41.盲信的崇拝溺愛症?
シンは目の前に居る魔物を前にどうしたものかと固まる。
昨日の昼間、同じものを4人で倒したが、今は1人きり。
しかも、もう少しで竜真が追い掛けてくる時間になる。
すでに魔物には気が付かれてしまっているので、戦うか逃げるかだ。
深呼吸を1回。剣を抜いて、間合いをとる。
「1人で倒せるか。だめなら逃げる。」
ランクBのブルハスは体長2メートルの黒い牡牛のような見た目で、角はもちろん肉食獣の牙、尾の蛇がやっかいな魔物である。
そして、ブルハスはBランクアップの基準とされる魔物だった。
「弱点さえ知っていれば、倒せない敵じゃないんだ。」
間合いを詰めて、左側面から角の付け根を狙う。
「ふっ」
しかし、それは尾の蛇に阻まれ、牙が追撃に来る。
バックステップで避けると、まず、攻撃対象を尾の蛇に替えて走りだす。
「せいっ」
その一撃は蛇の頭を切り取った。
魔物から痛みを呪うような雄叫びが聞こえる。
今度こそと、右後ろから角の付け根を狙った。
倒れた魔物を尻目にシンはそっと森の木の影に隠れ、水を一口含むと辺りの気配を気にした。
***
「…」
ロイは木の影に隠れ、辺りを探る。
1日経ったから竜真は誰かを追うはずとロイはひたすら息を殺していた。
ブルハスと一度は遭遇したが、気が付かれずに済んだので、戦いは免れた。
「やぁ、ロイ。」
「っ!」
「みぃつけた。」
竜真が声をかけた瞬間にロイは草の中に体を踊らせ、全速力で走りだす。
時折、周囲でカサッとたつ音が追跡者の存在を忘れさせない。
というよりも竜真が故意に音を出し、ロイを追っている。
ロイにとっては体感の数秒は数分、数分は数時間にも変わっていた。
もう、足がもつれるとばかりにロイが膝を付くと周囲には全く気配がなくなっていた。
気配を感じようとするが、周りには誰もいないようだった。
***
「なんで嬉しそうなんだ。…訂正、なんて嬉しそうなんだ。」
ロイを追い掛けている途中で、ニャルマーを見かけたので、竜真はニャルマーに標的を変えて、ニャルマーを見ていたのだが、次第にニャルマーが幸福そうに興奮し悦に入っていくのが遠目にも分かる。
竜真に見つけられる、追われる、捕まると、想定するだけでこんなにも嬉しいなんてとニャルマーは本気で喜んでいる。
「…ニャルマーは時間ギリギリまで放置の方向でいこう。うん。」
竜真は鳥肌を発て、そっとその場から居なくなった。
***
バレイラは木の上、葉の中に居た。
けして低い樹と言うわけではない、地上から5メートル、葉が細長く針のように見えることから通称《針の木》と呼ばれている木の頂上部に近いところで居眠りしている。
「………また危ないところで…」
竜真がバレイラに気が付いたのは、バレイラの黒板が地面に落ちていたからだった。
まさかと見上げれば、案の定葉の中にちらちらと見える服。
登ってみれば、すやすやと気持ちよさそうに寝ていた。
「寝ちゃあかんでしょうに…」
起こすのも忍びなくなった竜真は仕方なしに方向転換を決めた。
それはロイが逃げた方角で、シンかロイを見つけ次第、バレイラ、ニャルマーに捕まえる順番をしたのだった。
***
竜真が指定した時間を間近にミグ、リーシャの下にはシン、ロイ、バレイラが居た。
「6体目のブルハスを倒したところで竜真さんに見つかったら、逃げられなかった…出過ぎだろブルハス…」
シンはやたらとブルハス遭遇率が高く、なおかつ、逃げ出せない遭遇パターンでブルハスと戦いまくっていたところで竜真に見つかり捕まった。
「ブルハスとは1回戦ったよ。竜真さんと真面目に追い駆けっこしたの僕だけじゃないかな。」
ロイはどんなに気配を消しても、「みぃつけた。」と、追い掛けてくる竜真から結局逃げられなかった。
《よく寝た。》
バレイラは熟睡していて、気が付いたら夜営地に戻ってきていた。
「竜真さんから伝言だよ。バレイラ。『木の上で眠るのはやめてね。』だって。」
ロイが言えば、周り全員が呆れている。
「バレイラは大物になるな。」
ミグは穏やかに笑った。
パチパチと火を囲み、やわらかな空気が辺りを包む。
「ニャルマーさんが戻ってこないけど、ニャルマーさんて、優秀なの?」
「多分」
「そうではなくて」
《竜真さんとしては》
「捕まえたくないんだろう。」
リーシャの質問に全員でリレー形式に答えていく。
その際の皆の顔は生暖かく何かを思い浮かべるようだったのは言うまでもない。
リーシャは首をかしげ、困惑した。
***
「付いてくるな。」
「なぜ私だけ捕まえてくださらないのですか。」
最後のニャルマーの様子を見ながら、このままに放置しておきたい気分になった竜真が珍しく音を立ててニャルマーに気配を伝えてしまったその時、竜真とニャルマーの視線が交差した。
次の瞬間、竜真が反転していきなり逃げた。
ニャルマーは、ニャルマーで反射的に竜真を追い駆ける。
気が付けば立場が逆転した状態で、ニャルマーと竜真の追い駆けっこが始まったのだった。
「だぁぁぁぁ、もう試験は終わり。ね?終わりだから」
先に居た5人が寛いでいると夜営地に2人は攻守交替で戻ってきた。
「せっかくの竜真様に追い駆けられるという貴重かつ喜ばしい出来事でしたのに…」
さめざめと泣くニャルマーに竜真が怯える。
「ニャルマーさん」
「なんでしょう? ロイ君。」
「お大事に」
ロイはニャルマー肩をポンと叩くと、爽やかな笑顔で言った。
まるで病気の様な言い方に、ニャルマーはロイをじっと見る。
その場合、竜真盲信的崇拝溺愛症とでも名付けたらいいのだろうか?と数名は首をかしげた。
ニャルマー…こんな人じゃなかったはずなのに…