72.二人の下僕
「リウマ様、お久しぶりでございます」
満面の笑みを浮かべる宰相に護衛についてきた騎士二人とミグ、シグルドは口元を引きつらせて、目の前の宰相から目を背けている。
彼らの脳内には同じことが浮かんでいる。
あの宰相!が、満面の笑み!!を浮かべている誰かに言っても、きっと誰にも信じてもらえないだろう……と
「オルレイア様、お久しゅうございます。お呼びだし下されば、わたくしからお伺いしましたものを」
「リウマ様に来ていただくなんて滅相もありません。ただそのお顔を拝謁できましたら、恐悦至極にございます」
宰相のあまりの低姿勢ぶりに目を白黒する騎士とミグ、シグルドの五人。
他は宰相について詳しく知らないせいか、何故五人がびくついてるのか分からないようだ。
リユカ帝国の宰相オルレイア・ディベロア・ヴァルフレイアは岩人間と言われる程に真面目な人間で、あまりに真面目でストイックなために尊敬も集めているが近寄りがたい男だった。
更に家族さえ笑った顔を見たことがないとも評判の壮年男が、恋い請わんばかりに膝を折り見つめているのだ。
話を聞いていたミグでさえ驚き、騎士やシグルド達は腰を抜かす寸前だろう。
「では二階の部屋へ移動を願えますか?」
「リウマ様がおっしゃるのなら」
「皆は待っていてくれ」
竜真が身を翻し階段へ向かう。
「リウマ様がいらっしゃる限り安全だ。お前達、ここで待機していろ」
竜真の姿が見えなくなると、そこには岩の宰相が居た。
宰相も居なくなれば、場の空気が和らぐ。
騎士達はへなへなと床に座り込むまでには行かないものの少々脱力気味で、シグルドは呆然としている。
ミグは己を取り戻し、ニャルマーをシグルドの元へ呼んだのだった。
***
「ニャルマー…報告書にはリウマ殿以外のことも書きなさい」
シグルドの下にニャルマーから送られた報告書はその九割九分が竜真の素晴らしさについてだったため、シグルドは直接会う機会があれば真っ先に他のことも報告しろと伝えようと思っていた。
シグルドの言葉を聞き、旅の仲間達は心の中でこう思っていた。
――ニャルマー、報告書を書いていたんだ。と……
竜真のことしか書かないなんて、なんて‘らしい’んだ!と……
「なぁ、あんたら、あの覆面は誰なんだ?」
脱力していた騎士の一人がパーティーに話し掛ける。
「1stのリウマですよ。騎士様」
シンが柔らかく答える。
1stとはいえ相手は一介の冒険者、宰相が膝を突くべきものではない。
「竜真が言うには宰相殿は竜真の熱狂的ファンらしい」
ミグは押さえ気味に熱狂的ファンと言い換えたが、正解は下僕希望者だ。
竜真の顔や立ち振舞い、過激なところのある性格などにご執心らしい。
「寝ても覚めても、リウマ様のご尊顔は常に夢うつつの気分にさせていただけます」
「ニャルマーさんは夢うつつから戻ってこれないけどね」
うっとりと竜真の顔を思い浮かべるニャルマーにロイは相変わらず毒あるツッコミを入れる。
シグルドのその様子にこの一行の日常を見た気がして、確かにニャルマーは寝ても覚めても竜真一色なのだと笑った。
「ニャルマー、元気そうで何よりだ」
「もったいないお言葉です。シグルド様」
「竜真がいなければ、まともなのにな。ニャルマー……」
「まともなニャルマーさんなんてつまらないよ」
ロイがクスクス笑っていると、ミグは「それもそうか」と肯定する。ニャルマーは「酷い」と背を丸め、シンが騎士達に「同じパーティーでさえ、こういう症状が出る程にリウマさんは美人さんなんです」と半笑い気味に言えば、騎士の一人がなんとなく納得したように同僚の傍に戻っていった。
奈美恵とバレイラはどこに?
それは次回!