74.指針
パンっ
竜真が一拍手を打つ。
奈美恵は何かが遮断されたのを感じた。
「ちょっと内緒話したくて」
竜真と奈美恵の周りに人の気配はない。実際には周りは竜真の一行や宰相とその護衛にミグやシグルドが居るのだが、今の奈美恵の世界には竜真しか居ない。本当なら奈美恵と竜真の間にはバレイラがいるはずなのだ。
「内緒話?」
「そう。内緒話。」
竜真は奈美恵の向かいにある椅子に座ると、覆面を取った。
奈美恵も竜真から流れてくる真剣な雰囲気を感じ取り、聞く態勢を整えた奈美恵を確認した竜真が話を始めた。
「父さんと会って、奈美恵さんがどうしてこの世界に呼ばれたか知ったよね」
奈美恵は頷く。そして、自分が途方もない何かに巻き込まれていることを知り、これまた途方に暮れたのは少し前のこと。
「まさかよね。自分がこの世界にやってきた理由があなたのお父さんだなんて」
ある夜尋ねてきた美丈夫は、竜真の父で、母が飾っていた昔の職場の写真に居た男だった。
奈美恵に会い、何かしらの事情を知った獅子王により、奈美恵は何がどうして今の現状があるのかを知った。
「この世界の神の力のかけらが胎児だったあなたに入っていたなんて父も知らなかった。祖父の付き人だった父と一緒に働いていたあなたのお母さんの中にいたあなたに、まさか自分が身につけていた他の三神の欠片が吸い込まれていたことを気が付いていない辺り、どこか抜けてる話だけどね」
「私だけが今のこの帝国で流行り始めた病気を治せることで、この世界が私を導いたと三島さんは言っていたわ」
「そこに僕も関わってくる。四神の力を持つ異世界人が、この世界には必要だった。僕は魔の上位種を減らすため、奈美恵さんは魔以外の世界に溜まった負を取りのぞくためだ。この世界はもともとリユカリルリノーラが作り上げた世界だけど、正や陽しかなかった。一つに偏った歪な世界だったわけだ。もちろん四神も正の存在だけど、彼らには人間の負を中和できるだけの力があった。しかし、彼らの力が閉ざされたため、世界に負がたまり形になった。それが魔と病。僕ら二人は四神程の世界に響いてしまうほどの力はない。けれど四神に準じる力はある訳だ」
「この世界、こんなにも魔法の力、魔術の力が発達しているのに病は決して回復できないのよね。何かしらの病のあるヶ所は黒い靄が見えるのは黒が魔だから?」
「多分そうだ。この世界は負のものを処理しきれないから。正負揃っているからこそ世界は整うと思うんだけどね。まぁ、僕とミグが四神を目覚めさせたから、少しはマシになると思うよ」
「私はこの帝国から現れた病を癒すことと神殿を復興させることを目標に都に来たの。ヤシャル神殿で現代に戻れるかもって試したけど、通れなかったし、何かクリアするべき問題があるのね」
「それなんだけど、父から伝言だ。四神が集い今の状況を鑑みた結果、僕らはこの世界に四神の力を持つ神子を誕生させなければならない。必ず四人居ること、更に言えばこの世界の人間の血が流れることが制約になるそうだ。つまり、こっちで一度結婚する必要が生じた訳だ。僕の中からその子にヤシャルの力を継承させる。奈美恵に至っては三人に力を継承させることが必要ってわけ。若返った理由はそこにありそうだ。多分、こちらに奈美恵さんが居られる期限があって、それが元の年齢になることだと思う」
「ん〜……やっぱりかなぁ?ここの皇帝陛下見た瞬間にそんな予感がしたんだよね。相手は彼よね?シグルドなら良かったんだけど、皇帝陛下は今の実年齢だと年上だけど、精神的には年下なのよね。複雑だわ。それに彼、心臓に何か抱えてるのね……あの靄、なんとかしないと早死にするわよ……しかも結婚しても一生涯を共にするわけでもないとか複雑だわ」
「その前に何も知らない人と結婚に疑問はないの?」
「とりあえず正妃は居ないし、未だ後宮もないみたいだし、若くてイケメンな上、今、私には元の世界に恋人も居ないもの。条件としては破格よ?しかもこの人の子どもが産みたいなんて、一目惚れとしとは最上級でしょ?」
「皇帝を気に入ったんだね?」
複雑よねと言うわりには、前向きな奈美恵に竜真は笑うしかない。
「私はともかく、竜真さんの方はまだ出会っていないんでしょ?」
「そうだねぇ〜……これからどうなるんだか。今のところこちらの世界じゃ不老になってるから、しばらくうろうろしてても問題ない。それでも奈美恵さんが帰る前には子どもは出来てるんだろうな。そうじゃなきゃ条件が整わない。」
「1stの竜真さんの武勇伝は色々と噂に聞いたから、気が付いたら子どもの一人や二人や十人ぐらい居そうよね」
「それは酷いよ奈美恵さん。居ないと思うんだけどね。相当に気を付けてるから」
奈美恵の軽口に竜真は苦笑した。
竜真がぱちんと指を鳴らすとどこからともなく竜真の手にはソーサーとカップ、カップには並々と注がれたコーヒーが現れた。
「冗談はともかく僕らの当面の目標が出来たわけだ」
奈美恵はその様子をただ驚くだけで、口を開いている。
竜真は軽やかな手さばきでコーヒーを奈美恵の前に置くと、もう一つ出して、自身の前に置く。
「それはいいんだけど、さっきの手を打ったのから、コーヒーから気になっているの。突っ込み所でいいのかしら?」
「これ?日に日に便利になるんだ。父さんにお願いしたら、向こうから取り寄せができる召喚とこれは創造も込みの魔術になるかな。他には新たなチート、無詠唱魔術が出来るようになったんだよね。奈美恵さんと会った時にはちゃんと呪文を唱えてたのに今じゃこれだよ」
竜真が頭に向けて指すと髪が黒から赤、赤から青、青から茶色に色が変わっていく。
「竜真さんだけズルいわ。私だって醤油とか味噌とかだしの味に飢えてるのよ!」
竜真が両手を合わせて手のひらを上に向け前に着きだすと……そこにはお椀に入った豆腐とネギの味噌汁と箸。それを奈美恵に渡すと奈美恵は感極まって涙する。
「いいの?いただきます。この匂い、この味…だし最高、味噌素敵」
奈美恵の感激に竜真はヤシャルに出会った後の自分の料理を食べた時のことを思い出して、やっぱり味噌汁はソウルフードだよねと奈美恵に言えば、奈美恵は何度も頷く。
「奈美恵さんにプレゼント。醤油二リットルと味噌二キロと顆粒だしを一箱につゆのもとね」
次々とテーブルの上に出してくる竜真を目を輝かせて奈美恵は見た。
「神様、仏様、竜真様、感謝します」
奈美恵はどこかに向かって、ありがとうと叫んでいた。