序章
北欧の小国、ヴァーヴィット公国。
豊饒な土地と勤勉な国民性でそれなりに栄えていたこの国も、帝国主義のこの時代、大国の力には及ぶべくもなく、列強の打ち続く侵攻によって、国土の大半を切り取られていた。
今では、豊かな緑と湖に浮かぶ古城、ロイウェン城が唯一の観光資源。
そのうえ、そのロイウェン城には、古くから不名誉な噂が付きまとっている。
いわく、かつての城主に殺された娘たちの魂が彷徨っている。
いわく、代々の城主が早死にするのは、その娘たちの呪いである。
いわく、夜、この城に踏み入ったものは、魔物に魅入られる。
いわく、
いわく――……。
と、まあ、嘆いてみても、仕方がない。
実際には、それらの噂が観光客を呼ぶわけで――とどのつまり、古くなった設備を補修ついでに流行のものに変えようだとか、庭を暗くする立木を伐採しようだとか、そういった野望は――普通はそれを野望とは呼ばないに違いないが――抱くだけ無駄というものである。
そんなわけで、ロイウェン城は、長いこと、長いこと、古臭い様式のままで、打ち捨てられてでもいるかのように――実際にはちゃんと人が住んで暮らしているのだが――ラティス湖の中央で、公国の歴史を見守り続けていた。