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雪色エトランゼ  作者:
第1部
20/115

Act:20

 日中の熱気もそのままに日が落ちる。屋敷の大ホールでは、夕闇に反比例するかのように煌々と明かりが灯されていく。暖かな明かりに満たされたホールで楽団の奏でる緩やかな旋律が始まれば、侯爵家主催の舞踏会の始まりだった。

 俺はより豪華なドレスに着替えさせられた後、お父さまのエスコートで、その未知の世界へと足を踏み込んでいく。

 目の前に広がる華やかな空間に、一瞬目眩がしそうだった。

 窓には真紅の幕が下ろされ、黄金に輝くシャンデリアが眩しく輝き、豪華な内装を照らし出していた。精緻な装飾が施された鎧をまとい、剣を床について立ち並ぶ騎士たち。その中で上品に談笑する着飾った大勢の男女。

 見慣れた筈の大ホールの風景に、圧倒されてしまう。恐らく、ノエルスフィアに来なければ、一生見ることも触れる事もなかった世界だ。

 お父さまの腕を取って進み出た俺は、ゲストからの盛大な拍手に囲まれた。集まる視線に、しばらく忘れていた緊張がもくもくと蘇って来た。

 俺の格好、どこかおかしなところないかな?

 だんだんと不安になってしまう。

 今の俺は、真っ白なドレス姿だった。

 白といっても広がるスカートや胸元の装飾には明度の違う白布があしらわれていて、決して平板な印象は与えない。ところどころ黒の飾り紐やリボンが彩っていた。やはり黒系のリボンで髪を結い上げ、シルクの長手袋、そして銀に輝くネックレスとティアラを身につけていた。

 ざっくりと開いた胸元と背中に大いに抵抗感を感じる。その上こんなに沢山の視線に晒されれば、もう走って逃げ出したい気分になってしまう。

 うう、やっぱり恥ずかしいな…。

 だけど。

 今は恥辱に震える時ではないのだ。

 前を見て。

 胸を張って。

 進む。

 万雷の拍手に包まれながら、しかし気になることがもう一つあった。

 あの鎧とラブレ男爵だ。

 あの黒い鎧。

 俺の夢だと思い込んでいた…。

 思い出すだけで胸の鼓動が激しくなる気がする。

 昼間、庭園であの鎧を見た時、真っ青になって固まる俺の視線の先を追ったシリスは、低い声で告げた。

「ああ、ラブレ男爵か。領境問題の緊張もお構いなし、だ。素知らぬ顔でご登場とは、面の皮が厚い事だ」

 シリスは俺が黒い鎧ではなく、同乗者の方を見ていると思ったらしい。

「シリス、あの騎士は?」

 俺は黒鎧をそっと差し示した。

 シリスは首を傾げた。

「趣味の悪い鎧だな。祭りの日に見るもんじゃない。さすが男爵様の趣味だ」

 シリスも知らないのか。特に注目するような人物ではない、ということか?それに黒鎧と一緒に現れたのが、今問題になっているラブレ男爵だということも、俺の不安をかき立てる要因でった。

 俺はゆっくり瞬きして気持ちを落ち着かせる。

 そう、嫌な夢の話よりも現実の問題がある。

 ラブレ男爵。

 浅黒い肌と明るい茶色の髪が印象的な男だった。しかし、大ホールの一角で数人の貴婦人相手に浮かべる笑みは軽薄そうで、大仰な身振り手振りで話す姿は、なんだか胡散臭い。

 信用ならない。

 そんな印象だった。

 お父さまの下に次々と諸侯が挨拶にやって来る。紹介される度に、俺は微笑んで一礼する。その間にもそっと男爵の方を窺った。

 舞踏会の会場に、あの黒い騎士は見当たらなかった。昼間以降、使用人の皆にお願いして、それとなく様子を報告してもらっていたが、あの黒い騎士の姿は誰も見かけていなかった。

 やがてそのラブレ男爵が、お父さまの元にやって来た。

「お招きに預かり、光栄です、リムウェア侯爵さま」

「最近は随分と忙しそうだな、ラブレ男爵」

 慇懃に頭を下げる男爵に、お父さまが低い声で応じる。俺なんかには、気圧されるに十分な迫力だった。

 男爵が薄く笑う。

「煩い羽虫掃除に忙殺されていまして」

「あまり一生懸命にならんことだ。足元を見ないで上ばかり見てふらふらしておると、思わぬ怪我をするものだ」

「…肝に銘じましょう」

 笑顔の2人の間の空気は、まるで凍てつくようだった。思わずうなじの当たりがぴりぴりしてしまう。

 余裕の笑みを崩さない男爵は、突然俺の方を向いた。その粘性を帯びた視線が、俺の頭から爪先までをなぞっていく。

 思わず身震いしてしまいそうな不快感が体中を駆け抜けていく。

「あなたが侯爵の新しいご令嬢か?」

「…カナデと申します」

「ふむ、どうだね、一曲お相手願えないかね?」

 男爵は、餌を見つけた蛇のような笑みで俺を見下ろす。

「男爵。分をわきまえたまえ」

 お父さまが不快そうに吐き捨てた。しかし俺は、どうせならとこの機会を利用して、一撃斬り込む決意をする。

 お父さまの腕を抑えて、俺は一歩前に出た。

「男爵さま。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かね」

 目を細めて俺を見下す男爵の表情は、何かを楽しんでいるようだった。

「昼間ご一緒されていた黒い鎧の騎士。あれは男爵さまの騎士さまでいらっしゃるのですか?」

「黒騎士、ね。そうだ。あれば私の護衛だ」

 男爵は笑う。そして囁くように言った。

「手を合わせて踊りながら、もう少しお話してあげよう」

 男爵が急に俺の手を握った。

 破裂してしまいそうになるほど膨れ上がる嫌悪。

 こいつ…。

 一発殴ってやろうか!

 でも。

 くぅ…。

 情報を得るためには、ここで…。

 俺が拳を固めて逡巡した瞬間。

 男爵から俺の手を振りほどくように、大きな人影が俺の前に割り込んで来た。

「悪いな、男爵。カナデは俺と踊る先約がある」

 男爵には背を向け、俺の目を見てそう言ったのはシリスだった。



 ラブレ男爵は不快感と怒気に顔を赤く染める。

「失礼だな、君は。このラブレ男爵がリムウェア侯爵令嬢をお誘いしているのだ。下がりたまえ」

 シリスはゆっくりと男爵に向き直った。

「カナデと踊るのは俺だと言っている。文句があるのか、ラブレ?」

 ヒステリックに高い男爵の声と違い、シリスは低く、どこか面白がる様な口調だった。

 シリスを見た男爵の顔色が急に変わる。

「なん…いや、いえ、あ、どうして、ここに」

 微かにうめき声のような呟きが聞こえた。男爵に先ほどまでの余裕はなかった。

「ふんっ」

 シリスはつまらなさそうに振り返り、俺の腕を取ると、ホールの中央に引っ張っていく。

「ちょっと、待っ…!」

 俺の抗議などお構いなしだ。

 そして俺の手を取った。

「上手く踊ってみせろ。諸侯の目があるぞ。レグルス候に恥をかかせるな」

 シリスは顔を近づけると、俺にだけ聞こえるように囁いた。

 俺は全力でシリスを睨み返す。

 音楽が変わる。優雅な舞踊の調べだ。

 会場のあちこちで男性が女性を誘い、いくつものペアが音楽に合わせて踊り始めた。

 俺はシリスに導かれるように、ステップを刻み始める。相手と自分と、立ち替わり入れ替わり流れるようにくるくる回る。シリスの髪の長い一房が弧を描き、俺のスカートがふわりと広がる。

 沢山のギャラリーが俺達を見ていた。その中には不快そうにこちらを睨むラブレ男爵の姿もあった。

 その周囲の視線を気にした瞬間、頭が真っ白になってしまった。

 次に踏み出す方向が分からない…!

 あっと思った瞬間には、足がもつれていた。

 くっ…!

 転びそうになった俺を、しかしシリスが力で支えてくれる。そして、何事もなかったように、舞い続ける。

「動きが拙いな。ダンスは初めてか?」

「…悪いですか?」

 俺は目線を外してぶっきらぼうに答えた。返答の代わりに、楽しそうな笑い声が降ってきた。

「まったく、余計な事を…」

 俺は思わず呟いていた。

「ん、ああ、転びそうになった事か?」

「違う!男爵の件です。もう少しで色々聞き出せたかもしれないのに」

 二人にしか聞こえないトーンで、俺達は会話を交わす。遠くから見れば、もしかしたら楽しく談笑している様に見えたかもしれない。

「変に突っつくのは止めておけ。藪を突ついて出てくるのが蛇程度ならいいがな…」

「何があると?」

「獣でもけしかけられては敵わん。特に黒い獣か何かが出た日にはな」

 俺はうっと押し黙る。

「さっきの男爵の反応、あなたは本当に何者なんですか?」

 俺の探るような視線を、シリスは真正面から受け止めた。

「レグルス候が漏らしただろう?俺は王直騎士団王都防衛第1大隊の副隊長だ」

「…なんだ。副隊長か」

 俺は思わず心の声を呟いてしまった。

「なっ、お前、分かってないだろう?」

 俺の反応に、出会ってから初めてシリスは焦ったような声を上げた。俺の反応が意外だったようだ。

 何だか知らないが、いい気味だ。

「カナデ。お前浅学だな」

「ほっといて下さい…!私はまだまだ勉強中なんだ!」

 静かにシリスを睨み上げる。

 音楽が転調したタイミングで、俺はシリスの手を離した。恥ずかしいので、目だけ逸らして一言だけシリスに投げつける。

「…でも、ちょっと助かったです。ありがと…」

 そしてそのままスカートを翻してダンスの輪から抜け出すと、人だかりの中に身を滑り込ませる。振り返らなかったので、シリスの反応は分からない。

 慣れないダンスで、少しだけ息が乱れていた。

 ちょと休憩しよう…。



 俺は会場入り口近くの端でグラスを一つもらうと、柱に寄りかかった。

 肩に触れる石造りの柱が、少し火照った体に冷たくて気持ちよかった。

 初めてのダンス、上手く踊れてたかな…。

 お父さまやリリアンナさんは見ていてくれただろうか。

 初めてのダンスの相手があのシリスだと言うのがしゃくではあったが、あいつに助けてもらわなければ転んでしまっていたのも事実だろう。。

 後からでも、もう一度お礼を言っておこう。また剣の手合わせをしろとか、無理難題を言われそうな気もするが…。

 ふうっ。

 こんな事でへとへとになっている俺は、やっぱり頼りないよな。

 グラスにそっと口をつける。

 カランと涼しげな音を立てる氷に冷やされた甘いジュースが美味しかった。まるでリンゴみたいな味だった。

 俺はグラスに少しついたルージュの跡にはっとする。しかし、少し息をついてからそれを指で拭った。

 そろそろお父さまと合流しよう。

「やあ、カナデ嬢。先ほどは素敵なダンスでしたな」

「エバンス伯爵さま」

 お父さまの友人の老伯爵は、俺を見つけてにこやかに話しかけて来た。伯爵は、1人の青年を伴っていた。

「こちらは倅のジェイクです。どうかお見知り置きを」

 ジェイクと俺は挨拶を交わす。

 少し年上だろうか。シリスや優人に比べると線が細く、長い髪も相まって、いかにも貴族のお坊ちゃまといった感じだった。

「カナデ嬢。こいつは、あなたのような美人にはとんと縁がなくてな。よろしければ後で一緒に躍ってやってはくれまいか」

 俺は顔が引きつらないように気をつけるのに全力を尽くしながら、頷いた。

 また、踊らなければいけないのか…。

「父さん、僕、その前にトイレに…」

 ジェイクは困ったように笑う。

 よし、いいぞ、ジェイク!そのまま場を濁してしまえ!

「かーっ、全くこいつは!こんな素敵なお嬢さんを前にして!情けない。さっさと行って来い!全く、申し訳ない、カナデさん」

「いえ、お気になさらず」

 小走りに出口に向かうジェイクを、俺は手を振って見送った。

 どうか限りなくごゆっくり。

 しかし、出て行ったはずのジェイクは、何故か直ぐに会場に入って来た。

 どこからか短い悲鳴が上がる。

 出て行った時には気の弱そうな困ったような笑みを浮かべていたジェイクは、下を向い肩を落としていた。前髪が目を隠していたが、口だけが、まるで三日月のような弧を描いて笑っていた。

 俺は…。

 あの表情に見覚えが…。

 今度ははっきりと悲鳴が上がった。

 その異様な雰囲気を発するジェイクの手には、抜き身の長剣が握られていた。

 シャンデリアの光を受けて白刃が鈍く輝く。

「ジェイク!」

 隣のエバンス伯爵が困惑の声を上げた。

 ジェイクは、奇怪な笑みを貼り付けたまま剣を引きずって歩き出す。

 その背後。

 ゆっくりと閉じて行く扉の向こう側に、俺は見てしまう。

 闇に溶けるような漆黒の鎧が立っていた。

 面防の間から目の赤い光が溶け出して、まるでこちらを嗤っているようだった。

 心臓を掴まれたような恐怖。

 しかしその姿は、完全に閉じたドアの向こうに消える。

 確かめなきゃいけない!

 俺は竦む足を叱咤して、駆け出そうとする。

 しかしそれを阻むように、不気味な笑いを浮かべたジェイクが剣を振り上げた。

 ダンスとかもちろんしたことないです。

 なので、表現が曖昧模糊。

 主人公と同じで勉強が足りん、という事ですね。

 でも、優しく見守っていただけるとありがたいです(笑)

 読んでいただいた方々に感謝を…。

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