Act:49
女子が2人以上集まればどうなるか。俺の拙い経験、主に唯と夏奈の観察結果だが、それから判断すると、まずはとにかく喋る。甘いものを食べたりしながら、とにかくお喋りを続ける。俺も優人も陸も、それで辟易してしまうわけだが…。
歳の近い女子であるレティシアと見た目女子である俺は、しかしその経験則に反して、2人で何故か剣を交えていた。
簡素なシャツとズボンの練習着姿のレティシアが、訓練用の木剣を構えてゆっくりと横に移動していく。その額には玉の汗が浮かび、息は乱れていた。
レティシアの動きに合わせて、赤髪のポニーテールが揺れる。
対する俺も両手で剣を構えて、レティシアの動きを目で追っていた。
首筋を汗が伝うが、俺はまだ息を乱してはいなかった。
「はあぁぁ!」
裂帛の気合いを上げてレティシアが踏み込んで来る。体重を乗せた重い突きだ。
早い。
が、その軌道は良くも悪くも真っ直ぐだ。
俺はたんっと軽く踏み込んで、レティシアの間合いの内側に入る。
迫る木剣に自分の木剣を軽く叩き合わせて、軌道を逸らす。
そして更に踏み込んで、レティシアの右側に回り込んだ。
剣先を反らされてバランスを崩したレティシアはとっさに左手を上げる。盾を構えようとしたのだろう。今は練習なので装備していないが…。
しかしそのせいで脇ががら空きだ。
姿勢を低く沈める。視界に銀の髪がふわりと浮かび上がるのが見える。
刃を返した俺は、そこで左足を蹴って高速でレティシアの横腹を切り払った。
一閃。
俺とレティシアが短く交錯する。
一緒遅れたように俺の踏み切りの音が練兵場に響いたような気がした。
もちろん木剣でレティシアを打ち据えたりはしない。軽く切っ先を当てただけだ。
しかしレティシアは、まるで本当に斬られたかのように、がくりと膝をついた。
「うううっ、参りました、カナデさま」
レティシアはしゅんと肩を落とした。
「私レベルではかないません…。お手合わせ、ありがとうございました」
「いいえ、レティシアさん。私も良い訓練になりました。ありがとうございます」
俺は用意してあったタオルをレティシアに渡しながら、自分も額の汗を拭いた。
「カナデさまの剣は、変わった構えですね。私、見たことありません」
しきりに感動するレティシアに、俺は苦笑を返す。
俺のスタイルは祖父に習った剣術をベースに、剣道やらガレスの剣やらシュバルツのそれをない交ぜにしたものだ。もう我流といってもいいと思う。
「カナデさま、お強いです。さすがですね〜」
顔を輝かせるレティシアが眩しい。
確かに個対個の剣技なら俺が勝っているかもしれない。しかし頑強な鎧に身を包み、片手に盾を持って戦う、レティシアたちこの世界の騎士の戦い方の方が、多対多では有利だと思う。
「でも、カナデさまとお手合わせ出来ただけでも、査察隊に志願した甲斐がありました」
「私も知ってる顔に居てもらって、実は安心してるんです」
俺たちは互いに微笑み合う。
でも、知っている顔はもう1人いるのだ。
昨日、査察隊が到着した時にど派手な真紅のドレスを身に纏っていたお嬢さま。昨夜催された査察隊歓迎晩餐会で初めてその名前を知ったレミリア・フェミリアン。
南公フェミリアン公爵の第2公女だという。
「レティシアさん。あのレミリアさまは、初めから査察隊のメンバーだったんですか?」
俺はタオルに鼻から下を埋めて、ごにょごにょと尋ねた。
レミリアの役割ならもう聞いている。
査察隊の監督役。
でもそれは、昨日の晩餐会で名目上の役でしかないことは本人も認めていた。
「何でも、レミリアさまにはどうしてもお会いしたい殿方がいらっしゃるそうです。それで南公さまにお願いされて、強権で無理やり監督役に…」
レティシアは、大きく溜息を吐いた。
「旅と査察の日程も概ね出来ていたのに、それでまた警備計画とか、色々差し戻しだったんですよ…」
そうまでしてレミリアが会いたい相手が優人…。
査察隊を労う晩餐会は、屋敷の食堂で開かれた。
査察官として派遣されて来た王統府の文官たちは、クールな見た目とは裏腹に、知的だが気さくな感じの人たちばかりで話しやすかった。
俺はほっと安堵する。
査察官が上げ足ばかり取ってくるような人物ならどうしようかと冷や冷やしていたのだ。この人選をしてくれた王陛下に感謝だ。
むしろ俺が掴みかねているのは、査察官よりもレミリアお嬢さまだった。
レミリアは、到着した時とはまた違う黄色のドレスに身を包んでいた。
スラリと背が高くスタイルのいい彼女には何でもよく似合う。
…俺とは大違いだ。
公爵家の第2公女にして超がつくこの美人さんが、どうして優人の名を口にしたのか…。
俺はそれが気になってそわそわしていた。
優人…。
あいつまさか、このお嬢さまに何か失礼をしたのでは…。
俺がレミリアに話しかけるタイミングを窺っていると、彼女の方からこちらにやって来た。
「あなたがユウトさまのお友達ね」
俺は改めて名乗り、頭を下げた。
「お久しぶりです、レミリアさま」
「あら、どこかでお会いしまして?」
「はい、国王陛下の夜会でお会い致しました。レミリアさまは南公さまにピアノを演奏されていました」
「ごめんなさい。覚えていないわ。それよりユウトさまのお話を聞かせて」
はははっ…。
やっぱり俺、影が薄いかな…。
「失礼ですが、レミリアさまは優人とどの様なご関係なのですか?」
思い切ってそう尋ねてみた俺を、レミリアは良い質問だと言わんばかりに微笑んで見下す。向こうの方が上背だ。
「関係も何も、私はユウトさまをお慕いしておりますの」
…おヒタ…?
俺は眉をひそめる。
心の中で噛んでしまった。
「…どうしてそんな事に」
思わずそうこぼしてしまった俺に、レミリアはふふふっと不敵に笑い、その出会いを語り始めた。
勇者ユウトさまとか、聖剣の一撃とか、こっちが恥ずかしくなる装飾過多なレミリアの話を要約すると、どうやらあの王都でのゴーレム騒ぎの際レミリアの馬車も現場に居合わせたらしい。ちょうど俺たちの馬車が走り去り優人が大型ゴーレムを倒した後、レミリアの馬車が次に現れた中型ゴーレムの襲撃に巻き込まれたのだ。
そこを助けたのが優人だった。
「大丈夫か、お嬢さん。そうおっしゃり、また敵に挑んで行かれるそのお姿は、私の心をもう虜にしてしまったのですわ」
手を組んでうるうると天井を見上げるレミリア。
俺はげんなりとしながら肩を落とした。
優人…。
このことがバレたら、リコットに刺されるぞ…。
まったく…。
優人め。節操のないやつ。
地獄に落ちろ。
俺はタオルの中でぶーと膨れる。
「あの、カナデさま…」
俺の表情を窺っていたレティシアが、おずおずと声を上げた。
「出来ればお風呂をお借りしたいのですが…」
そういえば汗だくだ、俺たち。
「練兵場の浴室なら、廊下に出て右の突き当たりを一階下がったところです。女性用もあるので、ゆっくり使って下さい」
「ご一緒しましょう!」
レティシアが突然俺の手をがしっと握る。
…へ?
「ささ」
レティシアがその手をぐんぐん引き始めた。
いや、無理だから!
「レティシアさん、私後でいいです!」
「駄目です。風邪を引きます!」
レティシア、意外に力が強い。普段から剣を握る職業なのだ、当たり前か。
ごめん。
俺にも守り抜かなければならない自分ルールがある。
俺は手首を返して、逆にレティシアの手首を握り返す。
えっ、と振り返ったレティシアのその手を素早く背後に捻り上げた。
「ひやっ」
思わずレティシアが手を離した。
俺はその隙にさっと間合いを離した。
よし…。
「レティシアさん、ではまた後ほど…」
俺はレティシアの好意に謝罪しながらも、笑顔を浮かべてそそくさと練兵場を後にした。
レティシアさん、ごめん。悪いのは優人なんだ、たぶん。
到着の後、中1日の休息日をおいてから、本格的な査察が始まる事になった。
まずはインベルストに魔獣が侵入したその経路と断定された西地区地下水廊の視察だった。
幸いかな、曇天で肌寒いが、雨や雪の心配はなさそうだった。
俺は、査察官たちの質問に答えながら、当時の状況を順に説明していた。魔獣出現の状況に合わせて、当時の騎士団の警備状況なんかも補足説明する。
頷きながら鋭い視線で俺を見つめる査察官たちは、時折手帳に何かメモしていた。
そのペンが走る度に、俺はドキドキして思わずそちらを見てしまう。
一体何と書かれているのだろうか、と。
俺は査察官たちを地下水廊に招き入れ、迷宮の入り口付近をざっと見せて回った。狭い水廊に俺たちの足音が響く。どこかかび臭い、しかし微かに水気を感じさせる匂いが鼻につく。
あの騒乱の後、地下水廊にもともと巣くっていた魔獣も掃討され、外に続いている事が判明した新しい穴も埋め戻されていた。
地下迷宮は、今は安全な筈である。
「ご覧の通り、知恵のない獣が独力で通り抜けられる場所ではありません。ましてや、魔獣の群が真っ直ぐに市街を目指して溢れてくるなど、誰か人間が手引きしたと考えるのが妥当でありましょう」
俺の声が古いレンガ作りの壁に反響する。
「少しいいですか?」
査察官の1人が手の代わりにペンを掲げる。
「どうぞ」
「これだけの規模の地下施設ならば、そこにもともと巣くっていた魔獣が溢れ出た、と言うのは考えられませんか」
「考えられません」
俺は査察官を真っ直ぐ見て首を振る。
視界の隅に、警備に立つシュバルツとレティシアの背中が見えた。
「魔獣群の個体数は百を超えておりました。この地下水廊が内包できる数ではありません」
「それこそ、この迷宮で飽和した魔獣が、外部から侵入して来た個体に押し出されて市外に溢れた、という可能性があるのでは?」
別の査察官がくいっとメガネを押し上げた。
俺はその視線を正面から受け止める。
「魔獣群の中には、グロウラー型がいました。あのクラスの魔獣は、ご存知の通り人里の近くで発生するものではありません。そうなると、やはり何者かが引き連れて来たとするのが妥当である。それが私たちの考えです」
「…なるほど」
査察官たちがまたさらさらとペンを走らせる。
それを無表情で見つめる俺の背中には、冷たい汗が流れ落ちていた。
査察官に対応するに当たって、主席執政官に注意された事がある。
それは、どんな質問を受けた時にも、例えそれが答えに窮するような問いであったとしても、胸を張って自信を持って受け答えする、ということだ。
例えこちらが正しいことを言っていても、おどおどしていては、相手に信用ならないと疑念を抱かせてしまう。
例え虚勢であったとしても、自分の言葉に自信を持たなければ、相手を納得させる事などできないのだから。
しかしその虚勢が、ガリガリと音を立てて俺の精神を削り潰していく。
まるで絶対にかなわない剣の達人と立ち会っている気分だった。
撤退も降参も許されない戦いだ。
俺は査察官たちを案内して地下水廊を出た。
「次は、この近くの集会場に、魔獣出現当時この付近にいた市民たちを集めております。そちらのお話をお聞き下さい」
地上に戻ると、ドレスの上に純白の毛皮のコートを着込んだレミリアが、騎士やメイドさんに囲まれて待っていた。
監督役という名目上、彼女も一応この現場に来ていたが、地下は臭いし汚いという理由で同道を断ったのだ。さらに、魔獣の侵攻状況を説明する俺の話に割って入り、優人の活躍が聞きたいとせがんで来られた。
しょうがないので、俺たち騎士団のピンチに駆けつけた優人が一刀の下にグロウラー型を斬り伏せた話をすると、うっとりとした表情で「ああ、素敵です、ユウトさま」と呟く。
その自由さに、俺は査察官とは別の意味でへとへとだった。
優人め…。
しかしお世話になった南公のお嬢さんを無碍に扱う事は出来ない。それに、自由だが、レミリアの笑顔には悪意は感じない。悪い人ではないのだ、多分。
くそ、やっぱり優人だ…。
査察官とレミリア。
その二重の苦労はしばらく続く。
集会場で市民の話を聞いていたら、突然満面の笑みで甘いもが食べたいと言い出したレミリア。
行政府で魔獣の被害状況を説明していると、別々の書類毎に計上されている被害物件数が違うというミスを指摘して来る査察官。
今日、俺は間違いなく寿命をすり減らしたはず。きっと、沢山…。
夜遅く、やっと風呂から出た落ち着いた俺は、パジャマの上にカーディガンを羽織った姿で自室の書き物机に向かっていた。
昼間の査察対応でへとへとであり、今直ぐにでもベッドに飛び込んでコンマ数秒で眠りに落ちる自信がある。
しかし、そうはいかない。
明日の査察の対応のためにも、目を通しておきたい書類は山ほどあった。
静かな夜だ。
俺は椅子から垂らした素足をぷらぷら揺らす。
頬杖を付く。片手で書類をめくる。
やっぱり少し眠い。
頭がぼおっとして来て…。
優人め…厄介事を増やしやがって…。
ずるっと肘が滑る。
いけない、いけない。
「…カナデさま!」
その時、ドアが激しくノックされた。
俺は一瞬で覚醒する。
驚いた…。
「カナデさま!」
再びノックが響く。
「誰です?」
名乗ったのは、今夜の屋敷の警備当直責任者だった。
ただならぬ雰囲気に、俺は書類を握ったまま素足でドアに駆け寄り、開く。
当直責任者の騎士は、パジャマ姿の俺に一瞬ドキッとしたような顔をするが、直ぐに姿勢を正して一礼した。
「夜分に失礼致します。急ぎご報告が」
「…何でしょうか」
騎士の顔は蒼白だった。あるいは廊下の照明のせいでそう見えてしまっただけかも知れないが…。
「ただ今王統府より緊急伝令が参りました。ラブレ男爵領に赴いた査察隊が襲撃を受け、連絡が途絶したとのことです」
凍り付く。
間違いなく顔が青くなる。
…襲撃?
…連絡途絶?
…ラブレめ。とうとう仕掛けたのか…!
しかしそこで俺は大切な事に思い至る。
胸の奥がきゅっと冷たくなり、視界が狭まる。
優人…。
夏奈…。
それにシズナさん、リコット、ラウル少年、禿頭さん…。
みんな、ラブレ男爵領査察隊に同行しているはず…。
そうだ、俺の提案で。
無事…だよな?
俺の手から、パラパラと書類が落ちた。
あの優人がいるのだ。きっと無事だ…。
だんだんと状況が動いてきました。
またしばらくシリアスか…。
飽きずに付き合っていただければ幸いです。
ありがとうございました!




