り落としながらも、歯を食いしばってトカゲ型を押し止める。のし掛かってくる黒い塊から、強烈な腐臭が漂って来る。
「うううっああああ!」
俺は自分の体とトカゲ型の間に足を入れると、全力でトカゲ型を蹴り飛ばした。
トカゲ型が吹き飛ぶ。
反動で俺も吹き飛ぶ。
俺が突っ込んで棚が倒れ、簡素な小屋の壁を突き崩した。
吹き飛んだトカゲ型は柱をなぎ倒す。
2本の柱を失った建物全体から、メキメキと嫌な音が響き出した。
俺は足を滑らしながらもルイちゃんが隠れる樽駆け寄ると、その上に覆い被さった。
天井からばらばらと木材が降ってくる。
俺の隣に太い梁が落ちてくる。
「お姉ちゃん!」
ルイちゃんが上げる叫びは、しかし小屋が倒壊する轟音にかき消された。
もうもうと埃が舞う。
今だパキパキと何かが崩れる音が聞こえる。
俺は恐る恐る顔を上げた。
辺りは小屋の残骸で、完全に闇に閉ざされていた。
俺とルイちゃんの周囲は、幸い柱が無事であったのか立てるほどの空間があるが、出口や窓は完全に見当たらない。
まずい…。
目を凝らす。
瓦礫の中に光が見えた。
赤い光、さっきのトカゲ型だ!
俺は手探りで取り落とした剣を握ると、その赤い光に振り下ろした。そして無心で剣を突きだす。
瓦礫の下敷きになって動けなかったトカゲ型は、腐臭と共に霧散した。
そのトカゲ型が消えた空間から、外界の光が差し込んで来る。
俺では通れない隙…。
ルイちゃんなら通れる隙間だ…。
俺は樽の中のルイちゃんを抱き上げた。
「カナデさま!いらっしゃるのですか!ご無事ですか!」
その時、外界から聞き知った声が聞こえた。
シュバルツの部下の騎士ベルドだ。
「ここです!ベルドここに!」
俺は声を上げる。そして外への隙間にルイちゃんを押し込めた。
「ベルド、この子をお願いします!」
ルイちゃんが俺の手を離さない。
穴からベルドのガントレットが見えた。
俺はルイちゃんの手を丁寧に解き、ベルドに握らせる。
「お姉ちゃん!」
俺は微笑んだ。
俺が出来る限り優しく。
「大丈夫」
ルイちゃんがベルドに引かれて瓦礫から脱出していく。
「次はお嬢さまです!お早く!」
ベルドが手を差し出す。
でも…。
俺は誰にも見えないにもかかわらず、そっと首を振った。
「…無理です。私では通り抜けられません」
「では、今人を呼んで穴を広げま…」
「駄目です!」
本当は…。
「行きなさい、ベルド!時間がありません!」
本当は、助けて欲しい…。
「しかし、お嬢さまを…」
「ベルド!魔獣が迫っています。馬車を出して!街を離脱しなさい!」
おいていかないで…。
「お嬢さまをおいては行けません!」
「ベルド、行きなさい!このままではみんなが魔獣に呑まれる!」
…行かないで。
「しかし…」
「騎士の務めを…果たしなさい」
嫌だ…。
「お嬢さま…。必ず、必ずお助けに参ります。それまでどうか…」
「行け!」
行かないで…。
「お姉ちゃん!」
ルイちゃんの声と、ベルドの足音が遠ざかって行く。
俺は、剣を取り落とし、その場でぺたりと座り込んだ。
空っぽにぼやけた心には、覚悟も恐怖も、何も浮かんでこない。
一筋の光だけが射し込む暗闇の中で、俺は膝を抱えてじっと座り込んでいる。膝の間に顔を埋めて、ただじっ待っていた。
来てくれる。
誰かがきっと助けに来てくれる。
きっと。
きっと。
きっと。
うう、ぐすっ…。
きっと。
騎士団のみんなが。
優人や夏奈やシズナさんたちが。
もしかしたら、シリスが王子様みたいに颯爽と…。
はははっ…。
何考えてるんだろ。
うう…。
俺は膝を抱く力をぎゅっと強める。
ベルドが去ってからどれくらいの時間がたったか分からない。まだ5分か1時間か。もしくは、もう半日経ったのか…。
もちろん懐中時計を取り出せば分かるが、そうはしない。
時間を見て絶望するのが嫌だったから…。
先程まで周囲には騒々しく沢山の足音が響いていた。恐らくここまで魔獣群が到達したのだ。唯一の救いは、外界と繋がる穴が狭すぎて魔獣は入って来れないということだったが。
外から差し込み、俺の足に当たる光をじっと見つめる。
諦めない。
諦めちゃだめだ。
諦めちゃ…。
その時、小屋の瓦礫がごそっと動いた。
俺は、はっとして顔を上げる。
来た!
誰かが助けに来てくれた!
倒壊した屋根の小屋がミシミシと音を立てて持ち上がり始める。
広がった隙間から光が溢れる。
ボロとはいえ、屋根の残骸を持ち上げるなんて、きっと銀気に身体能力をブーストされた優人にしか出来ない。
「優人!」
思わず叫んだ。
瓦礫が持ち上がる。
そしてその隙間から、6つの赤い目が光った。
俺は言葉を無くし、ただただ後ずさった。
あれは…。
そんな…。
巨大な頭部に並ぶ恐ろしい牙。6つの赤い目。
グロウラー型魔獣が、その剛腕で瓦礫を持ち上げ、俺を見据えていた。
赤い、血のような、赤い目で。
小さな田舎町での戦いそのⅡです。
お話はシリアス中です。
きりのいいところまでと思うと、どうしても一話あたりの文字数が増えてしまいます。
冗長かな、とは思いますが、読んでいただいてありがとうございました!




