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雪色エトランゼ  作者:
第1部
32/115

Act:32

 夜闇の中に赤い刃が揺らめく。

「何者だ、お前は」

 優人が低い声で訪ねる。狂ったような叫び声を上げる黒騎士が、ゆらりと動き出した。

 警戒したまま優人がゆっくりと剣を構えようとした瞬間、叫び声をぴたりと止めた黒騎士が、瞬間移動したかのような踏み込みで優人に刃を振り下す。

「モウ喋ルナ、人間」

 背筋の凍るような声。

 激しく金属が衝突する音が、静まり返った広場に響き渡った。

 黒騎士の斬撃を竜殺しの剣の腹で受けた優人は、しかし完全にガードしているにも関わらず、そのまま後方に吹き飛ばされた。

「夏奈!唯、下がれ」

 俺は夏奈に優人の援護を呼びかけ、呆然としたまま身動き出来ないでいる唯に向かって叫んだ。

 唯はどう見ても非戦闘員だ。いくら銀気で身体能力がブーストされているからといって、あの戦いに巻き込まれて無事な筈がない。

 優人を援護すべく夏奈は素早く弓を構えると、銀色に輝く矢を高速で3連射する。至近距離から放たれたその矢を黒騎士の剣は容易く撃墜してしまう。

 なんて奴…!

「唯姉!逃げて!」

 夏奈の叫びにはっとした唯が、長い髪を振り乱して俺の方に走り出した。

 黒騎士は攻撃を仕掛けてきた夏奈に目標を切り替えたようだ。だらりと剣を下げたまま首を傾げ、夏奈に近づく。

 矢をつがえる間がないと判断した夏奈が、弓を手放して腰から小剣を引き抜いた。そして夏奈が小剣を身構えた瞬間、黒騎士の横から大剣を振り被った優人が踊りかかった。

 不意を突いたその渾身の斬撃を、片手の剣で払いのける黒騎士。その隙に弓を拾い上げ間合いを取った夏奈が援護射撃するが、それも容易く払われる。

 俺は慌て通用門から城内に駆け戻る。

「敵襲です!至急警備を集めて!それとカリストと…」

 一瞬迷う。

「シリスに連絡を。非番も起こしなさい!非常事態です!」

 初めは何を言われているのか分からずぽかんとしていた守衛達は、「早く!」という俺の言葉でそれぞれ走り出した。非常事態を告げる鐘がけたたましく鳴らされる。

 俺は警備詰め所に保管されていた剣を剣帯ごと手に取り、ワンピースの上からたすき掛けにした。そして長槍を掴むと、城門前広場に駆け戻る。

 通用門の隣で唯が鞄を胸に抱いて優人と黒騎士の攻防を心配そうに見つめていた。

 俺は槍を小脇に抱えると、その脇を走り抜ける。一度立ち止まってしまえば、恐怖で動けなくなることはわかっていた。

 銀色に光った優人の大剣の一撃が空を切り、石畳を砕く。その僅かな硬直時間をフォローするように、夏奈が矢を放つが、全て払い落とされた。

 優人たち銀気を持つ者の戦いに俺が立ち入れるとは思わない。しかし援護の手は少しでも多い方がいいに決まっている。

 俺でも気を逸らすぐらいは…!

 優人が苛烈な連続攻撃を受けてじりじりと後退する。優人の防御の上から嬉々として赤く蠢く剣を打ち付ける黒騎士の、その側頭部に、俺はくるりと回した槍の石突きを全力で打ちつけた。

 鈍い音が響く。岩を叩いたような衝撃が走る。柄が折れることはなかったが、衝撃で槍を取り落としてしまう。しかし俺は槍はそのままに身を沈めると、剣を抜き放ち、黒騎士のわき腹を狙った。

 がら空きの胴を撃ち抜く剣は、しかし先程と同じく強烈な衝撃で返された。

 痺れる手に顔をしかめながら切っ先に視線を向けると、鋼の刃が欠けていた。

 しかし一瞬でも他に意識を奪われたのが命取りだった。

 銀気で腕力をブーストしている優人を力で押し切った黒騎士が、俺が視線を戻した瞬間、目の前にいた。

 赤い目が細まる。

 笑っているのか、コイツ…!

 背筋に悪寒が走る。

 俺はとっさに飛び退くが、それより早く黒騎士の手が伸びる。赤く脈打つ剣を手放し、素手で俺の頭を鷲掴みにする。

「がぁ………あっ!」

 頭が割れそうな激痛で俺は剣を取り落とした。そして全力でその黒い鎧の腕を振り解こうともがくが、俺の頭をぎっちり掴んだ指はピクリとも動かない。

 俺はスカートを振り乱し、足を振り上げて黒騎士を蹴り付ける。しかし、もちろん刃が欠ける相手に通用するわけがない。

「オ前、見タコトアル顔ダ」

 黒騎士が首を傾げた瞬間。

「カナデ!」

「カナデちゃん!」

 優人と夏奈が同時に叫んだ。優人が黒騎士の背後か斬り込み、夏奈が銀の閃光となる矢を放つ。

 俺は激しく振り回され、唐突に空中に放り出された。

 呆気ない程の開放感と、一瞬とも永遠とも思える浮遊感の後。そして俺は、激しく地面に打ちつけられた。

「かほっ…!」

 放り投げられた勢いが止まらず、ごろごろと石畳を転がる。視界の隅に、再び黒騎士と斬り結んでいる優人の姿が見えた。

 ぐっ…!

 激突の痛みに歯を食いしばりながら、何とか身を起こす。黒騎士と優人たちを挟んで城の反対側、街側の方に飛ばされてしまったようだった。

 胸が痛い。

 地面に打ちつけられたからだけじゃない。

 俺は痛みと悔しさで唇を噛み締める。

 優人が夏奈があんなに頑張っているのに、俺は何の役にも立たない。

 くそ…。

 俺にできることは無いのか…?

 その時、ゆっくりと城門が開き始めた。

 城壁の上にずらりと弓兵が立ち並び、弓を引き絞る。城塞に設えられた巨大なバリスタまでもがキリキリと旋回し、その矛先を広場の中心に向けた。城壁の中からは、鎧に剣や槍を携えた騎士と兵たちが駆け出し、優人と激しい攻防を繰り返す黒騎士を遠巻きに包囲した。

 その最前列に軽鎧姿のカリストと平服に剣を下げたシリスが歩み出る。

「そこの黒鎧の者、直ちに剣を捨てよ!」

 カリストが声を張り上げた。

 黒騎士は優人の剣を弾いた後、体勢を崩した優人を蹴り飛ばす。そして、周りを取り囲む騎士たちをゆっくりと見回した。

 初めは、そこにいる誰もが、それが何の音なのか分からなかった。

 金属と金属を擦り合わせるような甲高い音。確かなのは、それが不快な音だということだ。

「カカカカカカッ」

 音は黒騎士が発していた。黒い鎧の肩が小刻みに震えている。それで初めて、俺たちはそれが黒騎士の笑い声だということに気がついた。

「カカカカカカッ…!」

 剣をだらりと下げたまま、黒騎士は首をグリグリ回す。

「増エタ、増エタッ…ゴミガ一杯増エタッ!」

 その不気味さに、誰もが一歩後退してしまう。しかし、その中を1人だけ剣を構えて駆ける人影。

 優人が銀に煌めく大剣を振り下ろす。



 俺は痛む体を無視して叫んだ。

「カリスト!多分銀気しか効かない!シリス、優人を援護して!」

 そこで初めて2人は、暗闇の中でうずくまる俺に気がついたようだ。2人してボロボロの俺に驚愕し、目を見開いていた。

 俺の意を察してくれたか、シリスが駆け出した。

 俺の剣が全く効かなかったこと。優人が有効打を与えられたこと。そこから、多分奴には銀気の攻撃しか効かないのではと推測する。

 そう、まるで魔獣のように。

 優人が僅かに後退した間に、代わりにシリスが飛び込んだ。そしてすり抜けざまに一太刀。黒騎士はそれをガントレットで余裕で受け止める。

 シリスはそのまま駆け抜ける。

 そして俺の方へ。

 …え?

 夏奈の援護、そして俺の注意通り銀に輝く武器を手にした騎士と共に優人が激しい攻防を繰り返すのを後目に、シリスは真っ直ぐ俺のところ走って来た。

「バカだろ、お前!」

「な…」

 そして吐き捨てるように怒鳴られる。

 俺は突然の事に絶句する。

「またそんなにボロボロになりやがって。自分の立場を考えろ!先陣切ることが指揮官の仕事じゃないんだぞ」

 くっ、確かにその通りだ。

 今の俺じゃ、何の役にも…。

 俯いた俺を無視するように、シリスは俺をひょいと抱き上げると小脇に抱えた。

「なっ、やめ、下ろして!」

 俺の抗議に耳を貸さず、シリスは走る。

 戦いが繰り広げれる広場中心を迂回し、カリストたちの元に。そしてそこで丁寧に下ろしてくれた。

 あまりに突然の事で、俺はポカンとしたままだった。

「カナデちゃん、大丈夫っ?」

 慌て唯が駆け寄って来ると、早速治癒術をかけてくれた。唯の温かさが広がって行く。

「カナデ。多分お前の言った事は正しい」

 シリスは黒騎士達の戦いを見つめていた。

「見ろ。あの黒騎士が受太刀か回避しているのは、ユウトとナツナの攻撃だけだった。周りの騎士なんか、歯牙にもかけていない。つまり、ユウトならヤツにダメージを与えられる可能性があると言うことだが…」

 シリスは眉をひそめた。

「あの少年は剣の扱いがなってない。剣腕だけなら、カナデ、お前の方が上だ。大威力を生かし切れてないな」

 シリスが剣を持ち上げ、俺を見据える。微笑むその目はこいつにしては、優しげだった。

「俺も援護しよう。お前はここで大人しく俺を待て」

 くっ…。

 やっぱり俺にできる事は無いのか?

 シリスが剣を構えて突撃する。

「合わせろ!少年!」

「あ、あんた!」

 シリスが斬り掛かり、優人がその隙を狙う。しかし隻腕のはずの黒騎士は余裕でその攻撃を捌く。

 あの足を、動きを止められたら…。

 俺に出来ること。

「カナデさま。大丈夫ですか?」

 カリストが心配そうに俺を見た。

「カナデさま…」

「お嬢さま!」

「無茶せんで下さい!」

「大丈夫ですかー!」

 後ろに控えた騎士団のみんなが口々に声をかけてくれる。

 みんなのためにも。

 俺は…。

 ふと光が差した気がした。

 みんな。

 俺は銀気もない役立たずだ。

 でも、だからこそみんなと協力しなければならない。

 1人で意地を張るんでもない。

 みんなで力を合わせる。

 それが、今俺が出来ること、なのかな…?

 一か八かだな。

 俺は唯に礼を言って立ち上がった。治癒術は即効性ない。でも少し楽になった気がした。

「夏奈、来て!カリスト。城壁のバリスタ、使えますね?」

 カリストが頷く。

「火炎矢は直ぐに用意出来ますか?」

「はっ」

「では西側のバリスタに火炎矢と最高の射手を」

 カリストが頷いて伝令を走らせる。

 夏奈が顔を曇らせながら駆け戻って来た。

「もう矢がなくなるよ。なにあいつ、信じらんない!」

「夏奈。今から城壁に登って、東側のバリスタについて。それで撃ち出す大槍にありったけの銀気を込めて私の合図を待て」

 銀気の使用を前提とするブレイブギアでなくとも、強い力を持つ夏奈が銀気を込めれば、十分に黒騎士の脅威になるはず。さらにバリスタが打ち出す大槍の質量と運動エネルギーが加われば、もしかして黒騎士に有効打となりえるのではないか。

 しかし夏奈は怪訝そうな顔をする。

「でも夜にあの黒い鎧だから、当てる自信ないよ。バリスタなんて知らないし」

「大丈夫」 

 俺は微笑む。

「カリスト、人選は任せます。夏奈にもバリスタに習熟した兵を」

 俺は黒騎士を睨む。

「騒乱の元凶と思われる黒騎士は、ここで押さえます。みんな、力を貸して」

 俺の言葉に応えてくれる声が高らかに響く。



 優人とシリスが繰り出す斬撃をあしらい、優人をねじ伏せ、シリスを蹴り飛ばす。そして騎士たちの攻撃を鎧で弾く黒騎士は、複数に囲まれているのにも関わらず、完全に場を支配していた。

「カナデさま」

 カリストが準備が完了した事を告げる。

 俺は頷く。

 いくぞ!

 タイミングを悟らせないよう、城門の中には俺の合図を伝える手旗を持った兵が配置されていた。

 俺は西のバリスタに準備を命じた。

 タイミングを見計らう。

 優人が後退し、シリスが斬り込む。黒騎士の大振りの一撃をシリスがかわした瞬間。

 今だ!

「シリス、優人退け!」

 俺は手旗兵に合図を送る。

 俺の警告に、飛び退く優人とシリス。

 瞬間。

 矢より遥かに重い風切り音と共に、打ち出された大槍が黒騎士の隣に着弾した。破砕音を響かせ石畳が砕け、大槍の先端に装着された火炎瓶が弾け、一気に炎が広がった。

 直撃はしていない。しかし夜中の見通しが悪い中で、よくあれだけ至近に着弾させてくれた。

 火炎槍は着弾と同時に油を周囲に撒き散らし、黒騎士ごと炎に包み込んだ。

「カカカカ」

 その炎の中で黒騎士が笑う。

 無論火攻めで勝てると思うほど楽観はしていない。

 炎に照らし出された今なら、夜中でもその黒い鎧がよくわかる。

 間髪おかず俺は東の、夏奈がいるバリスタにハンドサインを送った。

 行け、夏奈!

 再び空を切る鋭い音。

 敵の姿が丸見えの今なら、誇るべき白燐騎士団の射手と夏奈なら外さない。外すわけがない。

 夏奈の銀気を込めた大槍に、炎に気を取られていた黒騎士の反応が一瞬だけ遅れる。やはり剣を手放した黒騎士は、片手で飛来した大槍を受け止めた。しかしさすがに黒騎士でも、高速で飛来する大槍の大質量を受け止めるために、一瞬だけ動きが止まった。

 そうだ。

 その一瞬でいいんだ!

 気付けば、俺は一歩踏み出していた。

「優人、今だ!」

 声の限りに叫ぶ。

「少年!」

「優人!」

「ユウトさん!」

 シリスが、唯が、カリストが叫ぶ。

 それに答えるように、竜殺しの大剣から迸った大量の銀の光が巨大な剣に収束する。

 俺たちの中で最大最高の火力を持った一撃。

「おおおおおおお!」

 銀色の刃が、バリスタの大槍を受け止めている黒騎士に振り下ろされた。

 金属が爆ぜる。

 黒の鎧が弾け飛ぶ。

 優人の銀気が炸裂した眩い光が広場を一瞬昼間に変えた。

 そして、ゆっくりと光が収束していく。

 そこには剣を振り抜いた姿勢のままの優人と、肩口から胸までを斬り裂かれた黒騎士の姿があった。

 やったのか…?

 辺りはしんと静まり返る。まるで、今まで何も起こっていなかったかのように。

 しかし、その静寂は、耳障りな異音にかき消された。

「ガッガガガカッ」

 それが何なのか直ぐには分からなかった。しかし、ノイズだらけのラジオがだんだんとチューニングされるように、それは一つの言葉になる。

「ガガッ、殺ス、殺ス、殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺シテヤル…!」

 半ば裂けた胴の黒騎士の、ボロボロに砕けた兜に赤い光が激しく光る。

 戦闘は尺を取ります。

 次で終わります、多分…。


 読んでいただいてありがとうございました。

 よろしければ、またお付き合いをお願い致します。

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