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雪色エトランゼ  作者:
第1部
51/115

Act:51

 亡くなった王直騎士よりもたらされた情報から、現地の魔獣の数はかなりのものと推測された。そのため俺たちは、砦の戦力から2個小隊分18人を借り受ける事になった。

 その指揮官が俺の前で敬礼する。

「お久しぶりです、お嬢さま」

「騎士フェルド!」

 懐かしい顔に俺は思わず声を上げる。

 この世界に来て直後、あの森を彷徨っていた優人と俺を助けてくれたのがこのフェルドだった。

 そのフェルド、シュバルツ、ガレスと共に机の上の地図を覗き込み、作戦を確認する。

 現在査察隊が潜んでいると思われる男爵領内の町ロバイは、東西に走る街道に北からの街道が合流する地点に出来た小さな宿場町だ。町は街道沿いに発展し、概ねT字の形をしている。

 リムウェア侯爵領から北上した俺たちは、ロバイの西側から侵入するような格好になるはずだ。

「恐らく町中はもちろん、周辺にも大量の魔獣がいるでしょう、お嬢さま」

 俺はフェルドに頷く。

「ですから、三段構えの作戦でいきます」

 俺はみんなを見回した。

「第1陣、シュバルツ」

「おうよ!」

「9人連れて町に突入して下さい。出来るだけ暴れまわって魔獣を引きつけたら、そのまま東に抜けて下さい」

「ふん、俺が全部倒してやるよ」

 シュバルツが獰猛に笑う。

「東に抜ける際、魔獣を引き離しすぎないように注意を」

「だから、俺が全部…」

「第2陣はフェルド隊9名」

「はっ!」

「シュバルツ隊と時間差で突撃し、同様に魔獣を引きつけ、北側に抜けて下さい」

「了解です」

 フェルドが深く頷く。そして最後が俺の番だ。

「最後に私が残りの隊と幌馬車2台で町に突入。査察隊の方々を回収して西に撤退します」

 俺は卓上の地図をとんっと指差した。

「質問ありますか?」

 フェルドが手を挙げる。

「街を離脱した後、我々はどうすれば?」

「町からある程度魔獣を引き離したら、振り切って下さい。そして大きく町を迂回し…」

 俺はすっと地図をなぞった。

「ここで合流しましょう。シュバルツもいいですか?」

「へっ、だから全部俺1人で…」

「この作戦は時間とタイミングの勝負です」

 俺はみんなに頷き掛ける。何故かシュバルツが少し肩を落としているが、こいつなら大丈夫だ。

「作戦は明朝。日の出と共に砦を出ます。みんな、よろしくお願いします」

「「了解!」」

 声が重なる。

 こんな単純な陽動作戦、人間相手なら通用しないだろう。近くにいる生き物なら見境なく襲って来る魔獣の習性を利用した作戦だ。

 上手く行けば、明日の今頃にはこの場所に戻って来ているはず…。

 俺は高まる鼓動を抑えるように強く手を握りしめた。



 緊張で手が震える。

 俺は剣の柄を強く握りしめる。

 周囲で息を潜めている騎士たちをそっと見回してみる。

 下を向いている者、腕組をしている者、ただじっと町の遠景を見据えている者。

「フェルド。時間です」

 俺は前方に並ぶフェルド隊に声をかけた。

 既に少し前にシュバルツ隊はロバイに突入していた。

 俺たちが今待機しているのは、ロバイから10分程の地点にある林の中だった。

 これより先に身を隠せる場所はない。ブッシュが点々とする大地が緩やかに起伏する荒野の向こう、遠くロバイの町の鐘楼がシルエットとなって見えていた。

「第2陣、出撃!」

「了解!行くぞ、みんな」

 馬の嘶きを残して、フェルド隊の9名が走り去る。隊列が解き放たれた矢のように、一直線にロバイを目指した。

 どうか、みんな。

 無事に戻って来てほしい…。

 誰かを助けるために誰かの命を懸けなければいけない。

 その現実の残酷さが、まるでこの荒野を吹き抜ける冷たい風のように俺を打ち据える。

 そんな凍えそうな寒さに耐えて耐えて、ただ待つだけの時間というものが最も辛い。

 シュバルツが、フェルドが今この時も戦っているのだ。

 今すぐにでも駆け出したい。

 俺は腰のポーチから懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 それを繰り返すこと5度。

 …よし。

「第3陣、出ます!」

 俺の声に、じっとこの待機という辛い時間に耐えていた騎士達が顔を上げて行く。

 静かに無表情だったその顔に朱が差し始め、目が爛々と輝き出す。眠っていた戦士達が目を覚ましていく。

「先行隊が露払いをしてくれています。我々は速やかに市内に突入し、査察隊を捜索、幌馬車2台に収容して戦線を離脱します」

 俺は自分に言い聞かすように声を張った。

「総員突撃!白燐騎士の勇を示せ!」

「「了解!」」

 騎士たちの声を背に受けて、俺は銀器の長槍を脇に抱え直すとスピラを加速させた。

 俺を中心に騎馬達が矢尻の隊形で大地を疾走する。

 しかし全速は出せない。後ろに付き従う幌馬車2台はスピードが出ない。この幌馬車を守り通さなくては意味がない。

 俺たちは荒野から街道に出ると、馬首を振ってロバイの町を目指した。踏み固められただけの街道が、もうもうと土煙を上げる。

 乾燥した冷たい空気が興奮で熱くなる体を冷やす。

 姿勢を低くしたまま、俺は石造りの建物が立ち並ぶ町へと侵入する。

 はっはっはっ…。

 俺の荒い息が耳に響く。

 流れる風の音が耳朶を打つ。

 そして、直ぐにその惨状が見えてきた。

 町の入り口、簡素な木の門を潜った辺りから、横たわる亡骸があちこちに見え始める。老若男女関係ない。子供もいる。母に抱かれた子供も。折れた剣をもっている男。背中に傷を負った老人。手を繋いだままの恋人たち…。

 馬車馬が倒れ、家畜の鳥は羽をまき散らし、誰かの愛犬が転がっている。

 崩れた建物。倒れた人々。ところどころには火事の後も見える。

 この町は…もう駄目かもしれない。完全に魔獣に飲み込まれている。

 生きているものなどいない。

 生きているものなど…。

 俺たちはその中を駆け抜ける。

 ただ、駆け抜ける。

「くっ…」

 正視出来ない。

 俺はマントを翻して目を伏せた。

 …許さない。

 そして必ず救い出す。

 この地獄から、生きている人たちみんなを。

 建物の影から魔獣が現れる。

「お嬢さま、魔獣出現!」

「各員迎撃!」

 トカゲ型だ。俺は憎しみの目でその敵を睨みつけた。

 手綱を離して槍を回し、左側に持ち変える。そしてすり抜け様にトカゲ型の背を貫き通した。

「馬車を守って!」

 力を込めて叫ぶ。

 前方から走り寄る狼型に槍を突き入れる。魔獣が霧散した黒い霧を突っ切って走り抜ける。右を走り抜けようとした狼型を薙払い、建物の壁面から降ってきた蜘蛛型を空中で突き刺す。

 騎士達も槍や剣を振り回し、次々に魔獣を滅ぼして行く。

 通りの幅一杯に広がった騎士達が、V字型隊列で魔獣を仕留めながら前進する。魔獣たちの血である黒い霧を纏いながら。

 突撃スピードは止まらない。

 それに、出現する魔獣も散発的で数も少ない。シュバルツとフェルドの陽動が上手く機能しているのだろう。

 これなら行ける!

 通りは緩やかに右にカーブして行く。

 その時、建物の角から突然現れた狼型の集団と交錯した。スピラが前足を大きく上げて嘶く。

 俺は必死にバランスを取り、馬首を巡らすと狼型を貫く。一匹が霧散するその隙に反対側から別の一匹が飛びかかって来た。

 くっ…。

 俺は槍の石付きで狼型の胸を打ち据えた。

 魔獣には銀器の刃しか効果はない。

 槍の柄は少しの抵抗の後、真っ二つに折れてしまう。

 しかしその一瞬の隙でいい。

 馬上で屈んだ俺は折れた槍を手放し、鞘走らせた剣を一閃する。

 俺の顔の直ぐそばで黒い霧が吹き上がた。

 強烈な腐臭を浴びて、こほこほと咳き込んでしまう。

「カナデさま!」

 直ぐに両側の騎士たちが援護に入ってくれた。十数体の狼型など、騎士たちにかかれば一瞬で駆逐される。

「みんな、ありがとうございます」

「なんの!」

「お嬢さま、お守り致します!」

 騎士たちから明るい声が上がった。

 士気は高い。さすがだ。

 俺はその頼もしさに、ふふっと笑う。

 この戦場で笑える自分の無神経さに、ちょっと感心してしまうが…。

 俺は剣を振り、前方、北からの街道が交差する辻を指し示した。

「あそこに馬車を。円陣であの場を死守します」

「「了解!」」

 騎士たちの勇ましい声に頷き、俺たちはまた駆け出した。



 馬車を中心に陣を敷いた俺たちはその中から3人組1組3隊を北、西、東に向かわせる。

 未だに魔獣は現れるが、数匹程度の散発的な戦闘があるだけだった。この間にどこかに潜んで居るだろう査察隊を見つけたい。

 元々の数は十数人程度の査察隊。それに保護しているという市民たちもいれば、それなりに大所帯だ。それが隠れられる場所…。

 俺はボロボロになった街並みを見回した。

 曇天の下、灰色にくすんだ建物の向こうに教会の鐘楼だけが突き出して見えた。

 やはり、教会か。

 幌馬車に積んできた補給物資から、予備の槍を受け取る。

 教会に行くには、北街道を少し進みそこから路地に入って坂を登って行かなければならない。

 あそこか。

 俺が路地の入り口を見つけた時。

「魔獣!狼型4!」

 騎士が大声で警告を発した。

 北街道の向こうから狼型が走り寄って来る。

 騎士たちが一斉に槍を構えた。

 しかし4匹のうち2匹が途中で分かれ、教会への路地へ向かう。

 …まずい!

 そう思った瞬間、俺は駆け出していた。

 教会にもし査察隊がいたら…!

「カナデさま!」

 騎士が制止するのが背後に聞こえる。

 俺は構わず全速力で駆け抜けると、路地に向かう1体の背を串刺しにした。そしてその路地の前を通り抜けた瞬間、路地から剣を持った人影が躍り出てきた。

 大剣が唸り、、もう一匹の狼型を一刀に伏す。

 ああ…。

 その剣は…。

「優人!」

 俺は心の底から湧き上がる喜びを込めて叫んでいた。

「カナデ、カナデか?」

 優人が驚いたように俺を見た。

 俺はコートの裾を膨らませてふわりとスピラから飛び降りると、槍を放り出して優人に駆け寄った。そして思わずその首に抱きつきそうになり…。

 はっと我に帰る。

 しかしその勢いは殺せず、自分が取ろうとした行動の恥ずかしさ紛れに優人を突き飛ばした。

 手を広げて俺を受け止めようとしていた優人はよろよろと後ずさった。

「何で…?」

 …ごめん。

 俺は咳払いする。

「優人、査察隊とは一緒なんだよな」

「ああ、みんな教会にいる」

「迎えに来たんだ。直ぐにこの町を出るぞ」

 優人は首を振った。

「いや、怪我人や子供もいる。動けないんだ」

 俺は真っ直ぐ優人を見て頷いた。

「大丈夫。その為に荷馬車も連れてき…」

 俺はそこで剣に手をかけて、優人の脇を走り抜ける。優人も同時に走り、交差する瞬間、俺たちは一瞬目線を合わせた。

 優人の背後からトカゲ型が2匹がのそのそと出てきた。

 俺は居合いの要領ですり抜け様に一撃でその一体を屠る。横合いから襲いかかるもう一匹の尾をバックステップで交わし、そのまま尾を斬り捨てると、返す刃で本体も斬り裂いた。

 また狼型が3体が現れる。

 ちらりと視線を送ると、優人も俺の背後から迫っていたであろう狼型3体を相手にしていた。

 俺たちはじりじり後退し、最後は優人とどんっと背中を合わせた。

 また別の小さな路地から、蜘蛛型がわらわらと湧いてくる。

 魔獣の数が増えてきている?

 まずいな…。

「カナデ、大丈夫か?」

 優人の声が背中越しに響いた。

「優人こそ大丈夫なのか?」

 俺はふんっと笑った。

 優人相手なら、こんな状況でも冗談が言える。

 不思議なもんだ。

 まだ懸念事項は沢山あるし、油断していい状況じゃないのは分かる。

 しかし優人と背中を合わせていると、不思議と不安がない。

 なんとかなるさ。

 不思議とそんな気がしてくる。

 俺はとんっと優人の背中を押して駆け出すと1匹の狼型を斬り伏せた。

 よし、次!



 三叉路から荷馬車隊を呼び寄せ、路地の下につけさせた。その周りを騎士たちが固める。

 残念ながら、教会の前までは狭すぎて馬車は上がれない。

 俺は騎士三人を引き連れて、優人と一緒にその坂を駆け上がっていた。

「しかし、どうして通りに出てきたんだ、優人」

 俺は隣を走る優人を見た。

「ああ、見張りについてる夏奈が通りの戦いを見つけてさ、それで偵察だ。もしかして味方かもってな。そしたらお前がいて、びっくりした」

 優人がこちらを見て無邪気に笑う。

 …良かった。

 その無邪気な笑顔こそいつも通りの優人だ。

 俺も自然と微笑む。

 少し広くなった教会の前には、武器を構えたシズナさんと禿頭さんがいた。

 シズナさんは俺を見ると、切れ長の目を大きく見開いて驚いた。

「カナデさん、救援はあなただったの?」

「はい、リムウェア白燐騎士団が来てます」

 俺は辺りを見回した。

「シズナさん、他の王直騎士の方々は?」

「中よ」

 シズナさんは困ったように微笑んだ。

「みんな怪我してて、戦えるのは私たちだけなの」

「後はこの町の生き残りが30人ほどだ。みんなこの協会の関係者と協会で預かってた子供たちばかりだな」

 優人の言葉に俺は頷いた。

 幌馬車2台では厳しいかもしれないないが、とにかく乗ってもらうしかない。

 俺はシズナさんに脱出計画を説明し、騎士3人と一緒に避難誘導、怪我人の搬出をお願いした。禿頭さんも頷き、シズナと教会の中に入っていく。

 馬車付近でもまだ戦闘は続いている。怪我人が増える前に、早急に撤退したい。

「優人、そう言えば夏奈はまだ見張りか?」

「ああ、あそこだ」

 優人は高くそびえ立った鐘楼を指差した。

 俺が見上げると、そこから人影が飛び出した。

 落ちた…!

 どきりとする俺をよそに、くるくると空中で回転した人影は、たんっと教会の屋根に降り立つと、とんとんっと屋根伝いに俺たちの前まで飛び降りて来た。

 俺は額に手をやりながら頭を振った。

 俺の友人たちがどんどんビックリ人間になっていく…。

 ブレイバー、恐るべし。

「わぁ、ホントにカナデちゃんだ。凄い!」

 弓を肩にかけた夏奈は嬉しそうに俺に駆け寄って来ると、しげしげと俺の姿を眺め回した。

 …やめろ、恥ずかしい。

「題名は、白の少女騎士、かな」

 にこっと笑う夏奈に、優人がうんうんと頷く。

 こ、こいつら…。

 俺がどんな思いしてここまで来たと思ってるんだ。

 …でも。

 …無事で良かった。

「おっと、こんな事している場合じゃない。大変だよ。東と北から、魔獣の大群が接近してる。地面の上に真っ黒に広がって押し寄せて来てるよ!」

 …!

「それを早く言え!」

 俺は夏奈をきっと睨みつけると、優人に向き直った

「優人、夏奈と脱出の手伝いを。俺は下で騎士と迎撃態勢をとる」

 俺はマントを翻しながら、勢い良く路地を駆け下りた。

 シュバルツやフェルドが引き離した魔獣群が戻って来た?

 いや、有り得ない。

 魔獣は通常、目に入る生物に襲いかかるだけだ。荒野まで誘導されれば、その場で徘徊を開始するだけのこと。この町にわざわざ戻って来るような知能はないはず。

 何故だ…。

 しかし今は、とにかく脱出を考えなければ。

 大群に押し寄せられたら、この戦力では支えられない…。

 時間が…ない。

 小さな田舎町での戦いそのⅠです。

 本格的な戦闘は久しぶり。状況がなかなか進められません。

 冗長かもしれませんが、またよろしくお願い致します。


 ありがとうございましいた!

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