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雪色エトランゼ  作者:
第1部
19/115

Act:19

 祭りの日。

 日常とは違うふわふわした空気と、どこか忙しさを予感させる雰囲気が混然となったざわめきが、その1日の始まりを告げていた。

 早朝こそ朝靄が掛かっていたものの、時間が経つにつれて気持ちのいい青空が顔を覗かせる。からっと暑い、いい天気になりそうだ。

 リムウェア邸では、お昼から表の庭でガーデンパーティーが催される。これは大々的に一般にも開放されるので、インベルスト市民や祭り目当ての観光客達もやって来る。そして、ここぞとばかりに、大量の料理や酒が振る舞われる。

 このガーデンパーティーが、俺の頭を悩ませていた。

 大勢の客が間断なく出入りする都合上、警備体制を敷くのが非常に難しい。

 メイドさん達に着付けを手伝ってもらった俺は、朝一番で行政府に向かい、今日のタイムスケジュールや警備配置を再確認していた。

 必要な書類を数枚折り畳んで、ポケットにしまう。

 次はお父さまの件について、マコミッツ先生と話をしておかなければならない。

 スカートの裾を翻して、慌ただしく執務室を後にする。

 今の俺の服装は、白を基調にところどころに青が入ったワンピースドレスだった。白のシルク手袋に、少しヒールの高いパンプス。少し歩きにくい。髪は背中に流し、前髪を少し上げて、花飾りの髪留めで止めていた。そして胸元に真っ赤な花のコサージュを付ける。

 アフタヌーンドレスなので、夜の部と違って露出が少ないのが救いだった。何回練習しても、あの露骨に肌が露わになる服装には抵抗感を感じてしまう。

 行政府は今日、明日はお休みだ。いつもと違う人気のない廊下に足音を響かせ、いそいそと歩く。

「おはようございます、カナデさま」

「おはようございます」

「今日のお召しもの、素敵ですね」

「ふふ、ありがとうございます」

 それでもちらほら出会う行政府職員と挨拶を交わす。祭りにも関わらず残務で出勤している彼らはシンプルな平服だが、どこかに必ず花の飾りを身につけていた。

 インベルストの豊穣祭では、街中を花輪で飾り付けて、神々の祝福を表現する。それは全ての建物に例外はなく、この城塞も無骨な外観に似合わない花輪の飾り付けがなされていた。

 そして、その神様の祝福が我々一人一人にも届きますようにという願いを込めて、祭りの日は花の装飾品を身に付けるのが習わしらしい。

 俺は胸元のコサージュをぴんっと指で弾いた。

 屋敷前の庭園でパーティー会場設営の仕上げに奔走している使用人たちも、皆どこかしらに花を身に付けていた。

 俺の姿を見つけては、手を止めて挨拶してくれるみんなに笑顔で返しながら、俺はパーティー会場を見て回る。

 生け垣で囲われた芝生の上に、純白のテーブルクロスを敷いた机がいくつもの並んでいる。本番ではこの上にずらりと料理が並ぶ予定だった。

 日除けの巨大なパラソルがあちこちに立ち並ぶ。馬丁や庭師達が協力し、また1つ巨大パラソルを立ち上げた。遠くから見下ろせば、キノコの森、といった感じだろうか。

 その会場のあちらこちらで、受け持ちのポーターやメイドさん達が、それぞれの班毎に打ち合わせをしていた。会場の庭園は、生け垣の迷路や花壇に区切られ、間仕切りが置かれた小部屋のように区切りされた場所がいくつもある。そういった場所も全てのスタッフが把握し、目を行き届かせるようお願いしてあった。

 その中でも、一応、周辺諸侯や市民長などゲストの区画と一般参加者の区画の区別はされているが、アレクスによると、例年パーティーが始まればあっという間に混沌状態になるらしい。

 俺は本番で自分が詰めることになる主催者テントから会場を見渡した。

 とても全景は見えないが、一応会場入り口は見通せる。

 俺はここから目を光らせているしかないか…。

 腕を組んでそんな考えを巡らせている俺の視界に、お盆を持ったユナが通り過ぎる。

「あ、お疲れ様です。カナデさま」

 と、俺を見つけたユナが、目を輝かせて近寄って来た。お気に入りのご飯を見つけた子犬のような顔だ。

 その跳ねる様な動きに合わせて、髪に挿した大輪の花の髪飾りがぴょこぴょこ揺れる。

 ユナはお盆を抱えて俺に頭を下げるが、ああ、自重で髪飾りが落下しそうだ…。

 大丈夫なのかな、あれ。

「給仕の練習?」

「あ、はい。本番で慌てないよう、回るルートを確認していたんです」

 にぱっと笑うユナ。

 心なしかその笑顔が華やかに見える。化粧に気合が入っている?

 そう思って見れば、顔なじみのメイド軍団さん達もいつもと雰囲気が少し違う。

「カナデさま、そのドレスお似合いですね!」

「ユナも気合い入ってる?」

「え、わかりますか〜?」

 ユナは頬に手を当てて、嬉しそうに首を傾げた。

「お祭りなんだから、オシャレしたいじゃないですか。それに…」

 ユナは恥ずかしそうに俯いてもじもじし出した。

「もしかしたら良い出会いがあるんじゃないかなぁ、なんて…もう、恥ずかしいです!」

 どんっと俺の肩を突き飛ばすユナ。

 おーい…。

「…まぁ、気をつけて。悪い虫がいるかもしれないから」

 嫁探し中の獣の顔を思い浮かべて、注意をしておく。うちの家中から、あの毒牙に呑まれる被害者を出したくはない。

「望むところ、です!」

 しかし何故かユナさんはガッツポーズを取る。

 …乙女心はやっぱりそう簡単にわかるものじゃなさそうだった。

「ユナさん。油を売っていないで、確認する事があるのでは?」

 メラメラ燃えるユナの背後から、冷水が浴びせられた。

「はう!ただいまっ!」

 ユナ、噛んでるし…。

 一気に鎮火して走り去るユナの後に、リリアンナさんが静かに立っていた。

「カナデさま。使用人たちを労って頂くのは殊勝なことでございますが、仕事の邪魔をしていただいては困ります」

「はい、すみません…」

 リリアンナさんは変わらない。いつもと全く同じだ。花飾りすらも見あたらないし…。

「しかしお嬢さま御自ら現場に来ていただくのは、使用人たちの士気を上げる意味でも…」

 リリアンナさんはくいっと眼鏡を持ち上げた。これは、これから説教が続くという事を意味する。

 …あれ?

 リリアンナさんの説法を聞きながら、しかし俺は気がついた。

 眼鏡がいつもと違う。

 普段の飾りっけのない物ではなく、ピンクの鮮やかなフレームだった。それによく見ると、弦に何か彫刻されている。

 猫…だ。ああっ、一輪の花をくわえた猫の意匠だ。

 可愛い…。

 なるほど、このさりげなさが大人のオシャレか。

「…お話を聞いていただいておりますか、カナデさま?」

「リリアンナさん、その眼鏡、素敵ですね!」

 俺は尊敬を込めて賞賛する。それを聞いた瞬間、リリアンナさんは真っ赤になって、黙り込んでしまった。

「リリアンナさん?」

「し、失礼します!」

 逃げるように歩み去るリリアンナさん。

 何だ、俺はまたやらかしてしまったのか?

 …分からない。

 やっぱりまだまだ修行が足りないらしい。



 正午。

 豊穣祭の始まりを告げる花火が、晴れ渡った蒼天に乾いた音を響かせる。

 その頃には、ガーデンパーティーの会場には、沢山の人々が押し寄せていた。開始直後にして、想定をいささか上回る人出だった。庭園のあちこちで人だかりができ、陽気な笑い声が響き渡る。料理も酒も飛ぶように無くなっていく。

 俺はというと、お父さまの傍らに控えて、挨拶にやって来る様々な人達に自己紹介と笑顔を繰り返していた。

 ある老夫婦は、お父さまの手を握って涙を流し、リムウェア侯爵家に跡取り、つまり俺が来た事を喜んでくれた。かと思うと、商人と思しき太った男は挨拶もそこそこに、自分の品を侯爵家で買い上げてくれないかと売り込んで来る。変わり種は、俺と同年代程の少女の一団だ。俺を見つけると歓声を上げ、握手を求めてきた。

 今日は、俺の人生において、間違いなく最も多くの人と握手した日になることだろう。

 笑顔で走り去って行く少女達を手を振って見送りながら、ただ笑顔で挨拶し続けるというだけのことがどれほど重労働なのか、俺はまざまざと実感させられていた。

 その点、お父さまはさすがだ。

 まだ体の調子は良くないはずなのに、少しもそれを感じさせず、進んで色々な人と言葉を交わす。今も隣国の伯爵さまと挨拶を交わし、杯を掲げていた。

 他に不調を悟らせない精神力は尊敬するしかない。

 願わくば、この無理の反動がでないことを、今日のお祭りの神様に祈ろう…。

 互いの近況報告が済んだところで、俺は父上に呼ばれた。

「エバンス伯。これが我が娘だ。よしなに頼む」

 俺は進み出てると、手を体の前で重ねて、ゆっくりと一礼した。

「カナデ・リムウェアと申します。初めまして、伯爵さま」

「いやいや、よろしく。しかし、これは驚きましたな、レグルス侯。エリーセ嬢によく似ている」

 伯爵が立派な白い髭を揺すって驚く。

 俺は微笑みを返した。この反応はもう慣れっこだった。

「しかし良かった。エリーセが身罷った時の侯の気の落とされ様は想像して余りありましたからな。何にせよ家族がいることは良い事だ」

「下らぬことを言うな、エバンス伯。だから伯は歳をとったと言われるのだ」

「まぁそれは違いないですわな!」

 気心の知れた間柄といったように笑い合う2人。俺は、邪魔をしないように、そこからそっと身を引を引いた。

 フリーになった時間を利用してそっとパラソルの下に入ると、通りかかった給仕から炭酸果実ジュースを受け取って口を付けた。

 少し休憩だ。

 何となしに目を向けた屋敷の前の車寄せには、続々と馬車が到着していた。今晩の舞踏会の参加者、つまり侯爵家が招待した諸侯、領内の有力者達ゲストだ。

 彼らにはゲストハウスの部屋があてがわれ、エバンス伯爵のようにガーデンパーティに参加するも良し、舞踏会まで休むも良しと案内されている段取りだった。

 形も大きさも様々な馬車が、到着の度に着飾った人々を下ろしていく。

 単独の者。妻を連れている者。子供たちを引き連れた大家族。騎士や執事など家臣を伴っている者など様々だ。

 また彼らに挨拶回りをしなければならない。

 それに少しげんなりしている自分を、もう一口果実ジュースに口をつけて洗い流した。

 さて、そろそろお父さまのところに戻ろう。

 そう思った瞬間、人山の中から駆け寄って来るルナが見えた。萌葱色のふわふわ揺れるドレスが可愛らしい。

「やっと見つけられました、お姉さま!」

「ふん、思ったより賑やかだな」

 その後ろから現れるシリスに、俺は心の中で舌打ちする。

「本当に。こんなに沢山の市民の方々に囲まれるのは、私初めてです」

 神妙に呟くルナに言葉を返そうとして、そこで俺は凍り付く。

 見てしまった。

 有り得ないモノを。

 目を疑う。しかし…。

 ルナとシリスの向こう。屋敷の車寄せに今到着した一際派手な四頭立て馬車。そこから降りてきた茶色の髪をきっちり撫でつけた壮年の男。

 その次に現れたソレ。

 闇の様な漆黒の全身鎧。まがまがしく立つ角の兜を被り、同じく暗黒のマントを翻す。それは儀礼用に騎士達が身につける美しい鎧ではない。楽しい祭りの日には全く似合わない実戦の装備だ。

 あの黒鎧。

 そうだ。俺は見たことがある。

 背筋が凍り付く。

「お姉さま…?」

 顔から血の気が引くのがわかった。

 何故だ。

 お父さまが倒れた日。その枕元で見た不吉な黒い人影。

 あれと同じモノがあそこにいる…?

 決して窺えるはずのないその兜の下の目が、こっちを見据えて赤く輝いた気がした。

 行事ごとは、大変なのも楽しいのも準備しているあたりが一番だと思います。その辺をもう少し描けたらなと思いましたが、割愛です。

 読んで下さってありがとうございました。

 よろしければ、またお願い致します!

 

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