Act:11
俺が1人、矢で戦意喪失したのが3人。しかしゴロツキはまだ10人程が残っていた。
人数は相手方が有利。獲物が増えたとばかりに、ゴロツキ共は余裕の笑みを浮かべたままだ。その半数が女剣士を囲い込むように殺到した。
「ナツ!手出だしするな!」
女剣士は剣を収める。
刃物はあくまで脅しというわけか。
まず2人が同時に彼女に襲いかかった。
見事な動きだった。ゴロツキが止まって見える。
掴みかかってくるゴロツキの腕を最小限の動きで交わし、逆にその腕を取って投げ飛ばす。二人目は懐に入り込んで鳩尾に肘を一撃、あっという間に2人を無力化する。
戦い慣れている。
自然とそう思える洗練されている動きだ。
しかし…。
隙を見て、俺は右に走り抜けた。急に動き出した獲物に反応する獣のように、ゴロツキ共が追ってくる。
「くっ!」
急に動いた俺に困惑の声を上げつつも、女剣士も俺を追い、すれ違いざまに1人を打ち倒した。
別の壁際まで追い詰められた俺を守るように、ゴロツキとの間に割り込む女剣士。
「大丈夫。あなたを助けてあげる。じっとしていて」
彼女は俺が錯乱して走り回っていると思ったのだろう。優しく、言い聞かす様な声だった。
「ありがとうございます。後2、3人伸してやれば、あっちも引くでしょう」
俺も構える。彼女ばかりに任せる気はない。
俺も出来る事は…する。
彼女は意外だったのか、混乱した様子のない俺をちらりと一瞥し、理解したという風に頷いた。
「なるほど。奴らを逃がしてやるのね。入り口に私がいたんじゃ、奴らも逃げられないから場を移した…」
彼女は面白そうに笑う。
「あなた、優しいね」
温情ばかりではない。窮鼠猫を噛む、だ。格下でも退路を断たれた奴らは何をしでかすか分からない。
痺れを切らしたように向かって来るゴロツキ。
女剣士が軽やかに回し蹴り一閃。昏倒させる。
「何やってやがる!囲め、囲んでヤッちまえ!」
リーダー格が苛立ちを爆発させるように叫んだ。
戦闘力では彼女が圧倒的だが、戦力はまだ奴らが上だ。
徐々に迫る敵に、まずい、彼女が囲まれると思った瞬間、その包囲網の中に、人影が降って来た。
空から。
ドンッと舞い上がる土煙。
そしてゆっくり立ち上がる人影。
「だから、うろうろするなって言っただろ?」
突然乱入して来た人影は見慣れたシルエット。優人が、俺を見てニッと爽やかに微笑んだ。
…ちくしょう。何だか頼もしく見えてしまう。あの優人なのに…。
俺は足から気が抜けてしまいそうになるのを必死で堪える。
女剣士は文字通り降って湧いた優人を警戒するように剣に手を掛けた。
「お前、屋上から飛び降りてきたのか?何者だ?」
優人は肩を竦め、俺を指差す。
「そこの子の連れだ」
屋上から飛び降りてきた…?
…俺の親友がどんどん人外と化していく気が…。
「ならば味方とみなしていいわね?」
「連れが迷惑かけて申し訳ない」
女剣士と優人が揃ってゴロツキに向き直る。
そこからは一方的だった。俺はただぽかんと見ているだけだった。
女剣士が華麗な技術で相手を倒すなら、優人はひたすら力技だ。
しかしどちらにしても圧倒的。
もはや蹂躙だった。
ものの数分でゴロツキは壊滅する。結局リーダー格だけが、尻もちをつきながら逃げ出していく。
「カナデ、大丈夫か」
汗一つかいていない優人が俺のもとにやって来た。
「…俺は大丈夫だ。悪かった」
「大丈夫なわけない。こんな目にあって平然としてられる女の子なんていないわ」
女剣士もゆっくり近づいてきた。こちらも息も切れていない。
「助けて頂いてありがとうございました。俺はカナデと言います。そちらの大きいのは優人」
「私はシズナ。無事で良かった」
シズナは柔らかに微笑んだ。
「カナデさん、ほら、顔がまだ青いよ」
シズナは、心配するように俺の顔を覗き込んだ。
可愛いや綺麗というよりも、凛々しいという形容が似合うシズナの整った顔がすぐそこに迫る。こんな状況なのに、不謹慎にも俺はどきりとしてしまった。
「近くに休める場所がある。良ければ案内するわ。それに早くここを離れた方が良さそうだし、しばらくは身は身を潜めた方がいいかもね」
確かにそうだ。
もたもたしているうちに再度手下を集めたリーダー格と鉢合わせなど、目も当てられない。
俺は優人と目を合わせてから頷いた。
「…では、よろしくお願いします。」
シズナがほっとしたように微笑んだ。
本当に俺の事を心配してくれていたようだ。
こんな優しげな女性に守ってもらった自分の不甲斐なさに腹が立つ。
俺はシズナさんや優人に見えないように唇を噛み締めた。
「ナツ、いつもの部屋で合流だ!」
シズナさんが叫ぶ。きっと姿の見えない弓矢の射手に呼びかけたのだろう。
俺達もシズナさんについてその場を後にする。
浮かれて。ゴロツキに絡まれて。助けてもらって。
クソ…。
俺は何をやっているんだ…。
自己嫌悪と当てのない苛立ちが胸の中で渦を巻く。
シズナさんについて歩きながら、俺は優人の背中をつついた。
「でも、どうして俺があの袋小路にいると分かったんだ?」
優人は悪戯っぽく笑う。
「屋根伝いに上から探してた」
…この非常識人間め。
俺は視線を外して俯き加減に呟く。
「悪かったな…。迷惑かけて」
下を向いてしまったので優人の表情は分からなかったが、何故か突然頭をくしゃりと撫でられた。
…こういうとき、背が低いのが恨めしい。
何故かシズナさんがクスリと笑う声が聞こえた。
俺達が案内されたのは、ゴロツキに絡まれたところから一本太い通りに出た所、太い運河沿いの賑やかな通りに建つ大きな建物だった。
色々な風体の人がひっきりなしに出入りしている。
入り口に掲げられた看板が、勉強の成果か、少し読めた。
…苦難の道…こそが人生…苦しみ…旅路こそが栄光?
何かのモットーか。
建物に入ると、ホテルのロビーのようだった。奥面にずらりとカウンターが並び、同じ制服の女性たちが受付対応をしている。壁際には大きな掲示板と張り出された紙がずらりと並ぶ。ソファーの並ぶ待合スペースや、衝立で区切られた個室スペースもあった。
広い窓から光が入り込むロビーは、活気に満ちていた。
「少し待っていて」
シズナさんはカウンターに向かうと、受付嬢と何事か話し、すぐに戻ってきた。
「ここの上に、私達が借りてる部屋がある。そこで休んでいくといいわ」
「あの、ここは何の場所ですか?」
俺が尋ねると、シズナさんはにっこり微笑んだ。
「ああ…ここは冒険者ギルド、インベルスト支部よ」
…何と。
俺が今日、優人を連れて来ようと思っていたのは、この冒険者ギルドだ。
旅に出る決意を固めた優人のために、冒険者ギルドのマレーアさんを紹介しようと思ったのだ。
リリアンナさんの授業で、冒険者ギルドという組織が一般からの依頼を仲介しその受注者の活動をサポートする場だと聞いた。場所柄色々な情報や人が集まるところだ。闇雲に動き回るより、冒険者ギルドを利用した方が、唯や日本に帰る手がかりを得やすいと思ったのだ。
それに、優人を冒険者として売り込めば、旅の仲間なんかが見つり、旅も少しは安全に、楽になるかと思って…。そのためにわざわざ優人にそれっぽい恰好までさせたのだ。
俺は二人に断って、受け付け向かう。
「あの、すみませんマレーアさんにお会いしたいのですが…」
「支部長ですか?お約束はされていますか?」
「あ、いいえ…」
「ではお会いになれないかもしれませんよ。一応確認致しますのでお名前を」
「カナデと言います」
受付嬢はちらりとシズナさんを見た。
「シズナ様のお連れでしたら、部屋にご連絡致します。そちらで少々お待ちください」
「ありがとうございます」
案内されたシズナさんの部屋は、三階の運河に面した通り側の部屋だった。やはり幅広な窓のおかげで、午後の陽光を受けてキラキラ輝く川面が一望できる。掃除が行き届いた眺めがいい部屋は、ちょっとしたリゾートホテルの様相だ。
実際、インベルストの様な大きな街では、ギルドそのものが宿を兼ねているらしい。
「ここなら大丈夫。しばらく様子を見るといいわ」
俺達は、感謝の意を述べながら、勧められたソファーに座った。
「お茶を入れるわ。ささくれた心には、渋いお茶が一番だしね」
「あ、いいえ、それなら私が…!」
俺は立ち上がってポットを手に取るが、ひょいとシズナさんに奪われてしまう。
「カナデさんは休んでて。こういうショックって、その時は気が張っていても、後になってから来るものだから。体調がおかしくなったら、直ぐに言ってね」
シズナさんが優しい微笑でウインクした。
戦っていた時のシズナさんとはまるで違う、ふんわりとした雰囲気だった。
その言葉に甘えて俺が腰掛けようとしたその時、廊下を駆ける威勢のいい足音が響いた。
間もなく、ノックもなく勢い良く開かれる扉。
「シズっナさ〜ん!戻りました!」
元気一杯の声を上げて、女の子が部屋に入ってくる。
クリクリした瞳。短めの黒髪を尻尾のようにちょこんと結んだヘアスタイル。艶やかな革製の胸当てをつけ、彼女の身長と同じぐらいに思える長弓と矢筒を背負っていた。
先ほど俺を助けてくれた射手に違いない。
その見慣れた懐かしい顔に、俺と優人と、そして弓使いの少女、夏奈の空気が固まってしまったかの様に停止した。
そのまましばらく、シズナさんがカップにお茶を注ぐ音だけが室内に響いた。
「優……人……?」
その沈黙を破ったのは、夏奈の呟きだった。
「夏奈…か?」
優人が立ち上がった。逆に驚きで力が抜けた俺は、ぽすんとソファーに座り込む。
驚愕の表情を浮かべた夏奈の顔は、ゆっくりと歓喜へと染まっていく。
「優人!優人ぉぉ!」
震える声。
喜びの表情のまま、夏奈の頬を一筋の涙が流れ落ちる。
崩れ落ちるように優人に抱き付き、嗚咽を上げ始める夏奈。
「良かったぁ…会えたぁ…寂しかったよぉぉ…優人ぉ!」
声を上げて泣き始める夏奈の背を、優人は優しく抱き締める。
「夏奈、無事で良かった…」
良かった…。
本当に、良かった。
会えたんだ、夏奈に!
俺はジワリと滲んでくる涙を無視して立ち上がる。
「夏奈!唯や陸はいるのか!」
俺と優人が近い場所で気が付いたように、もしかしたら夏奈も他の者と一緒にいるかもしれない。
そんな期待を込めて尋ねると、しばらく優人の胸に顔を埋めていた夏奈が顔を上げ、涙を拭いながら俺を見た。
「えっと、どちら様ですか?」
「夏奈、これは、いわゆるところの、奏士だ」
丁寧な紹介をありがとう、優人…。
呆気にとられたようにポカンとする夏奈は、曇りのない純真な瞳で俺を見つめた。
何だかだんだんと後ろめたくなり、俺は視線を外した。
「夏奈、無事で良かったよ、本当に」
おもむろに近づいて来る夏奈。
そして両手でがしりと俺の顔を掴む。
「…奏士だ。奏士が女の子だ…」
ぶつぶつと呟く夏奈。
「そうなんだ。可愛いだろ」
何故か自慢げに言う優人。
「ぷっ…」
吹き出す夏奈。
「あはははははっ、何これ、可愛い、可愛いよぉ、しばらく見ない間に、すっかり可愛くなっちゃって…奏士!」
お腹を抱えて笑う夏奈。
全く、泣いたり笑ったり忙しい奴だ。
でも…。
元気そうで良かった。本当に…。
俺は笑い転げる夏奈の頭に、軽くチョップを食らわす。
「笑いすぎだ、ばか」
「あはははっ…だってスカートまではいちゃって、そんなカツラまで被ってさ。おっ、胸まであるじゃん!ノリノリだね。何詰めてるの?」
夏奈はバネ仕掛けの人形のように勢い良く俺に近づくと、突然胸を掴んだ。
「ふ、ふあぁ!…や、やめろ!」
俺はびっくりして夏奈を振りほどく。
その夏奈は、手を出した体勢のまま固まっていた。
「……うそ、本物?え、どうなってんの?」
ロボットのようにぎこちない動きで俺に向き直る夏奈。
「だから奏士は女の子だ。あと今はカナデちゃんだ。よろしく」
…またもや丁寧な紹介をありがとうよ、優人。
「うそ、あたし負けてる!」
叫ぶ夏奈。
…知らんわ!
「ナツ、カナデさんたちと知り合いだったのね。ということは、あなた達もブレイバー?」
大騒ぎする俺達をよそに、静かにお茶を啜っていたシズナさんが問い掛けた。
同時に、開けっ放しの扉がノックされる。
「賑やかですね、カナデさま。随分面白いお話のようですが、ともかくよくいらっしゃいました」
入り口には、冒険者ギルドインベルスト支部長マレーアさんが微笑みながら腕組みをし、ドアに寄りかかっていた。
お話は少しづつ動き出します。
上手く纏めていけるといいなぁと思います。
温かく見守っていただければ幸いです(笑)
ご一読いただいた方、ありがとうございました!