111.珍事件
「さて体調が良くなった事だし後のことを話そうか」
シンが意識を取り戻して十日程経った頃、竜真は朝食を囲みながら唐突に口を開く。
シンはそろそろ床上げといったところ。今回の件でのダメージはそうそうに抜けないものだった。やっと体を動かせるようになったシン。
「ここに来た目的は叡知の塔で勉強する事だったね。最初の予定では賢者様方の今期の導師への初回講義に間に合う予定だったけど、現状間に合わないので僕が講義する事にしました。テキストは塔から借りうけてきたので安心してね。何か質問がある人挙手してぇ!」
「リウマさん。ロイは魔術使いだからいいんだ。俺やバレイラ、イナザさんも講義うけるの?」
「もちろん。勉強はしておけば必ず役に立つものだからね。絶対に役立たない勉強はないよ。それに今までだって得意不得意あっても皆に覚えさせたじゃないか」
「俺に素養はないんだが」
「素養がなくても必ず為になるから勉強しよう」
イナザは少し不満そうな顔をしていたが最終的には納得した。シンはイナザのその様子を見て、イナザの変化にうれしく思う。
「でだ。君たちは魔術の基礎は覚えているかな?」
ロイははっきりと頷いたが、シンとバレイラは曖昧な笑みを浮かべていた。どうやら自分には関係ないことだと聞き流していたらしい。イナザに至っては真面目に首を振っていた。
「……ロイ。君には復習も込みでシンとバレイラの二人に教えてもらう。そうだなぁ。僕が教えたことを五日で叩き込んでくれるかな?」
ロイの顔色がさぁーっと青くなった。
それを見て他の三人の顔も青くなる。
竜真はいつも通りの麗しい笑みを浮かべていた。それこそファン垂涎の笑みを浮かべているが、竜真がイナザを除く二人に教育した内容を短期間で叩き込めという無茶ぶりの指示にロイは青くなった。
「ロイ。そんなに固まらないでくれる? ……そんなロイ君に便利用品をあげよう」
竜真は自分のバッグから五枚つづり四人分の紙をロイに渡した。
「これは?」
「試験用紙」
「試験用紙?」
「試験?」
「しけん?」
「私見?」
「イナザだけニュアンスがおかしいね。そう。試験。三人がどこまで覚えているかって目安があれば、どこを教えてどこの手を抜けばいいかわかるわけ。これは魔術師が魔導士になるための試験問題に近いから、これだけできていたら叡智の塔で賢者様達の講義を受けれるだけの素養はあるってことだね」
竜真の一人楽しそうな様子等四人には目に入らない。
ロイは嬉しそうに他三人は心底嫌そうな顔をしていた。
「シン。紅砂の入団条件覚えているよね?」
「はい。頑張ります!!」
シンの青い顔が興奮に紅潮していく。
「バレイラ。脳筋と言われるのはイヤデショ?」
「嫌。絶対に嫌。頑張ります」
竜真に煽られて、バレイラはハッとして答えた。NO脳筋。
「イナザは僕が叩き込むから死なないでね」
「俺だけ!」
竜真に肩を叩かれたイナザは顔面蒼白だ。ただロイだけは羨ましそうな顔でイナザと竜真を見ていた。
***
「リウマさん」
「どうしたの?」
ロイはシンとバレイラが躓く場所の教え方について聞きに来た。ここは叡智の塔の一室。賢者達の力で教室の一室を借りていた。ロイが来た方を向けばシンとバレイラが片手を額にお揃いの格好で悩んでいるようだった。気の合う兄妹である。
ロイと竜真が三人に教え始めてから早三日。すでにイナザの頭から煙が出ていて、口からは何かが立ち上る。
「わっ! イナザ! 消火消火」
竜真がロイに気を取られた一瞬にイナザは失敗をしたらしい。
竜真は文字通り水をかけてイナザを鎮火し、治癒をかけて癒す。
「ビックリした。何をしたらそんなになっちゃうのさ」
中々ない事故っぷりである。
「お」
「お?」
イナザが目を見開いている。
「驚いた」
「僕も驚いた」
竜真が脱力して笑うとイナザがじわりじわりと可笑しくなったのか大声で笑いだした。
「爆発した」
「爆発したね」
「口と頭から煙が出た」
「少し火もついていたね」
「こんなことも起きるのか」
「めったにないけどね」
「魔術はすごいな」
「ぼくもはじめてのけいけんだよ」
何やら感動したらしいイナザが笑いながらその胸の内をぽろぽろと零していく。
竜真が合の手を入れながら脱力していると、それに気が付いたシンとバレイラが寄ってきた。
「リウマさんどうしたの?」
「イナザさんがびしょ濡れだよ」
「ははっ。ハハハ。シン、バレイラ、すごいよ」
「ロイ? どうしたの?」
イナザにつられるようにして笑うロイ。珍しく全開の笑顔で笑うロイに戸惑うシンとバレイラが何が何だかわからないと脱力中の竜真を見る。
「イナザが頭と口から煙出して燃えそうだったから慌てて水かけて鎮火したんだよ。……文字にして口から出しても珍事件だよね。とりあえずイナザは大丈夫だからロイ、二人は何に躓いているのか教えてくれるかな?」
「あ、そうだ。派生で氷と雷とあるのですが、氷と雷の原理について――」
なんとか一年過ぎる前に