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04-キス




【前書き】

開いてくださりありがとうございます。

そしていつも、リアクション・ブックマーク・コメントをいただきありがとうございます。

少しでもこの小説を楽しんでくださいませ。





 四日目から本格的な魔法の訓練が始まった。

 午前中は魔力への慣れと流れを掴むためにヴァニタスに抱えられながら魔力を流され続け、午後はヴァドルが訓練所まで来てくれて嵐属性が扱える魔法のレクチャーというスケジュールである。

 未だにヴァニタスに魔力を流されると、ヴァニタスに包まれているような感覚に陥り本当に訓練になっているのか正直不安なところではある。ただでさえ魔力を流されると抱かれている感覚になるというのに、訓練中は常に抱きかかえられている。さらに言えばその状態を他の騎士たちに見られているとなれば恥ずかしさは三倍となり、なかなか集中できないでいた。

 午後の訓練はヴァニタスとは離れ、ヴァドルが訓練を付けてくれている。ヴァニタスはあまりいい表情はしていないが、「にぃさんが僕を呼んだんだろ!」と正論を言われ渋々別の仕事へと向かっていった。

 近衛騎士騎士団長である前にヴァニタスはこの国の第一王子なのだ。この3日間はほぼ御城に付きっきりだったからか、公務が溜まっているらしく、おそらく別の仕事とは騎士の仕事ではなく第一王子としての仕事に向かったのだろう。かなり大変そうだ。


 「ヴァドルさんはヴァニタスと仲がいいんですね。」


 「...そう見える?」


 「えぇ。むしろヴァドルさんがヴァニタスを慕っているように見えます。

 そうじゃなきゃ”にぃさん”なんて呼び方されないかと。」


 「あははっ。そうだね。うん...そうかも。

 でも仲がいいわけではないよ。僕が一方的ににぃさんのことが好きなんだ。」


 「...それって」


 「あ!変な意味じゃないよ。勘違いしないで。

 そうだな...尊敬って言ったほうがいいかな。にぃさんは本当にすごいんだよ。

 何から話そうか。まずは剣術だよね。近衛騎士の騎士団長に上り詰めただけはあるよ。あの見えない太刀筋は誰しもを魅了するよ。魔法だってすごいんだ。にぃさんは炎属性なんだけど、火力の調整がうまいんだよ!それでね...」


 兄であるヴァニタスのことを想うヴァドルの表情は優しく微笑み、その情熱を持って今にも御城にヴァニタスのここがすごい!をプレゼンしそうな勢いだ。いやすでにプレゼンされている。


 「そういう聖人様はにぃさんのことどう思ってるの?」


 「...その聖人様って言うのは止めてください。」


 「そう?ならカエ...いや、ゴジョー様かな。

 それで?にぃさんのこと、どう思ってるんですか?」


 「どうって...とても良くしてもらっていると思います。」


 「...それだけ?それかわざと?」


 「正直よくわかってない。って言うのが本音ですかね。

 今日でまだ4日しかたってないんです。初日からの変わりようとか、甘やかしてくる感じとかどんなふうに捉えればいいかわからないです。」


 「変わりよう?」


 「召喚されたときは、かなり嫌われてた印象でした。

 暴言がひどいと言うよりかは、俺の存在自体が気に食わないって感じで。ゴミでも見るような視線でしたし、男が召喚されたのがよっぽど気に食わなかったんだろうなと思っていたんです。

 でも二日目以降ですかね。朝練しているヴァニタスを見かけたときに手を降ってきたり、俺にパンを買ってきてくれたり、やたらと甘やかしてくると言うか。」


 「へぇ、あのにぃさんがねぇ。そっかそっか。」とヴァニタスは不敵な笑みを浮かべていた。その後続けるように御城に対して意見を言う。


 「初日はね、たぶんどんな感じで接したらいいか分からなかったんだと思うよ。


 (人と好きになったのなんてにぃさんは初めてだと思うし。

 それも一目惚れならなおさらじゃないかな。

 ...なんて僕が言わないほうがいいよね。)


 ゴジョー様さえ良ければ、甘やかされててほしいな。」


 「...なにかお返しはできないですかね?

 俺だけいい思いするのは、良くない気がして...」


 「そっか。なら魔法をいち早く覚えることが今できるお返しなんじゃない?」


 「そう...ですね。

 ヴァドルさん、改めてよろしくお願いします。」


 御城は改めて頭を下げヴァドルに魔法の教えを請う。それに「うん、よろしく。」と軽く挨拶を交わす。

 頭を下げた御城はその時、忘れていたことを思い出した。

 ヴァニタスにした質問の回答って結局もらえてないんだよな。魔法の訓練に入る前に魔法研究所所長であるヴァドルに聞くのが一番良いのではないかと思い、聞いてみる。


 「ヴァドルさん、訓練に入る前に質問いいですか?

 2つありまして、ヴァニタスに聞いたんですけど答えを聞く前に色々ありまして。」


 「うん、いいよ」


 「1つ目、召喚者は2つの属性を扱うことができ、そのうち1つは聖属性ということを聞きました。昨日魔法属性の確認のため本の形を模した機械に触れたとき”嵐属性”のページが開きました。

 俺が本当に聖人であれば”聖属性”のページも開いたはずだと思うんです。

 聖属性のページが開かなかったということは俺はやっぱり聖人ではないんじゃないでしょうか?」


 それを聞いたヴァドルは「あぁ〜」と唸った後、答えづらそうに御城に説明をした。


 「えっと、聖属性は発動条件があるんだよね。

 だからただ魔力を機械に流すだけじゃ属性判定はされないんだよ。」


 「発動条件...?」


 「そう、発動条件。

 聖属性の魔力を使うためには、その発動条件が必要みたいなんだけど、詳細な発動条件はわからないんだよね。

 召喚者以外にももちろん聖属性魔法を扱える人間は他にもいるんだけど、その発動条件はすべてバラバラなんだよ。」


 「発動条件がバラバラというのはどういうことですか?」


 「よくわかってないんだよね。

 人によっては”幸福を感じているとき”であったり、”心から傷を癒やしたいと感じているとき”など様々なんですよ。

 そのため、その条件整っていないと魔法属性の機械は聖属性のページを開くことはないんですよ。」


 「なるほど...理解できました。ありがとうございます。

 では今後はその俺にあった発動条件を見つけることが第一優先ってことですね。」


 御城は自分がこの世界でやるべきことが明確にわかり一安心した。

 ずっと和菓子で人を笑顔にするという目的のために全力を尽くしていた御城にとって、国を救うという曖昧な目的は何をどうすればよいかがわからないでいた。

 それがこの世界に来て”聖属性魔法を使うための発動条件を探す”という目的を見つけたのだ。若干の不安が取り除けたと言ってよいだろう。


 「そうなります。」


 「わかりました。では2つ目の質問です。

 魔法の属性は一人につき基本的には一つと聞きました。ですが王宮でお世話をしてくれたルルーナという侍女は俺の服を”火”と”風”の魔法を使って乾かしてくれました。

 しかしこれではルルーナさんは2つの属性を使用できたことになります。つまり属性は一人につき一つではないのではないですか?」


 「いや、召喚者を除いて一人が扱える魔法属性は1つだよ。

 でもそれは扱える魔法の属性が一種類ってわけじゃないんだ。

 魔法の発動には大きく分けて3つあってね。一つは自身の魔力だけで魔法を行使する場合。これであれば扱える魔法は発動者の魔法属性の魔法しか行使はできない。二つ目はアイテムを使う場合。」


 「アイテム?」


 御城が聞き返すとヴァドルは自身の左腕の袖を捲り、左手についている指輪と腕輪を御城に見せた。

 指輪は薬指に付けているためおそらくは結婚指輪なのだろう。派手なデザインではなくシルバーを基本とし、1つの小さな青い宝石が付けられていた。

 腕輪は少し細いヴァドルの腕には一回りくらい大きく、二本で一つになるデザインのようで、一つはピンクゴールド、もう一つはレッドゴールドカラーをしている。


 「これは魔道具と呼ばれるアイテムだよ。

 これに自身の魔力を流して魔法を行使することで魔法属性を変換できるんだ。

 僕の場合はもともとが”嵐属性”でゴジョー様と一緒なんだけど、この腕輪を通すことで”陸属性”、指輪を通すことで”氷属性”へと魔法属性を変換できて、その属性の魔法を行使する事ができるんだよ。

 ルルーナだっけ?その侍女は何らかのアイテムを使って複数の魔法属性を行使できるようになっていたんだと思うよ。」


 御城はそれを聞いて複数の属性の魔法を行使できる理由に納得しつつも、ヴァドルの言葉を聞いて、新たな疑問が生まれた。


 「理解はできましたが、追加で質問いいですか?」


 「大丈夫だよ。」


 「属性を変換できるアイテムがあるのであれば、聖女や聖人を召喚せずとも”聖属性”に変換するアイテムを使って、それで魔物の脅威を取り払うことができるんじゃないですか?」


 ヴァドルは苦い顔をしながら、御城の質問に答える。


 「結論から言うとそれはできないんだ。そもそもそれができていたら召喚儀式は行っていないだろうね。

 理由は単純で、”聖属性”に変換するアイテムは存在しないんだ。

 これは先ほど伝えた通り、聖属性の魔法を扱うためには発動条件が必要になるからだよ。」


 御城は「あぁ!そうか!」と言いながら、納得したように手をたたいた。

 たとえ聖属性に変換するアイテムが存在したとしても、聖属性魔法を行使するための発動条件は人それぞれ異なるという話だった。つまり実質変換アイテムとしての意味をなしていないということ。

 納得した御城を見て、ヴァドルは続けて御城に伝える。


 「納得してくれて助かったよ。

 だからゴジョー様を召喚する必要があったんだよ。

 ごめんね。

 でも、召喚されたのがゴジョー様で本当に良かったよ。」


 ヴァドルのその言葉を聞いて、どこかで聞き覚えがあるように思えた。

 数秒間考えた後、ようやく思い出した御城はヴァドルに問いかけた。


 「それ、ヴァニタスにも言われました。召喚されたのが俺でよかったってやつ!

 ヴァニタスが言った意味とは違うと思うんですけど、ヴァドルさんのはそれどういう意味なんですか?」


 「ちなみに、にぃさんはどんな理由だったんですか?」


 ヴァドルの問いかけに対してどう答えればいいか、御城はわからないでいた。

 ヴァニタスが召喚者が俺で良かったと言ったのは、政略結婚の為とはいえ、好きではない奴と結婚したくないという理由であった。しかし国のために後継者を生む必要があるため、なんとしても女性と結婚する必要があるとも言っていた。

 だからといって想い人はないとも言っていた。

 これはヴァニタスが御城に言ったことであって、ヴァドルに対して言ったわけではない。

 いくら血のつながっている兄弟とはいえ、知られたくないこともあるはず。そう考えると、ヴァドルに対してどのように回答するのが正解なのかやはりわからないでいた。


 「大方、召喚されたのが女性だったら結婚しないといけなかったからとかそんなところでしょ?」

 ヴァドルは察したかのようにそういった。


 「...わかっていたんですか?」


 「そりゃね、仮にも兄弟だからね。

 にぃさんはね、本当に王位継承とか興味ないんだよ。第一王子ではあるけどたぶん廃嫡して第二王子である僕に次の王位を譲ろうと思ってるはずだよ。

 それくらいはわかるよ。」


 ヴァドルはどこか儚げな表情をしたままそういった。

 昨日現国王であるクーヴェルも孫はヴァドルが見せてくれるから好きにしろ的なことを言っていたところを見るに、クーヴェルも王位は第二王子であるヴァドルに継ぐ予定なのだろう。

 そう考えると、ヴァニタスはどういう気持ちで召喚者を待っていたのだろう。

 心が痛くなってくる。


 「ごめんね。変な話しをしちゃって。

 でもね僕はにぃさんにこそ王はふさわしいと思ってる。

 例え子を成せなかったとしても、それは今考えることじゃない。今この国に必要なのは現国王でクーヴェルとそれを支える次期国王のヴァニタスだよ。

 そこに僕は必要ない。」


 「...どうして自分は必要ないなんて言うんですか?」


 「...誰にも言わないって約束できる?

 にぃさんにも。」


 「ヴァニタスにも?

 はい...言うなと言われれば言いません。」


 「よかった。

 ...にぃさんは王位継承権から外れるために近衛騎士に入団したんだよ。

 それはにぃさんが自分は王位を継ぐに値しないと思ったから。って言うのと僕に王位を継承させるためだと僕は考えている。

 でもね、にぃさんはやろうと思えば何でもできるんだ。

 にぃさんは別に王族だから近衛騎士の騎士団長の地位を手にしたわけじゃない。純粋な剣術と誰しもがにぃさんについて行きたいと思えるほどのリーダー的素質が備わっていたからこその産物だよ。

 それは王に必要な素養だ。でも僕にはそれはない。だから次期国王はにぃさんこそふさわしいよ。」


 御城はそれを聞いて、よく理解ができないでいた。

 ヴァドルも魔法研究所所長という立場にいる。それは魔法に関する素晴らしい知識と研究心。そしてヴァニタスと同様ヴァドルについていきたいという研究員がいるからこそその地位にいるのではないのだろうか。

 だがそれをどのようにヴァドルに伝えればいいかがわからない。

 なんとかして伝えようと試みるも、その前にヴァドルが口を開いた。


 「ごめんね。今のは他言無用だよ。

 話を戻して、どうして召喚されたのがゴジョー様でよかったのかって話だけど。

 そうだね。ゴジョー様がいい人だからかな?」


 御城は話を逸らされたと感じながらも、質問の回答しようとしてくれるヴァドルの意図を組んで、御城は考えることを止めた。


 「いい人?

 俺は別にフツーですよ。」


 「いや、ゴジョー様はいい人ですよ。

 最初こそ召喚されたことに対して怒っていたみたいですけど、それもほんとに一瞬だったらしいじゃないですか。

 もし僕が同じ立場であれば、魔法で辺り一帯を消し飛ばしてたと思います。

 それに王宮側で用意した部屋に通してももっと狭い部屋がいいと言ったり、要望に答えて騎士団寮に移っても騎士団のためにご飯を作ったりされているじゃないですか。

 我々、召喚した側からしたら、もっと無理難題を言われると思っていたんです。

 部屋はもっと広くしろーとか、この国イチのイケメンと結婚させろーとか、ご飯はもっと豪華にしろーとか、それはもう色々考えていたんですよ。

 でもゴジョー様は違った。いい意味で裏切られたんですよ。

 それだけで十分いい人です。」


 「...いい人の基準が低いような気がするんですけど。」


 「そんなことないですよ。

 付けた侍女にも優しく接していただいたようですし、初日の湯浴みも間違ってにぃさんと被ったそうじゃないですか。

 あの時にぃさんヒヤヒヤしたと思いますよ。多分にぃさんにはゴジョー様の湯浴みの時間までは共有されていなかったんでしょうね。

 もし召喚者が女性だったらと考えるとにぃさんが不憫で仕方ありません。

 でもゴジョー様は何事もなかったかのようににぃさんとの湯浴みを楽しまれたとか。

 いい人以外の何者でもないですよ。」


 正直納得してしまった。

 確かに初日の湯浴みのときにヴァニタスが居たのは驚いたが、あの時に居たのが俺じゃなくて他の女性であったら第一王子兼近衛騎士騎士団長が襲ってきたと言われても弁解のしようがなかっただろう。

 そう考えると、最初の御城に対する態度が非常に冷たかった理由と言うのは召喚者が男だったからと言うわけではなく、冷たくすることで切り離していたということか。

 御城は追加で納得した。


 「...あまり俺自身を褒められることはなかったので、そんなふうに言ってもらえて嬉しいです。」


 御城は耳を赤くしてそういった。


 「あ、もう一つ答えてなかったね。魔法を行使する方法の3つ目。」


 「あぁ、そういえば。」


 「自身の魔力をそのまま使う。アイテムを使う。そして3つ目は”精霊の力を借りる”です。」


 「精霊...?」


 「そうです。

 すっごく簡単に言えば、自身の魔力を糧に自身では行使することができない魔法を精霊に行使してもらうって感じですかね。

 ただこれは精霊と契約する必要があるのでほとんどの人は行うことはできません。

 なのでこの魔法の行使のやり方は忘れていただいて大丈夫です。

 よし、すこし話しすぎてしまいましたね。そろそろ魔法の訓練を始めましょうか。」


 「そ、そうでした。

 よろしくお願いします。」


 「では、まず自身の魔力を......」



■ ■ ■ ■ ■



 気がつくとあたりは夕焼けに染まっていた。

 自身の魔力を消費して魔法を行使するのはここまで体力を消耗するなんて思っていなかったが、嫌な疲れではない。全力でスポーツに取り組んだ後の感覚に近い。

 「今日は終わりにしましょうか」とヴァドルは提案を聞き入れ、騎士団寮へ帰ろうとしたとき、御城は視線を感じた。

 その視線の方向に目を向けると、腕を組み、明らかに不機嫌なヴァニタスがそこには居た。

 組まれた腕の右手の人差し指は小刻みに震え、その目は召喚初日と同じような冷ややかな目をしていた。

 その不機嫌なヴァニタスは御城に近づき、「帰るぞ」と言い放ち御城の手を強く引っ張った。

 御城はバランスを崩しながらも、強く掴まれた腕のせいで倒れ込むこともできずヴァニタスの後ろを必死についていくことしかできないでいた。

 それを見ていたヴァドルはやれやれと言わんばかりのジェスチャーをしながら、今日も御城のご飯を食べるため、二人と距離を空けながら騎士団寮へと向かう。


 「お前は...ヴァドルのような者が好きなのか?」


 ヴァニタスは振り返ることもせず、御城へと質問を投げかける。

 表情こそ見えないが、御城は今ヴァニタスがどんな表情をしているのか想像することは容易であった。


 「え、どうしてそんなこと」


 「どうなんだ。お前はあーゆーのが好みなのか?」


 その言葉を皮切りに、ヴァニタスは更に強く御城の手を引く。御城の腕はヴァニタスの手の痕がくっきり残るほど握られ、その痛みにだんだんと手の感覚がなくなりつつあった。


 「...ヴァドルさんのことは好きだよ。」


 それを聞いた瞬間ヴァニタスは足を止めた。


 「そ、そうか...」


 ヴァニタスはそう小さく呟くと、ゆっくりと手を離していく。

 その手が完全に御城から離れる前に御城は空いている左手でヴァニタスの腕を掴む。

 それに驚きヴァニタスは御城の目を見る。


 「ヴァドルさんへの好きは、ヴァニタスが思っているものではないよ。」


 「あんなに仲良く話してたじゃないか。」


 「...俺は色んな人と仲良く話したいよ。

 そこにはヴァニタスも含まれているよ。だからもう少し待っててほしいんだけど。

 どう...かな?」


 ヴァニタスはそれを聞いて、自分の感情を抑えられなくなり御城の腕を掴み直し、自身へと抱き寄せる。そのままヴァニタスは御城の耳元で、御城にだけ聞こえる声量で話しかける。


 「それは期待していいのか?」


 御城は静かに頷く。


 「で、でも、まだわからない...

 だから時間がほしい。」


 「今はそれで十分だ。」


 ヴァドルはその空間、その空気感に耐え切れなくなり魔法を使って先に騎士団寮へと向かった。

 ヴァドルが居なくなったことを確認し、ヴァニタスは御城の額に唇を落とす。御城は何が起きたのか理解できずにいると、「早く帰ろう。早くお前のご飯が食べたい。」といい、御城を抱えて走り出した。



■ ■ ■ ■ ■



 次の日から午前中はヴァニタスと魔力の訓練を行うために過ごし、午後はヴァドルと魔法の訓練というスケジュールが本格的に始まった。その合間を見て騎士団のためのご飯や弁当を作り配布まで行う。

 そんな日々が1ヶ月ほど続いた。

 その間で御城が扱える魔法がたいぶ上達をした。ヴァドルのように自由に空を飛ぶことはできないが、木々をなぎ倒すほどの風魔法を放つことができるほどになっていた。


 「すごいね!この一ヶ月でかなり上達したよ。」


 「ありがとうございます。でも風魔法しか使えなくて。」


 「そこは気にしなくて大丈夫ですよ。

 雷魔法は風魔法の上位互換なので。」


 「上位互換?」


 「そ!そもそも属性名は”嵐属性”でしょ?

 嵐は風が強く吹いてやがて雷を落ちるでしょ?現状は風魔法をそれだけ扱えるようになれば十分だよ。」


 「なるほど...ではそろそろ詠唱魔法を教えていただきたいです。」


 「おや、積極的。

 そうだね、そろそろ詠唱も教えていいかもね。

 でもその前に、聖属性の発動条件を探りましょうか。」


 そうだ。そしてこの1ヶ月間御城は聖属性魔法を発動できないでいた。

 聖属性の発動条件は人それぞれであり、魔法訓練のときにヴァドルと共に一緒に様々な検証を行ってきてはいたが、正解の発動条件を引き当てることはできていない。

 そのことに対してヴァニタスは焦らなくても良いといつも抱きかかえられながら魔力を流されるときに耳元で囁いてくれる。

 だが、それ自体が御城にとってプレッシャーになっていた。

 このまま聖属性魔法が使えないと、御城に対するヴァニタスの想いがなくなってしまうのではないか。また召喚者としての必要価値がなくなり国外追放されるのではないか。

 そんなことばかり考えてしまう。


 「そう言えば騎士団の討伐遠征の話聞きました?」


 ヴァドルは何かを察したのだろう。

 思い出したかのように別の話しを御城に振る。


 「...討伐遠征?」


 「あら、初めて聞きました?

 てっきり、にぃさんがゴジョー様には伝えているものだと思ってました。」


 「ヴァニタスもその討伐遠征に行くんですか?」


 「そのように聞いてますよ。

 討伐遠征と言うのは、その名の通り魔物の討伐をしに遠征しに行くことをいいます。

 討伐遠征は基本的に近衛騎士と我々魔法研究所が隊を組んで討伐に向かいます。

 今回は僕は参加しないんですけど、にぃさんは参加するみたいですよ。」


 「そ、その討伐は危険なのですか?」


 「そうだね。討伐遠征には危険は付きものだよ。

 今回のはスライムの討伐だね。近隣の森で大量発生したようなんだ。」


 「スライム...ですか?

 それってどのくらい危険なんですか?」


 「まず騎士団のメイン攻撃である剣はほとんど通用しないね。

 スライムは基本的に魔法で戦う必要があるんだけど、スライムは種類に応じて効く魔法属性が異なるんだよ。


 「それってかなり大変なんじゃ...」


 御城はスライム討伐の大変さに驚きながらも、少しでもヴァニタスに役に立つためのことを考えていた。


 「その討伐遠征で俺が手伝えることはありますか?」


 「ありがとうございます。

 でも今は先に聖属性の発動条件を探るほうが優先です。

 にぃさんを想うのであれば、頑張っての一言をかけるだけでいいと思いますよ。」


 「...討伐遠征はいつからなんですか?」


 「明後日だね。

 なにかするの?」


 「そうですね...準備しようかと。」


 「準備?」



 ■ ■ ■ ■ ■



 討伐遠征は朝早くから出発するらしく、早朝から門の前で隊列を組んでいた。

 他の騎士たちの朝食を準備している間に出発されるんじゃないかと思い、急いで隊の先頭にいるヴァニタスの元に駆け寄る。


 「お前、なんでここに...?」


 「ヴァドルさんに、ヴァニタスが今日から討伐遠征って聞いてて、俺にもできることがないかって思って、それで...」


 「息が上がってるぞ。

 大丈夫か?」


 「だ、ダイジョブ。走ってきただけだから。

 それで、こ、これ!」


 そういって御城はヴァニタスに両手ほどのサイズの包みを渡した。

 その包みは弁当になっており、カツサンドとてんむすが入っていた。


 「これは?」


 「お、お弁当です。

 討伐に勝つって意味でカツサンドとてんむすが入っています。

 俺にできることは今はこれくらいしかありませんが、無事帰ってこれるように」


 御城がそう言い終える前に、ヴァニタスは御城を抱き寄せた。

 その時御城とヴァニタスを周りにいる他の騎士たちや研究員に見えないようにマントで遮ると、御城の唇は温かい何かに触れていた。

 御城は突然のことに何もできないでいると、ヴァニタスの顔が少しずつ離れていき、そこでようやく御城はヴァニタスにキスされていることに気がついた。


 「ありがとう。必ず無事で帰るよ。」


 ヴァニタスはそう言い残し、後ろにいる隊に向かって「行くぞ!」と大声で士気を高め、そのまま討伐へと馬を走らせていった。

 ヴァニタスの姿が見えなくなるまで門の前で立ち尽くしていた御城のもとにヴァドルが駆け寄る。


 「準備って...キスのこと?」


 「ちちちちちちちちちち違いますよ!

 て、いうか...見えてました?」


 「え、うん。わりとガッツリ?

 にぃさんはマントで隠そうとしたみたいだけど、まぁ見えていたよね。」


 それを聞いて御城はまわりを見渡した。

 そこにはニヤつきながら見守る待機組の騎士たちと、にこやかに頷きながら見守るクーヴェルの姿があった。

 その意味に気がついた御城は顔を真っ赤にし、大声を上げながら騎士団寮へ走り出した。


 「ゴジョー様逃げないでくださいよ!」


 「今日の昼食なんですか?」


 「どこまでいってるんですか!一緒に騎士団寮まで帰りましょうよ!」


 騎士たちは茶化しながら、走り去っていく御城を追いかける。

 騎士団寮に戻ってから部屋に閉じこもった御城は、布団を頭まで被り、まだ熱い唇をそっと撫でながらヴァニタスのことを考えていた。


 「次...どんな顔して会えばいいんだよ...。」





【後書き】

最後まで読んでいただきありがとうございます。

リアクションやブックマーク、コメントをいただけると励みになりますので、

もし気に入っていただけましたら、残して言っていただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

それではまた次のお話でお会いしましょう。

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