73.奈美恵の異能
「あなたの名前はなんて言うの?」
会話がテンポが早く、その上に大勢過ぎて、早々に会話に入る気を無くしたバレイラが角の椅子に腰を掛けると、それに目を止めた奈美恵がバレイラの隣に座る。
《バレイラよ。あなたは?》
バレイラの書く早さはかなりのものだが、それでも直に話すより劣る。
会話の流れを読む能力のあるバレイラだからこそ、こうして黒板を使っての会話も早い。
「私はナミエよ。竜真さんと同郷の者よ」
《本当は黒いの?》
バレイラは黒板を一瞬だけ奈美恵に見せて、すぐに消す。そのバレイラの配慮に奈美恵はほほえんだ。
「そうよ。ところで、あなたの声は生まれつき?」
《前は出た。怖いことあって出ない》
「話せるようになりたい?」
《なりたい》
「そっか……少し症状を見てもいいかな?」
バレイラが頷くのを見ると奈美恵はバレイラの目を閉じさせ、その額に自分の額をくっつけた。
「緊張しないで、身体の力を抜こうか……口で息を吐いて、吐いて、吐いて、鼻でゆっくり吸って〜……うん。いいよ。また吐いて〜、身体の空気を皆抜いて〜、はい。吸って〜」
バレイラに深呼吸させて、身体から余計な力を抜かし、奈美恵はバレイラに精神を同調させる。
額から何かしらの力を感じたバレイラは一瞬息をつめたが、先ほどの深呼吸をして身体から力を抜いた。
「うん。怖いね……あぁ、竜真さんが来た。強くて綺麗。バレイラちゃん……何を伝えたい?」
奈美恵の心に伝わるバレイラの半生は酷く困難な道程だが、バレイラの竜真に対する憧れはそれに勝るものがある。
竜真に声を聞かせたい。そんな思いがバレイラから伝わってくる。
「竜真さんが居れば、あなたの中の怖いのは出てこない。もう怖くない。怖いのは竜真さんが倒しちゃう。もう居ない。だから、……最後の貴女、表に出てらっしゃい。うん。いい子。私に掴まって……もう檻の中に居なくてもいいよ。大丈夫、表には最強の彼がいる!」
「……ぁ……」
バレイラの口から微かに音が漏れる。
「今まで声帯を使ってないから、徐々に馴らして行こう」
「ぁ…………ぅ」
「うん。大丈夫。あなたの気持ち、とっても伝わってきてるわ」
奈美恵はバレイラを抱き締める。
あなたは守られていると……
***
「オルレイア」
「リウマ様」
部屋に入り、竜真がはらりと覆面を卸すのをじっとオルレイアは見ていた。
「あぁ……」
「まあ、君にとって僕は生きている美術品かもしれないけど、なんでそんなに僕が好きなの?」
竜真が窓際に寄りかかり、オルレイアを見つめている。
オルレイアは感嘆の吐息を吐きながら、竜真をうっとりと眺めている。
「あなたを見た瞬間、世界が煌めいた。私にこんなことを言わせるのは陛下とあなたぐらいだ。陛下が初めて立った時と同じ感動をあなたは会う度にくれる」
「初孫の成長を喜ぶじいちゃんのようだね。オルレイア…………奈美恵さん、謁見したんだって?癒し姫だとか」
竜真が笑みを深め、オルレイアに向かって言えば、下僕から一国の宰相へと顔を変えた。
「ナミエ殿と知り合いか?」
「彼女は同郷、彼女は教え子、彼女は……まだ内緒」
凪ぎのように穏やかな声だが、竜真が内緒と言えば、以降、口を割らせることはできない。
だが、そんな様子すらオルレイアには神々しく思える。
「麗しいな」
「大事にしろよ。彼女は要だ」
父、獅子王が奈美恵に会った後に連絡してきた。奈美恵は要……リユカ帝国、皇帝ジーディリアルベルアの要になる。
「オルレイア、彼女を守れ。できなければ帝国はきっと飲み込まれる」
竜真はオルレイアを見つめた後、覆面をつける。その時、竜真は奈美恵の魔力を感じた。
「そろそろ戻ろうか?オルレイア」
オルレイアは静かに頷くと、竜真の予言めいた言葉に身を震わせたのだった。
***
「りう……ま」
竜真が階下に降りた時、微かに聞こえた声に目を見開いた。
「バレイラ!バレイラなのか?バレイラ!声……」
「りう」
竜真は階段の残りを飛び降り、それに驚いた下にいた全員を避けるのではなく飛び越え、バレイラを抱き締めた。
「声……奈美恵さん!ありがとう!」
「竜真さん、バレイラちゃんを守って、絶対不可侵に……バレイラちゃんに大事な人ができるまで」
奈美恵のことを守れとオルレイアに言った竜真だが、奈美恵にバレイラのことを守れと言われた。
奈美恵の目が竜真にこう告げていた。
バレイラの声の鍵は竜真、あなただと。
具体的説明……きっと次回、奈美恵さんが語ってくれるはず……
いやいや!竜真さん!伏線貼らないでぇ〜
72と同時進行なお話でした。