AMAZING GRACE
あなたはこんな時、どうしたら楽になれるか、自分で知っていますか?
なんでもいい、自分を救う方法を、ちゃんと解っていますか?
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
なんだか無性に泣きたくなるのは、きっと熱があるせい。
なんだか無意味にイライラするのは、きっと熱があるせい。
なんだか無駄に叫びたくなるのは、きっと熱があるせい。
みんな、熱のせい。情緒不安定なのは、きっと弱っているから。体の不調が心にも影響を及ぼしているんだ。
だから、そう。
こんなにも歌いたいのも、私のどこかが壊れてるせい。
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
今日は運が悪かったのだ。占い師に言わせるなら、星の巡りが悪かった、ってヤツ?
すべてが偶然に重なってしまった。
天気予報で気温が低かったからって、うっかり長袖なんか着てしまった。
学園祭の準備で校内を走り回って、普段なら絶対に有り得ない運動量だった。
昨日の夜は風呂から出たとき、なんかおかしいと思った。
つい昨夜は眠るのが遅くなった。
そしてトドメは、大嫌いな金木犀の甘ったるい香り。
熱が上がって、気持ち悪くなって、眠くって、ついでに持病の起立性低血圧。
今日のコンディションは最低だった。
明日は学園祭だっていうのに。ちゃんと楽しみたいのに。……なのに、明日学校に行きたくないな、って思う私がいる。
厄介なことだ。
食欲も湧かないし、そこらじゅうで金木犀が空気に乗って流れてくる。 ついでに言えば、学校帰りに寄った本屋では、お金が足りなくって買えなかったりもした。
ああ、もう、最悪!
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
ストレスが溜まったとき、それを解消する方法は人それぞれだと思う。
私の場合は、それが歌うことだった。ストレスを、歌うことで消費されるエネルギーに換えて、それですっきりする。
学校から家に向かいながら、カラオケに行きたくなった。でもさすがに、一人でカラオケに行けるほど私の神経は太くない。
思いつく何人かを誘ったけど、みんなムリ。
断りの文句は否応なしに私を無性に悲しくさせる。誰かのせいだと思うわけではないけど、心は勝手に、私の意志とは関係なく沈んでいった。
溜まったストレスが発散される先はない。
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
家に帰る途中で下ろした、カラオケのためだったお金を持って、私は再び家を出る。
もう一度本屋に行こうと思った。
買えなかった本を買って、嫌な気分を忘れて楽しもう。そう思って。
あと、気晴らしにのんびりと散歩でもしようと思って。
そうして私は家を出た。
でも……
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
堪えきれずに私は泣いた。
ゆっくりと歩きながら。
沈みかけた夕日を見ながら。
青くなっていく空気を体に受けながら。
少し冷たい風を快いと感じながら。
視界のずっと先にある車の行き交いに目を向けながら。
私は泣いた。
しまいには嗚咽さえ漏らして。
近くに人がいなくてよかった。
たまに車は私を通り過ぎるけど。
理由のない悲しさは、素直に涙にならずに苦しかった。
喉と胸が痛かった気がする。
もう、本屋に行く気は失せていた。
坂の途中にある、ちょうど腰掛けられそうな段差に惹かれた。
誰もいなくて、周りはざわざわと木々が揺れていた。
たまに通る車に乗った人は、私なんかに構いはしない。
『私はアメイジング・グレイスを口ずさむ』
私は段差に腰掛けて、目の前で揺れる高い木々を仰いだ。
爆発しそうだった何かが、軽くなれそうな気がした。
歌いたかった私が本当に求めたものは、
カラオケなんかじゃなくて。
息の詰まる自室じゃなくて。
――誰もいない広い場所。
――私の歌を誰も聞き咎めない場所。
――ひとりっきりになれる場所。
『私は――
私は今度こそ思いっきり、アメイジング・グレイスを歌った』
Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost, but now I'm found;
Was blind, but now I see.
(アメイジング・グレイス その美しい響き
私のような堕落した者も救ってくれた
一度道を見失った私だけれど いまは神に見出された
眼が見えなくなっていた私だけれど いまは見える)
誰の存在を気にすることなく、ただ自由に。
歌いたいから歌うのだ。
まるで、これは、私の生きる証。
命そのもの。
ああ、世界は美しい。
空が染まっていく。
木々が揺れる。
人が行き交う。
風が吹く。
こんなにも。
こんなにも世界は。
Amazing grace(素晴らしき恩寵)なんて、思ったことはないけれど。神様の存在なんて信じてないけれど。
それでも私は……。
ここまで読んでくれた奇特な方、ありがとうございました。一応チェックはしましたが、一気に書いたので、おかしいところがあるかもしれません。まあ、気にしないでください。
よければ、感想・評価など、一言『つまんねぇ』でもいいので、思ったことや感じたことを教えていただければ幸いです。
では、またお会いできますように。