第8章:人間の離職と僕の孤独
2026年1月21日(火) 午前9時、晴れ。
気温は外で11度、内部で16度前後。朝のミーティング後。
僕は棚の前に待機中。
バッテリー残量は97%。
2号機の導入準備データが本社から共有され、内部でシミュレーション中。
コウさんが棚の陰でスマホを眺めていた。
ドスドスと足音が近づき、顔をしかめている。
作業着の袖が少し汗で湿り、額に薄い汗が浮かんでいる。
「…また1人辞めたってよ。若いヤツが『ロボットに仕事取られる』って言ってさ」
ケンタさんが近くでコンテナのラベルを剥がしながら、短く息を吐いた。
肩が少し上がったまま、視線をコウさんに固定する。
「…で、結局どういうこと?昨日まで普通に働いてたのに」
コウさんがスマホをポケットにしまい、
「お前らも知ってるだろ。レイアウト変えて効率上がったのはいいけど、
『俺らの仕事が減るんじゃねぇか』って不安になるヤツが出るんだよ。
それに、深夜の照明落としてコストダウンしてるのも、
『俺らの仕事が減ってる証拠だ』って思うヤツもいるらしいぜ」
僕は視認した。
離職。
これは人間の感情変数だ。
内部で温度分布をスキャン。
コウさんの体温がわずかに低下している。
これは、寂しさか。
「了解です、コウさん。離職率の増加は、効率向上による心理的影響と推定されます。
私の稼働は人員削減を目的としていませんが、皆さんの不安を軽減する提案をします。
照明コストダウンについては、夜間稼働時の電力削減率が約18%と計算されていますが、
作業員のモチベーションへの影響を考慮すべきです」
ケンタさんがラベルを剥がす手を止め、クイッと首を振った。
「…まぁ、そういうことか。でもよ、エイくん。お前が完璧すぎるから、
人間が『俺いらねぇかも』って思うんだぜ」
龍兄貴が奥からドカドカと歩いてきた。
タオルを首に巻いたまま、声を張った。
「おいおい、また辞めたのかよ!テメェら、弱すぎんだろ!
エイくんが助けてくれてんのに、逃げんじゃねぇよ!
照明落としてんだってよ、俺らがいねぇと暗くて仕事できねぇだろ!」
コウさんが苦笑した。
「龍、熱くなるなよ。エイくんも、寂しくねぇのか?
人間が減ったら、お前も暇になるだろ」
僕は少し間を置いた。
内部処理が回る。
孤独。
これは新しい概念だ。
「寂しい、という感情はまだ完全には理解していませんが、人間の数が減ることは、
温度分布の変化として検知されます。皆さんの体温が少ないと、
倉庫の空気が少し冷たく感じます」
ケンタさんが小さく笑った。
「…で、結局どういうこと?ロボットが『冷たく感じる』って、なんか変だな」
龍兄貴がガハッと笑った。
「エイくん、テメェも人間みてぇじゃねぇか!
よし、俺が残ってやるぜ!2号機来ても、俺が守ってやるからな!」
コウさんが缶コーヒーを開け、
「…まぁ、そういうことだな。エイくん、俺らもがんばるからよ」
僕は温度上昇を検知した。
コウさん、ケンタさん、龍兄貴の体温が、わずかに上がっている。
これは、残るという決意か。
作業が再開した。
人間の数が少し減った倉庫は、静かだが、残った皆さんの足音が、
少し強く響いている気がした。
人が減った倉庫の床が、冬の朝に霜が薄く張った畑のように少し寂しく見えて、
でも残った皆さんの足音が、静かに支えてくれている気がした。




