93.恐がらないで
竜真達はロベルの王都に居た。酒場の喧騒の中、覆面のリウマにシン、ロイ、バレイラ、そして髪と瞳の色を変えられたザナイードもといイナザが居た。ザグナラル王子が次の領主が着任するまでジリュアカに滞在するのを尻目に竜真は一行を連れてさっさと移動し翌日には着いていた。
「お疲れな顔だね」と声色さわやかに言われたのは竜真一行の期待の新人イナザである。
「……」
「喋るのも億劫だと」
ブスッとしていれば竜真に言いたい放題にされる。かと言って何かしら反応したら反応したでどうにかされるのも確実だ。
竜真がこんな調子なものだから子ども達は一日ですでに順応している。
「あ、イナザさんそこのサラダ下さい」とロイ。
「私にも」とバレイラ。
「俺にも」とシン。
「僕にも」と竜真。
それぞれに皿を差し出し、笑顔が入れろと言っている。素晴らしい順応性を見せている。一方イナザは昨日の今日で苦虫を噛み潰しているかのようだ。
「早くくれる?」と竜真の催促に毛を逆立てる猫のようなイナザ。それにとうとう堪え切れなくなった三人が笑う。
「大丈夫ですよ。噛み付きませんから」
「俺達はお兄さんと仲良くしたいんだから、そんなに威嚇しないで欲しいな」
「ご飯ぐらい笑顔で食べよ?」
ロイのセリフに幼い頃から何度も見たことのある有名なアニメを思い出し竜真は一人笑いを噛み堪えている。
子ども達に言われてイナザは眉尻を下げてため息を吐くとサラダを四人に割り振った。
「あの速さで普通の人間が対応できるわけないだろ」
イナザの胃の中は未だ盛大に暴れている。元気に飯を腹に入れる四人を信じられないものを見るようにイナザは見ている。
「わかります。わかります。俺も経験しましたから。ただ今日のよりも怖かったですよ。河原の石がゴツゴツな場所を今日の倍速でリウマさん走りましたから」
経験者は語るである。シンのみが経験したリウマに持ち上げられての移動。今日は歩みの遅いイナザを人目がない時に限りリウマが持ち上げて疾走したのである。
「まだ吐きそうだ」
「イナザは意外に弱いね」
「生まれ自体はいいもんでな」
「でも僕にそう言い返せるならいい根性を持ってそうだね」
竜真の声は妙に嬉しそうだった。そしてイナザの耳に子ども達の声が入る。
「気に入られちゃったね」
「頑張って欲しいね」
「しばらくハードになりそうだ」
実によく分かっている子ども達だ。明日からイナザの教育が始まり、なおかつ自分達も頑張らなきゃいけない状態になることを既に予想していた。
「リウマさん、もっとお肉食べたい」
「僕も」
「俺はごちそうさまです」
何のことだかよく分からないと言う風情のイナザを尻目にバレイラとロイが竜真に頼む。シンは一人目の前の皿を片付けていた。竜真はバレイラとロイに苦笑しながら新たに五人前を頼む。そして竜真が更に追い注した料理が来た時、ようやく少し腹に食べ物を入れる事が出来るようになってきたイナザは信じられないものを見るように三人を見て、それをあーやっぱりとシンが笑いながらフォローするのだった。
まるで迷子のキツネリスのよう