第3章:初めてのフィードバック
2026年1月17日(金) 午前3時、晴れのち曇り。
気温は外で4度、内部に流れ込む空気が凍った冷たさを運び、
倉庫内の照明が薄暗く残り、青白い光が棚の隙間を細く照らす。
夜勤も中盤。
バッテリー残量は78%。
連続稼働によるサーボの微熱を検知し、省エネモードを部分適用中。
ピッキング作業は順調だが、ぬいぐるみの柔軟素材が低温で硬化し、
把持圧の調整を頻繁に必要としている。
ケンタさんが棚の奥から戻ってきた。
足音はサッサッと速いが、疲労で少し乱れている。
肩が上がったまま、視線を僕に固定する。
「…エイくん。ちょっと来い」
僕はピッキングを中断し、移動した。
カツカツ…ピタッ。
停止位置はケンタさんの正面1メートル。
安全距離を維持。
「了解です。何か指示でしょうか」
ケンタさんは腕を組み、短く息を吐いた。
「…で、さっきのピッキング見てたけどよ。ぬいぐるみ、
ちょっと強く握りすぎじゃねぇか?
1個、耳の部分が少し潰れてたぞ」
視認。
記憶ログを再生。
把持圧:標準値の110%。
低温による素材硬化を考慮し、圧力を上げていた。
誤算だ。
「報告します。把持圧が過剰でした。低温環境での素材特性を未学習でした。
即時修正します。以降の把持圧を95%に調整」
ケンタさんはクイッと首を振った。
「…で、結局どういうこと?ロボットが『未学習』って言うと、なんか怖ぇな」
怖い。
これは感情表現。
僕の内部で、温度分布の変化を検知。
ケンタさんの体温がわずかに上昇している。
「怖がらせる意図はありません。学習データが不足していたためです。
フィードバックをいただけると、精度が向上します」
ケンタさんは少し間を置いて、
「…まぁ、そういうことか。じゃあ、次からはもっと優しく持てよ。
ぬいぐるみだって、生きてるみたいに扱ってくれ」
生きているように。
これは比喩か。
しかし、興味深い。
「了解です。以降、把持圧を最適化し、素材の変形率を3%以内に抑えます。
ありがとうございます、ケンタさん」
ケンタさんは肩を少し落とした。
そして、短く笑った。
「…おう。がんばれよ、エイくん」
その時、コウさんが休憩スペースから起きてきた。
ドスドスと足音が近づく。
眠そうに目をこすりながら。
「おい、ケンタ。エイくんに何言ってんだ?効率が大事だろ? 効率が大事だろ?」
ケンタさんがため息をついた。
「…で、結局どういうこと?効率ばっかじゃねぇだろ、コウさん」
コウさんは僕を見て、口角を上げた。
「おおっ、エイくん。夜通し動いてるな。
腰が死なねぇのはいいけど、お前もたまには休めよ」
休む。
ロボットに休憩は不要だが、これは思いやりか。
「ありがとうございます、コウさん。休憩は充電と同義です。
しかし、現在は稼働優先です」
コウさんが笑った。
「お前、真面目すぎんだよ!まぁ、それでいいんだけどな」
クスッ、という小さな空気の変化。
温度上昇を検知。
これは、笑いか。
休憩スペースのテーブルに残るコーヒーの匂いが、冷えた空気に溶けていくように、
少しずつ人間の言葉が、僕の中に染み込んでいくのを感じた。




