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「忙しい奴だね」
そう言い捨てるのは竜真。
この五日というもの時に爆発し、時に凍り、時に生え、時に溶け、周りを……竜真をハラハラドキドキさせながら魔術を学んだのはイナザである。
その度に竜真は頭を抱えながらイナザを治療していった。
結局、イナザが一番まともに使えるようになったのは治癒だろうか。
しかし、その治癒でさえ一番魔術適正が低いバレイラよりも拙かった。
「にしても……蛸足が生えるの? なんで右腕が蛸で左腕が薔薇なの? ……しばらくそのままで賢者様方を呼んだから。きっと喜ぶよ。僕はどうしたらこうなるのか理解できないよ。三人と同じように教えたんだけどさぁ」
机に片手で頬杖をついて竜真は残る片手をゆらゆらと揺らす。
いや、手を振られても……とイナザが思っていると教室の扉が開いた。
「なんですかソレ! どうしたらそうなるのでしょう。リウマ君。どうやったんですか」
「見たことないです。新たな才能でしょうか」
土のディアータと水のクリシュナが入ってきた。
二人ともイナザに釘付けである。
「この前解析をお願いされた呪物もそうとうでしたが、これはこれで……どう治療しましょうか」
シンの治療にあたって、風のフューリ、土のディアータ、水のクリシュナの三人が係わっていた。
イナザの現状に手を上げた竜真はディアータとクリシュナに助けを頼んだのだ。
「ディー。どう考えますか? 呪なのか、それとも水の領域なのか……」
「シュナ。呪でもありそうですよね。イナザ君でしたか。脱いでください。あ、脱げないようでしたら切ってもいいでしょうか」
二人に囲まれてイナザはタジタジだ。
「シン」
竜真が一声かけてシンは悟ったようだ。早々にバレイラと教室から出て行った。
「蛸と薔薇じゃ難しいでしょうね」
どこから持ってきたのか竜真の手には裁ちバサミ。
「ちょ、まっ、腕だけじゃ」
「腕だけでもとは思ったのですが、あなたの魔術の失敗率とその内容が異様なものであるとリウマさんが判断した以上、何らかの要因が体のどこかにないとも限らないのではと言う話になりまして」
「リウマ君のその手の判断は遺跡の呪いを受けたりしている連中で鍛えられていますから信用できるかなと思えましたので。はい。脱いで」
「ちょっとまてぇーーーー」
チョキチョキと裁ちバサミが動いていく。イナザはチョキチョキと近づいてくる音の恐ろしさにピクリとも動けない。
じきに上半身が露わになり、あっという間に下半身も晒される。
「ありました。これは全裸ではないと気がつきませんね」
「相当恨まれていないとここまでのは」
「うわぁ。これひどいね。でもイナザの前歴が前歴だからあり得るよね」
「へぇ。これが呪いの印ですか」
クリシュナ、ディアータ、竜真が順に感想を述べ、ロイは初めて見るものに感心している。
「もういいよ。これでも巻いておいて。男のケツなんて長くマジマジと見たくないから」
竜真はどこからか出した布をイナザに投げた。
それを巻いてどこかしら安堵したのかため息をついたイナザ。興味津々な賢者達がイナザの呪いについて持論を展開していく。
「魔法を歪めているのでしょうか」
「そうですね。障害と言うよりも術の効果を歪めていると言うのが正解な気がします」
「これつけたの一人ではないですね」
「少なくとも三人程の気配を感じます」
「解呪と言うよりも軽減ぐらいでいいですよ。これを完全に排除したら恨みを更に買いそうな気がします」
「リウマ君がそう言うのであれば、軽減できるか試してみましょう。さて、それには研究室には足りない材料が少々……リウマ君」
「ディアータ様、何を採取してきましょうか」
「リヒリヒの実、アザナの花、ブリリヒの肝臓とセジュの爪、ケルイウの根。この前学生が枯らしてくれましてね。私の薬草園が見事にボロボロになりました。ついでにジウの葉とマリフの葉とイチキの蕾も欲しいです。できたら全て丸ごと手に入れて薬草園に寄付してください」
「ディー……」
「ディアータ様」
クリシュナと竜馬の視線が生ぬるい。
「仕方ないではありませんか! どれも入手困難なために薬草園で栽培していたのにも関わらず、いらないと言うのに押し付けられた女学生がいとも簡単に一夜にして薬草園を壊滅させるのですから! 彼女の頭は沸いています。なぜあのような学生がこの塔に入れて、男性講師、生徒諸君にちやほやとされているのか、私には一切理解できません。賢者をなんだとなんだと思っているのやら」
「あぁ……彼女ね。私も嫌いですよ。ただこの国の王子とその側近が入れ込んでいるらしく事務局も頭を抱えているとか」
どうやら現在の叡智の塔では何かが起こっているようだった。
「承知しました。ロイ、バレイラとシンを連れてきて旅したくをするよ。イナザはお二人にお預けします」
「そうそうリウマ君。彼、このままでいくと半年で死ぬから早めに採取してきてくださいね」
竜真が頭を下げるとディアータが爆弾を投下する。
想像以上に時間はなさそうだった。