30.竜真の熱意
サブタイトルが苦しいです。
「で、父さんは3千年前にあちらに渡ったと、でも向こうじゃあ30年前だと…向こうの10年はこっちの千年…途方も無い話だね。」
気が付けば、優雅なティータイム状態になっていた。
竜真の世界のケーキを食べながら、ミグは感動していた。
「こっちの王の馬鹿さ加減に嫌気がさしたんだ。おかげで未知と会えた。未知は本当に可愛かったんだ。当時10歳になったばかりかなぁ。『お兄ちゃん、とっても綺麗ね』ってさぁ。あの当時で2千年歳は過ぎていた私にとって“お兄ちゃん”は衝撃だったなぁ。」
「いや、僕にとって10歳の未知子さんに一目惚れした父さんに衝撃だよ。」
ミグは静かに聞いていたのだが、いかんせん突っ込み所が多く、頭を悩ます。
竜真の父であるヤシャルの話をまとめると、狂王による粛正の後、各神殿は閉ざされた。
ヤシャルはそれまで研究していた異世界に渡る術を使い渡った。
何も分からず好奇心のままにうろうろし、いきついた先に居たのが竜真の母である三島未知子である。
当時10歳だった彼女に拾われ、政界の裏首領と言われた未知子の祖父、三島双衛門に佐伯獅子王として、しばらく仕え、異世界を知った。
未知子が16歳の時、全く年を取らないヤシャルに双衛門が相応に年が取れるなら取れと、苦笑しながら命令したのはヤシャルにとっては未だに笑いの壺だった。
その16歳の未知子と結婚し婿養子になると未知子が将来通うであろう大学の研究室へと入り、双衛門の付き人を離れた。
その美貌から老若男女を虜にし、双衛門の付き人を離れるときには数多くの国会関係者を泣かせたのだった。
異世界に来て10年経ったところで、ふと元の世界が気になり戻ってみると、なんと千年の時が経過していた。
以来、こちらの世界と竜真の世界を行き来している。
向こうの時間で1年に1回は丁寧に掃除しているらしい。
「君達はこの世界の創世神話を知ってる?」
竜真は頷き、ミグは首を振る。
「竜真君が知ってて、ミグ君が知らないの?」
そう問われたミグが、竜真を見ると、竜真は首をすくめた。
「ミグじゃあわからないかもね。リユカからかなり離れたハルマ国のケザイン地方に小さな集落群があって、ミグには前に言ったかな。四神教を唯一とする村があった。そこの星見の神官が語ってくれたんだ。」
ヤシャルは竜真の話を聞く態勢になり寛ぐと、ミグはどうするか迷った末に少し姿勢を崩した。
そんな2人の様子を見てから竜真は語りだした。
「1人の神がいた。
神の名はリユカリルリノーラ。
男神でもなく、女神でもないその神は何もない空間を切り開いた。
切り開かれた空間を摘んで大地を、撫でて空にした。吐息で風を生み、涙で海を作った。土を捏ねて山を作る。
こうして様々なものを作ったリユカリルリノーラはふと世界に淋しさを感じた。
生き物の息吹きが足りないと感じたリユカリルリノーラは動物を作り出した陸の統治者獅子、空を統べる鳥、輪を尊ぶ狼、そして守護する竜。リユカリルリノーラに作られた彼らとリユカリルリノーラにより、様々な動物が生み出された。そして最後に人が生まれた。
リユカリルリノーラの姿と同じ姿をした動物が人。人は知恵と力を使い爆発的に増えていった。
だがリユカリルリノーラはそれを懸念した。人が多くなればなるほどに世界に澱みを感じた。
澱みは次第に形作り、魔となった。人々は争いと平和を繰り返した。その度に魔は増え、強くなっていった。リユカリルリノーラは4体の動物に命じて人を束ね、導くよう頼み、次の世界へと旅立った。4体の動物はそれぞれに人を導いてきたが、ある日全員でまとめようと話し合い、1つの国を作った。これをリユカと言う」
今の竜真はひどく神秘的だった。
途中、途中に入れるヤシャルのお茶を優雅に飲み、語る姿は、ただお茶を飲み喋っているだけのはずなのに、この世界の始まりをミグは見た気がした。
「確か要約するとこんな感じ。星見の話はさらに長かったんだけど、その時、メモできない状態だったから要所しか覚えてない。」
ミグがなんだか残念な気持ちでいると、ヤシャルが引き継ぐ。
「リユカリルリノーラは星作りの神の1人、神作りの神の1人なんだよ。私達は四神として3千年前までリユカを見守ってきたんだ。当時リユカ、1国しかなかった。それがいつのまにやら…今…」
「21」
言葉に詰まるヤシャルに竜真が手助けする。
「21ヵ国か。増えたよね。原因は私達がリユカの王に助言してきたのが、ぷつりと絶えたからなんだけどさ。しかも今のリユカ帝国の王様、リユカリルリノーラの血が入ってないし…」
「リユカの王はリユカリルリノーラが最初に血を混じり作った人の子孫なのですか?」
その意外なことにミグがつい反応する。
「そうだよ。リユカの王は本当に一子相伝。1人しか産まれない子に総てを伝える。でもリユカリルリノーラの血は絶えていない。それは分かるんだ。きっとどこかにいる。けど、探すつもりもない。竜真君がいずれ旅していくうちに出会うかもしれないけど。」
ちらっと竜真を確認するとヤシャルはニヤニヤしている。
「こちらで10年、20年うろうろしてても向こうじゃさほどの時間も経っていないことだし、しばらく自由にしたらいいんじゃない?」
「…僕はこちらで年をとる?」
竜真がふと疑問に浮かんだことを述べる。
ヤシャルはさぁてと顎に手を当て、首をかしげた。
「まぁ、元々こちらでは年を取りにくいんじゃないかなぁ?私の特性の遺伝がこちらで出まくりだしぃ。魔力、体力、筋力、その他もろもろ?」
ふふふと笑う姿は確かに竜真と似ているところがあり、ミグは竜真が神子であるのかと、なんだか残念のような、嬉しいような、大興奮なような、なんだかよく分からない気分になっていた。
***
「どうせなら今夜はここに泊まってく?向こうの食材類持ってきてあげるよ?」
ふと思い出したようにヤシャルが言えば、竜真は目を輝かせた。
今日のように竜真の表情が様々にかわるのは珍しい。
ミグは竜真もヤシャルの子ではあるが、人の子なのだなと笑った。
「何笑ってるの。父さん、醤油と味噌と顆粒出汁が欲しい。出汁の観念がないのは耐えられない上に、僕のレパートリーから行くとこっちじゃ南蛮風料理しかできない。」
ミグに対して突っ込みを入れてから、5年間焦がれていた調味料をリクエストする。
「お祖父様に最高と言わしめた僕の料理…とまでは言わないけど、こちらにはない美味さの料理を食わしてやる。」
ミグに向かって、力一杯のやる気漲る宣言をする竜真にヤシャルはニヤニヤしている。
元々、料理が好きで、特に出汁。
昆布やかつおぶし、その他もろもろの出汁について、こだわり、すまし汁は亡き祖父、双衛門が美味いと褒め称えた程だった。
出汁の材料を集めなくとも、顆粒出汁があれば、この異世界で冒険者としてフラフラするには及第点だった。
「その様子じゃあ、僕の特製魔法具に入れてあげた方がいいかなぁ?」
「特製魔法具ですか?」
聞かない言葉にミグがおうむ返しに聞く。
「私の研究成果で、向こうとこちらがつながった道具入れで、向こうで足してやれば、こちらで使った分を補える。そうしたら、旅の途中で困ることはない。」
「ありがとう。」
可憐な花ような笑顔を振りまき、竜真がヤシャルに礼を言えば、ヤシャルがからかう。
竜真にとっては久しぶりの再会は、ゆっくりゆっくりと親子の団欒として過ぎていくのであった。
次は神殿、お泊り。