91.旅立つもそうそう
早朝に家の鍵をヨルに預けた竜真達一行はシュミカを旅立っていた。今回アカイは竜真に命令されて旅に同行していない。竜真、シン、ロイ、バレイラの四人はシュミカから西に向かっていた。
行き先は魔術士達の叡知の塔。魔術士ギルドの総本部である。
「次はロイの番だね。僕も塔には目的があるからね。塔から次の目的地までも近いし」
「次の目的地ですか?」
「まぁまだ先は長いんだから、焦らずに小銭を稼ぎながら進んでいこう。シュミカにはろくな依頼がなかったしさ」
シュミカのランクAの依頼はシンら三人により根こそぎこなされていた。
「この国の都もそれなりに大きいから楽しいかもよ」
意気揚々と歩む竜真。まさか次の街で早くも歩みを止めるとは誰もこの時は思ってもみなかった。
***
シュミカの隣街ジリュアカに到着したのはちょうど昼時だった。近場の店に入り、腹を満たして表に出たところ、事は起こった。
「嫌です。離して下さいませ」
「いいじゃねーか!うまくすりゃあ王子様の子種がいただけて側妃様だ」
「そんな!つい先日結婚したばかりでございます。お許しくださいませ」
嫌がる街娘を連れ去ろうとする兵士。遠巻きにする民衆。冷たい目で見る竜真。
「あんの馬鹿王子……こんなことをするのはザナイード・ロベル。この国の第二王子だな……おい!」
「はっ」
「うわ」
ロイの脇に一人の女性がたたずんでいる。気配なく現れた女にロイが驚く。
「ロベル国王に伝えてよ。二度目はないって」
「かしこまりました」
「シン、ロイ、バレイラ。ちょっと聞いてくれるかな?」
王子様は何をやらかして、こんなにも竜真を怒らせたのかと三人は身を竦めながらも竜真の説明を聞く。竜真が説明を終えるとシンとロイは二人から荷物を受け取り離れた。
竜真は髪色を栗毛、瞳を碧に変えてから覆面を取ると簡単に髪を結わえる。更にバレイラも同じ髪色に染め、瞳を青にした。そしてバレイラの手を取ると問題を起こしている兵士の視界ギリギリを通り抜けようとする。
「お!」
女を掴んでいた兵士が目の色を変え、掴んでいた女を突飛ばし、竜真とバレイラの方へ向かう。突き飛ばされた女はシンとロイに保護され野次馬の輪を抜けた。
「お前。来い」
「い……いやです。いきなり何を」
「お姉ちゃん!」
兵士の新たな贄を野次馬は動揺しつつも見守る。
幼い娘もさながら幼い娘が姉と呼んだ人物の美しさにどよめきが起きた。冒険者風の姉妹に野次馬達はかわいそうにと呟く。
「レイ」
「リウ姉ちゃん」
妹を抱えて守ろうとする姉の姿に兵士は興奮を覚えて無体を働こうとする。
「妹はご容赦願います」
「姉ちゃん!姉ちゃん!」
「妹の命が欲しければ、姉妹揃って来い!」
妹に剣を突き付け兵士が引き摺ると姉が堪忍と大人しくなる。それに兵士は満足し引き摺られる妹と姉は兵士に着いて行った。野次馬達はあの娘達はもう生きて街には戻れまいと解散した。その中にシンとロイも居る。シンはロイに目配せすると兵士と姉妹の三人を追いかけ、ロイは四人分の荷物を持ち、冒険者ギルドへと向かったのだった。
***
湯浴みをしろと風呂場に入れられた姉妹こと竜真とバレイラは交代に湯に浸かると用意された服に着替える。元の服は風呂場に持ち込んだため、武器やその他諸々が取り上げられることはない。二人は持てる武器を片っ端から身につけると風呂場から出た。
二人が出てくるのを先程の兵士が待っていた。
竜真がほくそ笑む。事情が詳しく知らされていないバレイラは竜真が猛っている理由が分からない。だが竜真がこういう笑い方をした後、何かしらが起こることは知っている。
「この部屋でしばらく待っていろ」
竜真達は兵士に部屋に押し込められた。どうやら侍女達の待機部屋のようだ。竜真は窓に近寄り、塀の外にいるだろうシンを探す。
「よし。居るな。バレイラ」
「はい」
バレイラも窓に近寄るとスカートの中から折畳みの弓と短い矢を取り出すとシンに向かって矢をいった。矢はうまくシンの足元へ届き、シンは二人の居場所を矢の来た方向から探り突き止める。
「シンは気がついたようだね。よくやったバレイラ」
竜真に誉められてバレイラは花が綻んだように可愛らしい笑顔を見せる。それは長く続かずバレイラはハッとしてスカートの中に弓矢を隠した。
「ほら入れ」
竜真達をつれてきたのではない別の兵士が一人の可愛らしい少女を連れてきた。
「リウマさん」
「よし。ロイも来たね」
可愛らしい少女……もといロイはふっと笑うと窓に近寄りシンに向けて手を振った。
「うん。配置に付いたね。後は馬鹿が来るまで休んでいようか」
***
「至急ザグナラルを呼べ」
近年見たことない王の焦りっぷりに侍従は驚いた。普段はそう動くこともない顔の色が土気色だ。そして怒鳴り声も近年聞いてなかった侍従としては王の怒りと焦りに身体を精一杯動かし、どれほど早く第一王子ザグナラルを呼びにいけるか、王の要望を満たすかだ。滅多に走らない王の侍従が城内を駆ける様子に騎士や女官、文官達もが何事かと様子を見る。
「殿下、王がお呼びです」
「ライベル……お前らしくもない」
自身の執務室に入ろうとしたザグナラルはいつもならこんな声のかけ方はしない王の侍従に片眉を上げて驚く。
「陛下に何やらあったらしく大変慌てていらっしゃって殿下をお呼びになったのです」
「……父上が慌てている?」
王の慌てたところなど近年見たこともないザグナラルは王の侍従ライベルを伴い王の下へと向かった。
「ザグナラル殿下をお連れしました」
「入れ」
王の声に室内に入った二人は驚いた。威厳に満ち、いつも冷静沈着な王がげっそりとし、落ち着かない様子でうろちょろとしている。
「ザグナラル……まずいぞ……ザナイードが……ザナイードが……」
「陛下……」
「ザナイードがいかがされました?」
ロベル国王はザグナラルにふらふらと近寄り、力なくその肩に手を置く。
「……あやつが不祥事で中枢から去ったのは知っているな?」
「えぇ、一介の冒険者に暴かれたとか」
「……その一介の冒険者とは当時2ndだった紅のリウマだ……つい先だってのサナラン半島の戦への介入をやってのけたあやつだ!」
ザグナラルは1stの冒険者が戦争に介入し戦いをやめさせた報告を聞いたことを思い出した。
「……各国の有力者とも知り合いで本人は盗賊ギルド、魔術士ギルドでも高い地位にいる。これはザナイードとのことがあった後により強化されたことだが……ザナイードをジリュアカの領主に封じたのも隣のシュミカにあの冒険者の拠点があることなのだよ……なのにあやつはあやつは……」
「父上?」
「ザグナラル。この書状をザナイードに火急に持っていくのだ。そして、ザナイードに一平民として死ぬがいいと告げよ」
以前、国の端で第二王子とその側近による不祥事が起きた。民を虐げ、女人を拉致し、好き放題にしていたその事件で第二王子は失脚。王家から席を外され、竜真が拠点を置くシュミカの隣、ジリュアカの領主として封じられ、一貴族としてまっとうに暮らすようにと親心と言う手心を加えた厳罰が処せられた。
「街の住人にまたも無体を働いているらしいのだ」
ザグナラルは王としては甘い采配だと当時思ったが父としてロベル国王の息子に生きて欲しいと願う姿は好ましいと思っていた。この王は優しいのだ。
「あの痴れ者め……火急の如く拝命つかまつります」
父の優しさを裏切り、その地位に胡坐をかき無為に過ごし、王に死ねと言わせた弟に怒りが湧くザグナラル・ロベルは護衛騎士三名を引き連れ、ジリュアカへと馬で駆けた。