104.レンタルは有料です
リオラナは胸に決めた。
細みの筋肉質な見事な体躯で、声は穏やか。
そしてあの麗しい顔。まるで美の神が舞い降りたかのような、愛らしい姫とも思ったが、自分を助けてくれたのは、その顔を裏切るような見事な男性だった。
囚われの姫を助けるその男に惹かれるなと言う方が無理なのだ。
同じように浚われてきた少女達と共に苦行を強いられて、疲弊し、父に申し訳が立たないと涙していたあの日に終止符を打ったのは怪しげな覆面の若いと思われる男だった。
彼はすぐに私達の姿を確認すると、シーツを被せて体を隠すすべを与えてくれ、救出してくれた。
父に家族に申し訳ないことをした。
あんなに軽々しく町に出なければ、こんなことは起きなかったのに。
でも、救出された。まだ、私は無事だ。だから。
あの人を諦めない。
絶対に諦めてなんかやるものか。
「リウマ様。お慕いしております」
リオラナは口元に扇を当ててクスリと笑った。
***
ベルツ侯爵令嬢を侯爵邸へと送り届け、竜真はこっそり登城し、これまたこっそりと国王ザグルブレムに面会した。これを不法侵入と言う。
竜真が国王の執務室にふらりと現れたのは、ザグルブレムが昼食を終え、一人でひたすら書類とにらめっこしていた時だった。
次の書類へ手を伸ばすのに、ふとザグルブレムが顔をあげてみた。
「執務中失礼いたします」
「う」
危なく声を張り上げそうになったザグルブレムは、声を押し殺し、書類を机の上に置いた。
「リウマ殿、お久しぶりにございます」
国王の目の前には全身をあらゆる赤でコーディネートした覆面の男が最上級礼をしているのだ。
「愚息が大変お世話になっております。どうぞ、礼を解いてください。そちらへ掛けて話しましょう」
ザグルブレムに促され、竜真は応接セットがある方へと歩を進める。
二人が座り、寛いだ姿勢になるとザグルブレムが話を促した。
「本日はこの前の案件でしょうか?」
ザグルブレムがこんなにも丁寧な口調で話すのは他国の王族や各ギルドのトップぐらいだが、竜真は1stである。1stとはある意味トップだ。どんな国の王族であっても1stに喧嘩を売ろうなどと言うものはまず居ない。
そして竜真も礼をもって王族への敬意をあらわにしていた。これも互いの立ち位置を違えないようにするためのものだ。
ザグルブレムが口に出したこの前の案件とは、白黒の密偵たちが竜真の使いとしてきた件だった。
「えぇ。事件を解決した報告書を提出にきました。これをもって、この国の貴族、官僚達の粛清の足掛かりにしていただければと思います。この国の盗賊ギルドから闇が少しは晴れました。盗賊ギルドも影ぐらいなら良いのですが、大きすぎる闇は政治と関わりあいになりやすい。良い御代を。陛下」
「リウマ殿。かたじけない」
実際、側妃とその実家、それに関わる貴族、商人のやりようには王も頭を痛めていたところで、竜真の今回の件は渡りに船だった。
「私とてこの国に籍を置くものであり、私にも養い子ができました。子育てに危険なものは排除してしまいたいのも親としての心情と言うものです」
「大変優秀な方々だとか」
「えぇ、才能ある子達です」
「それは頼もしいですね」
ハハハと軽やかな笑いが出そうなやりとりではあるが、竜真とザグルブレムの持つ雰囲気はそこまで軽くはない。
「私は本来こういった国への関与はしておりませんが、今回は特別です。依頼の延長線上、あの組織を潰すことになった。それだけのこと」
ザグルブレムはふーと息を吐くと、膝に肘を立てて、顔を覆う。そして、何かを切り替えたように面を上げた。
「あなたにとってはそれだけのこと。だが、私どもには大逆転へ至る道への大きな鍵だ。これでこの国の鬱陶しい腐った部分の大半は処分できるというもの。外部と内部の調整のために二妃を娶ったが、中枢の腐敗を促進させてしまった」
「この国は建国百五十年を迎え、陛下で五代目。どの国でも腐敗は起こりうることで、国の体制が長ければ長いほど、腐りやすくなるものですよ。それはもう、早ければ建国五年もすれば国は熟れて腐り始めるものなのですよ」
「それもそうだな。私の時代で少し綺麗になればいいのだが」
「私はこれ以上協力はできかねますと言いたいところですが、陛下に部下を貸すぐらいの協力はしましょうか。クロイ、シロイ」
目に見えて残念といった表情をされ、竜真は苦笑して部下を呼び出した。
そして、その二人はどこからともなく現れた。白と黒の一対の二人はザグルブレムもあったことのある二人だ。
「これらはシロイとクロイと言う私の部下です。陛下の直属としてお貸ししますよ。で、タダとなると陛下も不安でしょう。あぁ、もちろん有料ですが彼らは有能です。そうですねぇ……このぐらいでどうでしょうか」
竜真は指を二本立てた。
「一人百か?」
「破格値ですよ。この二人は幹部会の一角ですから」
「――それは……よいのか?」
「えぇ。ご自由に使っていただければ。シロクロ、これからのことは僕に報告はしなくていい。陛下の耳目と手足となれ。もちろん紅砂への報告も不要だよ。契約は粛清終了までとし、契約後、君らがお願いしてきていた。あそこへの探索を許可することにしようか」
ザグルブレムに微笑んだ後、二人に顔を向けた。
「ほぇぇぇぇ!」
「ホントですか? ボス」
「ただし遺跡を少しでも欠けさせたら……」
「大事な大事な遺産をそんなことするわけないじゃないですか! これで論文が進む! 次の学会であのルムレムルの連中の先を一歩行ける!」
「これで謎が解けますのね」
普段の間延びした口調がキャラクター崩壊して餌に群がる動物のように二人が群がる。
この二人は紅砂きっての遺跡調査研究のトップで、盗賊ギルド内でも有数の遺跡発掘団ルムレムルとライバル関係にある。
遺跡発掘は盗賊ギルドの表の顔であり、このシロイクロイコンビも紅砂の表の顔役ではあるはずなのだが、研究にかかわっていない状態ではあまりの喋り方で表にはまったくと言っていいほど出てこない。冒険者ギルドでもAランクであることから、この二人が実力者であることも変わりない。
「こんな二人ですが、紅砂きっての頭脳派で実力は数字持ち相当ではあります」
「そ、そうか。ではありがたくお借りしよう。費用は紅砂にでよろしいかな?」
「最近、孤児院を増設したので費用を少しでもと思いましてね。ありがとうございます」
「ふむ。我が国でも孤児院はあるが、梃入れをせねばなるまいよ。ではリウマ殿」
「陛下、是非こき使ってやってください」
リウマとザグルブレムは固い握手を持って契約締結。
「シロイとクロイと言ったな。よろしく頼む」
「はぁーい」
「ごめいれぇえだもん。がんばるよぉー」
遺跡が絡まないテンションでの返事に握手を解いた竜真は眉間を揉み解すようにしてダメ息をついた。
***
国王との密談直前のことリオラナをベルツ侯爵邸へと竜真は送り届けた。
その後、侯爵邸はすぐに辞して国王の元へと向かったのだが、宿へと帰宅した竜真を待っていたのは、シン・バレイラ・ロイ・イナザの一行と送り届けたはずのリオラナであった。
「シン?」
「そのお嬢様、すぐ戻ってきましたよ」
その眼はまたタラシてと言っている。
――断じてタラシた覚えはない!
「しつこい! 離れろ!」
竜真は腕に掴まり離れない少女に手荒に扱えない存在に苛立っていた。それも竜真をよく知る存在なら傍に近寄りたくない程度に苛立っていた。
普段通りなら「離してくれませんか?」や「離してね?」と言う口調から見ても苛立ちがよくよく見て取れる。
巻き髪をツインテールにしたその少女は私のものは私のもの。あなただって私のものと言わんばかりで、傍に居る従者はオロオロと戸惑っていた。
「申し訳ございません」と何度も繰り返し謝る従者に「謝るぐらいなら、さっさとこのご令嬢を連れて帰って下さい。迷惑です」
きっぱりと言い切る竜真に従者は更に申し訳なさそうに頭を下げた。
「リオラナ嬢、早く帰りなさい」
「嫌です。この身をあなたに捧げるまでは帰れません。あんな事件に巻き込まれたのです。今度はそれに上乗せされるようなことが起きなければ、私は社交界に帰れません」
竜真は空を仰ぎ見るように天井を見た。遠い目をしてブツブツと呟く。
「……アオイとキイロイに連絡して、しばらくの間リオラナ嬢の身辺を綺麗にすることに専念するように伝えて。それと、1stの事件の後処理までさせてすまないと」
カタリとどこからか音がすると、竜真はリオラナを見た。
「大丈夫です。表裏、どこからも探れないほど貴女の身辺は綺麗さっぱりにさせていただきます。本当はここまでアフターケアすることはないのですが、貴女と関係を持つことはできませんゆえ。シン、ロイ、リオラナ嬢を送ってくれるかな?」
リオラナに一切の口を挟ませない。
「さあ」
言葉はきついものではないが、その態度は一切の拒絶。それをイナザは不思議な気持ちで見ていた。それを読んだかのように竜真はイナザに顔を向けた。その目には「まだ言うな」とうつっていた。
竜真の態度を見てシンとロイが動く。
「失礼します」
「お家へ帰りましょうか」
リオラナをエスコートするようにして部屋から出ろとばかりに誘導すると、リオラナも何も言えなくなり観念したかと思える顔で部屋から出た。