二重小説"真っ白な黒"
純白の翼が次から次に舞い降りて来る
綺麗な顔はしているが、屍肉に集まる鴉の様だった
事実として天使達は、流れた僕の血を目印に空から舞い降りていた
ここが塔の最上階である事、そして既に包囲されて居る事からも、戦いの勝ち目はかなり薄くなり始めていた
そもそもにして、僕のような子供一人が生き延びたとして人類はおしまいだ
それでも、少なくとも他の人達の様な、眼を覆う様な死に方を迎えない為には、まだ剣を握る必要が有った
「………ただでは死なない」
片手が折れてしまったので、剣は左手で構える
利き手が無事だったなら、少しくらいは太刀打ち出来る自信が有った
しかし現実には、いま僕を立ち上がらせて居るのは『どうせ死ぬならば、せめて尊厳の有る死を迎えたい』という考え一つに過ぎなかった
後ろから天使の一人が、くすくすと笑いながら靴底で僕の背中を押すように蹴る
油断してそれを防げなかった僕が姿勢を崩した隙に、正面に立っていた天使が手にした剣で、僕の剣を払う様に打った
剣を取り落とす
硬い音がして、最後の武器が床に落下する
慌てて拾おうとしたが、天使達は僕を包囲する距離を縮めると、子供の遊びの様に代わる代わる靴底で僕を押し出し始めた
残念ながら、『尊厳の有る死』はとても得られそうに無かった
倒れそうになった所を左右から両肩を掴まれ、無理矢理立たされる
天使達が僕の前に、列を成して並んだ
列の一番前の天使が片手で拳を握ると、ゆっくり歩いて近寄って来る
歯を剥いた獰猛な笑みだ
それなのにこの世のどんなものよりも美しい、静謐な美を湛えた表情でも在った
案の定、彼は拳を僕の顔に突き立てると次の者と交代した
順番に天使達が、微笑みを浮かべて僕の顔を打つ
一つ一つは嘲るような殴り方のせいで怪我を負う程のものでは無かったが、全員が僕を殴り終える頃にはすっかり瞼は切れ、鼻血が酷くて呼吸をするのも難しい程だった
再び剣を握らされ、殴られ過ぎてまともに立つのも覚束ない状態で、剣を抜いた天使一人と対峙させられる
「せめて一人でも殺す事が出来れば」と思ったが、また直ぐに剣を弾き飛ばされて全員から蹴られ、また順番に殴られた
この剣戟は天使全員が一巡するまで続いた
最後の一人と切り結ぶ際、残された左手の筋も刺された剣の切っ先で引き千切られた
『そろそろ死ねるかな』
僕は朦朧と倒れながらそう思った
どう、と自分が床に倒れる音がする
血が眼に入って何も視えない
『これで終わる』と感じたが、そこには何の感情も無かった
きっと殺され方も、碌なものでは無いだろう
既に僕は、疲れ過ぎて居た
ゆっくりと天使達の足音が近付いてくる
真正面から来た一人が、僕の両足首を掴んで持ち上げる
別の天使が屈むと、僕のベルトのバックルに触れた
カチャカチャという音
ベルトが外される感覚
ズボンが乱暴に下げられていく
───やめろ!
想像すらして居なかった辱めに、僕は身をよじって抵抗しようとした
暫くうごめく事は出来たが、直ぐに靴底が胸を踏み付ける感覚が伝わってきた
僕に出来た抵抗はそれで終わりだった
正面の方で何かを脱ぐ衣擦れの音
気配が近付いてくる
怖い
怖い怖い怖い怖い怖い!!
涙が血を洗い流して視界が戻っていく
沢山の笑顔が上から覗き込んでいた