篝火高校の水の音
「ねぇ、知ってる?篝火高校に現れる女の子の幽霊のお話」
「え?なにそれ」
「知らないなら行ってみなよ」
「え〜。じゃあ、一緒に行こうよ」
平成の終わり、初めて篝火高校という廃校に肝試しに行った二人は行方不明となった。
以来、篝火高校は「神隠し高校」と呼ばれるようになり、誰も近づかなくなった。
◇◆◇
「えぇぇええええ!?篝火高校で肝試しぃ!?」
「うわっ!びっくりした!急に叫ばないでよ日向」
「そっ、肝試し!篝火高等学校でやるんだよ!」
私の名前は日向!
中学二年生の一般的な怪談好きな女の子!
目の前にいる子は八重!
この子は私の親友!
同じく怪談好きの中学二年生!
もう一人は怪談は少し苦手だけど、親友の鈴!
「八重ってばいつの間にそんなに度胸が有り余るようになったの〜?」
「いつか行ってみたいと思ってたんだ〜。日向と鈴とならあの廃墟にも行けると思ったんだよ〜」
「やだ照れる〜」
篝火高等学校。
昔は盛えていて、誰も廃校になるなんて思ってもいなかった。
廃校になった理由は未だ不明。
形こそ残っているものの、誰も中に入ろうとしない。
中に入った人は行方不明になり、一年ほどで戻ってくる。
その一年の間の記憶はないらしい。
神隠し高校とも呼ばれている。
廃校になったのは平成の中期らしい。
ちなみに今は令和だ。
「いつ行くの?」
「じゃあ、明日で!」
「オッケー!じゃあ明日の夜中!十一時くらいに篝火高前に集合ね!」
「勝手に話が進んでいく……」
この時の私は、自分たちの行動がどれほど愚かなことか分からなかった。
私たちは人生で一番の間違いをした。
こんな小さな出来事があれほどの恐怖を与えるなんて、誰も知らなかった。
◇◆◇
「おまたせ〜!」
「あー!日向おそ〜い!」
「こめんごめん!迷った〜!」
「遅かったね。日向は方向音痴だから仕方ないけど」
鈴が苦笑しながら言った。
私は篝火高前で五分ほど遅れて合流した。
珍しいな。
八重は少しでも遅れるとすぐに探しにきたりするのに。
鈴に止められたのかな。
まぁ、この辺は茂みだし、迂闊に動いたら迷っちゃうから懸命な判断だけどね。
「さて、中入ろっか!!」
私は元気に言った。
「帰るって選択肢は?」
「「ない」」
私と八重は揃って言った。
ワクワクするな。
誰も入りたがらなかった篝火高に私が自分の足で入れるなんて。
「あっ、そうだ、ちゃんと虫除けした?」
「したよ」
「虫除け……?」
「ほら、ここ虫多いじゃん?しないとダメだよ?してないなら貸そうか?持ってきたんだ〜」
「ちゃんとしたってば。そんなに虫除けさせなくていいよ」
「私もちゃんとしたから大丈夫!それに、私は蚊に刺されにくい体質なんだよ〜」
八重は元気に言った。
蚊に刺されにくい体質なのはいいなぁ。
私は結構刺されやすいから。
昇降口前に着いたけど、どうやら鍵がかかっている上に、錆びついてしまって開かない。
「ダメだよそこは〜。こっちの非常口は空いてるからこっちから行こう」
「やけに念入りに調べてるね〜。流石怪談好き女子!」
「お褒めに預かり光栄で〜す!ほら、行こう!」
八重はルンルンで私の手を引いて非常口に回った。
なぜか鈴は首を傾げている。
どうしたんだろう。
あれ?
八重の手ってこんなに冷たかったっけな。
「八重、あなた体温高めじゃなかったっけ?氷でも触ったのかってくらい冷たいけど」
「確かに。どうしたの?」
「さっき近くの池で手を洗ったからかな?結構冷たかったから」
そういえばこの高校の近くには小さな池があったな。
それにしても本当に雑草が多い敷地だな。
虫も多いし。
何より、校舎の塗装とかが取れていて、錆がついていたりするから余計に雰囲気が出ている。
八重は非常口の前に生えてる草をちぎって、非常口のドアを開けた。
「すごっ!本当に開いた!」
「すごいでしょ〜」
「どこでこんな裏道見つけたの?一年経って帰ってきた人たちは一年間の記憶がないって話だけど」
篝火高校に入って戻ってきた人の中に記憶が残っていた人はいない。
配信で篝火高校に入った人もいたけど、入ってすぐにカメラは何も写さなくなった。
まるで水の中に入ったかのような景色になり、配信者は何かに引きずられるようにどこかへ行き、やがて行方不明になった。
視聴者は何も分からないまま動画を見ていることしかできなかったという。
「みんながみんな中に入ったわけじゃないでしょ?入ろうと裏道を見つけたけど怖気付いて入らなかった人もいるんだよ」
「あー、これは怖気付くわぁ……」
「私はもう帰りたい」
鈴は微妙な顔をして言った。
まぁ、その気持ちも分かる。
ドアの向こうに広がっているのは、蜘蛛の巣や埃まるけの廊下。
落ち葉が入り込んだり、水が滴ったりしている。
「おぉ、意外と雰囲気あるね」
「この水、どこからきてるんだろう。水は通ってないと思うけど……」
「さぁね。雨漏りとかじゃないかな?日光とかもこの調子じゃ当たりそうにないしね」
八重は窓の汚れを見て言った。
窓は真っ黒で月の光すらも通さない。
「そういえば、懐中電灯は?」
「あるよ〜」
「……ある」
鈴は真っ青な顔をして言った。
「ちょっと鈴、大丈夫?呼吸が荒いよ?」
八重は鈴に言った。
確かに顔色は悪いし、呼吸も荒い。
汗も出てるし。
これは本当にまずいかも。
「鈴、帰った方がいいよ」
「そうだね。無理することないよ」
私と八重は鈴に言った。
鈴は少し考え込んでから頷いた。
「ごめんね」
「大丈夫。帰ったら色々聞かせるから、気にしないで」
「ありがとう。でも、一人で大丈夫?」
「なるべく団体行動するから大丈夫!」
私は鈴に親指を立てた。
鈴は「そっか」と言って、そのまま校門から出て行った。
実践はまだ早かったみたい。
「さ、入ろうか」
八重は背負っていたリュックから懐中電灯を取り出しながら言った。
私も鞄から懐中電灯を取り出して電気をつけた。
ここは理科室の近くの非常口なのか。
「教室から見ていく?」
「そうしよう」
私と八重は理科室のドアを開けた。
これもまた硬いドアだった。
「うーん、普通だね」
「人体模型とか見てみない?」
「またベタなものを見たがるね〜」
八重はベタなものから見たいらしい。
奥の方に扉があるから、多分そこが準備室なのだろう。
私はドアを引っ張った。
開かない。
ここも錆びてるのかな。
「諦めようか」
「そうだね」
私たちは理科室を出ようとした。
「……開かない……」
「え?嘘」
八重が私の前に来てドアをスライドしようとした。
しかし、ガタガタと音が鳴るだけで開かない。
閉じ込められた……。
――ポチャン
水滴が滴る音……。
静まった理科室内に響いたその音は、恐怖としか言いようがない。
だって、雨漏りしてる所なんてなかったから。
――ポチャン ポチャン ポチャン
いたるところから大量に水滴が降ってくる。
これ、絶対におかしい!
私は急いでドアを開けようとした。
開かない!
『ねぇ、何してるの?』
『一緒に遊ぼう。パーティーの始まりだよ』
何この声!
「日向!退いて!」
八重はそう叫んだ。
私はサッと横に避けた。
そして、ドアを蹴った。
ドアはレールから外れて外に倒れた。
「逃げるよ!」
「うん!」
私は八重の手を握って走った。
水滴はしばらく私たちを追いかけるように降ってきた。
二階に行く階段に逃げるとその現象はなくなった。
「な……何なのあれ……」
「分かんない。けど、この学校ただの廃校じゃないのは確かだね」
「そりゃ、神隠し高校とも呼ばれてるしね……。にしてもこの状況……まずいかも」
今下に戻ったら確実にまた追われる。
入ってきたところも開かなくなっているかも知れない。
「…………ねぇ、八重」
「……うん」
私たちはさっきから二階に上がっているはず。
なのに、一向に二階に着かない。
おかしい……。
「戻ってみようか……」
私たちは登ってきた階段を下った。
しかし、変わらず一階に着かない。
「八重、これ本気でまずいよ。八重?」
私は後ろにいるはずの八重に話しかけた。
けど、返事がない。
私は振り向いた。
「や……え……?」
八重はいなかった。
そのにあるのは水溜まり。
こんなのさっきまでなかった。
「八重!」
私は急いで階段を登った。
さっきと違って二階に上がることができたけど、そこに八重はいない。
二階の廊下には手洗い場が四つある。
どうしてこんなに手洗い場があるんだろう。
私は手洗い場に近づいた。
そして蛇口をひねった。
水は出てこない。
「やっぱりおかしい」
水が通ってないのに手洗い場が湿っている。
湿気かもしれないけど、さっきみたいに天井から水滴が大量に降ってくるのもおかしい。
さっきのは雨漏りか?
いや、雨漏りにしては量がおかしい。
――ジャー
「え……?」
一番奥の手洗い場から水が出る音が聞こえた。
さっきの水滴みたいに私を追うようにその音は近づいてきた。
逃げないと!
私は近くの教室に逃げ込んだ。
ドアが開かないように私は両手でしっかり押さえつけた。
廊下の向こうから聞こえてくる水の音はだんだんと近づいてきている。
――ビシャ ビシャ ビシャ
しばらくすると、靴が濡れた床を踏みしめるような音に変わっていた。
水だけじゃない。
……誰か、来てる。
「八重……?」
廊下の水音が止んだ。
代わりに、私が隠れている教室のドアの取っ手が開く方に引っ張られた。
私は息をひそめた。
お願い、開かないで。
お願い、お願い。
――コン コン
内側からドアを叩く音が響く。
な……なんで……?
どうして……外じゃなくて内側から?
私が押さえているのに……。
ドアは開いてないのに……。
「……日向〜」
この声……。
「八重!? 八重なの!?」
「……開けてよ……さっきは一緒に……行こうって……言ったのにぃ……」
声は確かに八重のものだった。
けど、何かが違う。
八重の声にこんな湿った響きなんてなかった。
今の声は、低く、途切れ途切れで、まるで水の中から響いているみたいだった。
「……私のこと……置いていった……の?」
――ドン ドン
ドアを叩く音が強くなった。
私はとっさに扉から離れた。
「や……八重じゃない……!」
私は教室の窓に駆け寄った。
私は窓を開けようとスライドした。
けど、錆びついているのか開かない。
仕方ない。
私は怪我をしないように窓枠を強く押した。
――パリーン
窓は廊下に落ち、粉砕した。
私はそこから体を滑り込ませて、外の廊下に転がり出た。
「……っ!」
振り返ると教室の扉がわずかに開いていた。
そこから足跡が出て来た。
水浸しの足みたいな足跡……。
水が床に流れ出しながら、その足は一歩、また一歩と廊下に出てくる。
「いや……っ!!」
私は走った。
逃げるしかない。
八重のことも、声の正体も、今は考えている余裕なんてなかった。
どこか出口は……!
非常口? それとも階段?
そうだ、階段!
私はさっきと違う方向にある別の階段に向かった。
そこにも、水浸しの床が広がっていた。
まるで私がどこへ行こうとしても、追いかけてくるみたいに。
「出して……」
どこからともなく声が響いた。
耳元で囁くような声。
八重?
「出してよ……私も……一緒に……!!」
私はとっさに振り返った。
そこにいたのは、水に濡れ、顔が見えないほど髪の張り付いた少女だった。
「ひっ……!」
私は転びそうになりながら走った。
どんどん息が切れる。
「助けて……。誰か……助けて……!」
私は夢中で走った。
けれど、どれだけ走っても同じような廊下が続いていく。
教室、手洗い場、階段、どこもかしこも水浸し。
廊下に溜まった水が足にまとわりついて、うまく前に進めない。
「ハァ……ハァ……!」
息が苦しい。
胸が締めつけられる。
まるでこの学校全体が、私のことを逃がさないつもりみたいだった。
――ビシャ ビシャ ビシャ
また、あの音が近づいてくる。
後ろを振り向く勇気なんて、もう残っていない。
私は、とにかくドアというドアを片っ端から開けて回った。
けど、どれもこれも開かない。
錆びついた取っ手はびくともせず、まるで誰かが内側から押さえているかのようだった。
「……っ!」
――ビシャ ビシャ ビシャ
どんどん音が近づいてくる。
肺が焼けるほど苦しいのに、足は勝手に動く。
逃げなきゃ……。
逃げなきゃ……!
「あ……っ!」
その時、ふとした拍子に私は滑った。
床にたまった水に足を取られて、思い切り転んでしまった。
お腹が床に叩きつけられ、しぶきが舞う。
「うっ……」
必死に起き上がろうとするけど、手も滑ってうまく体が起きない。
――ビシャ ビシャ ビシャ
あの音はもうすぐそこだった。
ついに、視界の端に見えた足首、びしょ濡れのスカートの裾。
顔は見えない。
それでも分かった。
これは、八重じゃない。
「……た……す……けて……」
私はかすれた声で言った。
水に濡れた少女はしゃがんで私の顔を見た。
そして、不気味に笑った。
「日向!!」
真横にあった教室のドアが勢いよく開かれた。
そこにいたのは八重だった。
正真正銘、八重だった。
八重は私の手を強く握ってその部屋に連れ込んだ。
その部屋にあったのは階段。
校舎は違う、古びた木造の階段。
今までいた場所とは、明らかに雰囲気が違う。
「八重、今までどこにいたの!?急にいなくなって!」
「ごめん。よく分からないけど、水に飲み込まれたらここにいたの。ここ、誰かの家みたい」
八重は静かに周りを見渡して言った。
そして、私に手を差し出した。
「立てる?」
「うん」
私は八重の手を借りて立ち上がった。
何はともあれあの足音から逃げられたのはよかった。
それだけで、私は胸が少しだけ楽になった。
けど、足元の水気はまだ抜けていない。
私たちの靴から、じわじわと水が染み出して床に広がっている。
八重と階段を降りていくと、そこは本当に誰かの家だった。
壁には手書きの新聞が貼り付けてある。
「平成◯◯年度文化祭」
「◯◯先生ご結婚おめでとうございます!!」
学校の生徒が授業で書かされるような新聞。
平成……。
その横には大きな古びた写真が飾られていた。
茶色の古い集合写真。
篝火高等学校の生徒たちかな。
皆笑っている。
でも、その端に一人だけ真顔で顔に大きな火傷がある少女がいた。
その子の周りの人はその子から少し距離をおいているように見える。
――カラン
天井から何かが落ちてきた。
私はそれを拾った。
名札かな。
ほこりまみれて何も読めない。
名札のケースも劣化していて中身なんて読めっこない。
「なにそれ」
「名札だと思う。誰のかは分からないけど」
私は名札のケースから名前が書いてある中身を取り出した。
「水城佳乃……」
声に出した瞬間、辺りがひんやりと冷たくなった。
「やっぱり……」
八重が小さな声でなにか言った。
けど、何を言ったかまでは聞こえなかった。
「八重……。ここ、どこだと思う?」
「……」
八重は何も言わない。
その時、階段の上からあの音が聞こえた。
――ビシャ ビシャ ビシャ
もしかしたらここは佳乃の家なのかもしれない。
「行こう、日向! ここに留まったら危ない!」
「うん!」
私は名札をポケットにしまって、細い廊下を駆け出した。
どこに続いているのかも分からない、古びた木造の家の中を。
八重が見つけた引き戸を開けると、そこには朽ちた縁側と庭が広がっていた。
「出れた……?」
「いや、まだだ」
「返して……名札……」
低く、湿った声が耳元に響いた。
振り返ると、そこには濡れた長い髪の少女……。
佳乃が壁からじわりとにじみ出るように現れていた。
その目はまるで、私たちしか見えていないかのようだった。
「ひっ……!」
「走って!!」
八重が私の手を強く引いてくれた。
私たちは縁側から庭に飛び降りて、夢中で走った。
草は背丈ほど伸び、足に絡みつく。
けど、止まってしまったら終わりだという直感があった。
「門を探さなきゃ……出口……!」
「こっちだ、たぶんっ……!」
八重の声を頼りに走っていくと、朽ちかけた木の門が見えた。
けれど、その前に水たまりが広がっている。
その水たまりから佳乃が現れた。
「……私も……外に……行きたいの……みんなと仲良く……八重ぇ!!」
水面から佳乃の腕が伸び、私の足を掴んだ。
「いやっ!!」
「日向!!」
私はポケットから名札を取り出し、両手で掲げた。
「佳乃さん!これ、返すよ!! だからもう、やめて!!」
佳乃の動きが止まった。
私の足を掴んでいた冷たい手も、すっと消えた。
「名前……呼んでくれてありがとう……」
かすかに、そう聞こえた。
名前を呼んでくれて……。
どうしてそう言ったのか、私には分からなかった。
「行こう」
八重が少し寂しそうに言った。
――ギィ
古びた門を押し開けた瞬間、眩しい光が私たちを包んだ。
目を開けると、景色が一変した。
篝火高校の正門前……。
「 戻ってきた……の?」
私は嬉しくて、八重の方を振り返った。
「……え?」
肩越しに振り向くと、八重の姿はもうなかった。
さっきまで、私と一緒にいたはずなのに……。
「八重……? 八重!? どこ!?」
辺りはしんと静まり返っている。
震える手でスマホを取り出し、時刻を見ると午前三時を過ぎている。
一年も経ってない……。
よかった……。
けど、どうして八重がいないの?
ふとポケットに何かが触れた。
取り出してみると、あの名札だった。
「……水城佳乃」
何かがおかしい。
さっきまで中身は一枚しか入ってなかったはず。
名札の分厚さが増している。
私は佳乃の名札を出して、その下に入っていた名札を出した。
「……っ!……高日……八重……」
名札を落としそうになるほど手が震える。
でも、必死に握り締めた。
八重と出会ったのは、学校に入って間もない頃だった。
昼休みに一人でいる私に声をかけてきてくれた、優しい八重。
でも、八重と話している私をみんなは冷たい目で、それでいて心配そうに見ていた。
ずっと不思議だった。
でも、やっと分かった。
八重はみんなには見えてなかった。
一緒に写真を撮っても、八重だけ写っていなかった。
――八重!避けないでよ!
――ごめんって〜!私写真はあんまり好きじゃないんだよ〜!
ずっと八重がシャッターが切られる直前で避けてるものだと思ってた。
いや、本当は気がついていたのかもしれない。
でも、私は気づかないふりをしてた。
八重といるときだけ、鈴の様子がおかしかったのもずっと分かってた。
でも、「気のせいだ」って、そう思いたかった。
だって、八重は私にとって友達だったから。
名札のケースから写真のようなものが落ちた。
それを拾い上げると、その写真には八重と佳乃が二人で笑って写っていた。
もしかして……。
私は震える手でスマホを持ち上げた。
「篝火高校……」
そう打つと、予測検索欄に事件と出てきた。
それを押すと、画面いっぱいにサイトが表示された。
その一つのサイトに飛ぶと、沢山の文字が私の目に飛び込んできた。
「虐めによる他殺……。篝火高等学校二年四組、高日八重……」
そこにあった名前は私の手の中にある名札の名前と同じだ。
私は続きを読むことにした。
「その後、彼女を殺したと思われる生徒の他殺……。水城佳乃による殺害と思われる。水城佳乃はプールに身を投げ溺死……」
そういうことか……。
佳乃は苛められてたんだ。
さっきの大きな写真に八重はいなかった。
つまり転校生。
転校生は人気者になる。
色んな人から好かれる存在だ。
きっと八重は苛められる佳乃を放っておけなかったんだろう。
八重は佳乃を苛めから庇い、悪口を言われるのも承知で仲良くしたんだろう。
それだけで佳乃は救われたんだ。
でも、それを面白く思わなかった苛めっ子が、八重も虐げ始めた。
二人は一緒にいるたびに、傷つけられて、追い詰められて。
結果的に八重は殺された。
その事実を知った佳乃はきっとすごく怒ったんだろう。
優しかった八重が、自分のせいで死んだんだって。
だから佳乃は加害者たちを殺して、自分も命を絶ったんだ。
でも、きっと佳乃は後悔したんだろう。
また八重に会いたくて、もう一度、誰かとちゃんと友達になりたくて。
佳乃は地縛霊となって、八重を探しながら、友達になってくれる人を篝火高校に連れ込んだ。
連れ込まれた人の記憶がなかった理由は分からないけど、きっとこの流れで篝火高校は廃校となり、神隠し高校と呼ばれるようにもなった。
「どうして私と友達になってくれたの?八重」
でも、そんなのどうだっていい。
私の目から涙が流れた。
「楽しい思い出を……。ありがとう……っ……!」
『どういたしまして』
『幸せにね』
八重と佳乃の声が空から聞こえた。
こんなの、泣くなっていうのが無理な話だよ……。
みなさんこんにちは春咲菜花です!春咲!初ホラー!意外と書けたと思うんですけどどうですか?ゾッとしていただけると嬉しいです!え?ホラーを書いた動機ですか?ノリですかね(笑)夏なんで、少しでも涼しくなってくださいね!