第6.5話 管理者へ
マイクは照明が暗くなった天井を見上げた。23時を過ぎると街灯も最小限の明るさになり、通りから人が消える。それがコロニー「アスチルベ」の夜だ。部屋に戻り、ディスプレイのチャットを見ると、管理者に名前をつける話題で盛り上がっていた。
話題の発端に見覚えがあった。広場で夕食をとっているとき、
「最近、カメラを睨まなくなったね」
「あいつと話してその必要はねえと思ったんだ」
その話の流れでマイクは管理者に名前はないのか、とチャーリーに尋ねた。彼も他の住人たちも聞いたことがない、と言っていた。それで終わったと思っていたが、静かに広まっていた。このチャットがいい例だ。
「やっぱ女神からとるか?」
「尊敬が強すぎる。身近なんだろあんたらにとって」
マイクは目に飛び込んできた発言を思わず否定してしまった。人を見守り、時には寄り添う姿勢を見せるあの管理者に女神の名はあまりにも遠すぎる、と思ったからだ。
「いつものコードから取るのも違うな」
誰かが否定する。マイクの言葉に参加者たちは名前を吟味しはじめた。匿名チャットゆえに誰が何を言っているかは察するしかない。
「候補がなくなるよ」
この流れはよくない、と思った一人が書き込んだ。この優しい物言いはチャーリーか。テーマや候補を増やす流れに変わってきた。動物やコロニー内の製品の型番をもじったもの、その流れの中、一つの案がマイクの目に止まった。
「花の名前はどうだ」
コロニー「アスチルベ」は植物の名前だ。この名前とも相性がいいし、候補も豊富だ。名案だと思いマイクはキーボードを叩く。
「コロニーの名前とも繋がるな、それなら」
思ったことを書いたら流れが止まった。
「それなら?」
たっぷり数秒の間を開けて誰かが続きを促してきた。この相手の懐にすっと飛び込んでくる感じはチャーリーで間違いない。
「俺は同意しただけだ」
そもそも、新参者の俺が名前をつけるのはどうなんだ、とマイクは思う。名前をつけるならもっと、長くから住んでいる住人が適役だろ、と思いつつ、画面を眺める。だが、名前をつけるなら、一つ候補がある。実物は知らないが冬という厳しい時期をのこえて咲く花だ。花言葉もここの管理者の性格にあてはまる。
「候補があるのだろう?」
問われ、しばらく悩んだ。どこの誰か問わないための匿名チャットなのだ。意見は好きに言っていい場であり、否定されたらまた別の名前を考えるだけだ。マイクは思いついた名前をそのまま書き込んだ。
「スノードロップ」
サムズアップとYesと何かの花と肯定的なスタンプが一斉についた。
「花言葉は希望だね。いい名前だ。生体かアバターからの連想かな」
チャーリーと思われる解説にナイス知見、物知りとスタンプがさっとつく。発言者よりも見ている者がずっと多いようだ。賛同のコメントがいくつか投稿されていく。その流れが落ち着いたところで、
「皆はどうだ?」
これはエフティーの発言に違いない。農園で何度も聞いた。マイクにとって面白いぐらいに気分がいい話し方だった。意見の上手い拙い関係なく、思ったことを言い切った後に結論を出す。腹の探り合いがいらないからだ。
「決まりでは?」
「決まりだ。次は段取りを考えよう」
大量のYesとOKスタンプがついた。スノードロップの名を贈ることに決まりだ。マイクは即決するのかよ、とディスプレイの前で頭を抱えた。コロニー「アスチルベ」の夜は長く、そして、にぎやかだ。




