15.大食らいアルシュラ
アルシュラの喋り方が面倒です。
火の魔法をエネルギー源とするカンテラを片手に竜真が先導する形で内部に入り込んだ。
マリシュテンやビシャヌラと同じ様な内部に油断はせずとも足取りは確かだ。
「…」
微かな物音がして、竜真は足を止めた。物音にはミグも気が付いていて、同様に足を止める。
「ギジュー」
それは奥から駆けてきて、いきなり爪の長く伸びた前足で竜真に襲い掛かった。
竜真はカンテラを持ったまま、何時の間にやら深紅の愛剣を抜いて、真っ正面から受けて弾く。
「ギュルル」
「こんなにでかいブロルは初めて見た。」
「普通だと僕の半分の大きさだけど、僕の背より大きいとなると…単体ランクEがBぐらいになるかな。」
喋りながらも襲い掛かる巨大な鼠もどきを軽く流している竜真にブロルが徐々に苛々してきている。
前衛だからか、それとも自分より小さいからか竜真を襲うブロルに対して、ミグも愛剣を構えながら、ブロルと竜真の戦いを観察している。
「早いな…通常ブロルの2倍ぐらいか。」
「パワーもあるよ。そろそろ切っちゃっても構わない?」
「あぁ。構わない。」
ミグが観察しているのを知っていて、竜真はブロルをいなしていたが、返事をもらい竜真は襲ってくるブロルに今度は真っ正面から剣を振り下ろした。
ただ真っ正面から剣を振り下ろしただけだが、近場で見ていたミグの目にその剣先が見えていなかった。
まさしく真っ二つになったブロルを避けて、2人は先に進んだ。
***
「このあたりが居住区になるはずなんだけど。」
「そうだな。」
最奥の部屋まで後3部屋、竜真とミグはアルシュラを探してきた。
「ここにも居ないか。」
「まともな人ならいいんだけど…」
次々と扉を開けていき、とうとう最奥の部屋の前まできた。
少々の緊張感を持ち、竜真は扉をあけた。
「………うわ」
「居たのか?」
竜真が軽く驚いた表情を見せたので、ミグもその視線を追って先を見ると、部屋のど真ん中に大の字になって10歳程の少女がぐっすりと眠り込んでいた。
「アルシュラなのか?」
「だと思うけど、この展開は読めなかった。」
前の2人は起きていた。
近くに寄って様子見しても少女は眠り込んだまま、微動だにしない。
容姿は可愛らしいが、大の字で完全に口が開いていて、2人を油断させる。
「ミグ、マリシュテンと繋げてくれるか?」
「いいぞ。」
バックパックからミグが通信玉を取出し、魔力入れる間も彼女はぐっすりと眠っていた。
「マリシュテン様、お久しぶりです。」
「ミグ、久しぶり。新しいドレス出来た?」
マリシュテンは完全にミグをお抱えの針子と思っているようだった。竜真は若干呆れたように苦笑すると、ミグ越しに竜真はマリシュテンに声をかけた。
「マリシュテン、アルシュラのところに来たんだけどさ、アルシュラが起きないんだ。どうしたらいい?」
「無理よ。寝汚いのがアルシュラだもの。起きない。アルシュラの神官はまず朝一に風呂にぶち込んでたって聞いたわよ。」
ぶち込む―竜真とミグはどうするべきか目を見合わせた。
「後は、食べ物の匂いさせてみたら?三千年食べていないわけだから、垂涎かもよ。こうして話してる私の声も聞こえていないようだし」
竜真とミグはもう一度顔を見合わせた。
「食べ物か…行ってくる。ミグは鞄に香辛料入れてるよな。さっき通ったところに厨房らしきところがあったから、ミグはそっちの準備に行ってくれ。僕は水と材料を取ってくるから。」
方針が決まると、調理するミグが対象の好みの味を聞いた。
「わかった。マリシュテン様、アルシュラ様の好みは?」
「南部地方の料理よ。」
リユカ帝国の南部地方の料理を頭に思い浮べたミグが竜真に指示を出す。
「リウマ、兎を捕ってきてくれ。それとマティマティが味付けの要だから、それもよろしく。」
「あぁ。わかった。ありがとう。マリシュテン。」
返事をしてから、マリシュテンに礼を言えば、マリシュテンからは嬉々とした声が帰ってくる。
「リウマの役に立てるなら本望よ。またアルシュラが起きたら教えてちょうだい。」
マリシュテンが通信を切ってから、竜真とミグはそれぞれに部屋を出た。
***
効果抜群だった。
「いい匂いがするぅ〜」
部屋に食べ物を持ち込んだ瞬間、アルシュラが目を覚まし、料理を持つミグに突っ込んだ。
「熱いぃ〜美味いぃ〜美味しいのぉ〜」
「…」「…」
ミグからお盆ごと料理をぶんどると、アルシュラがガツガツと効果音がするような勢いで、感想を呟きながら食べている。
「おかわりぃ〜」
「ただいま」
即、空になった皿をミグに突き返すと、おかわりを要求する。
ミグはお盆を受け取ると、そそくさと部屋から出ていった。
嬉々としたアルシュラはうつらうつらとし始めた。
「えっ、待って寝ないで」
「………あんた誰?」
慌て竜真がアルシュラに声をかけた。
返事はテンションを激しく下げた不審者に対するそれ。
「リウマ=ミシマと言います。ビシャヌラ、マリシュテンの友人です。」
「変態とマリーの友達ぃ?魔物がぁ?」
「僕は魔物ではなく、人間ですが、マリシュテンの友人ですよ。」
「ふ〜ん…」
「…」「…」
会話が繋がらなくなり、無言になると、竜真は心の中でミグに早く来いと呼び掛けていた。
***
「ふぅ〜腹いっぱいぃ〜」
アルシュラの口から満足の声が聞こえたのは、ミグが厨房と部屋の間を10回往復し、竜真が5回狩りに出かけた後だった。
30人前をペロリと食べたアルシュラは眠いのぉと、語尾を伸ばしつつ、再びうとうととし始めると、竜真とミグは急いでマリシュテンを呼び出した。
「リウマ、ミグ、待ってたわよ。アル、寝ないでちょうだい。」
「あぁ、マリーだぁ。」
アルシュラの性格を知っているマリシュテンの反応は早く、アルシュラが起きる前のように2人の相手はしない。
「アル、今、私の友達がそこに居ると思うんだけど」
「うん。いるよぉ。おっきいのぉとぉ、ちっちゃいの。ご飯食べたのぉ。」
ちっちゃいのとおっきいのは、竜真達には禁句だが、ズバリと言うアルシュラに対しては憎めず、竜真とミグが困ったように目で会話すると、明け透けに言う友人にマリシュテンが絶句した。
「………ミグにでも作らせたのね。…リウマ、ズルいわよ。次に会ったら、ミグの料理だからね。」
「僕じゃなくて、ミグに言いなよ。」
マリシュテンの八つ当たりが飛んできたところで、竜真はここぞとばかりにマリシュテンとアルの間に入る。
「アルシュラ、マリシュテンといつでもお話したい?」
「変態はともかくぅ、マリシュテンとはぁ、いつまでもおしゃべりしたいわぁ。だって、お馬鹿さんがぁ、神殿をぉ、ふぅーいんしたから、アル暇で暇でつまらないんだもん。」
竜真はミグから通信玉を受け取り、アルシュラの脇に置く。
「じゃあ、ここにコレ置いとくんだけど、使い方は少し魔力を入れて、話したい相手を思い浮かべてもらえれば、それだけでいいからね。」
竜真はミグと視線を合わせると、マリシュテンとの接続を切った。
「こぉ?」
「上手、上手。」
アルシュラの手元からマリシュテンの非難の声が上がる。
「いきなり、切らないでちょうだい。あら、アルからなのね。私も嬉しいわ。」
こうして、始まった女達の会話についていけない竜真とミグはそっと部屋から出たのだった。
逃げました。
はい、女の会話の間に入るような不粋はしませんよ。
「マリー、あの小さいの食べたでしょ?」
「アル、食べたじゃなくて、食べられたのよ。」
なんて下世話な会話には入れませんよね?逃げますよね?