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雪色エトランゼ  作者:
第1部
21/115

Act:21

 くっ、どうする…、全力で考えろ!

 剣を振り回すジェイクを俺は睨みつけた。

 今はまだ、人に襲い掛かって来る様子はない。笑い声を上げながら剣を振り回し、手近な机やカーテンなどを斬りつける。派手な破壊音が響き渡る。

 明らかに正気ではない。

 警備の騎士が集まって来た。

 ここでジェイクを制圧する事は出来るだろう。しかし、このまま斬り合いになれば、招待客を退避させなければならない。間違いなく舞踏会は中止に追い込まれる。それは侯爵家にとってこの上ない不名誉だ。

 …敵の狙いはこれか。

「ジェイク、やめなさい!」

 エバンス伯が叫ぶが、反応はなかった。

 騎士の礼装姿のカリストが駆け寄って来た。短い黒髪の細目の青年だ。今はベルモント砦に赴いているガレスの直属の部下であり、今日の警備指揮を執っていた。

「お嬢さま。お下がり下さい。制圧致します」

「お父さまはなんと?」

「中止やむなし、と」

「くっ…!」

 家名に拘って怪我人を出しては元も子もない。来場者たちにも、ジェイクにもだ。

 俺は唇をきつく噛み締めた。

「お嬢さま」

 カリストが急かすが、ふと俺はカリストが佩いた長剣に目を留める。

 顔を上げる。

 剣を振り回すジェイク。

 遠巻きに状況を窺う招待客たちと、その最前列にアレクスに支えられたお父さま、シリスの姿が見えた。一日中、色々と無理してきたお父さまは、ここに来て無理が祟ったのか、顔色が悪い。

 ますます状況が悪い。ここでお父さまが倒れたら、収拾が付かなくなってしまう。そうなれば、もう俺では対応できない。

 ここで鎮めなきゃいけない…!

「カリスト、剣を」

「はっ…?」

「私が収めます。ゲストさん達を近づけないよう、騎士を配置して」

「しかし…」

「大丈夫。任せてください」

 俺はカリストの黒い目をじっと見つめた。

「…分かりました。しかし危険と判断したら、彼を仕留めます。我々にはお嬢さまの命が重要ですから」

 カリストは片膝をつくと、腰から外した剣を俺に差し出した。

 招待客たちからどよめきが起こる。

「それと、廊下に人を。黒い鎧の騎士が、恐らく首謀者です。身柄を拘束して下さい」

 カリストが頷いて下がっていく。その指示で騎士たちが並び、ギャラリーの列を押し下げた。

 騎士に守られているという安心からか、状況を訝しむ声がちらほらと上がり始めた。

「何をする気だ?」

「まぁ、剣など持たれて、勇ましいお嬢さんね」

「あの暴れている男は何者かね」

「エバンス伯が叫んでらっしゃったが…」

 ざわめきが大きくなる。

 俺は鞘に納まったままの剣を、お父さまとシリスに向けて掲げ、一礼した。

 お父さまが驚愕に目を見開く。

 俺の意図を悟ってくれたかな…。

 シリスも微かに頷いた。

 俺は微笑み返す。奴も分かったか。

 シリスが前に進み出ると、踵を返し、ざわつくギャラリー達に一礼した。

「さぁ、今宵ご臨席の紳士淑女の方々!本日は少し変わった趣向をご用意致しました!」

 シリスは大仰な身振りで、剣を振り回しテーブルを斬りつけているジェイクを指し示した。

「そこな暴力を降りかざす悪漢を、リムウェア侯爵がご令嬢、カナデさまが見事退治されます!華麗な剣舞を、どうかご覧ください!」

 おおっと歓声を上げるギャラリー達に応じるように、俺はふわりと頭を下げる。

 この期に及んで妨害者の襲撃を許してしまったのなら、隠し立てなどせずに、取り乱したりせずに、どうどうと見せ物にしてしまえばいい。さも始めから予定されていたかの様に。平然と、だ。

 俺の意志を正確に察してくれたシリスに目線を流す。

 前口上までしてもらって、ありがたいことだ。ますます奴には、お礼をしてやらなければならない…。

 シリスに借りを作るのは極めて危険な気もするが、まぁ、しょうがない。

 今は目の前の敵に集中しよう。

 図らずとも舞台は整った。

 後は俺が、華麗に上手に戦って見せるだけだ。

 鞘を払い、暴れるジェイクに白刃を向ける。

「さぁ、私が相手だ!かかって来なさい!」



 楽団が静かにアップテンポの曲を奏で始めた。

 その音楽に合わせる様に、俺は剣を構えてジェイクに近付く。

 真剣はずしりと重い。

 人を傷つける事ができる重みだ。

 柄をぎゅっと握りしめる。

 目標を俺に定めたジェイクが、壊れたような笑い声を上げながら襲いかかって来た。

 ギャラリーから悲鳴が上がった。

 振り下ろされる剣を、俺は半身を引いて躱す。剣術も何もあったものではない。ただ力任せに全力で振るわれた剣が、床に当たって甲高く響く。しかし、がむしゃらに振るわれるからこそ、剣の軌道がわからない。

 殺意を込められた刃が様々な方向から襲いかかって来る。

 その全てが必殺の威力を秘める一撃。

 その中をかいくぐって相手を仕留めるのであれば、まだ容易い。

 しかしジェイクを倒すのが目的じゃない。

 すくい上げるように振るわれるジェイクの剣に合わせて、俺は自分の剣を叩き付けた。

 衝撃で思わず後ずさってしまう。

 ギャラリーからどよめきが起こる。

 相手に合わせて、振り下ろされる剣を弾く。横薙を弾く。逆袈裟を弾く。俺の体の捻りに合わせて広がるスカートの、その半径を踏み越えて斬り込み、体を捌き、飛び退く。

 額に浮かぶ汗が飛ぶ。

 メイドさん達に整えてもらった髪が頬に張り付く。

 刃と刃が打ち合う度に、金属音が大ホールに響き渡った。

 数合のせめぎ合い。

 鍔競り合いを引いて、ジェイクがバランスを崩した瞬間に俺は一旦後ろに引いて息を整えようとした。しかし、それを許さないかのように低い姿勢からジェイクが突っ込んで来た。

 不気味な笑いは消えない。

 …あちらは疲れ知らず、か。

 ひらりと体を開いて突撃をかわし、がら空きの背中に剣の柄を叩き付けた。

 肺から空気が逆流するうめき声を上げて、ジェイクは激しく床に打ち付けられる。もちろん致命傷になるようなダメージではないが、受け身もなくあれだけ激しく床に激突すれば、そうとう痛いはず…。

 やりすぎたか?

 そう思った瞬間、獣のように飛び起きたジェイクが一足飛びに俺に斬りかかって来た。

 とっさに剣を立ててその一撃を受ける。眼前で鋼がぶつかり火花が散る。その威力に手が痺れる。押し切られ、態勢を崩されてしまう。

 くそっ、しまった。油断した…!

 飛び退こうとするが、ヒールの高いパンプスでは上手く踏み切れない。

 再び振るわれた横の一閃。

 半瞬、対応が遅れてしまった。

 ギャラリーから上がる悲鳴。

 焼けるような痛みが左の太ももに広がった。

「ひひ、ひひゃひゃひゃ」

 ジェイクの奇声が響いた。

 構えは崩さず、目だけで足を見る。

 斬り裂かれたドレスに血が滲む。純白のドレスが赤く染まっていく。裂けたスカートから血の滲む足が見えたが、傷はさほど深くなさそうだ。

 皮膚を斬られただけだ。

 まだ行ける!

 今度はこちらからだ!

 俺は痛みを無視して床を蹴った。

 真正面から突っ込む俺に振り下ろされる剣には、まだ俺の血が付いていた。俺はそれを、体の軸をずらして回避する。

 突撃の勢いのまま、柄頭をそのままジェイクの鳩尾に叩き込む。

 体をくの字に折りながらも反撃してくるジェイクの剣を、俺は飛び退いて躱し、続いて再び突貫する。

 縦横に翻る刃を受け流し延びきった腕の内側に潜り込むと、そのジェイクの腕を、力の限り剣の腹で打ち据えた。

 堪らずたたらを踏むジェイク。その体を軸に、俺は背後に回り込んだ。そして腰を落として剣先を戻す。いわゆる脇構えでその時を待ち構える。

 振り返りながら剣を振り下ろすジェイク。

 予想通りだ!

 血が滲む足で全力で床を踏み切った。

 俺は振り上げる剣に全てを懸ける。乾坤一擲の斬撃が空を走り、そして…。

 一際甲高い金属音。

 一瞬の静寂の後、床に剣の落ちる乾いた音が静まり返ったホールに響き渡った。

 狙い澄ました俺の一撃で剣を弾き飛ばされ、突然空手になった己が手を呆然と見るジェイクに、俺は小さく呟いた。

「ごめんね」

 さっと腰を落とし、足払いをかける。未だぼうっと立ち尽くすジェイクは、呆気なく倒れ込んだ。

 俺は彼に剣を突きつけた。

 早鐘のように打つ鼓動と乱れた息を戻すため、二度、深呼吸する。

「悪漢は倒しました!騎士よ。この者を連れて行きなさい!」

 静まり返るホールに、朗々と俺の声が反響した。

 そして、初めはさざ波のような、しかしだんだんと広がる拍手が、大ホール全体を包み込んだ。

 肩で息をしながら、俺は口々に歓声を上げるギャラリーたちに頭を下げた。

 拍手がさらに高まる。 

 カリスト達が駆け寄って来る。

 お父さまとシリスもやって来る。

 今更ながら足の傷がじんじん痛みだした。

 ジェイクが騎士達に連れていかれる。剣を手放した瞬間から、突然大人しくなった。

 もう大丈夫か…?正気に戻ったか?

「無茶しおって、カナデ。肝が冷えたわ。…傷はどうだ」

「大丈夫です。お父さま。かすり傷です」

「…そうか。しかし良くやった。まずは手当てを受けろ。少し休め」

 お父さまが俺の汗で濡れた頬に触れた。

「すまない」

 そして小さく呟いた。

 俺は無言で頭を振る。

「わしはここで場を収める。アレクス、カナデを控えの間に。リリアンナを呼べ。カリスト、カナデの部屋にも警護を回せ」

 カリストが頭を下げて走り去った。

 アレクスが俺に肩をかしてくれた。

「しかし、お父さまもお体の具合が…」

「馬鹿を言うな」

 お父さまは俺を真っ直ぐ見据えた。

「娘が命を張っているというのに、父が寝入ってどうする。ここはワシに任せよ」

 お父さまはそう言うと僅かに笑い、踵を返して招待客たちに向かって行った。諸侯たちがお父さまの周りに集まって来た。

「素晴らしい剣技、感心致しました」

「とても凛々しかったわ」

「血糊までご用意されているとは、感服致しました」

「まだお若くて美しいのに、あたくし、憧れてしまいますわ」

「是非カナデさまとお話を」

「ははは、楽しんでいただければ幸いです。カナデも喜びましょう。しかし皆様の前に立つにはいささか形を整えなければなりません。ご賞賛はこの父が預かりましょう」

 お父さまの明るくよく通る声が響く。

 俺はその言葉を聞きながら、アレクスとシリスに支えられて会場を後にした。



 近くの控え室に入ると、緊張と疲れがどっとやって来て、俺はどっかりと椅子に座り込んだ。

 アレクスが即座に濡れたタオルで足の血を拭いてくれる。

 痛っ…。

 傷口からはまだ血が溢れていた。

 痛い…。

 燃えるように痛い…。

 ああ、失敗したな。

 血糊かなにかの演出と勘違いしてくれたようだが、あそこで派手に怪我をしていれば、襲撃を演出に取り換える計画が失敗してしまうところだった。

「全く無茶する」

 壁にもたれ掛かったシリスが楽しそうに笑った。

「しかし咄嗟にしてはいい手だった。あれを仕掛けた相手は、さぞ悔しがっているだろう」

 黒騎士。

 そしてその後ろには恐らくラブレ男爵だ。

 カリスト達は黒騎士を捕えたかな…。

 恐らく無理だろうという予感はあったが。

 突然バタンと扉が開いた。

 勢い良く入室して来たのは、リリアンナさんとメイド軍団さん総勢5名だった。いつもノックしないと怒るリリアンナさんだが、今はノックしてなかったなぁと思う。

 もちろん口には出さない。

「カナデさま、ご無事ですか!」

「ち、血、血が!足に!」

 リリアンナさんが叫び、メイド軍団さんが悲鳴を上げた。

 俺は微笑む。

「大丈夫です、リリアンナさん。ほんのかす…」

「急いで手当て致します。お湯とありったけのタオルを用意なさい!」

「いや、大丈夫…」

「カナデさま。じっとしていて下さい」

 リリアンナさんはメイド服から小さなナイフを取り出すと、ドレスのスカートを大きく裂いた。

 下着から下10センチ位のところ、太ももに横真一文字に傷が開き、白い足に血が流れ落ちていた。

 傷は浅いが、広い。その分出血が多かったかな、と俺は冷静に分析する。

 お湯が運ばれ、濡れたタオルで血が拭われる。

 やはり触れられると痛い…。

「今消毒致します。少し沁みますよ」

 リリアンナさんは薬箱から小瓶を取り出すと、その薬をガーゼで俺の傷口に塗り付けた。

「あっ、くっ…」

 うう、沁みる…!

 俺は思わず傷口から目をそらして顔を上げた。

 ううううっ…。涙目になってしまう。うううぅゅ。

 痛みに耐えていると、ふと俺を凝視しているシリスがいた。

 その目線は、真っ直ぐ露わになっている俺の足を凝視していた。何だか顔が怖いぞ。

 俺の反応を不振に思ったのか、突然リリアンナさんが振り返った。

 あ、シリスと目が合ったようだ。

「何をしているんですか」

 静かに、しかし怒気をはらんだリリアンナさんがすくっと立ち上がった。

「いや、まぁ、カナデの無事を喜んでいるところだ」

 シリスははははと笑う。

「…殿方は外に出なさい」

 リリアンナさんが怖い…。

 あのシリスが、悪戯を母親に見つかった悪ガキのように、頭を掻きながらその言葉に従った。

 つ、強い…。

 シリスに入れ替わるようにアレクスが新しいお湯を持ってやって来た。

「アレクスはいいんですか?」

 試しに尋ねてみると、傷の手当てに戻りながらリリアンナさんは俺を一瞥した。

「アレクスさまは執事です。殿方ではありません」

「ふぉふぉふぉ」

 アレクスが愉快そうに笑う。

 執事って、性別なかったのか…。

 俺は疲労の中、妙な感慨にふけっていた。

 戦闘シーンに尺を取り過ぎかとも思いますが、ご了承を…。

 もう少し臨場感を出せる文章力があればなぁと思う今日この頃です。

 

 ご一読いただいてありがとうございました。

 もしよろしければ、またお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] 消毒の概念はある医療水準の世界なのね。
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