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雪色エトランゼ  作者:
第1部
14/115

Act:14

 小鳥のさえずりで目を覚ます。リリアンナさんが起こしに来る前にベッドから抜け出して、窓を開くと、しんと冷たい朝の空気を体一杯に吸い込んだ。

 胸の奥がキュンッとする。

 指の先まで感じる。

 俺は、緊張している。

 手早くパジャマを脱いで畳む。

 用意してもらっていた白いブラウスに袖を通す。またロングのスカートが用意されていたので、自分でクローゼットの中を探して、七分丈ズボンを履いた。

 スカーフをキュッと結んで、形を整える。制服のネクタイと同じ要領だが、多分大丈夫だろう。

 リボンをくわえながら髪を纏め、姿見の前で縛る。

 よし。

 自分の姿をチェックする。

 うん、何だか新入OL出勤!みたいだな…。

 手を伸ばしたり、後ろを確認しようと鏡の前でくるくる回る。

 いつものふわっとした服でなくタイトな感じなので動きやすくはあるが、腰や胸の辺りが女性の曲線が現れている。我が体ながらちょっと照れてしまうな…。

 人前に出るのは無理かなぁ。

 でも今日から仕事なのだ。フォーマルな格好が必要だろう。

 よし。

 男は度胸だ。

 俺は鏡の中の少女に頷きかけて、自室を出た。

 パンプスのヒールを響かせ、結んだ髪をたなびかせ、俺は父上の寝室に向かう。

「おはようございます」

「あ…おはようございます、お嬢様…」

 すれ違う使用人達が、挨拶をする俺をぽかんと見送る。

 ポーターの少年は、挨拶して微笑みかけると鎧の置物のように直立不動で硬直してしまった。

 控え目にノックしてから父上の寝室に入った。控えていた若いメイドさんが慌て立ち上がるのを制して、俺は穏やかに寝息を立てる父上の顔を覗き込んだ。

 血色は少し、良くなったかな。

 とりあえずは安心だろう。

 行ってきます。

 心の中でそう呟いて寝室を辞そうとすると、「あの!」と入り口で控えていたメイドさんが声をかけてきた。まだそばかすが残る幼い顔立ちのメイドさんだった。その頬が微かに上気していた。

「カナデさま、素敵です!できる女性って感じです!あたしっ、応援してます…!」

「はははっ、ありがと…。父上をよろしくね」

 俺は彼女の勢いに些か圧倒されながらも、一応礼を言う。

 できる女性か…。

 …微妙だなぁ。あんまりピンと来ないかなぁ。

 その後、朝食を取りながらリリアンナさんが今日の予定を教えてくれた。起こしに来る前に身支度を整えていた俺に、リリアンナさんは少し驚いているようだった。

 今日の彼女はいつものメイド服ではない。黒基調のフォーマルスーツのような格好だった。

「カナデさまには、本日から主様の代わりに、朝議会にご臨席頂きます」

 俺は頷く。

 父上のため侯爵家の皆のために、俺は出来ることをするんだ。

「その後は行政府の執務室で書類決裁を。午後は時間がございますので、語学、ダンス、社会学、乗馬のレッスンを受けて頂きます」

 食事を終えた頃を見計らったように、次席執政官のギリアムがやって来た。

「カナデお嬢さま、お迎えにあがりました」

 相変わらずスローテンポのギリアム。そしてリリアンナさんを引き連れ、俺達は行政府に向かった

「議会と言いましても、カナデお嬢さまにお願いする事はございません。議事は我々執政官と市民長、騎士団事務官で進めます。お嬢様にご臨席頂きますのは…」

 ギリアムはにかっと笑う。何だろう、何かに似ている。

 …ガマガエル?

「王国法におきまして、議会の決には領主の臨席が必要とあるのです。領主不在の場合は、領主継承権者又は前領主の臨席をもって議決を認める、と」

 ギリアムの後をリリアンナさんが引き受けた。

「重要議案は、既に主様に直接見ていただいております。カナデさまにご決断いただくことはございません。ご臨席いただくのは、あくまでも形式。あまり緊張はなさらず」

 そういうリリアンナさんも、俺を心配して朝議会に出てくれるのだ。

 俺はこの人には世話になりっぱなしだ。本当に頭が上がらない。

 朝露に濡れる庭園の中を進んでいく。小鳥のさえずりと朝日の輝きが、今日もいい天気になりそうだと告げていた。広がる青空を見上げる。

 形だけ。

 そう言われても、公の会議なのだ。

 ああ、緊張する!



 ギリアムは先に入室して行った。俺はリリアンナさんと議場の扉の前に立つ。

 大きく息を吸い込む。

 ゆっくり吐く。

 よし!

「カナデさま。顔が怖いですよ。笑顔を」

 リリアンナさんから注意が飛んだ。

 笑顔、笑顔、笑顔…。

 上手く笑えているかはわからない。

 というかリリアンナさん、俺の後ろに立っているのに、何で顔が怖いとかわかるんだ?

「カナデ・リムウェアさまのご入場です。方々、ご起立願います」

 議場内で号令がかかるのが聞こえた。

 そして、軋みを上げて扉が開かれた。

 一斉に集まる視線が俺を貫く。

 立ち上がり俺を見下ろす数十人の大人達に注目される威圧感は、足が竦むには十分な威力だった。

 カチカチになりながら入室する俺の足音がやけに大きく響く気がする。

 議場は、深紅の絨毯とカーテンが彩る広い部屋だった。縦長の巨大な机の両脇には執政官と市民長達。上席に領主用の立派な椅子が鎮座している。下手にはやや簡素な机が横に並び、事務官達がずらりと並んでいた。

 その豪華な、…座り心地の悪そうな椅子の前に立つと、リリアンナさんが耳打ちしてくれた。

「…着席の号令を」

「…みなさん、おはようございます。座って下さい。始めましょう」

 俺はそう言うと、そそくさと座った。

 全員が一斉に着席し、議長が第一の議題を話し始める。

 ふぅ、一仕事終えた…。

 この開式の挨拶が、俺の最大の仕事だったりする。

 俺は時折メモなどしつつ議事の進行に耳を傾ける。

 最大の仕事を終えたという安堵からか、色々考える事が出来た。

 例えば市民長。

 彼らは、侯爵領内の地域の主要な町村の代表だ。市井の人々の意見を執政官や領主に伝える役割がある。彼らが代表しているのは、自分の町だけでなくその周辺地域も含むのだが、彼らの言動を見ていると、積極的に意見を述べるのは自分の町関連だけだ。その周辺の小さな村々に係る事案には頓着していない。

 これは市民長の選出が、受け持ち地域全体からではなく、あくまで主要町村から選び出されることに原因があるのかもしれない。

 街道の整備工事が進んでいない。放棄された田畑の再開墾が上手く行っていない。

 そうした都市部以外の施策に市民長達があまり積極的でないのも、そういう理由があるのかも知れない。

「では、続いて北部地域の魔獣被害についてだが、北部の村モリアから救援の訴えが来ておる。ジェク殿、いかがか」

 議長を勤める主席執政官に指された該当の地域の代表は、困ったような顔で立ち上がった。

「はい、ええ、まぁ…。魔獣被害が増えている事は認識しとります。地元の猟師共に、積極的に魔獣狩りをするよう命じておるところです」

「確かに北を中心に魔獣が増えてるよな。農民どもが怯えて村から逃げ出すってのも聞くぞ」

「ああ、それでうちの町になんか難民みたいに流れて来やがって、ボロが増えて臭くてかなわん」

「はははっ、自分の仕事ほっぽりだしといて、やれ守れだ、飯をよこせだ、厚顔無恥も甚だしい」

 ざわつく議場。

 不快な話だ。

 ここにいる者には、あの赤い目に追われ、命からがら逃げ出した人々を思いやる気持ちは無いのか…。自分の家を追われ、困っている人たちを。

「騎士団は…魔獣討伐に動いていると聞いていますが」

 不快感のはけ口を求めるように、俺は思わず発言してしまった。

 議場全員が俺に注目する。中には、話が出来たのかと言うような表情を浮かべたものもいた。

 リリアンナさんが、「カナデさま」と小声で注意する。

 わかっているけど…!

「騎士団は通常の警備編成からの抽出と遊撃兵力を動員し、北部侯爵領境界のベルモント砦に集結中であります」

 ガレスの部下の若い文官が報告する。

「ならば、その兵力で魔獣討伐をすればよいのでは?」

 俺の提案に、議長が立ち上がった。

「大規模な討伐はできません、お嬢様。現在は臨時編成部隊の練度向上を目指して砦周辺にて魔獣狩りをしております」

「では何故砦に集結を?」

 微かに失笑が聞こえた。

 確かに事前に情勢のレクチャーは受けたが、全てを聞いた訳ではない。細かい事を把握していないのは確かに俺の落ち度だ。口を出すなら、もっとよく勉強しておかなければならないというのも承知している。

 …でも、笑わなくてもいいじゃないか。

 ダメだ。

 笑顔、笑顔、笑顔…。

 ぶつぶつと心の中で唱える。

「現在北部国境付近に隣国ラブレ男爵家騎士団が集結しております。恐らく魔獣退治かとは思われますが、万が一に備えなければいけません」

「左様。男爵家如きに国境侵犯を許せば、リムウェア侯爵家は笑いものだ」

「ラブレには前科があるしな。魔獣騒ぎにかこつけて、踏み入ってくるかも知れんぞ」

 再びざわつく議場。

 本気で言っているのか?

 魔獣討伐に集まった隣国の兵に睨みを利かすために騎士団を動かさない?

 実際魔獣に殺され、家を追われてる人々を差し置いて、侯爵家の体面を守るのか?

 おかしいだろ、それは。

 騎士団には魔獣を倒せる武器がある。ならば、この状況でそれを使わなくてどうするんだ?

「…ならば少数を遊撃にだせば…」

 俺はふつふつと湧き上がる憤りを押さえ込んで、思いついた事を口にした。

「偵察隊は出しております」

 騎士団文官が答える。

「魔獣の被害は広範囲です。複数の部隊を多数展開するにはコストがかさむ」

 議長はため息混じりに言った。

 俺は呆然としてしまう。

 金がかかると言ったのか、今。

 着席し、続けて次の議題に進もうとする議長を制するように、俺は立ち上がっていた。

「ちょっと待って下さい」

 議場がしんと静まり返る。リリアンナさんが慌て俺の肩に手を置いて、「おやめ下さい」と囁くが、そんなのは知らない。

 言うべきことは言わなくてはいけない!

「我々がすべきことは、弱い人達を守る事でしょう!騎士が剣を持つのは、人々を守るためだ。困っている人、傷ついている人、死んでいる人がいる!ならば、今その剣を抜かずして何時抜くんですか!」

 感情に任せた俺の声が響き渡った。

 議長は、困ったように額を撫でてから、真っ直ぐに俺を見上げた。

「お嬢様、それはレグルス候のご意志ですか?」

 熱くなった頭に、一瞬にして冷水を被せられたようだった。

 今の激高は、俺の感情からの言葉だ。

 父上の言葉出はない。

「お嬢様。その椅子に座ってお話をされるという事は、それはリムウェア侯爵の言葉です。それをご理解下さい」

 くっ、くそ。

 でも、しかし…。

「…ならば難民化した民の支援に、備蓄食料の開放を行っては…」

 食い下がる俺に、ギリアムが立ち上がって首を振った。

「確かに家を追われた者もいるでしょう。しかし我々の調査では、市民長の方々がおっしゃるように、騒ぎに便乗した者が物資を要求しているケースが大半なのです。そうした輩に施しは出来ない。…お座り下さい、カナデさま」

 講義の時よりも優しい、ギリアムの諭すような言葉に、俺はゆっくり座った。

 その肩にリリアンナさんがそっと手を置いた。



 朝議会の後、行政府内の父上の執務室に下がった俺は、ぐったりと椅子にもたれ掛かっていた。

 感情に振り回された恥ずかしさと自己嫌悪と、未だにくすぶる憤りがない交ぜになって、気持ち悪い。

 父上の椅子。

 リムウェア侯爵の言葉。

 人のため。

 金のため。

 体面のため。

 何をどうすれば正しくて、何が真実で、何が間違っていたんだろう。

 はぁ。

 疲れた。

 そこに控えめなノックの音が響いた。

「…どうぞ」

 扉が開き、ティーセットを持ったリリアンナさんが入ってきた。

「お疲れになられたでしょう。お茶をお入れ致します」

 俺はその背中を見つめる。

「リリアンナさん…。すみませんでした。私のせいで、議会を混乱させて…」

 もやもやが晴れるような、すっきりしたハーブの香りが漂う。カップを俺の前に置いたリリアンナさんがゆっくりと首を振った。

「いいえ、立派でございました、カナデさま」

 いつもの平板な感じではない、優しい声音だった。

「でも、感情に任せて、大声出してしまって…」

 思い返せば恥ずかしさで涙が出そうになる。

「そうですね。指摘させていただくなら、言葉遣いにエレガントさがございませんでした。人前に立つ時はいつも笑顔で、と申し上げているでしょう?」

「え?」

 リリアンナさんの手が伸びて、俺の目尻に滲んだ涙を優しく拭う。

「カナデさまはこんなにも可愛くてらっしゃる。誰かのために憤って、自分の不甲斐なさに腹を立てて、でも涙は零されない。それに…」

 リリアンナさんはくいっと眼鏡を押し上げた。眼鏡の向こうで、瞳が優しく細まる。

「カナデさまのおっしゃった事に間違いはないと思います。頭の固いハゲた執政官にはわからないだけですよ」

 …ハゲた人いなかったし。

 でも、嬉しい…。

 フォローしてくれただけだったとしても、お世辞だけだったとしても、嬉しい…。

 恥ずかしくて俯いたまま、ちびちびとカップに口をつけた。

 温かさが胸の中に落ちていく。

 しかしそこに、いつもの冷たいリリアンナさんの声が降ってきた。

「それではカナデさま。決裁書類が溜まっております。ご自分の名前の綴りは大丈夫ですね?結構です。ではお仕事を」

 リリアンナさんの合図で運び込まれる山のような書類を、俺はぽかんと見つめるしかなかった。

 文章力が未熟なせいで、直ぐに説明調になるのが困りもんです。

 そんなところばかりで、お話が進まず…。

 政治的なお話は、突っ込み所満載かと思いますが、頑張っております。温かく見守っていただければ幸いです(笑)

 ご一読いただきまして、ありがとうございました!

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