38.夜、明ける
ミグには血のつながらない姉が居た。
両親が連れ子で再婚、のち、離婚で義母と義姉は出ていき、父は他界、家族はバラバラになったのだが、その家族の1人とまさか再会するとは思っていなかった。
ミグリースこと、リーシャ。義姉は今、絢爛な檻の中でミグと向き合っている。
「リーシャ姉さん…なぜ…」
「母が…母があの後、旅の途中、しかもこの街で病に倒れたの。…この街で13の年の女の子ができる仕事なんて決まってるわ。」
そんなシリアスな場面を竜真はちびりちびりと酒を飲みながら眺めていた。
「で、どちらが私を抱くの?そっちのお客さん?それともあなた?」
「姉さん!」
あくまでも店の女として振る舞おうとするリーシャをミグは哀しげに留める。
「こっちはこの商売15年してんのよ。もう少しで身請けもしてもらえる。ようやく幸せになれるの。」
そう叫ぶリーシャは決して幸せそうではなく、リーシャはそんな様子なのだが、ミグはリーシャを見れないようだった。
「…ん、ミグ、リーシャさん、ちょっといいかなぁ?」
視線だけを動かし竜真を見るリーシャと、いきなり割り込んできた竜真にホッとしたような表情を浮かべるミグに竜真は戸惑ったが、ままに言う。
「リーシャさんを身請けする人ってどんな人?」
「………」
「言えないような人なのかな?そう例えば、君を身請けした後も客を取らせそうなゲスっぽいとか?それとも…そう、縄で縛ったり、女を叩いたり殴ったりしないと興奮できないゲスとか?」
後者の例えにリーシャの顔が一瞬引きつったが、また無表情に戻る。
あぁ、やっぱりとだけ思うと竜真はまた黙る。竜真はちょっととだけ言ってその場から離れた。
残された姉弟は各々に途方に暮れていたのだが、しばらくしてミグが口を開いた。
「姉さん…身請けしてくれる人のこと好きなのか?」
「…好き嫌いなんて感情、身請けするしないに関係あるの?金出せば、身請けできる。される。そういうものでしょ?」
少々自棄に聞こえなくもないが、苛々の籠もった返答をしたリーシャは酒を注いで呷る。
「ところで…1人居なくなったけど、あなたが私を抱くの?」
胸をはだけさせ、ミグの膝の上に乗って、リーシャは皮肉に笑う。
そんなリーシャが居たたまれないのか、ミグははだけさせた胸元を静かに直すと、リーシャをそっと抱き締めた。
「ミグ…なんで今更…」
苦虫を噛み締めたかのように表情を歪め、ミグの胸を拳で叩く。
「姉さん…姉さん………リーシャ…」
激しく暴れるリーシャをミグは掻き抱いた。
***
「女将。」
「なんだい?」
竜真が受付に行くと、先程、挨拶に来た熟女が居た。
全体的に熟成されたエロスを感じさせる女は思っていたよりも気軽に答える。
竜真は単刀直入に言った。
「ミグリースの身請け代はいくら?」
「ミグリース?あんたもかい!金貨50枚だ。残念だがミグリースは先約だよ。」
話をする気がないのか、最初から竜真を相手にしない。
リーシャの相手は横槍が入るとまずい相手なのだろう。
「手付けの金もらった?」
察するも竜真は引くことなく質問を続ける。
その態度に女将は訝しげだ。
「いや、まだだが…」
「じゃあ僕が先に払うことにしよう。先方より金貨10枚多く払うよ?」
払ったもの勝ちでしょと続ける。そんな竜真を門前払いするかのように女将は金貨10枚を訂正した。
「……50枚」
「10枚」
「40枚」
掛け合いは続く。
「20枚」
「30枚」
女将が30枚と言った後で竜真がにやりと笑った。
「30枚多くね。金貨80枚か…紙ある?後、きちんとお使いできる人かな?」
女将が手を叩けば、1人の男が紙と筆を持ち現れる。
その紙と筆で一筆書くと、竜真は封をし、男に預ける。
「これを持って冒険者ギルドに持っていって、受け取ってきて。…ちなみに何かおかしなことが起きたら、一瞬でこの店がなくなるからね。これを猫ババしようと思わないこと。3ギルドを敵に回しちゃうよ。」
竜真が何かを呟けば、男の身体が2色に輝き、手紙が青白く輝く。
「一体な…」
いきなりのことに男が怯んだ。
「君がこれを持っている間、絶対に物理、魔術、双方の攻撃を食らわないっていう魔術。ただし、有効期限は3時間。もう1つは追尾、有効期限は僕が解くまで。これをどこかに持ち去ったら、地の果てまでもってこと…ね?」
こともないとばかりに言ってのける竜真に女将は目を見張り好意を面に出した。
「あんた………あんたなら、あの子へのあの変態の執着を防げるね。いいよ。ミグリースの身請けを受けようじゃないか。金貨30枚だけでいい。その他にあの子に執着する変態について何とかしてくれたらね。」
身請けを申し出た人間を女将は心底嫌いな様子だ。
「いいよ。その変態は誰?」
「ここの街の領主の甥っ子さ。ご領主は良い方なんだがね…」
歓楽街を治めるにしては善良にして、明朗な老領主は陰鬱となり易いサーナターナの癒しとして政務に励んでいるのだが、この甥っ子と言うのが性格、性癖ともに最低な男だった。
「因みにそいつはどこに住んでる?」
「そろそろ今晩もミグリースを苛めに来る時間さ。」
「ふ〜ん…じゃあ部屋を1つ貸してよ。それと…女将の腕。」
いたずらっ子のような竜真の口調に女将はさも愉快と目を見張った。
「君、君、金貨30枚なら手持ちにあるから行かなくていいよ。」
竜真は男から渡したものを返してもらい、尚且つ術を解いた。
***
「いつもの部屋ではないのか?」
「そうなんですよ。申し訳ありませんね。じきにミグリースを連れてきますから」
領主の甥ガボットは女将に案内されたが、いつもの部屋でなければ、いつも先に来ているミグリースも居ない。
どういうわけだと問いただせば、女将は飄々と答える。
そこへ1人の少女が現れた。
「失礼いたします。」
「なんだ。っ!お前は?」
静々と現れた少女が顔を上げた途端、叱責しようとしたガボットは目を爛々とさせて少女を捕まえた。
「申し訳ありません。部屋を間違えてしまいました。」
おどおどとまごつく少女にガボットは息巻いて、まだその場に居た女将に言った。
「女将!」
「はい。ガボット様。何かご用でしょうか?ミグリースはじきに参りますが…」
「ミグリースはもう良い。今日はこの娘にしよう。」
「ですが…」
「良い。いけ!」
女将と少女が目配せしほくそ笑んだとも知らず、ガボットは女をがちりと抱えている。
女将が頭を下げ、部屋を出ると、ガボットは女を褥の上に放り、いきなり平手で張った。
「…」
女は驚いたとばかりにガボットを見つめた。
ガボットはこの目の前の希少な美姫をいかにして料理しようかと息巻く。
「ガボット様、お辞め下さいませ。」
その造形は麗しい人形のような女からか細い声が聞こえてくると、ガボットは更に興奮して、女に襲い掛かった。
次の瞬間、ガボットにとって最悪な状態へと状況は転換した。
ガボットにとってありえない事態が起こったのだ。
まさか女人、しかもか細い少女に蹴飛ばされ、壁に背をぶつける等、ガボットにはあってはならないことだった。
ガボットが茫然と少女を見ていると、少女は立ち上がった。
ただし、その手には使い込まれた感のある鞭を持っている。
「女将さんがミグリースを限界まで身請けさせなかった訳だ。」
先程までの少女の声ではなく、聞こえてきたのは青年らしい男の声。
「この時期に来れた事を運命に感謝しなくっちゃ…それと、僕を殴ったね。性格転換がいい?それとも性転換がいい?」
女―もとい竜真は世にも恐ろしい凄艶な笑みを浮かべ、バシっと鞭を床に叩きつけた。
娼館にガボットの悲鳴がこだました。
***
爽やかな青空の下、娼館の前には店の女達が勢揃いしていた。
「ミグリース…いや、リーシャ、今までご苦労だったね。」
「女将さん。姐さん、今までありがとうございました。」
女将とリーシャが抱き合い、挨拶をしていると、竜真がミグの背を叩いた。
「女将さんがリーシャさんの身請け話を防いでくれていたおかげだからね。ミグも感謝しなよ。」
「女将さん。姉を今までありがとうございました。」
「あたしとしちゃあ、そこの覆面の御方に感謝だね。うちで働いてもらいたいぐらいだ。」
昨夜、絶世の美少女に変身した男がガボットを攻め立てる様を女将は後始末に呼び出されるまで部屋の脇で見ていたのだった。
悲鳴が嬌声に変わり、いつしか懇願へと変わる様は見事な調教ぶりだった。
「そのことなんだけど、かなり念入り教育したんだよね。まぁ、性転換とまでいかないけど、性格、性癖転換させちゃったから、今ならつねっただけで快感にのた打ち回るんじゃないかなぁ。ご領主への手紙も一応届けておいてくれる?」
話を聞いているうちに女達は嬉々と、男達は青ざめていく。
ミグも何をやらかしたら、竜真にそんな徹底教育をされる羽目になるのかと顔を青ざめた。
女将は手紙を受け取る。
「御名前をいただいても?」
「1stのリウマ。名前ぐらい聞いたことあるでしょ?さぁ、ミグ、リーシャさん、行こう。」
その後、歓楽街サーナターナは後々領主となったガボットによって、女性上位の女の街へと変貌を遂げるのだった。
殴ったね…の後に親指が勝手に親にもぶたれたことないのにと動いてました(笑)
ガボットさんは後に名領主となりました。めでたしめでたし。
後はミグとリーシャをいかにしてくっつけるか…
竜真君の今後に請うご期待(半分冗談に受け取ってくださいな。)