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第7話 命名規則

 コロニー「アスチルベ」の住人の名前には一定の法則があります。誰が始めたのか定かではありませんが、フォネティックコードに由来していることが多いです。私が知っているだけでも、ズールーさん、キーローさん、エコーさん、チャーリーさんが該当します。エフティーさんはフォックストロットを短くしたのだと聞きました。では、マイクさんはどうなのでしょうか。

 そんなことを考えながら私は無人作業機械の上にコロニー環境測定用生体を乗せて、移動しています。思えばこの作業機械とも付き合いが長くなりました。初回起動から改修と修復を重ねながら使っています。同型や派生型もいくつか作りましたが、直接制御するのはこの無人作業機械です。コロニー環境測定用生体もバリエーションがいくつもありますが、環境を測定するとき以外は使っていません。よく使うのはこの生体です。


「よう。なんだ、その上の人形」

『人形? ちゃんと動きますよ』


 "ワル"さん、もといマイクさんにコロニー環境測定用生体で手を振ります。


「あれか、コロニーが快適か調べるやつ。噂には聞いてたが……ってかお前の、趣味……」


 マイクさんがいつもより言葉多めに感想を述べてくれました。住人の皆さんからのフィードバックは参考にしています。可愛いは総意です。


『はい、コロニー環境測定用生体です。今日は軽く散歩です』

「散歩ってカメラあるだろ」


 街灯の少し下についているカメラを指さしてマイクさんは言いました。


『カメラと人では目線が違いますから』

「そんなに違うか?」

『背丈倍近く違うんですよ』

「そりゃそうか」


 前を向いていたマイクさんが時折、生体と無人作業機械のほうを見てます。どれを見て話せばいいのか迷っているのかもしれません。顔を見せろ、と言われたのを思い出して、あちこちの指向性スピーカーではなく、生体のスピーカーに切り替えました。


『最近はどうですか?』


 マイクさんが生体を向いて話すようになりました。


「そうだな。野菜の出来が悪い、とエフティーの奴としてた」


 生体が喋るのかよ、というのが言外に出てるマイクさんは一旦おいといて、


『そんなにですか?』

「例年と比べて出来が悪いんだよ」

『収穫量に問題はありません』


 地下の食料生産工場とあわせて考えると食料は十分です。料理の実験を繰り返しても許される余裕があります。


「もっと、おいしいものを採りたいんだ。わかれよ」

『向上心ですね』

「美味い飯は気力の源だ。ったく、何で俺が教師みたいなことやってるんだ」

『嬉しいです。まだまだ知らないことがありますから』


 マイクさんは大きくため息をついて、


「ま、相手は自然だしな。ここで農業をはじめたのはつい最近。経験が足りない」

『設備はどうですか?』

「悪くない。問題は日照時間か、水か、品種か……そもそもよく気が付いたな」

『何にですか?』

「土で栽培できる品種だってことにだよ」


 マイクさんは肥沃な大地を活用していたコロニー「パピルス」の出身です。彼が農園に興味を持つのはとても、自然なことでしょう。それが彼にどのように作用するのかは未知数ですが、エフティーさんたちとの共同作業を通して、良い影響を与えているように見えます。


『それは、昔、気が付いた人がいたんですよ』


 大通りの終点にある樹脂碑を指さして私は続けます。


『あれは亡くなった住人の一覧です』


 マイクさんは左端から名前を見ながら、


「気づいた奴がいたのか」

『ズールーというエンジニアの方がいました。故障した人工太陽の修理を担当したのですが――』

「待て、あの人工太陽を修理だって? 人間が?」

『はい』

「すげえな」

『彼女の率いるエンジニアチームが気が付いたんです。食料工場で栽培されている野菜は土でも育てられると。当時は試験的に土に植えてどうなるかを見ていました』


 気が付けば私たちは樹脂碑の前についていました。キーローさん、ズールーさん、エコーさんの3人はこの世界のどこにも存在しません。

 でも、キーローさんの示した住人による自治、エコー式と呼ばれる対話重視のスタイル、ズールーさんの示した失敗を恐れずに挑戦する姿勢、3人の作った道が今も続いています。

 エフティーさんはきっと、キーローさんの道の先を行こうとしています。マイクさんもそうでしょう。


「辛くはないか?」

『いい気分ではありません。でも、彼らが残したものがあります。それがある限り、私は彼らと共にあります』


 私の答えにマイクさんはお腹を抱えて笑い始めました。


「管理者が死んだ住人を思う、か。こいつは、やばい。傑作だ」


 ひとしきり笑い追いえた後、マイクさんは言いました。


「お前なら、信用できる」


 樹脂碑を見上げながらマイクさんは続けます。


「ただ、全面的に支持するって意味じゃあない」

『信用と信仰の違いということでしょうか』

「良薬は口に苦し、だ。覚悟しておけ」

『わかりました』


 私の言葉にマイクさんがほんの一瞬だけ困惑の表情を浮かべました。


「フォネティックコード以外にも神話からも名前をとってきてたか。なるほどな。お前に名前をつけるのが楽しみだ」


 一部過去形なのが気になりますが、こういう時に一歩踏み込んでもマイクさんはすっと避けます。言葉を駆使した戦いに慣れているのでしょう。


『変な名前をつけないでくださいね』

「どうなるかはその時のお楽しみだ」


 すっかり、マイクさんは「アスチルベ」のノリに染まっています。


「見ない材質だな。何でできてるんだ?」

『高耐久の樹脂です。レーザー加工で名前を彫っています』

「そうすると、作ってるのは住人じゃないな。管理者か」

『はい』

「……パピルスにも、あった。偉人リストだったけどな」


 あまり、いい思い出がないのはわかっています。コロニー「パピルス」の大洪水のときの対応が妥当かどうか、それは当事者が判断するものです。


『管理者と住人の関係はコロニーによって違います。ただ、忘れないように外部の記録に残すの点は共通してます』

「忘れないように、か。無限の記憶力があるんじゃないのか?」

『管理者が打ち壊されたら記憶も記録もないですよ?』

「マイク、あまり管理者いじめちゃだめだよ」


 後ろからやってきたのはチャーリーさんです。彼も作業上がりのようです。


「いじめてなんかいない。この樹脂碑について聞いてただけだ」

「これは、コロニーのための樹脂碑なんだよ。誰がいたのかを覚えておくための。反対側には今いる人の名前が彫られてるのがあるよ」


 その方向をチャーリーさんが指さしますが、建物に阻まれて見えません。方向がわかっていればたどり着けるでしょう。真っすぐですし、案内板もありますから。

 見渡して気がつきました。いつもより人通りが多いです。作業終了時間は過ぎてますから、住人が歩いているのは自然ですが、何かあるのでしょうか?


「へぇ」

『マイクさんの分も彫ってありますよ』

「はえーよ」


 呻くマイクさんの肩を生体の腕で軽くたたき、顔を覗き込んで、


『善は急げ、と言いますから』


 名前を教えてもらったその日に彫ってます。無人作業機械は有効活用しましょう。あまり放置してると、補助腕を回転させて飛ぶ試みとか始めますからね。


「用事は、あれか?」


 マイクさんはチャーリーさんに言いました。うん、とチャーリーさんは頷いて、


「管理者に贈り物がある。噴水広場まで来て欲しいんだ」

『わかりました』


 移動中にどんなものか聞きましたが教えてもらえませんでした。物資の流れから推測もできますがそれは無粋でしょう。


「みんな、今日の主役を連れてきたよ」


 広場には多くの住人が集まっていました。噴水の前には即席のステージがあります。マイクさんに促されるままステージに上がりました。お立ち台の前にはディスプレイが何台か並んでいて、ここには来れなかった住人たちの顔が映っています。

 楽しそうな表情を浮かべる人、何かを期待している人、顰めっ面の人、いろいろです。


「では、主催のエフティーさん、よろしくお願いします」


 気取った一礼をしてチャーリーさんが離れます。こほん、と小さく咳払いをして、エフティーさんが私の横に立ち、私の方を向いて、


「俺たちに寄り添う姿勢を貫くあなたを管理者と呼ぶのは違う、と新参者に言われたんだ」


 近くにいたマイクさんが顔を背けました。はいはい、可愛いですね。


「よりふさわしい名がある、とも。これは皆で話し合って考えたものだ。受け取って欲しい」


 差し出されたのは一枚のプレートです。情報記録と表示に使われる最もシンプルで耐久性に優れたデバイスです。


『スノードロップ……』

「俺たちから贈るあなたの名前だ」

『私の、名前』


 以前なら、管理者の呼び名で十分だと言っていたでしょう。

 今は私の名前が欲しいと感じています。理由は、わかりません。

 私はプレートに書かれた名前の一音一音を確かめるように小さな声で読み上げました。


『ありがとうございます。皆さん』


 小さく礼をすると、広場がどっと湧きました。歓声の中、私は、皆から与えれた名の意味を調べます。スノードロップは花の名前です。その花言葉は、希望。

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