76.リウマ様
話を終え覆面姿に戻った竜真が手を打てば戻る喧騒。
先ほどまでのことが何もなかったかのように感じた奈美恵が戸惑いを顔に出すと竜真は人差し指を口元にあて、ないしょと口を動かす。
話せるようになったバレイラをシンとロイが囲み、ニャルマーはシグルドと話をしている。ミグは宰相に捕まっていて嫌そうな顔をしていた。護衛は宰相に何かを期待する目を向けていて、その場に宿の人間は出ていない。
「ミグ来てくれ」
「ああ」
奈美恵から視線を動かし、宰相相手に話をしているミグを呼ぶと宰相が切なそうに竜真を見つめている。護衛二人は何故だか嬉しそうに宰相を注視していた。
「何か用か?」
「ミグに頼む。奈美恵さんをよろしく頼む。詳しい事情は奈美恵さんから聞いてくれ。そして出来るかぎり支えて上げてほしい」
「何かあるのか?」
「うん。あるよ」
「それは規模がでかいのか?」
「僕が関わるんだから当然。ね?奈美恵さん」
「一緒にされたくない。一般人で居たかった」
「トリッパーに無理な話だね」
「ひどい」
「とりっぱー?」
「僕や奈美恵さんみたいな人のこと」
奈美恵は覆面で見えにくい竜真の目が強く輝いた気がして、竜真から背ける。その内心と言えば――男だと分かってるのに……と、先程まで外されていた覆面の中の顔を思い浮かべて、――本当にかわいい男っているのね……と、やるせないため息をついていた。
「竜真さんて、存在そのものが罪作りね。老若男女の壁をものともせずに落とせるに違いないわ」
「そんなこと」
「あるわ」
「あるだろ」
ミグと奈美恵に肯定され、竜真は大抵の人間を落とせるとは知っているものの、他人に断言されるのは妙な気持ちになる。
「現に君らは落とせてない」
「「落ちた後に夢から覚めただけ」」
「いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「竜真に関した突っ込みだけ」
「タイミングが合うのよ」
二人の息があった突っ込みに竜真は首をすくめる。
「まぁいいさ。さて、奈美恵さん、頑張ってくださいよ。僕は明日リユカを発つから、今夜でしばしの別れになる。そこで……ねぇ。ミグ。ミグの料理が食べたいな」
まさに悪魔のおねだり。なんだかんだで竜真のお願いを聞いてきてしまったミグは暫く会わないならばと包丁を持つことに決めた。
「私も食べてみたいです。ちょっとシグルドにお願いしてきます」
何をお願いするのか、奈美恵はニャルマーと話し込んでいるシグルドにの下へ向かい、再び戻ってきた時にはピースサインを竜真に出していた。
「竜真さん、ミグさん、シグルドの屋敷を使ってください。飲めや歌えのドンチャン騒ぎも可です」
その声にもっとも反応したのは宰相だった。普段ではありえない慌てぶりで竜真に近づき、膝間つく。
「わ……わた……私の屋敷へとお出で下さいませ」
「………………うーん……どうしようかなぁ」
竜真が長い間を作り宰相を焦らしていると、竜真の後ろ手は宰相と護衛以外の全員がひそひそと話している。
「放置プレイないし焦らしプレイとは竜真さんたらやるわね」
「ほうちぷれい?じらしぷれい?」
「シン君。それはね、相手が我慢できるかどうかを見極めながら次の手を繰り出す遊びの一つよ。悦ぶ人は悦ぶ手法なの」
「じゃあ宰相様は喜んでるんだね」
「ロイ君。間違いなく悦んでるわ」
「ナミエさん。それ以上は子どもに教えるべきじゃないですよ」
「でもここのパーティーは常にレベルの高い放置プレイに焦らしプレイ見てるわよね?ニャルマーさん」
「ニャ……マーさん?」
「やん。バレイラちゃん正解!やっぱ竜真さんはどSキャラじゃなきゃ」
「ナミエさん。どえすって?」
「ミグさん、どえすって言うの……ひっ!」
奈美恵が嬉々として質問に答えている途中で奈美恵の頬すれすれを小型ナイフが飛んで真後ろの壁に突き刺さっている。
「リユカ滞在最後の日だもの……僕の芸術的なナイフ投げを見せてもいいよ」
「待って竜真さん。もう見せてるから。華麗で初動すら見えない素敵なナイフ投げ!」
「奈美恵さんがこんなにもお調子者だなんて思って……いたよ」
「そこはいなかったって言って」
「それは置いといて、宰相様御自らのお屋敷をただ飲み食いするだけに使うことなど、一介の冒険者には到底無理なお話でございますので、申し訳ございませんが」
「嫌ですよ。リウマ様、一介の冒険者?とんでもない。ジーンしかりザナップしかり、あなたとたまたま出会えた者は巨匠と言える芸術家に短期間に伸し上がり、巨匠と言われるシュロウドですら、あなたの虜だ。他にもあなたに心酔しあなたに見合う腕を持ちたいと寝食忘れて腕を磨く名工達は数知れないと聞きます。同じ1stの蒼騎士以上にあなたの熱烈な信奉者は多いのです。裏表問わない実力者であるリウマ様は自分の国をお持ちになろうとすれば三日経たずに作れてしまうだろう方です。そうなればきっと大勢の名工名匠集まる芸術の都になるでしょうね……それに付随して商人が集まり、人が集まり……」
宰相が一人悶え萌えながら熱弁を奮っているのを尻目に竜真は気配を消すようにパーティーに促すと宰相と護衛を置き去りに宿から立ち去る。それを見ていたシグルドと奈美恵も気配は消せないが静かに宿を出た。ちなみに宿は前金のためそのまま出ていっても可だ。
護衛の騎士達はその素晴らしい技術に感心しながらもどうやって宰相の熱弁を止めるかを視線を合わせて協議していた。