92.あっ!
「どうどう」
馬の首を叩いて労い三騎の騎士は連絡所で新たな馬に乗り換える。ここまで二頭を乗り潰していた。
荒い息を押さえ込み、連絡所の騎士が持ってきた水を一息に飲み休憩も束の間、騎士達は再び馬上の人になり駆け出す。
どのように性根が腐っていようとも息子に生きていてほしいと願っていた優しき父王が下した結論に三騎の先頭を走るザグナラルはひたすらに駆けた。
***
色とりどりの衣を身につけた女達に囲まれて、ザナイードは下品な笑い声をあげている。女達は積極的にザナイードに擦り寄ろうとする者、怯えてその場に震える者様々だが圧倒的に後者が多い。
「……見るにも聞くにも堪えないね」
そんな呟きが隣から聞こえて、どのタイミングで暴れだそうかと考えている様子の竜真を横目にバレイラは竜真に寄り添うように怯えている様を装って座っている。
ロイはザナイードに媚を売りに、ザナイードの側でわいきゃいしていた。
「きゃっ」
「レイ!」
竜真にしがみつくようにしていたバレイラが別の男によって女の中心に居るザナイードの方へと引き摺られて行く。嫌々と暴れるバレイラに男が手を上げようとした時だった。
「そこまでだ! 馬鹿者め!」
くたびれた姿の騎士が男からバレイラを引き離した。
竜真は出るタイミングを逃したと気配を消しバレイラを受けとめたまま騎士の後ろへと下がる。もちろんロイにも下がれと目で合図を送ってだ。女達は突然の乱入者に混乱している。
「ザナイード! 貴様は父上の思いを何度踏み躙ろうと言うのだ!」
ザナイードの頬をザグナラルが殴った。ザナイードは態勢を崩し怒れる兄を見つめる。
まさかの兄登場に頭が付いていかないザナイードはザグナラルを見たまま動けない。
「陛下よりの下知である。一般の民となり死ぬがいい」
怒り心頭なザグナラルの荒げられた声にザナイードは自分の人生が終わったことを知った。
怒声の後の静寂。
女達も怯え誰かの喉が鳴る。
「はいはーい! もうその人は平民なんだよね?」
「リウマさん!」
ザナイード、ザグナラル、二人の視線が一人の女に向かう。
手をぱちんと叩き、場の空気を一気に制する美少女。隣に立つ少女はそのタイミングに驚いてしまっている。ザグナラルは眉間に皺を寄せ、ザナイードはそこに居るのが誰か気が付きわなないでいる。
「おばかさんだねー……ザナイード殿下ったら平民にまで身分を落としちゃうんだから」
「男か?」
「正解です。ザグナラル殿下」
心底バカにした物言いでザナイードを皮肉る姿と見合わぬ男の声にザグナラルはふと呟いてしまった。
「この男、僕がいただきます。僕の下で人間の生き様を平民と蔑む民の在り方を教えましょう」
ここまで美しい礼がとれる者は久しく見ていない。着ている服が女性の者だからか、見事に優雅な女性の礼の型を作るリウマにザグナラルは見惚れた。
「リウマと言う一介の冒険者にございます。殿下。まずはお人払いを」
「お主がリウマか……良い。下がらせよう」
ザグナラルは自分の護衛騎士に頷いてみせ、騎士達は敬礼すると女達やごろつきに似た男達を部屋から連れ出す。それを確認してから竜真が再び口を開く。
「ロベル王は何と言ってもその優しさが特徴の王。息子を本当に死なせたくないと王族からの抹消ですませようとかなりの努力をしたんだけど……泡に消えましたね。かの王から死と言う言葉が出るとは」
首を傾げて唇の片端だけを引き伸ばした皮肉な笑いを浮かべ立ち上がる。その側に二人の少女が寄り添った。
「バレイラ、ロイ、先に行ってて。シンと合流して宿に先に入っていてくれるかな?」
「はい。リウマさん」
「リウマさん、ご飯までに合流できますか?」
「大丈夫……じゃないかな」
ザナイードをじっと見ながら答える竜真。まさに獲物を捕らえる寸前の肉食動物のようだ。
「では僕らは先に失礼させていただきます。行こうバレイラ」
淑女の礼をもって退室する二人にザグナラルは再び眉間に皺を寄せる。
「彼らも男か?」
「片方は女の子ですよ」
「…………」
場に流れる奇妙な空気を再び破る竜真。
「まずザナイードじゃこの国で目立つからイナザに名前を改名しようか。今日から君はイナザね。そんな豪華な服もいらない。さぁ支度して冒険に出かけようね?」
さぁ遠足に出ようねと言わんばかりだ。ザグナラルとザナイードが意見する間もなく決定事項のように話す。
「ちなみに僕と同行するにあたって、先程の少年少女にもう一人少年が居る。彼らはランクAだから甘くみたら駄目だよ? ほらいつまでも惚けてないでくれる?」
竜真がザナイードの側に歩み寄る。ザナイードの目に白い肌理細やかな肌がヒラヒラとしたレースの奥に見えた瞬間、ザナイードの体に衝撃が走る。
「ガッ! くっ」
壁に体がぶつかった衝撃。ザナイードはうめき声を上げた。
「リウマ殿!」
「なんでしょうかザグナラル殿下。こいつは殿下とは全く関わりのない民ですよ」
「……そやつは我が国の民だ。民を守るは我ら先に立つ者の務め」
竜真はザグナラルの答えを聞き、ザナイードもといイナザに向かって言い放つ。
「イナザ、これが優しき王になる者の資質だよ。あの村を蹂躙した時のあんたにこんなこと言えた?今のあんたに言える?」
「……」
第一、第三王子は王妃の、第二王子のザナイードは側妃の子であり、この側妃がある種の国の不安材料でもあった。
側妃の横柄さ横暴さはままにザナイードに継がれ、ザナイードの性格に良く出ていた。
側妃の王妃への思いはままザナイードのザグナラルへの思いとなっていた。
「……俺にそんな民を愛する心なんぞ教えてくれる奴なんか居なかったよ」
「知ってる。でも王族として知らないままでは許されないことだったよ。……ザグナラル殿下、僕は今からこいつの家庭教師としてビシバシ鍛え上げますから」
竜真はウインクした。竜真の意図が正確に伝わったのかザグナラルの口元に笑みが零れる。
「……いつかザナイードが帰ってこれるように父に助言をしよう。感謝するリウマ殿。……ザナイード羨ましいぞ。1stは王族への家庭教師もできる能力を持つ。しかもリウマ殿は最高の1stとも誉れ高き者だ。私も教えを請いたいほどだよ」
「兄……上……」
「ザナイードじゃなくてイナザですよ。殿下」
「そうだったな」
場が和む……のはザグナラルと竜真だけ、未だ釈然としないザナイード、改めイナザは床に座り込んでいる。
「軽ーく蹴ったつもりなんだけどね……イナザ、行動が遅れると怖いよ? さっさと着替えてこい。僕が良いと言うような服をちゃんと選んで来るんだよ?」
そういうと竜真は襟首を掴み、無理矢理立ち上げた。
「そなたは力が強いな」
「1stですから」
なにやら和やか過ぎるザグナラルと竜真によく分からない恐怖を感じながらイナザはその場に立ちすくむ。服飾管理を執事に任せていた彼は冷や汗を背中に大量に流しながら呟いた。
「どこに服があるか分からない……」
「……自分で聞いて着替えてこい!!」
的確な竜真の蹴りにより、イナザは扉と一緒に廊下に吹き飛ぶ。
「すまんな。リウマ殿……」
「構いませんよ。殿下の下へお返しする時には誰よりも使い道のある子に成長しているはずですよ」
にっこりと笑む竜真にザグナラルはふと疑問になったことを尋ねた。
「そなたは一体何歳だ?」
「……殿下より年上ですよ? まぁ帰すまでにそんなに年月を要しませんから、ちゃんと国内の掃除は済ませてくださいね」
「あぁ。分かった」
一瞬凍った竜真の雰囲気はもとより、イナザが戻ってくるまで暫し和やかな空気がその場を包んだ。
シリアスにしようとしてコメディに終わりました。そしとザグナラルが居ると竜真がオチ要員になりそうです。