29.驚愕
ここをロドから書きたくてウズウズしてました。
夜明け前の早朝にニャルマー達と別れ、竜真とミグは森の中へと歩を進める。
木々の間を何事もないように進む2人だが、足元の条件は悪い。
大中小の岩や石、草木が生い茂り、虫の巣が張り巡らされ、動物の気配もあちらこちらから感じると同時に魔物の気配も感じられる。
動物が逃げないのなら、そう強いものではないのだろう。
「そろそろ村から30キロか。一休憩しようか。」
「あぁ。日頃ゆったりとしているツケに合った気分だ。」
「30キロを2時間か…」
まぁまぁのペースだなと、呟くとミグは時間を気にしている竜真の手元の時計に目をやった。
「あんまり人前で時計を出すなよ。」
「シュロウドの品だから?」
時計とは富裕層の持ち物である。
特に竜真が持っているのは、ディスキアが世界に対して誇る名工、シュロウドによる作で見る人が見れば垂涎で喉から手どころか、足まで出てしまいそうな逸品である。
上蓋には竜真がモデルをした彫り物がされており、その美しさはシュロウドでさえ、その出来具合に惚れ惚れとした自慢の一品。
高価かと問われれば、小国の国家予算並みと答えれる品だが、それを無造作に持つ竜真にとっては、ただの時計だと答えるのみだ。
時計自体が高価な品なので人前で出すなと言うミグだが、竜真があっさり言った一言に絶句した。
「シュロウドさん、1週間も絶賛しながら僕を缶詰めにして彫ってたよ。」
それはシュロウドの工房作ではなく、名工直々に作り上げたと言うこと。
ミグは背筋がぞくぞくとさせ、時計を凝視した。
「シュロウドが作ったのか?」
「うん。僕モデルの限定1品だって。」
次の瞬間、ミグは雷に撃たれたような衝撃を受けた。
―シュロウド作で…上蓋のモデルはリウマで…限定1品…
「そんなもの鍵を千個付けた金庫に入れて、誰にも見つからない場所にしまえ。」
その価値を竜真以上に把握したミグが叫んだ。
「たかが時計で大げさな」
「それ1個で戦争が起きるかもしれん名品だ。それの出所は誰にも言うなよ。」
言ったら最後、血で血を洗う恐るべき事態になるだろう。
「へぇ〜。でもシュロウドさん、銘を外側にはつけていないって言ってたし、僕がこうして使っているのが安全じゃない?」
そう言われてしまえば、ミグは頷くしかない。
竜真よりも強い“人間”はおいそれとは居ないのだから。
さらに言うなれば、竜真の装備品の全てが特注品であり、防具や武器の類も生半可な冒険者では揃えられない逸品揃い。当代の名工達が、竜真に惚れ込み作った物ばかりであった。
実を言えば、竜真はそれだけで庶民の一家が一生遊んで騒いで飲み食いしても買えないような代物で体を固めている。
「僕がこのまま売られたら、城が建つんじゃないかなあ。」
けして冗談にならない冗談である。
竜真が時計をほいっとミグに渡す。
手の中に納まった途方にないものをまざまざと見つめた。
「いい品だろ?滑らかさといい、光沢といい、文字盤の字は各種宝石を削りだし埋め込んである。」
ミグが息を飲む。
色とりどりの文字列が宝石はかなり小さく加工してある。
「凄いなぁ」
「凄いのは、シュロウドさんの熱意と執念。僕と出会ったのは、ラウラーラの事件があった時なんだけどね。森で魔物を斬った後に、水浴びしていたらさぁ、後ろから悩ましい?やましい?色めきだった気配がガンガンしてきて、振り返ったら、涎を垂らさんばかりに興奮したオジサンが1人。怖いよねぇ。いきなりモデルになってくれぇ〜って抱きついてきたから、うっかり投げちゃったんだけどさぁ。」
ミグの想像するに、かなりいい具合に投げたのではないだろうか。
以前投げられた人を見たことがあるだけに笑うに笑えない。
なんせ、投げられたのは世界に名立たる名工なのだ。
「そしたら、後ろからオジサンを探しに来た弟子が顔を真っ青だか真っ赤だか真っ白だかにして大混乱。それから熱意と執念に負けてモデルになったんだけど、食われるかと思う程の迫力だったなぁ。」
弟子も弟子で、師匠が投げられて真っ青、投げた竜真を見て真っ赤に、どうしたら良いかで真っ白になったのだろう。
名工が執着する程の美が目の前の覆面の中に詰まっている。
そんなことに妙な感動を抱きつつ、ミグは竜真に時計を返した。
***
「いよいよだね。」
「あぁ。」
竜真とミグはヤシャルの生活区域の手前まで来ていた。
竜真の懐中時計の件でミグの驚きをかっさらった竜真と興奮が覚めたミグは淡々と歩き続け、ヤシャルの神殿にあっさりと着いた。
中は他の神殿より綺麗に整えられ、ヤシャルが活動状態にあることが見えた。
「まさか、こんなに綺麗だと思わなかった。」
「本当にな。」
さていよいよ、先に覆面をとり、居住区域に向かう扉に手をかけ、開けた瞬間…
「嘘だ。」
思わず固まった。
あまりの衝撃に竜真が固まっている。
ミグも見たこともない書棚がずらりと並び、本が溢れている場所だったが、そこは竜真にとって見慣れた場所。
「あれぇ?竜真君、おかえり〜」
のんきな声が聞こえてくるが、竜真は驚きのあまり動けない。
目は見開かれ、桜色の柔らかそうな唇は間抜けに開かれている。
その唇はわなわなと震えていた。
「リウマ?」
竜真がここまで動けないのを見ないミグがのんきな声の主と竜真を交互に見る。
「父さん?」
「う〜ん。まさか竜真君がそっちから来るとは思わなかったよ。いつからそっちにいるのさ。」
優雅にお茶をしながら、竜真の顔を年相応に成長させた美形がいる。
「父さん?」
ミグは竜真の一言に訝しげに問う。
「――っ!!父さんがまさかヤシャル?」
「そうだよ。さて、ここの時間軸をいじらないと。軽く10日ぐらい経っちゃうからね。それまでそこから動かないで。入っちゃダメだよ。」
扉で固まる竜真とミグを余所に指をぱちりと一鳴らし。
その手を右から左へひらりとさせれば、ポロシャツにスラックスからこちらで一般的な装束に変わる。
黒く豊かな髪は腰まで伸び、頭には金環がはまる。
手をぱちんと打ち鳴らせば、竜真の父の書斎から王侯の執務室ような部屋に一瞬のうちに変わった。
「はい。お待たせ。今お茶出すから待っててねぇ。」
いそいそと準備に行く変貌した父に呆気にとられて、竜真は動けない。
「リウマの父親なのか?」
「…そう…らしい。」
未だ惚けている竜真が心配になってくるミグだったが、展開が展開だけに自分もどうしていいかわからない。
「ほらほら、そんなとこに居ないで入って来なよ。」
まるで近所のおじさんのように気軽に声をかけられても戸惑うばかりだ。
「竜真君、驚きすぎですよ。」
「父さん、驚かずにはいられないでしょ。」
そう言いながらも、完全にヤシャルとしての姿になった父親に少々でも慣れてきたのか、竜真が部屋に歩を進めた。
またどこからか出したのか、いつの間にやら応接セットが広げられていたが、すでに気にすることなく竜真はソファに座った。
「さて、竜真君がそっちから来たなら、きちんと出自とか語らないといけないのかな?」
「できればお願い。」
竜真も混乱しているが、ミグも混乱している。
ミグ1人がソファに座ることに躊躇していると目の前の超絶美形がにっこりと笑う。
「竜真君にお友達ができて良かった。」
「ミグ、変なことになって、ごめん」
ミグはまばゆいまでの2人の奇跡の美形を前に途方にくれた。
まさかまさかの父登場です。
事情説明はまた次回。