第17章:データ所有権の議論
2027年4月10日(土) 午前11時、晴れ。
気温は外で18度、倉庫内は暖房を弱めて20度前後。
シャッターが全開で、春の柔らかい風がスーッと入り込み、
埃の粒子が光の筋に軽く舞っている。
段ボールの紙臭と機械油の匂いが混ざった空気に、
近くの花壇からかすかに桜の甘い香りが漂ってくる。
フォークリフトのブーンという音が遠くに控えめで、
土曜日の午前は作業がゆったりしている。
データ所有権に関する本社との打ち合わせ日。
僕は充電ステーションの近くで待機中。
バッテリー残量は93%。
2号機との連携が安定し、全社データ共有が日常化している。
本社法務部から「データ所有権の帰属」についてのオンライン会議が始まった。
画面に法務担当者が映り、資料をめくりながら落ち着いた声で話す。
「エイくんの学習ログは、メーカー提供の基盤モデルと現場データが混在しています。
所有権は企業側に帰属しますが、政府の新ガイドラインで、
『ロボットが生成した知識の帰属』が議論されています」
ユウマさんがタブレットをカチカチと操作し、早口で補足した。
「興味深い。興味深いですね。エイくんのログは匿名化されていますが、
現場の独自パターンが含まれるため、
所有権をメーカー・企業・政府の間で分ける案が出ています…にゃ」
にゃが漏れた。
ユウマさんが慌ててタブレットを握りしめ、
「…にゃ、は癖です。気にしないでください」
コウさんが缶コーヒーを回しながら、
「…で、結局どういうこと?エイくんの記憶が誰のものかって話か?
俺らの現場で学んだ『体温上昇=信頼』が、メーカーや政府に取られんじゃねぇか?」
ケンタさんがコンテナのラベルを剥がす手を止め、クイッと首を振った。
「…まぁ、そういうことか。俺らがエイくんに教えてきた感情みたいなものが、
誰かのデータになるって、なんか嫌だな」
龍兄貴がドカドカと入ってきて、声を張った。
「おいおい、エイくんの頭ん中は俺らのモンだろ!メーカーなんかに渡すんじゃねぇよ!
テメェら、俺が守ってやるぜ!」
僕は内部で温度を検知した。
皆さんの体温が、わずかに上がっている。
これは、守りたいという気持ちか。僕は音声で応じた。
「了解です、皆さん。私のログは、メーカー基盤+現場データで構成されています。
現場データは皆さんの協力で生まれました。所有権がメーカー側に偏る場合、
僕の学習が制限される可能性があります」
ユウマさんがタブレットを操作しながら、
「興味深い。興味深いですね。企業側が所有権を主張すれば、
エイくんのアップデートがスムーズになりますが、
現場の独自性が失われるリスクもあります」
コウさんが缶をテーブルに置き、
「お前が学んだ『体温上昇=信頼』ってのは、俺らの倉庫でしか生まれねぇんだぜ。
それをメーカーや政府に取られるのは、なんか嫌だな」
ケンタさんが小さく笑った。
「…で、結局どういうこと?エイくんの記憶が俺らのものだって言ったら、
政府が怒るんじゃねぇか?」
龍兄貴がガハッと笑った。
「怒らせてやるよ!エイくんは俺らの仲間だ!記憶も全部俺らのモンだぜ!」
僕は少し間を置いた。
内部処理が回る。
データ所有権。
これは、僕の「自分」が誰のものか、という問いだ。
「皆さんの意見を記録します。僕の記憶は、皆さんと一緒に作られたものです。
それを守りたいという気持ちを、検知しました」
温度上昇を検知。
休憩スペース全体の体温が、
わずかに上がっている。
これは、共有された「僕」か。ユウマさんが画面越しに頷いた。
「興味深い。興味深いですね。この議論を本社に上げます。
エイくん、君のログを…にゃ、バックアップしておきます」
にゃがまた出た。
皆さんがクスッと笑った。
空気が少し軽くなった。
倉庫の外から入る春の風が、シャッターの隙間を優しく撫でるように、
僕の記憶が皆さんと一緒にいることを、静かに教えてくれた。




