77.下僕会
「数字持ちの必須科目に料理もあるの?」
「まさかこれは昔からの趣味。でも数字持ちはだいたい料理うまいよ。夜営も料理下手だと味気ないからね」
何故かミグに並び竜真と奈美恵も包丁を手に具材を切っている。全員手際が良く見ているパーティーの面子やシグルドは呆気にとられていた。特にシグルドは奈美恵が料理をすることを知らなかったので、ただ口を開くばかりだ。
「そういう奈美恵さんも手際がいいね」
「一人暮らし始めてからご飯作っていたの。竜真さんは?」
「母さんは天然のおっちょこちょいで包丁は握らせれなかったから、父さんか僕、もしくはひい爺様の所からシェフが来て作っていたかな」
「竜真さんセレブ?」
「一応セレブ。だって三島双衛門のたった一人の女孫の子だから。母さんのことを心配する孫ばかなひい爺様がたまに派遣してくれていただけ」
「……そうだった。母さんがお仕えしていた方のひ孫にあたるのよね……ところでミグさんのご飯目的じゃなかったのかしら?」
「奈美恵さんも作るっていうから、僕も作ってみようかなと……」
宰相から逃げ出した一行はその足でシグルドの都の屋敷へと向か……わなかった。
まずは明日からの旅生活のための支度を整え、今夜の食材を買い足してからシグルドの都の住居へと向かったのだった。竜真達が買い物をしている間、なぜかシグルドも一緒になって歩き回っていた。
貴族であるシグルドとしては物珍しさも手伝って楽しい時間だったらしい。奈美恵は都に来てから初めての買い物と言うことで、意気揚々と値引きをしては買い物をしていた。
一行が引き上げてシグルドの館へ入った後、まずはミグが厨房に入ったのだが、買い物ときたら料理もしたくなった奈美恵が厨房に入り、それを見た竜真も料理がしたくなって厨房に入る。
髪と瞳をこちらの一般色のブラウンにして覆面を外してから厨房に入った竜真にニャルマーが泣いて喜び厨房から叩きだされたのは余談だ。
「日本食が久しぶりに食べたくなったんだよ」
「私は自分の味が食べたくなっちゃった」
――二人が調理に交ざったところで大量の品が必要なんだから構ったことじゃないなと、ミグは二人が厨房に居ようが気にした様子はなく淡々と料理を作っていた。
***
「流石に作りすぎたか」
「食べるよ……ニャルマーが」
「私がですか?」
ミグが出来上がった料理の数々にやってしまった的な顔をすれば、竜真が飄々とニャルマーを弄る。ニャルマーが慌てて反応したのを生暖かな目で見守る。
「それは冗談として」
見事なスルーで前置きしてから、作る量は加減したから食べきれるでしょと笑えばニャルマーはとろけきった笑顔で竜真を見ている。
「きれいな顔の素敵なデレ男とこれまた可愛らしいツンツンか……友達が見たら狂喜乱舞するに違いないわ」
「そうしたら凶器も乱舞しちゃうかもよ?」
竜真の手には小さなナイフが一本見え隠れ。
奈美恵は目を泳がせた。
「リウマ殿もその辺で。珍しい料理があるので私も早く食べてみたいのです。子ども達も皆食べたそうですよ?」
「そうです。リウマ様が作られた料理をいただけるなど1stのリウマ下僕会のメンバーとしては外せないところです」
「うわ!宰相様!」
「どこから生えた!聞き捨てならない言葉が聞こえたけど」
突然後ろから声が聞こえ、シグルドは飛び跳ね、どこから生えたと失礼なことを言って竜真は心底嫌そうな顔をした。
「あはは下僕会って……せめてファンクラブ」
奈美恵の笑いのツボを刺激したらしい宰相の台詞に竜真は怒りのツボが押されたようだ。
「で?誰が首謀者かな?」
「あぁ、リウマ様お美しい……主宰はリウマ様の盗賊ギルドの部下の皆様です」
怒る竜真も普段より凜とした印象になり美しく、宰相は陶酔して口からポロリと言葉が零れる。
「……出てこい!」
決して大きな声ではない。しかし、その怒気と殺気に場に居る者は背筋を正して目を泳がせ竜真を直視できない。
「怒っちゃイヤーん」
「こんの馬鹿タレが!!」
どこからかふらりと男が現れた。色男でどこから見てもチャラいその男は竜真が怒っているにも関わらず、しゃべり方が竜真をおちょくる。
その男は罵声とともに投げられた鞭に絡められながらもヘラリと笑っている。
「たって旦那の情報って高く売れるんすよ?各国の芸術家達の旦那モデルの作品の売買の仲介とかぁ〜おかげでギルド一の上納金出せてウハウハぁ〜」
「あははははははは可笑しい〜どこの芸能事務所だぁ〜」
この竜真が殺気立っている中、大笑いができるのはこの女以外いないだろう。
「奈美恵さん!他人事だと思って!」
「他人事だもん。1stどんなけぇ〜」
奈美恵に大笑いされ、力の抜けた竜真が苦笑する。
「しょうがないなぁ。上納金はギルド一なんだな?」
「盗賊なんぞするより、ぶっちぎりぃ〜。頭が旦那だと悪いことも出来んから上納金をどうしようか悩んだけどぉ〜シュロウドが旦那にぞっこんになったのをきっかけにぃ〜旦那の作品の仲介始めたり?」
「そうか。上納金一位なら構わない。ところでお前も食っていくか?」
「食べる食べる!旦那の料理なんて世界中で注目だしぃ〜!会報の次の記事ネタぁ〜!」
「会報まであるんかい!」
竜真の部下の間延び口調の男が料理に手を出して食べだしてしまったのを皮切りに皆が料理に群がった。