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雪色エトランゼ  作者:
第1部
45/115

Act:45

 夜遅くに屋敷に戻って来た俺は、晩餐会の結果を尋ねてくるメイドさん達を躱して、いそいそとお風呂に入った。そして、髪もまだ乾かぬうちにもぞもぞとベットに潜り込んだ。

「お休みなさいませ、カナデさま」

 ランプを消して部屋を出て行こうとするリリアンナさんを、俺は消え入るような小さな声で呼び止めていた。

「リリアンナさん、私、今日、その、えっと、プ、プ、プロポーズされて…」

 リリアンナさんにちゃんと聞こえたかどうかも分からないような小さな声でも、プロポーズと口にした途端、顔面が火を噴くように熱くなる。

 リリアンナさんが戻って来て俺のベットの脇に立った。

「そう、でございますか」

 暗くて表情は良くわからないが、リリアンナさんは穏やかな声だった。

 相手が誰かも言っていないのに、リリアンナさんにはもう分かっているようだった。何故だろう。

「リリアンナさん。私、どうすれば…」

「カナデさま」

 リリアンナさんの声が優しく響く。

「カナデさまは、どうなさりたいのでしょうか。まずはそれをしっかりご自分で、お確かめ下さい。そして、インベルストのお屋敷に戻りましたら、主さまとゆっくりお話下さい」

「どうしたいのか…」

 俺はそう繰り返して、天井を見た。

 鼻まで布団を被る。

 ぼうっと考えに浸る俺に、就寝の挨拶をしたリリアンナさんがそっと寝室を出て行く。それも意に介さず、俺はつい先程のその出来事を思い返していた。


 あの白い花の温室で衝撃の告白を受けた俺は、ぐるぐる混乱し始めた頭で、ようやく冗談はやめろと笑い飛ばそうとした。

 しかし、俺を見つめるシリスの目が余りにも真っ直ぐだった。きつく結ばれた口には、緊張と自信と不安が入り混じったシリスの複雑な心情が現れているように思えた。

 決してあの言葉が、出任せや冗談ではない事が自然と分かる。

 そう、感じてしまったのだ。

 ならば、俺もふざけて場を濁す事は出来ない。

 …真っ正面からきっぱりと断らなければ。

 真剣に思いを伝えてくれたシリスに、俺も隠し事はできない。

 それが、シリスへの、戦友への礼儀だと思う。

 しっかりと、明確に理由を話し、断る。

 俺は目を瞑り、ゆっくり深呼吸した。

 そしてお腹に力を入れてシリスを見返す。

「ありがとう、シリス」

 少し声が震えていた。

「あなたの真剣な言葉に、私も嘘は言えません。だから、本当の事を言います。私は、本当は…」

「カナデ!」

 リムウェア侯爵の、お父さまの子ではない。

 元は男なんだ。

 その台詞が、シリスの叫びにかき消されてしまう。

「カナデ。お前が真剣に応えようとしてくれている事は嬉しい。しかしその告白は、お前だけのものか?その秘密を明かしてしまえば、迷惑がかかる人はいないのか?俺たちの立場は、自分だけの責任の下にある訳じゃないぞ」

 シリスの言葉に俺は鼓動が高まり、唇を噛み締めた。

 俺の出自を明かす事は、俺を受け入れてくれたリムウェア侯爵家みんなに迷惑がかかってしまう。

「カナデ、構わない。言わなくていい。その本当が何を意味していても、俺が好きなのは今のお前だ。今、俺の目の前にいる、な」

 シリスが優しげに微笑んだ。

 その笑顔に、何かわからない正体不明の気持ちが溢れそうになって、俺はシリスの顔を直視できずに下を向いた。

 今の俺…。

 篠崎奏士ではなく。

 奏士だった俺でもなく。

 カナデ・リムウェアとして…。

「今は大変な時だ。答は今ここでとは言わない。今度再会した時に聞かせて欲しい」

 囁くようなシリスの声に、俺はただ小さく頷くことしか出来なかった。

 何なんだ…。

 どうすればいいんだ。

 ただ奔流となって暴れる心を制御出来ずに、俺は思わずシリスの脇を走り抜けて温室の出口に向かった。

 しかしその瞬間シリスが俺の手を掴んだ。

 そしてそっと呟いた。

「あまり無茶はするなよ」

 俺は無言で頷いた。

 廊下に出ると、俺は早足で階段を降りた。とにかく、静かな場所で気持ちを落ち着けたかったのだ。

 階段の踊場で、優人とすれ違う。

 今は何も話せない。

 しかし通り過ぎようとした俺の肩を優人が掴んだ。少し痛かった。

「カナデ、どうした?」

 俺はただ首を振る。

「あのおっさんに何かされたのか?」

 優人が怒気をはらんで顔を歪める。

「…違う」

 俺は小さく否定する。

「あの野郎…。ぶっ飛ばしてやる!」

 優人の怒りを現すように拳からゆらゆらと銀色の光が立ち上り始めた。

「違う、止めて!」

 俺は今にも階段を駆け上がろうとする優人の拳を掴んだ。

「大丈夫だ、何もない。大丈夫だ、優人…」

 俺は優人の手を引いて、階下に降りた。

 優人の気遣いの言葉になんと応えたのか、もうはっきり思い出せない。


 俺は寝室の天井をぼんやりと眺めていた。

 俺は何がしたいのだろう。

 何でここにいるんだろ。

 今まで経験した色々な事がぐるぐると頭を回る。

 今の俺。

 それを認めてくれたシリスの気持ちは純粋に嬉しい。

 この世界に来てから必死に頑張って来た事が認められた気がして、俺は安堵と安らぎを感じている。

 お父さまやシリスや今みんながいるここに、俺もカナデとして居てもいいんだと思える。

 だけど俺は元々男なわけで…。

 シリスと、つ、付き合うとか、ましてやケ、ケ、ケッコンなんて考えられるはずもなく…。

 うう…。

 がああああぁ。

 俺は布団の中でジタバタと暴れる。

 私はどうしたらいいんだっ!

 俺は男だ。

 俺は奏士だ。

 男だ。

 男だ。

 男…。

 ……。

 シリス…。

 ぼんっと顔面が爆発する。

 シリスの名を口遊んだ瞬間、耳の先まで真っ赤になってしまったのが分かった。

 どうしたらいいんだ、優人。

 どうしたらいいんでしょうか、お父さま。

 おじいちゃん…。

 私はどうしたら…。



 朝の肌寒い空気は、屋敷のの中でも微かに息が白くなる。

 ドレスコートにブーツ姿の、すっかり旅装を整えた俺は、結わえた髪を揺らしてシズナさん達パーティーが待つ居間に入った。

 手頃な広さの居間は、暖炉の火で暖かった。

 季節はもう少しで冬になる。この暖炉の火から離れられない日がもうそこまで迫っていた。

「みなさん、おはようございます」

「おはよう、カナデさん」

「カナデちゃん、今日も可愛い!」

 親指を立てる夏奈は無視だ、無視。

「それでは、みなさん、私は一足先にインベルストに帰らせて頂きます。優人、ラウル君をよろしくね」

 優人は何時ものようににっと笑ってくれた。

「了解だ。任せろ」

 俺は少し安心する。

「ラウル君、黒海嘯の意味、分かったら私たちにも教えて下さい」

「は、はい。あの、お世話になりました、お嬢さま」

 恐縮して頭を下げるラウル少年に、俺はいいえと頭を振った。この子が大変なのは、きっとまだこれからだ。

「シズナさん達はラウル君の調べものが終わったらどうするんですか?」

「そうだね。ラウル君がリコットとラブレ男爵領の魔獣調査をしたいらしいから、その護衛をするわ。もしかしたら男爵領にマームステン博士の手掛かりがあるかもしれないしね」

 確かにその可能性はあると思う。

 しかしそれは敵地に飛び込む危険な賭けになるかもしれない。もしかしたら、あの黒騎士が現れるかもしれないのだ。

 黒騎士の妨害…。

 俺はふと思いついた。

「シズナさん。もし男爵領に向かうなら、王統府の査察隊に同行してはどうですか?」

「査察隊…。そうね…。」

 シズナさんが切れ長の目をすっと流して考え込む。大人っぽくて、俺なんかには出来ない所作だ。

「そうね。それもいいかもしれないわ」

 シズナさんが頷いてくれた。

 シズナさん達が査察隊に同行してくれれば、万が一魔獣や黒騎士の妨害があった時にも力になってくれるだろう。シズナさんたちにしても、公のお墨付きを得て男爵領に入領できる。

 しかし、俺はその案を出した事に少し後ろめたさも感じていた。

 これでは優人たちを都合よく戦力として利用しているだけではないか。

 本当なら、優人にも夏奈にもあまり危険は冒して欲しくない。

「カナデさん?」

 俺は、気を取り直してシズナさんに頷いた。

「シズナさんたちも気をつけて下さい。優人、特に」

 優人がはあっ?と抗議するのを聞き流す。

「この屋敷は、王統府に頼んで次の借り手が来るまで使えるようにしておきました」

「何から何まで悪いわ」

 俺はシズナさんに微笑みかける。

「夏奈、ちゃんと台所を活用して、料理は自分たちで用意して下さいね。メイドさん達も私と一緒に帰りますから」

 俺の警告に、しかし夏奈はえっへんと胸を張った。

「大丈夫だよ!うちのパーティーにはモリソンがいるから。モリソンの料理は最高なんだよ!」

 モリソン?

 聞き慣れない名前に俺は首を傾げる。

 優人がそっと部屋の隅を指差した。

 そこにはシズナさんのパーティーの禿頭さんがにっと笑って俺に頷き掛けていた。

 いたのか…!

 そしてモリソンという名前なのか…!

 俺は衝撃の事実に一歩後退ってしまう。

「カナデさん、もう行かなくていいの?」

 俺はそのシズナさんの言葉に我に帰った。

 玄関まで、みんなが見送りに来てくれた。

 俺はシズナさん、ラウル君、リコットと握手を交わす。リコットはいつも通り仏頂面だ。

 夏奈には何時も俺がされてるようにぽんっと頭を撫でやった。すると、夏奈もぼんっとやり返す。俺もまたやり返してやろうかと思ったが、不毛なので止めた。

 乗りが悪いとブーブー言っている夏奈をよそに、俺は優人の胸板をどすっと叩いた。

「強くなったからって、無茶すんなよ」

 俺が囁くと、優人がはんっと笑った。

「いつものカナデみたいで安心した。お前も…無理すんな」

 俺たちは頷き合う。

 俺は踵を返して屋敷を出た。

 外に出てから、屋敷を見上げる。

 柔らかな秋の朝日を浴びて、数日間お世話になった屋敷が輝いていた。

 さあ、インベルストへ、俺の家に帰ろう。



 行きと同様に馬車には乗らず1人で騎乗した俺は、護衛の騎士隊やメイドさんたちが乗る馬車を引き連れて進む。

 爽やかに吹き抜ける風が、コートの裾を、馬の鬣を揺らす。微かに香る甘い花の香り。その風に混じって届く人々の喧騒が心地よかった。

 王都の街路は相変わらず人通りが多く賑やかだ。

 ゴーレム騒ぎの傷跡で道路が封鎖されてる箇所はあるが、人出に影響は無いようだ。インベルストでも王都でも、そこに暮らす市民は俺が思うより遥かに強かだ。

 特徴的な王城の尖塔を眺め、内門に差し掛かると、数騎の王直騎士団の騎士が待ちかまえていた。

 その中から、特徴的な赤毛の少女騎士が進み出てくる。

「リムウェア侯爵ご令嬢一行さま。我ら王直騎士団王都防衛大隊が、外門の先まで先導させて頂きます」

 俺は儀礼的なレティシアの口上に笑顔で頷いた。

「ありがとう。よろしくお願いします」

 俺はレティシアと馬を並べて進めながら、王直騎士団の面々を窺う。

 シリスはいない…。

 多忙なのだ。見送りには来てくれないのだろう…。

「でも、もうカナデさまとお別れなんて、早すぎます」

「私も。レティシアさんとはもっとお話したかったです」

 俺はふっと微笑んだ。レティシアや王宮の貴婦人から、貴族の子女としての立ち振る舞いをもっと習いたかったと思う。

「えへへ。でも私も、カナデさまみたいに綺麗で、強くて、シリスティエール副隊長みたいなかっこいい殿方とお付き合いできる女性になれたらなぁと思ってるんです。頑張りますよ」

 レティシアの何気ない一言に、俺の顔面がピシッと音を立てて固まった。

「オ、オ、オ、オツキアイ?」

「あれ、違うんですか?」

「違います!シリスは戦友なんです!一緒に戦った戦友なんです!」

 私はついつい声を荒げてしまう。

「いやあ、だってゴーレム対策会議の時だって、2人で並んでテキパキ指示出して、あんな格好いい夫婦になれたらなぁって同僚の子たちとも話してたんですよぉ」

 あははと呑気に笑うレティシアから視線を外し、俺は少し馬足を早めた。

 ふ、ふ、ふ、夫婦って、馬鹿じゃないのか!

 滅多な事言わないで欲しい!

 俺とアイツはあくまでも戦友であって、あの話だってもちろんまだ承諾なんてするつもりはなくて、だからそんな噂を呼ぶような言動は差し控えてもらいたくて、だから…。

「あ、カナデさま。あそこにシリスティエール副隊長がいますよ。朝から姿が見えないと思ってたら、あんなところでさぼって」

 俺はレティシアの言葉にはっと顔を上げた。

 街道の少し先。

 大きな街路樹の下で、王直騎士団の鎧姿をしたシリスが木にもたれ掛かって腕組みしていた。

 俺は手綱を叩いて馬に駆け足させる。隊列の前に出てシリスのところまで先行すると、馬を下りた。

「…おはようございます」

「ん、ああ。おはよう」

 シリスが鷹揚に頷いた。その口元にはいつもの不敵な笑みがあった。

「…シリス。色々とありがとうございました」

「いや、礼を言うのは俺だ。お前のおかげで魔獣使役解明に動き出す事が出来た。この一歩は大きい」

 俺はシリスを見て頷いた。

 ラブレ男爵の査察によって事態が解明され、もうインベルストのような悲劇が二度と起こらない事を心から願う。

「そういえば、その査察で提案があるんです。ラブレ男爵領への査察隊に、優人たちを合流させてはどうですか?」

 シリスが顎に手をやりながら、少し上を見て考える。

「なるほど。あの少年なら、魔獣へも黒騎士への対策も安心だな」

「はい。魔獣研究にラウル君が男爵領に行くようなので…」

「わかった。査察隊には俺から進言しておこう」

 俺は頼みます、と頷いた。

 話し込んでいるうちに、俺たちの脇を馬車隊がゆっくりと通過していく。

 …遅れる訳にはいかない。

 俺は再び馬に乗ろうとして、しかし思い切ってドレスコートのポケットに手を突っ込んだ。

 そして、勢いよく振り返ると、取り出した少し皺のよった包みをどんっとシリスに押し付けた。

 ゴーレム騒ぎの前、お父さまやリリアンナさんへの贈り物と一緒に買ったペンダント。

 その後の騒ぎで包装がくしゃくしゃになってしまったが、これでも今朝、一生懸命伸ばしたのだ。

「何だ、これは」

 シリスが包みを手に取る。

「…御守りです。武運長久の。色々お世話になったので。あげます。王族には不相応な安物ですけど…」

 私はシリスの顔を見れずに早口でまくし立ててしまう。

 そして、背を向けて素早く馬に跨った。

 少し乱暴な乗り方で、馬が身震いする。

 ごめん…。

 手綱を持った俺の手を、不意に伸びたシリスの大きな手が包み込む。

 一瞬で鼓動が最大まで早まった。

 シリスがその手を引いてぐいっと俺を向き直らせる。

 そして真っ直ぐに俺の目を見た。

「カナデ。また直ぐに会おう」

 そして笑う。

 その笑顔があまりにも自然で。

 ぶつぶつ考えていた自分が少し馬鹿みたいで。

 私も、ふうっと息を吐いてから自然と笑い返していた。

 そして静かに頷く。

 シリスが手を放す。

 少し気持ちが軽くなった気がした。

 俺は馬の腹を蹴った。後ろを振り返らず隊列に追いつく。

 色んな人と、出会って別れて出会って別れての繰り返し。

 でも、今のこの別れの次には、必ずまた出会いがある。

 背後に遠ざかる王都とシリスを俺は今は振り返らない。

 また直ぐに会えるさ。

 俺はその次の出会いを良いものにするために、今すべき事を成すために、インベルストへ、お父さまのもとへと帰る。

 心地よい秋風と天高く流れるいわし雲を見上げて。

 少し長いですが、王都編が一区切りとなりました。

 お話は次回から侯爵領に戻っていきます。

 

 ご一読ありがとうございました。

 これからもお付き合いいただければ幸いです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 次に会った時の次がすぐ来てしまったけどプロポーズへの答えは…? なんてイジワルなことはどちらも言い出さないのであった。
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