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雪色エトランゼ  作者:
第1部
31/115

Act:31

 夏奈がゴロゴロと俺のベッドの上で転がっていた。唯もベッドに座りながら、仕切りにいいな、羨ましいなを連呼していた。

「でも、カナデちゃんがこんなに少女趣味だったとは思わなかったねー」

 夏奈はクッションをもふもふする。

 この部屋は俺の趣味じゃないし。それに、止めろ。荒らすな。

「あたしなんて、野宿とか普通だよ?まぁそれも楽しいんだけどぉ」

「そうね。私も泊まる所なくて、司祭さまと農具小屋で寝た事もあったわね」

 唯が思い出すように息を漏らすと、クッションに顔をうずめていた夏奈が目を輝かせた。

「そういえば、唯姉が一瞬に旅してる司祭さまってかっこいいの?」

「うーん、そうね。金髪ですらりとしてて、お優しい方だわ」

「マジ?」

「お爺ちゃんだけど」

「なーんだ」

 唯と夏奈が集まれば、終わりなき女子トークが始まる。少し前ならそれは毎日の当たり前の光景で、今では随分と懐かしくなってしまった光景だった。もちろんその勢いに圧倒されっぱなしの俺は、見た目が女になっていても、唯達の中には入り込めない。

 これが女子歴の差か。

 頬杖をついて2人を見ながら、ぼんやりとそんな事を思っていると、その矛先が不意に俺に向けられた。

「ふふ、お姉ちゃんも嬉しいわ。そ…カナデちゃんが普通にスカート姿なんて、今まで頑張って生き抜いて来た甲斐があったというもんよね」

 ふんっと拳を握りしめる唯。

 大げさだ。

「そだね、唯姉。カナデちゃんには、あともう少し、慎みがあればねぇ…」

 お前に慎みなどと言われたくはないな、夏奈。

 しかし、確かに俺が原因と思われる被害者を出してしまったのも事実だ。具体的には、部屋の隅にぼろ布の様に転がっている優人など…。

 優人がこうなってしまった原因は、少し前に遡る。

 お互いの近況や今までの事を報告しあった後、夏奈が唯の治癒術を見たいと言い出した。

 民間での銀気の才を持つ者が多く集まる冒険者ギルドの中にあっても、治癒術の使い手はほとんどいないらしい。それほど上手く銀気を制御出来る者がいないなのだ。それに制御の難しさに加え、治癒に即効性がないのもネックだ。だから現場での需要は延びないし、あまり普及もしていない。

 そういえば、と俺は思いつく。

「唯、俺の傷も看て貰えるか?」

 全身の打ち身や擦り傷はほとんど治って来ていたが、やはり剣ですっぱり切られた太ももの傷はまだ治ってはいなかった。時々何かの拍子に痛む事がある。

「いいわよ、こっちに来て」

 俺は椅子を運ぶと、ベッドに座る唯の対面に腰掛けた。そしてスカートを太ももの上までたくし上げると、太ももを差し出して傷口を見せた。

 今朝巻きなおした包帯には、少しだけ血が滲んでいた。

 唯は驚いたように少し目を見開くが、しかし直ぐに微笑んで頷くと、手袋をはずして傷に手をかざした。

「ふぇーっ…」

 お風呂に肩まで浸かった時のような心地良さが全身に広がる。体中の力が抜けてしまいそうにになり、思わず背もたれに深くもたれかかって目を閉じてしまった。

「はい、終わりよ」

 唯の声と同時に何か温かいものが俺の中からすっと引いていくのが分かった。

「あー、ありがと」

 目を開くと、こちらをじっと見ている優人と目が合った。

 その瞬間。バネ仕掛けの人形のように飛び起きた夏奈が、ベッドの反発を利用して高く飛び上がった。そして、銀色に光る夏奈の足が弧を描き、優人を襲う。

 綺麗なローリングソバット。

 胸に直撃を受けた優人がキリモミしながら吹き飛んで、柱の角に激突。屋敷が震えるような音が響き渡る。そして優人は動かなくなった。

 華麗に着々した夏奈が腰に手を当てて優人を見下ろす。

「だから、ガン見すんなっていってるだろ!」

 俺が唖然としていると、廊下を慌ただしくやって来る音がして、ノックの後にリリアンナさんとメイド軍団さんが入って来た。夏奈が満面の笑みでしれっと優人を指差す。

 動かなくなった優人をメイド軍団さんが取り囲んだ。

「ユウトさま」

 リリアンナさんの冷たい声が響く。

「ここはカナデさまのお部屋です。レディの私室でそのような乱暴な振る舞いはお控えください。ユウトさまにも、カナデさまのご友人として、その辺りをご教授させていただきます」

 リリアンナさんが合図すると、メイド軍団さんは優人を捕まえ、部屋の外に連れ出した。その後、しばらくして戻って来た優人はがくりと崩れ落ちる。そして、今のこの通り、部屋の隅に転がっている存在に成り果てていた。



 夏奈が優人を虐めている。

 それをよそに、唯はお茶を飲んでいた俺に手招きした。

「ここ、ここ」

 ベッドにぺたんと座った唯は、俺に自分の前に座るように示した。

「カナデちゃん、髪梳いてあげる」

 いつの間にかドレッサーから櫛を持ち出していた唯は、やる気満々の表情で俺を見る。。

「いいよ、恥ずかしい」

 俺はそっぽ向くが、とたんに唯が悲しそうな顔をした。

「カナデちゃんは、やっと再会できたお姉ちゃんの細やかなるお願いも聞いてくれないの?」

 ぐぅ…。

 そう言われれば…。

 卑怯だ。

 俺はしぶしぶ唯の前に座って背を向けた。リボンを解くと、頭を振って髪を流す。

「うぁ、ほんとに銀色なんだね。一本一本が透き通ってるみたい」

 まず唯は、そっと手櫛で髪を梳いた。その手の感触が優しくて、なんだか気持ちいい。

「そ…カナデちゃんが小さい頃は髪長かったから、お姉ちゃんがいつもこうしてあげてたよね」

「勝手にリボンつけられたこともあった」

「ふふ、そうよね」

 唯は櫛に持ち代えてゆっくり髪を通していく。

「お姉ちゃん、ほんとは奏士が女の子ならなぁってずっと思ってたんだ。妹、欲しかったから」

 リズミカルに櫛が動く。かくかくと頭が刺激されて、だんだんと気持ち良くなって来る。

「何だか懐かしい」

 唯が笑う。

 俺は髪を触られる心地よさと、本当の姉のように思っていた唯に女の子扱いされる気恥ずかしさで、目を閉じた。

 すると、気持ちよくてふわふわしてきて思わず船をこぎ始める。

「…妹なら夏奈がいるだろ」

 眠気が差してきた意識で、なんとかそう突っ込む。

 駄目だ…どうしてもうとうとしてしまう。

「あっ、頭動かさないで。夏奈ちゃんもいいけど髪短いし、やっぱり奏士にこうしたかったのよ、お姉ちゃん的には」

 背後で唯が柔らかに笑った。

 髪を梳かれる。

 それだけなのに、それがとんでもなく心地良くて。

 唯の笑い声さえ子守歌に聞こえて。

 唯が、夏奈が、優人がいてくれる安心感で。

 俺はゆっくり微睡みの淵に沈む。



 目を開けると、隣で夏奈が大の字になって寝ていた。

 目を擦りながら起き上がると、お茶をのみながら何か話していた優人と唯がこちらに気がついた。

「良く寝てたわね、カナデちゃん」

「あー…悪い。寝ちゃったか」

 俺は立ち上がってうんっと伸びをした。

 時計を見ると、もう随分と遅い時間だった。間もなく日付が変わる。

「みんな、今日は泊まるか?」

 唯は静かに首を振る。

「司祭さまが心配されるといけないから、帰るわ」

「俺も。シズナたちが待ってるしな」

 立ち上がった優人を、俺は悪戯っぽく見上げた。

「リコットが、じゃなくて?」

 優人ははははっと乾いた笑いを浮かべる。

「羨ましいな、彼女」

 俺が茶化すと、優人は真面目な顔で俺を睨んだ。

「お前、想像してみろ。夏奈が2人になって、毎日自分の周りを回ってる光景を」

 俺はむにゃむにゃ言っている夏奈を見てから、優人に頭を下げた。

「悪かったです…」

 その後、夏奈を起こす段階でもう一騒動あったが、俺達そのままぐだぐだ話ながら屋敷を出た。俺も城門までみんなを見送ることにした。

 屋敷の玄関で、優人と夏奈は預けてあった剣と弓を受け取った。一応邸内は部外者の武装が禁じられている。

 わざわざ剣持って来たのかと問う俺に、優人は苦笑いを返した。

「すっかり体に馴染んじゃってな。ないと不安なんだ」

「あ、それ、わかるー」

 夏奈が大げさに頷いた。

 みんなで連れ立って庭園の中を城門に向かう。

 深い夜の空気はすっかり冷たくなっていて、ワンピース一枚だと少し寒かった。あれだけ賑やかだった夏の虫の声も、静かで切ない秋の旋律に変わっていた。空気が澄んで来たからか、夜が遅いからか、見上げた空は降って来るような満天の星空で、俺は思わず感嘆の息を漏らした。

 楽しそうにお喋りして歩く優人たち3人から少し後を、俺は後ろ手に手を組みながらゆっくりとついて行く。

 静かな夜。

 普段なら出歩かない時間の散歩も、ちょっと楽しい。

 優人たちと一緒だから、ちょっと楽しかった。

 夜回りの騎士たちとすれ違う。武装した男女に騎士が一瞬身を固くしたが、後ろに俺がいることに気がついて、一礼してくれる。

「ご苦労様です」

「はっ!」

 俺は彼らに会釈して通り過ぎた。すると、スピードを落として俺に並んだ唯が嬉しそうに笑う。

「いいお嬢さま、してるね」

「…そうかな」

 俺は即答出来ずに、小さく呟いた。

 正門である大門は、もうとっくに閉門の時間を過ぎていたので堅く閉ざされている。俺は守衛の兵にお願いして通用門を開けてもらうと、優人たちと外に出た。普段人々で賑わってる城門前広場は、人がいないだけでとてつもなく広く感じられた。既に家々の明かりも落ち、広場の端が闇に落ちているから余計にそう思ってしまうのだろ。

「じゃあね、カナデちゃん。また明日、侯爵さまの治療に来るから」

「また遊びに来るよ、カナデちゃん」

 俺は唯と夏奈に微笑みんで頷いた。

「あんまり無理すんなよ」

 優人が拳で俺の肩を小突いた。

「お前もな」

 俺は優人の腹に全力パンチを繰り出すが容易く跳ね返されてしまう。

 それを笑いながら、優人達は深夜の街に歩きだした。優人たちの背を見つめていると、胸の中に少しの寂しさが駆け抜ける。

 それを払うように首を振って城の中に戻ろうとした瞬間。

「誰だ!」

 優人の叫びと剣を抜く音が響いた。

 俺は慌て振り返った。

 優人の背の先。

 闇の中から、ゆっくりと人影が生まれ出ようとしていた。

 それは闇と変わらない漆黒。あるいは闇よりも暗い黒の鎧。

 本能的な恐怖の対象。

 恐らくは様々な悲しみの元凶。

 石畳に足音を響かせて、黒騎士が現れた。

 俺ははっとする。

 黒騎士の左腕が肘から先がなかった。

 それに鎧の意匠も舞踏会や魔獣襲来時に見たものと少し違うように思える。するとこいつは、優人が一度戦ったと言う方。俺にとっては2人目、と言うことか。

 黒騎士は優人の前に立ちはだかった。

 そして首を傾げる。

「見ーツケタ」

 初め、それが言葉だとは理解出来なかった。

 男でも女でもない不安定に揺らぐ声。言葉を発することの出来ない獣が、無理やり人語を発したかのような歪な声だった。

 突然黒騎士がカタカタ震え始める。

「コノ腕」

 嫌悪感が湧き上がるこの音が、俺は黒騎士の声であることをやっと理解した。

「障気ノ呪法」

 黒騎士が無事な右腕を振ると一瞬にしてそこに刃が赤く光る黒い剣が握られていた。

「人間ゴトキガ」

 その禍々しい剣が、優人、夏奈、唯に向けられた。

「侮ルナヨ。侮ルナ…侮ルナ侮ルナ侮ルナ侮ルナ侮ルナァァァァ!」

 狂ったような叫びが響き渡る。面防の向こうの目が獰猛に光った。

 次回は戦いの予感、です。

 (誤字脱字を見つけたら、そっと教えて下さい。最近多いのです…)


 ご一読ありがとうございました!

 

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