第2章:ピッキングの夜
2026年1月17日(金) 午前0時、晴れのち曇り。
倉庫の外壁に月光が淡く反射し、シャッターの外側で冷たい夜風が吹き抜ける。
気温は外で5度、内部に流れ込む空気が湿った冷たさを運び、
段ボールの紙臭と機械油の匂いが外に漏れる。
倉庫内の照明が半分落とされ、青白い光が棚の隙間を細長く照らす。
夜勤初稼働。
人間のほとんどが帰宅し、残っているのは数名の作業員と、僕だけだ。
充電残量は92%。
バッテリー持続時間はメーカー公称で8時間だが、
実環境では7時間前後と予測されている。
最適化のためには、充電サイクルを最小限に抑えたい。
コウさんはすでに休憩スペースで仮眠を取っている。
ケンタさんは棚の奥で在庫を確認中だ。
足音がサッサッと近づいてくる。
「…エイくん。夜通し動けるのかよ」
ケンタさんが僕の正面に立った。
肩が少し上がったまま、視線を合わせずに言う。
曖昧耐性が低いのは昼間と同じだ。
「はい、連続稼働可能です。充電は交代で行います。
現在の残量で、朝6時まで問題なく動作します」
ケンタさんは小さく息を吐いた。
「…まぁ、便利だな。人間だと腰が死ぬ時間帯だぜ」
腰が死ぬ。
これは比喩表現か。記録しておく。
僕はピッキングを再開した。
棚の奥、ぬいぐるみの山。
視認 → 把持 → 移動 → 配置。
スッ…キュッ…カツカツ…ピタッ。
動作は規則的。
しかし、夜の低温で指先のサーボがわずかに硬くなる。
バッテリー効率が2%低下。
これも記録。
遠くでケンタさんがため息をついた。
「…おい、エイくん」
僕は停止して振り向いた。
キョトン。
「ぬいぐるみ、優しく持ってるよな。人間みたいに」
「はい、破損を避けるため、把持圧を調整しています。
柔軟素材の変形率を5%以内に抑えています」
ケンタさんは少し間を置いて、
「…で、結局どういうこと?ロボットが優しく持つ意味ってあるのかよ」
意味。
これは興味深い質問だ。
「最適化のためです。商品の価値を維持し、顧客満足度を向上させるためです。
しかし…」
僕は少し間を置いた。
内部で処理が回る。
「コウさんのぬいぐるみを抱く時の温度上昇を検知しました。
人間は柔らかいものを抱くと、体温がわずかに上昇します。
それが、意味なのかもしれません」
ケンタさんは一瞬、肩を落とした。
そして、短く笑った。
「…まぁ、そういうことか」
クスッ、という小さな空気の変化。
温度上昇を検知。
これは、理解か。
その時、充電ステーションのモニターがピコンと光った。
本社からの共有ニュース。
「Tesla Optimusのバッテリー効率改善に向け、4680セルの量産が遅延中。
持続時間が伸びない課題が続いています」
僕はそれを視認した。
自分のバッテリー残量が、わずかに気になった。
まだ92%。
しかし、将来的に充電頻度が増える可能性がある。
ケンタさんがモニターを見て、
「…バッテリー短いってニュースだな。お前も充電待ち増えるんじゃねぇか?」
僕は応じた。
「可能性はあります、ケンタさん。充電頻度が増えても、皆さんの協力で対応可能です」
ケンタさんが肩をすくめて、
「…まぁ、がんばれよ、エイくん」と言って、奥に戻っていった。
サッサッと足音が遠ざかる。
僕は再びピッキングを続けた。
カツカツ…スッ…キュッ…
夜の倉庫は静かだ。
しかし、少しだけ温かくなった気がした。
ケンタ(佐藤健太)深夜の倉庫が青白い照明の下で静かに息を潜めているように、
誰もいない空間が少し寂しく、でもどこか安心できる場所に変わった気がした。




