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雪色エトランゼ  作者:
第1部
43/115

Act:43

 リコットとラウルも伴って、俺達は王城内の王直騎士団本部に赴いた。

 王城の敷地に建つ庁舎の一つに過ぎない王直騎士団本部庁舎だが、それだけで一つの城と言っても何ら遜色ない巨大な石造りの建物が、夜闇の中にそびえ立っていた。

 馬車を下りた俺はその偉容に圧倒されて、口を開けてぼけっと本部を見上げるだけだった。

「…凄いですね、シリス」

 シリスが不敵に笑い頷いた。

 息がほんのり白い。今夜は少し冷えるようだ。

 俺は胸の下で肘を抱いた。

「ここは王都防衛大隊だけじゃなく、王直騎士団全ての本部だからな。そりゃ大きくなるさ」

 シリスに誘われ、本部庁舎に入る。入り口大扉には、シリスの鎧を簡素化したような騎士たちが立っていた。

 剣を掲げ、礼をとる騎士にシリスは片手を上げて応じた。

「王都防衛大隊の隊長副隊長職が何を意味するかも知らなかった浅学なカナデに説明してやるとだな…」

 俺はうーと低く唸る。

「それはもう、許して下さい…」

 シリスが楽しそうに笑った。

 騎士の待機所も兼ねているのか、天井が吹き抜けの奥に長いホールには長椅子が並ぶ。今は慌ただしく行き交う騎士や待機している兵たちで溢れていた。

 その中をシリスの後について歩いて行く。

 周りの騎士や兵がシリスに一斉に敬礼する。そして無数の視線が俺やリコットたちに突き刺さった。

 そんな周りの状況もお構いなしに、シリスが王直騎士団について説明してくれる。

 広大な王都だけでなく王統府領全ての治安を担う王直騎士団は、騎士だけで約4万5千。兵士など常備兵力を含めると10万人以上の巨大組織だ。

 騎士団長は王が務め、以下に副団長、各方面の将軍たちが並ぶ。

 その中でシリスが在籍する王都防衛大隊は、隊長を騎士団長、つまり王が兼務する。組織的には王直騎士団の1部隊にしか過ぎないが、王都内の治安を預かる王都防衛大隊は独自の権限が強い集団だ。隊員の多くが有力貴族の子弟で構成され、その発言力は王直騎士団本隊に比肩すると言う。

 騎士団本部の階段を上がり、王都防衛大隊がまるまる占有するフロアに入ると、慌ただしく行き交う騎士や本部職員の数がぐっと増えた。

 当然だろう。

 国王の膝元の王都の街中で、あんなゴーレムが暴れたのだから。

 俺は魔獣襲撃直後のインベルスト行政府の混乱を思い出した。

 被害規模の把握、死傷者の把握、情報管制。

 シリスも大変だろうな。

 俺はそっとシリスを見た。

「…こんな騒ぎがなければ、本当なら、今頃はうちの親とカナデと食事してる筈だったんだがな」

 前を向いたままシリスがつまらなそうにぼそりと呟いた。

 俺はたかが会食だと思っていたが、もしかしてシリスは楽しみにしていたんだろうか。

 騒動が起こるタイミングが悪い。

 俺のせいではない筈だが、何か申し訳ないなと思ってしまう。

 行き交う人を避けながら俺達は部屋の中央に巨大な円卓が置かれた大部屋に入った。円卓の他にも長机が沢山並んでいる。ゴーレム騒ぎの対策本部といったところか。

 その部屋の端に、所在なさげに優人がぽつりと座っていた。まるで職員室で待たされる優人の図、だ。

「ユウト!」

 今まで大人しくついて来ていたリコットが叫ぶと、優人に駆け寄った。

 書類を持った職員にぶつかりそうになり、迷惑そうな顔をされている。

 俺もその後について優人に近付いた。

 優人はあちこち怪我していたが、どれも軽傷のようだった。大きな絆創膏が張られた頬が痛々しかった。

「大丈夫だった、ユウト?」

 リコットが抱き付かんばかりの勢いでユウトに迫った。

 ユウトは、はははっと苦笑する。

 全く、無茶して…。

 心配するだろ。

 おかげで俺たちは助かったけど…。

「優人…」

「ああ、カナデ。大丈夫だったか」

「あんまり無茶すんなよ」

 俺は優人にだけ聞こえるように顔を近づけ、ぼそっと呟いた。

「まぁ、なんだ。俺たちのせいでお前を巻き込んだからな。悪かった」

 俺は優人を半眼で睨む。

「水臭いこと言うなよ」

「ダーリン!お嬢さん、近いって!」

 そこにリコットが勢い良く割り込んで来た。そしてフーと警戒音を上げる。

 俺と優人は目を合わせてお互い苦笑した。

 優人。まぁ、大丈夫そうで良かった。

「カナデ、ちょっと来てくれ」

 シリスから声が掛かる。

 俺は優人に手を振って、円卓脇のシリスの元に駆け寄った。



 円卓の上には、王都の地図を始めとして様々な書類が散乱していた。

 腕を組むシリスの隣に俺は並ぶ。

 周りは鎧姿ばかり。本部職員も簡単な軽鎧を身に付けていた。その中で1人私服姿の、ましてやスカートの俺は何だか場違い感が満載だった。

「混乱してますね」

「恥ずかしながらな。しかしここ数十年、王都の、特に内門以内では酔っ払いの喧嘩くらいしか荒事がなかったのが現状だからな。巨大ゴーレムの襲撃で浮き足立っているのさ」

 平和ぼけと言うのは、少し辛辣すぎる表現かな…。

「シリス、ゴーレムは?」

「騎士が駆けつけた時には、既にあの少年が仕留めていた。大型1、中型3だ」

 あの後、さらに増援が来たのか。

 優人、本当に無事で良かった。

 俺はリコットと話ながらこちらを見ている優人を一瞥する。

「少年から事情は聞いた。出来ればカナデからも状況を説明して欲しい」

 俺は頷いて、机上に置かれた指し棒を手に取ると、大きな地図の上、あの百貨店からゴーレムに襲われ、屋敷まで逃れた状況を指し示しながら説明した。合わせてラウル少年が出てきた路上裏からの襲撃者を、うちのシュバルツが撃退したことも説明しておく。シュバルツから聞いた状況、手口も含めて。

「形振り構わずラウルという少年を押さえにかかった、ということか…」

「ゴーレムの出現地点は特定出来ましたか?中型というのまでがいたなら、さらに増援がいないとも限らないです」

 俺は厳しい面もちでシリスを見上げた。

 シリスも指し棒を手に取る。

「巨大ゴーレムがカナデたちの馬車に合流したのがここだ。そしてここからここまで路面の破壊痕がある。市民の目撃証言からしても、恐らく出現地点はこの辺りだ」

 シリスは指し棒で区画が広い辺りにくるりと円を描いた。

 線路の表示。

 巡回軌道の整備基地でもあるのか。それに倉庫が多そうだ。

「王都にあんな大きなゴーレム、持ち込めるものなんですか?」

「いや、通行門は常に警備があるし、インベルストみたいに大河は無いから水路という線もないと思うな」

 俺は考える。

 ラウル少年への襲撃犯。

 リコットやシュバルツに聞いたその手口。仲間の口も容赦なく塞ぐ周到さ。それに加えてあんなゴーレムまで運用したのだ。もちろんただの賊な訳がない。何かしらの大規模な組織が絡んでいるに違いない。

「…倉庫」

 ゴーレムは倉庫街のどこかに潜んでいたのだ。

 倉庫。物資。物を取り扱うのは商人。そして商会。

 賊の特徴が、どうしてもタニープロック商会の幌馬車を襲っていたあの山賊と重なって思える。

 タニープロック商会と敵対しているのは、北公傘下の王都の大手商会。

「シリス、ゴーレムはバラバラ状態で民間の物流ルートで持ち込まれた可能性は?」

 シリスが目を細めてギロリと俺を睨んだ。

「確かに王都に持ち込まれる物資は、全部チェックされる訳じゃない。しかし入管が書面や抜き打ち検査はしているぞ」

 俺は自分の推測を確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。真っ直ぐにシリスの目を見て。

「タニープロック商会と敵対している会社、なんと言う名前ですか?」

 シリスの顔が徐々に強張っていく。

 シリスもその可能性を察してくれたか。

「ロクシアン商会だ…」

「古参の大会社なら入管に顔も効きますよね」

 シリスが首を振る。

 ラウル少年の家族を拉致した賊。タニープロック商会を妨害している賊。

 それが同系統の組織ならば、その背後にはタニープロック商会と敵対しているロクシアン商会が関わってくる可能性が高い。

 シリスが地図の倉庫街を見ながら何やらぶつぶつ呟く。

 それ以上の関わりは分からない。

 それに証拠は何もない。

 しかしこれ以上の騒乱を防ぐためにも、ラウルを狙う組織、そしてゴーレムの残存の有無は早急に確認しなければ。

「シリス」

 俺はシリスを見て頷いた。

「よし」

 シリスが呟く。

「街区に出ている第2中隊の各小隊に伝令だ。この辺り」

 シリスが再び指揮棒で円を描く。

「この辺りの倉庫を確かめさせろ。特にロクシアン、及びその関連会社を重点的にだ」

「はっ!」

 シリスの部下が大声で敬礼して走り出て行く。

 俺はシリスを見てから他のシリスの部下たちを見回した。

「入管のロクシアン担当者、及び入都審査の書類も抑えた方がいいでしょう」

 部下達がシリスを伺う。シリスは少し驚いた様に俺を見たが直ぐに表情を戻し力強く頷いた。

「よし、行け!」

「はっ!」

 また複数の部下が慌ただしく出て行った。

 俺はシリスと無言で頷きあった。

 ここでマームステン博士拉致犯とロクシアンの繋がりが証明出来れば、その背後関係が分かるかもしれない。この時期に魔獣研究の権威を拉致したのだ。ラブレ男爵の魔獣使役の問題と関連性を疑うのは、憶測が過ぎるだろうか。

 俺はゴーレムの残骸の検証報告書類を取ろうと手を延ばすが、少し届かない。

 うう、と手を延ばしていると、シリスがすっと書類を近付けてくれた。

「ありがと」

「いや…」

 シリスが少し照れたような目線を外した。

 俺は書類に視線を落とす。しかしロボットとはな…。この世界、まだまだ俺の知らないことだらけだ。もっと勉強しなければな…。

「ああ、シリス。一般の方の被害はあったんですか?」

 そう言えば大事な事を忘れていた。

 俺が視線を上げると、シリスがぼうっとした表情で俺を見つめていた。

「シリス?」

 俺はきょとんとシリスを見返した。

「…いや。カナデ、お前、頼りになるじゃないか」

 シリスがにかっと眩しい笑みを浮かべた。

 そう真正面から誉められては、何だか気恥ずかしくなってしまう。

「シ、シリス。負傷者はいたんですか?」

「瓦礫なんかが当たった軽傷者だけだな」

 シリスが俺を見てニヤニヤと笑う。

 からかわれたようで、なんか腹立つな。

 やっぱりこいつには油断ならない。

「あのー、シリスティエール副隊長」

 その背後からおずおずと赤髪の少女騎士が声を掛けて来た。

「国王陛下が隊長室に来られました。至急来るように、と」

 俺を王都まで護衛してくれた騎士、北公の娘、レティシアだ。

 レティシアは俺を見つけてぶんぶん手を振った。俺も微笑んで控え目に手を振り返した。



 シリスに求められ、優人、リコット、ラウル少年も状況を説明するために、国王陛下の待つ隊長室に向かう。

 リコットは国王と聞いて、ガチガチに固まっていた。同じ側の手と足を出す奇妙なスタイルで歩いている。

 ラウル少年は疲れている様だった。無理もない。まだ小さいのにこんなにも色々な事があったのだ。

 ランプに照らされた廊下を歩きながら、優人がそっと寄ってきた。

 優人は国王と聞いてピンと来ていない様子だった。先ほど王都、城、と来たら王様だよな、と意味不明の事を呟いていた。

「カナデ」

「何だ、優人」

 俺たちは小さな声でひそひそ話す。みんな黙っていたが、足音が通路に反響したり忙しなく職員が行き来しているので、周りに会話は聞こえないだろう。

「驚いたぞ。あんな大人ばっかり集まる中に入って行って、てきぱき意見出来てさ。なんか、こう、偉い人、て感じだったよ。うん、凄いぞ」

 さっきの円卓の会議の場のことか。

「そんなのが多くてさ。慣れたんだよ」

 俺はふっと苦笑した。

「いや、俺は前からカナデは委員長や生徒会長が似合うと思ってたんだ。いや、大したもんだ」

 真剣な顔で頷く優人。

 お前は親戚のおっちゃんか。

 まぁ、国王とか魔獣対策とか貴族の娘やってる時点で、生徒会長なんか比べ物にならない、とんでもない状況なわけだが…。

「いや、優人の方こそ凄いよな。あんなデカいゴーレム、1人で倒すんだから」

 俺がそう言うと、優人は照れたように頬を掻いた。

「まぁ、レベルアップだよ。やることなすこと初めてで、ばんばん経験値入ってるからな」

 無邪気に笑う優人に、俺はわざとらしくため息をついて見せる。その鷹揚さが羨ましい。こちらは日々緊張でお腹が痛いのに。

「カナデはここの騎士たちとも知り合いなのか?」

「ん?まぁ、さっきいた赤髪の子くらいかな」

「知らない人の中で、か。頑張るな。俺には真似出来ないよな」

 俺は前を歩くシリスの背中を一瞥した。

「あのシリスには色々世話になってるんだよ。その恩返しってわけでも無いが、力になりたいと思うし…」

 優人はふっと笑った。そして俺の肩にぽんっと手を置く。

「その律儀さ。まさにお前らしいよな」

 俺は気恥ずかしくなって、そっぽを向く。

「まぁ、ホントは今日だってアイツの家で晩餐会だったしな。予定が潰れて何か悪いし…」

 俺は言い訳のようにボソボソ呟いた。

 すると、突然優人が立ち止まった。

「家…?」

 優人は怪訝な表情を浮かべる。

「ん、ああ。両親と食事してくれって頼まれてさ」

「両親だと!!」

 優人が大声を張り上げた。思わず俺はドキッとする。

 なんだ、心臓に悪い!

 みんなが一斉に振り返った。

 俺は何でもないですという風に、パタパタと手を振る。

 何故が茫然とした表情の優人。

 その後、俺は固まった優人を引っ張って陛下に謁見するという大変な難行が待ち構えていた。ゴーレムに追いかけられた時と同じ位肝が冷える連続だった。

 全く、もう…。

 最近戦闘シーンがありません。

 主人公の戦いは剣と剣だけじゃないですが…。

 またそのうち必ず戦います。多分…(笑)


 読んでいただきまして、ありがとうございました!

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