100.ふざけているわけではなく
「……まずいよロイ」
「本当にまずいね」
後ろ手に縛られ、二人は困惑していた。
「ランクA、ロイとバレイラ……1stのリウマの養い子です。」
「ほぉ。良い顔をしている。いい売り物になりそぅではないか」
目の前には品定めする色白で痩身な壮年の男と恰幅の良い男、そして鷲目と言うか猛禽類を思わせる目付きの悪い男。
痩身の男に恰幅の良い男と鷲目の男が付き従っている。
ロイとバレイラは一緒に依頼を受けていた。そして依頼を完遂しギルドから出た後のことだった。
痩身の男に付き従う鷲目の男が話し掛けてきたのだ。
鷲目の男はロイとバレイラに依頼を持ちかけてきたのだが、「僕らへの依頼ならギルドを通してください」と、そう言ってロイが突っぱねた。
すると、いきなり多方面から攻撃が加えられロイとバレイラは捕まってしまったのだった。
「ディアージャロウ様、密偵が帰って参りました」
そこへ第四の人物が現れた。密偵を統括する幹部であるアビーだ。
金髪に碧眼、唇を潤わせた癒し系の美女でたれ目の狸顔だが、漂う色香はリーシャより上だ。
「アビー……」
痩身の男、ディアージャロウに垂れ、肢体を押し付け、ぷくりと膨らむ唇をディアージャロウの耳に近付けて囁く。
「ディアージャロウ様、密偵が一人帰って来ませんでしたわ」
「誰だ」
「カリーアです」
「……――そうか」
感情を出さないディアージャロウにアビーは小さくつれない男と呟く。
「カリーアはディアージャロウ様の調教を受けている者の一人ですから大丈夫ですわ」
「……バレイラさん、ロイさん。1stのリウマは調教が得意と聞き及びますが、彼の腕前はどうでしょうか?」
ディアージャロウが穏やかな口調でバレイラとロイに尋ねる。
「そういったことは僕らには早いそうです」
「まぁ、あの紅砂の頭がそんなことを?」
ロイの冷たい声の返しにアビーが鼻で笑う。
「アビー。止しなさい」
――穏やかだけど薄ら寒い。
それがディアージャロウの声を聞き、姿を見たバレイラの感想だった。そしてロイは気持ち悪いほどに目に感情が浮かばない男だと判断した。
「君らを客人としてもてなそう。……1stのリウマを誘きだす餌としてね。ガジン、ザギャリ、アビー。これからロベルの宵闇盗賊団は臨戦態勢に入る。相手は狼と紅砂だ。抜かるなよ」
「はっ」
「ガジン、バレイラさんとロイさんに食事を“特別室”へ招待して差し上げなさい。ザギャリは城からの客の案内を。そろそろ到着される時間だ。アビー、私の道具一式を特別室へ。マリーナ、ヤルナ、ベツイナ、タナーニャ嬢も連れてきなさい。さて二人には手伝っていただこうかな。あぁ、食事も特別室で食べようか。うちの料理人の腕はなかなかのものだよ」
ディアージャロウの唇の端に浮かぶ嘲りにロイとバレイラの背に寒気が走った。
二人に浮かぶ緊張を心地よさそうに受けディアージャロウは部屋からコツリコツリと不気味な足音をさせ出ていった。
***
「さてすっきりしたことだし、次の展開を考えようか」
本人が言ったように、あからさまにスッキリ顔の竜真を三者三様にリベラルラウ達は出迎えた。と言っても竜真は相変わらずの覆面なのだが。
竜真が話ながらリベラルラウの近くまで来る。
「今、僕の手元にはカードが少ないからね。とりあえず王太子殿下に文と……シロイとクロイ、ムラサキを呼び寄せるとして……シンロイ、バレイラ、イナザを確保しておかないとまずいかなぁー……ディアージャロウは狡猾だから後手に回るとキツいんだよね……で、アカイは何でそこにいるのかな?」
「またっ」
竜真の何やら不穏な眼差しにリベラルラウが振り向くと、そこには竜真の部下がそこでニヘラと笑って手を振っていた。
いつの間にか侵入しているアカイにリベラルラウはもちろんのことガイナックもゼフラーも驚きを隠せない。
「エロんエロんなリウマ様を鑑賞しなくてぇ何がお付きですか!でもってご報告ですー。バレイラちゃん、ロイくん、共に攫われちゃいました」
漫画的に言うとテヘッと効果音が付きそうな、しかし青ざめた笑顔を浮かべたアカイがリベラルラウの影に隠れるように竜真を見ていた。
「でも、でもシンくんとイナザさんは確保しましたぁ。ご安心を!」
「安心できるか馬鹿が!」
竜真の稀な叫びと共にリベラルラウの後ろに居たはずのアカイが竜真の前に鞭に簀巻きにされて芋虫のようにうごうごしている。
「……」
リベラルラウ達の驚きの沈黙に竜真の怒りの沈黙が上乗せされる。
「器用だな」
「まったくです」
「なるほど、この腕前か」
「いやん。リウマ様のえっちぃーっつうわったっぃて!」
竜真の額に人知れず怒りの交差点が浮かび、アカイが宙に浮いた。
「で、アカイ。助けだせるよね? もちろん、助けだせるよね?」
「おあ!っても今、囚われのお嬢ちゃん達とぉ、一緒にぃ、調教部屋でお食事時間で手を出すのは危険でちょっと無理ぃ」
鞭から解放されゴロゴロと転がりながら返事をするアカイもアカイだが、それを見ても何とも思っていないはおろか、アカイに次々と指示を出していく竜真。
そんな主従をリベラルラウ組は唖然と見物している。
「………………そうか。じゃあシロイ、クロイ、ムラサキを呼び出し、ムラサキを筆頭にシンとイナザの護衛。バレずに通常通りに生活させて。アカイは何人か連れてロイとバレイラ担当。向こうに落ちるか殺されるか下手な状況になったら強制介入しろ。またはロイとバレイラが自力で脱出出来そうなら少しだけ補助してやれ……シロイ、クロイは僕の手足にする。……僕は……リベラルラウ、暫くよろしくね?」
リベラルラウは何かを諦めたように首を縦に振った。
「ラウ様……」
「あんなんばっかな盗賊団に勝とうと思うのが無理な話だな」
「まったくだ」
まるで喜劇を見ているかのような主従だが、竜真からして、アカイにしても能力の高さはピカ一なのだ。ただ紅砂とは奇人変人の集まりであると竜真が言う通りの集団で組織である。
「……ガイナック。リウマさんの両サイドに人が増えてるのは気のせいか」
「気のせいではないと思います」
遠い目をしたリベラルラウに同じく遠い目をしたガイナックが答える。アカイが消えて僅かな時間しか経っていないにもかかわらず、竜真の脇には白い衣裳の男の子と黒い衣裳の女の子が両サイドから竜真にしがみつくように立っていた。